28
心地の良い、甘く優しい香りがする。
これは南部にいた頃、部屋に飾っていた花の香りによく似ているわ。
瞼を開けると、天使の描かれた天井画が視界に入る。
ここは私に与えられた部屋だ。
部屋はほんのりと明るくなりかけているが、今は何時頃だろう。
窓から入り込む光を視界に入れた時、ハッと気づく。
私、昨日、お湯を浴びて――。
そこから先の記憶がない。
いてもたってもいられず、ベッドから跳ね起きた。
手触りのよい夜着を着ていることにホッとした。
でも待って……。
私は昨日イザークと一緒に湯を浴びて、途中で熱くて湯あたりをして、イザークに支えられた。
肌と肌が密着していることに強く意識してしまい、顔がカーッと熱くなったんだ。
そこで倒れてしまったのかしら。
「最悪だわ……」
再びベッドに倒れ込み、枕に顔を突っ伏した。
あれからイザークはどうしたのだろう。意識を失った私を抱きかかえたのだろうか?
そこではたと気づく。
誰が着替えさせたのだろう? まさかイザークなの?
そこに考えつくともう、羞恥でいてもたってもいられなくなる。
恥ずかしくて枕から顔を上げられないでいると、扉がノックされた。
きっとドリーが来たのだろう。
枕に顔を埋めたまま、くぐもった声で返答した。
扉が開く音がして人の気配を感じる。おずおずと顔をあげるのと同時だった。
紫に輝く瞳と視線がかち合ったのは――。
「まだ気分が悪いのか?」
そこにいたのはイザークだった。
思いもよらない相手の出現で心臓がドクンと跳ねた。
私、心の準備ができていないのに!
「き、昨日はお騒がせしました」
「――いや。あそこは湯あたりしやすいんだ。つい話し込んでしまって。俺にも原因がある」
意外なことに彼は責任を感じているようだった。あなたのせいではないのに。
私は意を決してゴクリと喉を鳴らす。
「起きたら着替えていたのですが、誰が着替えさせてくれたのでしょうか」
イザークの目をジッと見つめる。
「な……」
言葉の意味を理解したのか、みるみるうちにイザークの顔が真っ赤になる。
「俺じゃない! あのメイドだから安心しろ!」
この慌てよう、嘘ではないだろうと思い、ホッとする。
「そんな具合の悪い相手に、どうこうするわけないだろう!」
こうも否定されると構ってみたくなるというか、ちょっといたずら心がムクムクとわく。
「別に着替えさせてくださっても良かったのですよ?」
「なっ……!」
イザークは耳まで熱を帯び、湯気でも立ちそうなほどだ。
視線は落ち着きなく揺れ、指先はそわそわしている。
「私もあなたの胸の傷を見ましたし、お互いさまです」
ニコッと笑って告げるとイザークはウッと言葉に詰まったのち、叫んだ。
「バ、バカか! そんなことを口にするな!」
この人、考えていることが割と顔に出やすい人かもしれない。
それに、こうやって早朝から様子を見に来てくれるなんて、優しいんじゃないかしら。
新しい一面を知った気がして嬉しい。
「うふふ。冗談ですよ」
微笑むとイザークは首の後ろに手を当て、視線を逸らした。
「でも、本当にありがとうございます」
彼がいなかったら、そのまま湯に沈んでいたかもしれない。
イザークは私の言葉を素直に受け止めると、小さくうなずいた。
「俺も――悪かったよ」
え? 今、なんて?
不思議な言葉が聞こえたので、目をパチパチと瞬かせた。
彼はまだなにかを言いたそうだったので、ベッド脇にあった椅子を勧めた。イザークは遠慮がちに腰を掛けると、ぽつりとつぶやく。
「配慮が足りなかった」
「と、申しますと……?」
「いろいろと」
彼は一人で思うところがあったみたいだが、圧倒的に言葉が足りない。
「あんたは南部から来て、ここに馴染もうと努力しているんだと思った」
「……」
「湯あたりして倒れた時、支えた体があまりにも華奢で驚いた」
「……」
「きっとあんたも望んで北部にきたわけではないのに。……今まで八つ当たりして悪かったよ」
正直、意外に思った。
あれだけツンツンした態度だったイザークは私に対する態度を軟化させてきたのだから。
うなだれた子犬のように見え、思わず笑いそうになる。




