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3. 巡り会い

 なぜ、普通に登校できると思っていたのだろう。

 イソラは職員室で顔を真っ青にしている教頭と驚きのあまりに何も言えずにいる担任、そして平然とつまらなさそうな顔をしているアロイスに挟まれていた。

 学校に着いてすぐに注目の的どころか、どよめきの渦が起こり、その騒ぎに教職員が出てくる事態になった。

 その原因がイソラであるとわかると、即座に職員室へ連れて行かれ、一体アロイスは何者なのかと質問攻めにあっていた。

 アロイスが何者なのかと聞かれても、イソラには「私のファミリア・スピリットです」としか答えようがなく、それに対してアロイスは助け船を出す風でもなく、時折鼻を鳴らすような仕草をする。

 それが癇に障るのか、教頭は真っ青になりながらも憤然とアロイスを凝視していた。


「イソラ・ミナミさん、この件は会議にかけます。教室に戻りなさい」


「はい……」


 イソラは意気消沈して職員室を出た。そんなイソラの横でアロイスはちらりと閉められた職員室のドアを振り返った。


「マントでも身に着けてきたら、それらしく見えたかもね」


 しれっと独り言のように呟くアロイスに、イソラは気が遠くなる思いだった。

 確かに、アロイスの恰好は少しよれたシャツとパンツという、ファミリア・スピリットにはとても見えないような軽装ではあった。だが、問題はそこではない。


「マントとか、身なりとか、そういう問題じゃなくて……」


「冗談だよ」


「抑揚なく真顔で言われると、本気で言ってるように聞こえます」


 疲れを滲ませるイソラの言葉に反応することなく、アロイスはふらふらと歩き出した。イソラは慌ててアロイスを連れ戻す。


「私の教室はこっちです」


「そう。じゃあ、ぼーっとしてないで連れて行ってよね。俺は学園の内部なんて知らないんだから」


「……はい」


 こんな状態で、自分のファミリア・スピリットだと言うアロイスと上手くやっていけるのだろうかとイソラは不安になりながら、いつもより周りが騒がしいように思え、イソラは辺りを見回した。

 すると、男女すべての学生がイソラを注視している。イソラは驚いたが、どこか違和感を覚えアロイスを仰ぎ見た。

 アロイスは全く興味などないといった顔で校内を見回しているが、明らかに周りの視線はアロイスに集まっている。


「……人多すぎ」


 人の視線など気にしていないらしいアロイスは、不機嫌そうにポツリと呟いて、小さく溜息をつく。だがそんな仕草すら、周りの注目を集めるには十分だった。そこかしこから黄色い悲鳴や、小さな驚きの声が聞こえてきていた。

 ますます眉間に皺の寄るアロイスをイソラは慌てて教室へと連れていった。

 イソラ達学生は、固定の教室はなくそれぞれが教科を選考し、その授業の時間合わせて選考している教科の教室へと向かうシステムになっている。

 なので、ヨージフとも同じ教室にいることもあれば、別々の時もある。これから受ける授業科目はヨージフと同じだから、今頃は教室にいるだろう。

 そのことにどこか安心感を覚えて、教室のドアを開けると、一瞬のざわめきと、静寂がイソラの目の前に広がった。

 すり鉢状になっている教室の一番後ろにいるイソラ達を見上げる様にして、全員がこちらを見ていた。

 圧倒されて、思わず後退さったイソラだったが、すぐ背後に付いてきていたアロイスにぶつかり、前へとつんのめってしまう。微かに笑う様な声が聞こえてきた。

 顔を上げなくても、自分の事を笑われているだと感じる。


「席は、どこでもいいの? 勝手に座るけど」


 周りの状況も空気も全く読む気のないアロイスは、身近にあった椅子に座った。そんなアロイスの態度に、イソラは少し救われた気がした。

 だが、それが合図となったように、アロイスの元へ一気に女子生徒たちが群がりだして、騒ぎ始める。

 近くにいたイソラは、その輪から押し出されるようにして茫然と立ち尽くしていた。


「イソラ」


 不意に名前を呼ばれて飛び上がったが、振り返るとそこには心配そうな表情のヨージフがいた。イソラは心配をかけてしまったことを気にしつつも安堵にほっと顔を緩める。


「ヨージフ、おはよう」


「おはよう。イソラ……あの、あの人、誰?」


「アロイス。私のファミリア・スピリットなんだけど……信じられないよね。Cランクぎりぎりの私が人型のファミリア・スピリットを呼びたすなんて」


「……朝からすごい騒ぎだったけど、それ本当だったんだ。てっきり話に尾ヒレがついたものだとばかり……。あ、でもこれで退学は免れたんじゃない?」


「それがそうでもないみたい。職員室で何度も適性検査受けて、事情も聞かれて、アロイスの事も聞かれて、最後は職員会議にかけるって。会議次第ではどうなるかわからないよぉ」


 どう転んでも悪いようにしかならない状況にイソラは泣き出したくなる。とりあえず、女子生徒に囲まれているアロイスから少し離れた机に鞄を置いて一息ついた。

 イソラは先程の満員車両の中で、人の波に押され手に持っていたはずの鞄をなくしてしまったことを思い出した。

 慌てて探そうと人波をかき分けようとした時、イソラの目の前にアロイスが鞄をかざし、一言「どうやってなくすのさ」と呆れた表情で呟かれたのだった。

 朝起きてからの出来事に、どっと押し寄せる疲れを押しやりながら、イソラは鞄の中身を出して青ざめた。


「イソラ?」


「どうしよう、宿題……やってない。ほら」


 イソラは真っ白なノートをヨージフに見せる。昨日は片付けからなにからアロイスにやってもらい、宿題には全く手を付けていなかった。

 それどころか、スペルを使っていたとはいえ、着替えや布団に寝かせてもらうことまでしてもらっていた。


「ダメだ、私。このままじゃ……ダメだっ」


 腰掛けた椅子ごと揺れだしかねないほど震えだすイソラに、ヨージフが慌てて声をかける。


「イソラ、落ち着いて。宿題なら自習になったから出来るよ」


「まずは自立して立派に生活できるようにならないと……」


「その前に、落ち着いて。宿題を済ませようか」


 ヨージフに言われて、イソラは宿題を取り出し、問題と向き合う。隣にヨージフが座ると、イソラにわかりやすいように教え始めた。

 いつの間にか、イソラは周りの雑音が聞こえなくなるほど集中していた。ふと、机に影が落ち顔を上げる。すると、超不機嫌顔のアロイスが隣に立っていた。

 イソラが思わず立ち上がると、その隣で支えるようにヨージフも立ち上がる。


「俺の主様は、何をしてるの」


「え、宿題を……」


「ふぅん……」


 アロイスの視線が、机に広げられているノートや教科書をなぞり、イソラの頭上を通り過ぎ、ヨージフの顔で止まる。


「で、君は?」


「俺はヨージフ・ヴィユギン。イソラ専属の教育指導員だよ。君はイソラのファミリア・スピリットなんだろ、アロイス」


 いつもは優しい口調のヨージフだが、初めて聞くどこか棘のある言葉にイソラは驚いた。対するアロイスは不機嫌絶頂をふわりと解いて、イソラに妖艶な笑みを向けてきた。

 周りの女子生徒からため息が漏れる。だが、イソラは体を強張らせた。

 何かよくない事が起こるような予感しかない。


「そんなに緊張しないでよ。俺が悪人みたいじゃないか」


 真上から降り注ぐような威圧感に押しつぶされそうになりながらも、イソラはそっと席から立ち上がりアロイスと向き合った。だが、その足は逃げるように後ずさりを始める。

 そんなイソラを押しとどめるように、背後ではヨージフが立ち上がり、後方を塞いでいた。


「そう言えば、今朝のスープで火傷したんじゃない?」


「え?」


 唐突に今朝のことを持ち出すアロイスに、イソラはぱちくりと目をしばたたかせる。刹那、視界からアロイスが消え、次の瞬間イソラは太ももに暖かい感触を感じて固まった。

 アロイスが屈み込み、イソラのスカートを持ち上げ太ももに手を這わせていたのだ。

 慌てて後ろへと飛び退いて逃げる。そのまま体勢を崩したイソラの肩を、ヨージフが両手で支えた。


「アロイス、何をしてるの」


 ヨージフが低く鋭い声を発するのと同時に、イソラの腹に腕を回し、クルリと回転させる。そして、ヨージフは庇うようにイソラを背後へ隠してくれた。

 だが、真っ白になっていたイソラが状況を把握し、息を思い切り吸い込んだのを察して、ヨージフは慌ててイソラの口を塞いだ。

 もごもごともがきながら何かを叫ぶイソラをヨージフはなだめながら、アロイスを睨む。


「アロイス、君は本当にイソラのファミリア・スピリットなのか?」


「そうだって言ってるでしょ。何回も同じことを言うのって嫌いなんだよね。そんなことより、イソラを離してくれない?」


「落ち着くまで待て。イソラは前に、俺のファミリア・スピリットに驚いて、スペルを言いまくって、公園の噴水を全壊させた前科がある。今めちゃくちゃにスペルを唱えられたら、教室が壊れる」


「……俺は別に何が壊れようが関係ないけど」


 気だるそうに立ち上がったアロイスが軽く手を振ると、ヨージフの手がイソラの口から離れ、イソラは空気を一気に吸い込んだ。


「はぁ! びっくりしたけど! 噴水壊しちゃったこともあるけど! スペル唱えるのは我慢した!」


 涙目になってヨージフへと訴える。著しい成長はなくても、少しは学んでいる。噴水を壊した件についてもイソラは猛省して、むちゃくちゃにスペルを唱えてしまう衝動を抑える訓練を人知れずしていた。


「ごめんごめん、そんなに怒らないで。イソラ」


 そんなイソラにヨージフは優しく微笑み、頭をそっと撫でてくれる。イソラはそんなヨージフの手が好きだった。途端に険が取れて、素直になってしまう。

 スペルもなにも使わなくてもまるで魔法の様な手だった。


「ちょっと、ヨージフ。俺の主様に気安く触らないでくれない? イソラ、こっちにおいで」


 アロイスに手を差し伸べられたが、イソラは躊躇してしまう。さすがに今度は何をされるのかと、警戒心が働いていた。それを察したのか、ヨージフがアロイスを阻むように、腕を上げてイソラを止めた。

 ハッと見上げたイソラの目の前でヨージフとアロイスが無言で視線をぶつけ合わせている。

 ヨージフはいつもの冷静な表情ながらもその瞳は鋭い光を宿し、対するアロイスは眉間に皺を寄せ、険しい怒りの感情を表に出していた。

 水を打ったような静けさの中、妙な緊張感で教室にいる誰もが動けずに状況を見守っていた。だが突然、教卓のある側の扉が大きな音を立てて開かれた。

 三人に集まっていた視線が一気に、目下にある扉へと集まった。

 羽音も立てずに、真っ白なフクロウが教室を優雅に一周飛び回ると、カツン、と靴音が鳴り響いて、髪を揺らしながら美女が入室してくる。

 唇は艶やかに桃色の光を放ち、ふわりと舞う柔らかな髪は陶器の様な肌を撫でる。長い睫毛に縁どられて瞳はキラキラと輝いていた。

 髪をかき上げる仕草に傲慢さがにじみ出るが、その仕草は彼女を益々引き立て、輝かせている。フクロウが低く「ほぅ」と鳴くと、アロイスの頭上を通過して行った。

 フクロウに導かれるようにして美女の視線がアロイスで止まり、教室にいた生徒たちは彼女が通るべく、花道を作るように左右へと別れた。

 それがさも当然のように、美女はアロイスの元まで真っ直ぐに歩いてきた。そして、アロイスの目の前で立ち止まると、くっと顎を上げてアロイスにほほ笑みかけた。


「ラナ・フォークナーだ……」


 ヨージフの呟きに、イソラはまじまじとラナを見る。ラナ・フォークナーと言えば、誰もが知っているAランクの生徒だ。

 その豪華な外見も華やかな身のこなしも、全生徒の憧れの的だった。イソラが、そんなラナをこんなに間近で見るのは初めてだった。

 噂に違わぬ煌びやかさに、イソラは感嘆の息を吐きながらラナを眺めていた。


「前世って、あたしは信じる方じゃなかったわ。だって、前世なんて今を生きているあたしには関係ないもの。でも、今日ですべてが変わったわ。アロイス」


 ラナがそっと髪をかき上げると、甘い香りがふわりと舞う。


「全身で感じたわ。あたし達は巡り合うべくして巡り合うのだと」


「ごめん、ちょっと意味が分からないんだけど」


 熱を込めて語るラナに対して、アロイスの視線は冷たいものだった。イソラもラナの言葉の意味が掴めず、首をかしげる。


「いいのよ、運命を感じることが出来る人なんて一部なんだもの。でも、必ずあたし達は惹かれあう。そういう運命なのよ」


 アロイスが何か言おうと口を開きかけると、ラナはすっと手を上げて、どこか切なげに長い睫毛を伏せた。


「でも、あたしとアロイスでは立場が違ってしまった。アロイスは精霊として生まれ変わってしまった。それでも、あたしは構わないわ。種族の壁なんて超えましょう。二人で力を合わせればどんな壁だって超えられるわ。ねぇ、アロイス」


 ラナの言葉にアロイスはスッと体ごと後ろへ引いた。イソラがヨージフを見上げて、どうなっているのかと視線で問うと、ヨージフは肩をすくめて苦笑いをした。


「アロイスは、随分と気に入られたみたいだね」


「え?」


「イソラ! 貴女がアロイスの主ね」


 いきなり名前を呼ばれ、イソラはびくりと肩を震わせてラナを見た。ラナに真っ直ぐに見つめられて微笑まれると、顔が熱くなってしまう。


「アロイスの主なら、仲良くしなくてはね。よろしく」


 ゆっくりと手を差し出され、イソラはラナの手を握った。やわらかい手のひらから、暖かさが伝わってくる。

 この学園の生徒でイソラに優しい声をかけたのは、ヨージフに次いでラナが二人めだ。イソラは思わず頬が綻ぶのを抑えられなかった。

 二人の様子にアロイスは顔をしかめ、ヨージフが軽く額を押さえる。だが、イソラがそれに気付くことはなかった。

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