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グルルルルと低い唸り声をあげたホーングリズリーが、いきなり身を起こした。
とっさにイザークは剣を取り出し、私を背にかばう。
その横で疾風のごとく駆け出した人物がいた。――ドリーだ。
たくしあげたスカートの下、ガーターベルトから素早く二本のダガーを引き抜くと、恐れも知らず、ホーングリズリーへと向かっていく。
鋭い爪で前をかくホーングリズリーに、高く跳躍したかと思うと真上から一気に、ダガーを振り落とす。
ホーングリズリーの額には深々と刺さったダガーが輝いていた。
耳をふさぎたくなるような断末魔の咆哮をあげ、ホーングリズリーはドサリと倒れ込んだ。
「ふぅ……。ホーングリズリーはしぶといぐらいの生命力に、命の危機を感じると一時的に仮死状態になります。そして周りの目を欺き、反撃をしかけます。確実にとどめを刺すには額にある、真ん中の目を潰さねばなりません」
一瞬の出来事だったので、状況を把握できない周囲に淡々と説明をしたドリー。
「ドリー!!」
私は駆け出して彼女に近づく。
「大丈夫? 無茶をしないで」
「平気です」
返り血を浴びたドリーは袖でグイッと頬の汚れを落とす。
「ドリー早く着替えましょう。そしてイザークはケガの手当てを」
あっけに取られている周囲をよそに、テキパキと指示を出した。
ドリーは着替えに行き、部屋でイザークと二人きりになる。
「言ったでしょう? ドリーは強いって」
私はフフフと微笑んだ。
「彼女は何者なんだ?」
「ドリーはドリーですわ」
彼女がなんであれ、私の大切な友人だ。
「出会った時は大変でしたが、それ以来、ずっと一緒です」
話せば長くなるので割愛すると言うと、それ以上、追究はされなかった。もっと親しくなったら私の大事なドリーのことを、話してもいいかもしれない。
でもまずは――。
「腕を見せてください」
イザークはケガをした箇所をそっと前に出す。
「……ッ……!」
ホーングリズリーの爪痕がくっきり残っている。
「動かないでください」
手をかざし、祈りを念じると手のひらから温かな光が降り注ぐ。
見る見るうちに閉じていく傷跡に、イザークは感嘆の声を上げる。
「これでもう大丈夫」
イザークは腕をさすり、信じられないといった表情を見せた。
「念のため、しばらくは包帯を巻いておいてください」
私の力は周囲には秘密にしておきたいからだ。
「この力を使ったことで、とんでもなく体力を消耗するとか、寿命が縮まるとか、そんなことはないよな?」
なぜか焦っているイザークに目をパチクリさせた。
「ああ、あまりにも使いすぎると疲れますけど、これぐらいなら問題ありません」
実際、そこまで派手に力を使ったことはなかった――今はまだ。
両手を振って説明すると、イザークはホッとしたようで頬が緩む。
「これが癒しの力……。素晴らしいな」
右手を振ったり、さすったりしているイザークは感心した声を出す。
「あと、私のことを考えてホーングリズリーを退治したのかもしれませんが、危ないことはしないでください」
今回のことは、はっきり言っておかなければ。
「私だっていつまでも甘やかされて北部にいるわけじゃないので」
胸を張り、きっぱりと言い切る私をイザークはジッと見つめていた。
「――あんたはたくましいな」
「あら、今さら知りましたの?」
イザークは肩をすくめ、苦笑する。
「華奢で可愛らしくて、春の女神か花の妖精と見間違うほど可憐で魅力的なのに……」
え? この発言をしているのは本当にあのイザークなの? 褒めすぎよね。
「ドリーも只者じゃないだろう。彼女があそこまであんたに忠誠を誓っているなんて、どうやったんだ」
「あら、興味がおありでしたら、今度語ってあげますわよ。ドリーとの感動的な出会いを」
軽口を叩くと、イザークは声を出して笑った。
これは――。
内心の動揺を悟られるまいと、ゴクリと喉を鳴らす。
「私のこと、見直しました?」
「ああ、そうだな。予想もつかない行動に出て……目が離せない」
ジッと熱い視線を送ってくるイザークに思わず、目を見開いた。
「今、認めましたね? 私のことを見直したと」
イザークは口を小さく開け、ハッとした。
やったわ、言質を取ったわ!




