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それからまた二時間がたち、ある決意が芽生える。
そうだ、執事長にシャルロットの様子を聞こう。もしかしたら、部屋に来られない事情があるかもしれない。
意を決してスッと立ち上がり、扉へ向かう。
部屋を出たら、誰かに事情を聞こう。
もう、限界だった。
ドアノブに手を伸ばした時、人の気配を感じ、ピクリと眉を動かす。
その場から一歩下がると同時に、扉が開いた。
「イザーク……!」
姿を現したのは、シャルロットだった。
俺を見るとふわりと優しく微笑んだ。
彼女を視界に入れた途端、それまで感じていた不安がすべて消し飛んだ。
「待たせてしまって、ごめ――」
シャルロットが言い終わらないうちに、無意識に彼女を抱き寄せていた。
「イ、イザーク……!?」
動揺して顔を真っ赤にして、震える声を出している姿でさえ、愛おしい。
もう離したくない。
腕に力を込め、無言で抱きしめている間、シャルロットはされるがままでいた。
どのぐらい抱きしめていただろうか。
腕の中で感じるシャルロットが与えてくれる温かさに、彼女がここにいるのだと実感する。
「イザーク」
おずおずと俺の名を呼ぶシャルロットだが、どうやら話があるらしい。
彼女の肩をつかみ、顔をのぞきこんだ。耳まで赤くなったシャルロットは、なにを言うのだろう。
「まずは、遅くなってごめんなさい。だいぶ、待たせたみたいで……」
「構わない」
これは嘘だ。本当は待っている時間は長く、辛かった。だが、口に出す必要はない。
「でもね、無事に終わったわ!」
「……終わった?」
突如、シャルロットの顔がパアッと明るくなる。
「ええ、本当に良かった。ここまで長かったけど、終わってみるとあっという間でした」
……もしや、俺たちの結婚生活のことを言っているのか。
上機嫌で話す彼女の意図を探ろうと必死になる。
「私も必死で。もちろん、周囲もだけど、みんな頑張ったわ!」
満足そうに語るが、話が見えない。
「でもイザーク、どうしてここに……? 北部は大丈夫なのです?」
無邪気に問いかけてくるが、これは暗に『なんでここにきた』と責めているのではないだろうか。
緊張で手に汗をかきながら、シャルロットの肩をつかむ手に自然と力が入る。
「――それは、君を迎えに来たんだ」
「えっ?」
「会いたかったんだ」
驚いたように目を見開くシャルロットの腰に腕を回し、再び強く抱きしめた。
「だからもう、黙って俺の側からいなくならないでくれ」
「ええっ??」
シャルロットは素っ頓狂な声を上げる。
それほどまでに嫌だというのか。
だが、俺から逃げようとしても、そうはさせない。
「俺は――口下手だし、君の望む言葉の一つもかけてやれないかもしれない。だけど、好きなんだ、シャルロット」
耳元でささやけば、シャルロットの体に力が入ったのを感じた。
「だからお願いだから、南部に帰るとか言わないでくれ」
しぼりだすように出した声は心の底から願っていることだった。
「……ちょっといいかしら?」
シャルロットの声のトーンが下がる。
おずおずと顔を上げると、綺麗な緑色の瞳と視線が絡み合った。
「なにか、誤解があるようなのだけど……」
「……」
「イザークの話を聞いていると、まるで私が北部を飛び出したように聞こえるのだけど……」
「違うのか?」
思わず声が強くなってしまうと、シャルロットが肩をビクッと揺らす。怖がらせてしまったかもしれない。
「ああ、すまない」
いったん、落ち着こうと、息を深く吐き出す。
「北部が嫌で南部へ帰ったのかと」
「えっ!?」
「だから――真相を確かめにきた」
「待ってください、手紙を読んでいないの?」
「手紙?」
思いあたる節はなく、少しの沈黙の後、ゆっくりと首を横にふる。
「手紙もなく、ただ南部へ戻った、と――」
シャルロットは目を開き、口をあんぐりと開けた。こんな時だというのに、驚いた顔さえかわいいと思ってしまう。
「……どこかで行き違いがあったようね」
眉根を寄せ、深刻な表情を見せるシャルロットはパッと手を取った。
「ついてきてください」
ギュッと握られた手に心臓がドクンと音を立てた。
「ああ」
そのまま扉を開け、部屋から出た彼女の後を大人しくついていく。




