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「勝手にじゃないわ。ちゃんと伝言を残してきたはずよ」
その相手、イザークは髪をグシャグシャとかきむしる。
「護衛もつけずに街に来るなんて。せめて俺に一言、言ってくれ」
「あら、ドリーがいますのよ」
イザークはチラッとドリーに視線を投げる。
だが、この視線はドリーのことを信用していないな。私のドリーは誰よりも強いんだから。
「この前倒れたばかりだというのに……無理して動きまわって」
イザークは私の手首をパッとつかんだ。
「あら、あれは単に湯あたりだから、関係ないですわ」
「腕だってこんなに細いのに……。なにかあったら、すぐに折れてしまいそうだ」
イザークは私の手をまじまじと見つめる。なにが言いたいのかしら。
「イザーク様は、シャルロット様が心配でたまらなかったのですよ」
イザークの背後からヒョコッと顔を出したのはロゼールだった。
「街に出かけたシャルロット様が心配で、馬で駆け付けたんですから」
「ロゼール!!」
イザークは唇をギュッと噛み、真っ赤な顔でロゼールをにらむ。ロゼールは悪びれもせず、舌をペロッと出す。
「まあ、私は大丈夫よ。それに、せっかくいらしたのだから、皆さんもゆっくりしていって」
見渡すと突然のイザークの登場に周囲は戸惑い、遠巻きに見ている。
領主であり、騎士団の総指揮官であるイザークの登場に、周囲は混乱するだろう。
その時、一人の少女がズイッと前に出る。あれは食堂を手伝っているトビーの妹だ。
「イザーク様、毎日、美味しいご飯をありがとうございます」
小さいながらもペコンと頭を下げる。
「ここのご飯を食べるようになってから、体に元気が出てきました。お兄ちゃんも働けてお金がもらえるようになって、お母さんの薬も買えるようになりました。皆が喜んでいます」
一生懸命話す少女にイザークは黙って耳を傾けている。
「イザーク様とシャルロット様のおかげだって、街の皆が言っています。ありがとうございました」
少女はそれだけを言うと、はにかんで走り去った。
イザークは少女の後ろ姿をジッと見つめていた。
すると周囲の人々も感化されたのか、次々と口を開く。
「イザーク様、シャルロット様、ばんざい!!」
「そうだ、イザーク様とシャルロット様、ありがとうございます!!」
人々が拍手を私たちに送る。
「あら、嬉しいけれど、困ったわね」
人々が集まってきて、ちょっとした騒ぎになってきた。これは早々に立ち去った方がいいだろう。
と、その前に――。
「ロゼールお願いがあるの」
「はい、なんでしょうか」
「炊き出しに来た方に毛布を配って欲しいの。本格的な冬になる前に」
私にはまだ想像がつかない寒さだけど、少しでも温かい方がいいだろう。
「はい、承知いたしました。すぐさま手配いたします」
ロゼールはビシッと敬礼をして、引き受けてくれた。
「ふふ、じゃあ、戻りましょうか」
イザークの顔を見つめ、にっこり微笑んだ。
***
馬車に乗り込もうとすると、イザークは手をスッと差し出した。
「少し、回り道をして帰らないか」
「ええ」
そのままドリーには馬車に乗って帰ってもらうよう指示する。
肩に、ふわりと上着が掛けられた。
「風が冷たいから、はおってくれ」
上着からはシトラスの爽やかな香りがする。これはイザークの香りだと思うと、心臓が音を立てた。
イザークはそのまま乗ってきた馬に私を乗せた。自分も馬に跨ると、勢いよく駆け出した。
風がビュンビュンと頬を擦り、すごい勢いだ。
だが馬に乗っているイザークはとても生き生きとしている。私は振り落とされないようにイザークの腰にしがみついた。
温かい――。
触れ合った箇所から熱を感じる。服の上からでもわかる筋肉に、たくましい体つき。
こんなに近づいたことがなかったので、心臓がドキドキしてくる。彼はどうなのかしら? 平気なのかしら?
そっと顔を上げると唇を引き締めたイザークの顔が視界に入る。
手にギュッと力を入れると、わずかにイザークの頬が緩んだ。
慣れないスピードが怖くもあり、でも彼にもたれかかっているとどこか安心できて、私はギュッと目を閉じた。




