第14話「低くなった視線」
こうして、フィトラグス、ティミレッジ、オプダットは、久しぶりに「ボヤージュ・リーヴル」という本と「ボヤージュ・クレイス」という鍵のアイテムを使って、異世界をめぐった。
リーヴルは、イポンダートの力で念じた先へ行けるようになったので、エプンジークが安全かつ虹印がありそうな世界を教えてくれた。
リサキはそのままフィーヴェへ残り、目標の敵を探しながらモンスター退治に専念した。
一方ユアは、ディルルこと幼女にされたディンフルをミラーレへ連れて帰った。
戦闘力がだいぶ落ちており、参戦はさせられないので、しばらくは弁当屋を手伝いながらユアの勉強を見ることになった。
ディルル本人は、相当不服だった。
「まさか、また弁当屋で働くとは……」
ディルルは、出来上がった弁当を並べながら、文句を言った。
まりねが、いち早く反応した。
「こちらとしては大助かりよ、ディンフルさん。……いえ、“ディルルちゃん”って呼んだ方がいいかしら?」
「……この姿で“ディンフルさん”はダメだろう。“ディルル”にしてくれ」
「じゃあ、ディルルちゃん」
「呼び捨てで頼む」
「そういうわけにいかないでしょ。ディルルちゃん、三角巾でまとめてくれてるけど、髪、邪魔じゃない?」
ディルルになっても、紫色の長い髪は健在だった。
しかし、長さはディンフルの時と同じなままなので、背が低くなったディルル状態では床にでつきそうだった。
「……出来れば、切りたくない」
するとユアが「じゃあ、まとめよう!」と提案すると、ディルルを連れて二階へ上がって行った。
◇
ディルルをカーペットの上に座らせると、ユアは引き出しからブラシを取り出し、彼女の髪を梳き始めた。
「本当に長いよね、ディン様の髪。ずっと思ってたけど、何で伸ばしてるの?」
「俺の趣味だ」
髪を梳かされながら、ディルルは淡々と答えた。
「そっか。それにしても不思議だよね。リアリティアではロン毛の男性が少ないけど、空想では普通にいるんだよね。私も、空想のロン毛男性なら大歓迎かな」
「リアリティアの男性は、似合う奴が限られているからではないか?」
ディルルがストレートに言うと、ユアは「そうかも……」と苦笑いした。
「確かに、空想のキャラは人気が出るように、美男美女に描かれているもんね。それも理由の一つかもしれない……」
髪を梳かしたユアは、次にヘアゴムでディルルの髪を結っていった。
ここで、ぽつりとディルルがつぶやいた。
「元々は、ウィムーダの趣味だ……」
「えっ?」
彼女の言葉に驚きながらも、ユアは作業を進めた。
「小さい頃は短く切っていた。だが、だんだん面倒くさくなって、次第に切らなくなった。久しぶりに切ろうとしたら、ウィムーダから言われたのだ。“髪が長いディンが好き”と」
「そうなんだ……」
ディルルの髪を結いながら、ユアは優しく言った。
まるで、ディンフルの過去を受け入れるかのように。
その反応を見て、ディルルも安心した顔つきになるが、すぐにあることを思い出した。
「だが、フィトラグスからは大不評だ……。超龍戦で、あいつが無理やり俺の背中に乗って来た。髪が引っ張られ、痛くて文句を言ったら“ムダに伸ばすな”と言って来た。おまけに、俺がインベクル城に置いてもらっていた時、“どうやったら、シャンプーの泡が天井につくんだ?! 髪が長いからそうなるんだ!”と不満を言われたこともある」
「風呂場の天井に泡……? それって、髪の長さより身長の方が関係してそうだけど?」
「しかも、シャンプーを間違えて使った時は、思いきり怒られたな。“だったら、目につく場所に置くな!”と、夜通しで口論したこともある」
ユアは、勝手にシャンプーを使われたフィトラグスに同情したが、口には出せなかった。
本来ならディルルの味方をしたかったが、ディンフルがシャンプーを使えば、一度でどれほど消費するのか簡単に想像出来たからだ。
しかも、シャンプーの置き場所で口ゲンカになったことも、「二人共、仲が良いのか悪いのか……」と失笑するしかなかった。
「終わったよ!」
ユアは一声掛けてから、部屋にあった姿見をディルルの前に持って来た。
「こ、これは……?!」
姿見には、頭の上部でツインテールにしたディルルが映っていた。
「うん、可愛い! そのフリフリの服に合わせるためにやってみたんだ! 正解だったね!」
「あ、合ってはいるが……」
生まれて初めてのツインテールに、ディルルは少しだけ不満げだった。
しかし現状を考えたら文句は言えなかったし、せっかく結ってくれたユアにも申し訳ないと思い、受け入れることに決めた。
その後、ディルルはツインテールのまま、仕事に取り掛かった。
とびらやまりねからはもちろん、客からも「可愛い!」と褒められた。
しかし、当のディルルは嬉しく感じなかった。
(“可愛い”と言われたのは、生まれて初めてだぞ……)
常連の客からは「子供を働かせて大丈夫?」と不思議がられた。
「大丈夫です! この子、幼く見えますけど、実は十八なので!」
ユアがウソをつくと、店内に妙な空気が流れた。
常連客は苦笑いし、とびらも顔を引きつらせながら「そうそう! この子、童顔が売りなんですよ」とフォローに入った。
「この見た目で、十八は無理があるだろう!」
ディルルは即刻、ユアへ耳打ちした。
見た目は身長一五〇未満、顔はツインテールが映える十歳前後ほどだった。
「でも、リアリティアでは、童顔の大人がたくさんいるから……」
ユアはしおれながら言い訳した。
リアリティアにもミラーレにも、「子供を働かせてはいけない」という法律があった。
そのために、必要なウソだった。
しばらくして、イートインで食べていた三人の客が立ち上がった。
「そのままで大丈夫です。すぐに片づけますので」
弁当を並べていたユアが声をかけると、三人は「ごちそうさま。美味しかったよ」と笑顔で言いながら店を出て行った。
弁当を並べ終えたタイミングで、厨房から声が掛かった。
急な用らしく、ユアはイートインの容器を片づけずに、奥へ引っ込んで行った。
「俺がやるか」
用を終えたディルルが片づけることにした。
一度に片付けようと、弁当の容器と飲み物のパックを一つのトレーに乗せ、残りのトレーは下に重ねることにした。
運ぼうとすると、ディルルはトレーを落とし、床に容器が散乱した。
「す、すまぬ……!」
急いで片づけようとするディルルへ、とびらとまりねが駆けつけた。
「大丈夫?」
「あなたがこんなミスするなんて、珍しいわね。とびらなんて、しょっちゅうなのに」
さりげなく、母からミスを振り返られ、とびらはうなった。
「背が縮んで低い視線に慣れておらぬ。あと、トレーが重く感じたのだ」
「それ、力が落ちているからじゃない?」
とびらに指摘され、ディルルは言葉を失った。
落ちているのは戦闘力だけではなかった。
「それなら、力仕事はさせられないわね。レジをお願いするわ」
「レジか……」
まりねから提案されるディルルだが、気が進まなかった。
「先ほど、生真面目そうな女性から“あなた、学校は?”と聞かれた。さすがに、十八は信じてもらえないようだ……」
とびらとまりねは何も言えなくなった。
視線の変化や力量は慣れるが、やはり見た目はごまかしきれなかった。
結局、こうやに事情を話して、厨房で力仕事以外をやらせてもらうことにした。
だが、厨房に入ろうとしたら、惣菜が入ったケースを抱えたユアとぶつかりそうになった。
「ご、ごめん! ケガはない?」
「だ、大丈夫だ……」
ディルルが言うと、ユアは惣菜を出しに店内へ戻って行った。
(もう少しで、ケースが顔に当たりそうだった。以前は、このようなことはなかったと言うのに……)
◇
帰宅と夕食ラッシュが終わった頃。
ユアは、もうヘトヘトになっていた。
「つかれた……」
「お疲れさま! 今日は、久しぶりにお客さん多かったわね!」
疲れ切ったユアをねぎらうように、まりねが声を掛けた。
「サーヴラスがいた時以来じゃない?」
「あそこまでじゃないだろ」
とびらとキイは過去を振り返った。
ディンフルの側近・サーヴラスが手伝っていた頃、料理力に長けたディファートだったのと王族の下で作っていた経験もあり、彼が作った弁当はまたたく間に売れた。
だが、あまりの売れ行きで店は人が入れないほどにごった返し、まりね、とびら、キイ、こうやはヒィヒィ言っていた。
しかも、せっかく売れても、サーヴラスが本物の王家御用達の食材を使うため、材料費のせいで赤字だった。
大変な労力の割には、儲けが少ないため、当時の弁当屋は生き地獄のようなものだった。
今は「王家風」にランクダウンさせて売り出していた。
客数は減ったが、のびのびと働ける点では、とびらたちもゆっくりと羽を伸ばせた。
「ディルルちゃんもお疲れさま!」
まりねが声を掛けると、ディルルは裏口へ向かった。
「悪いが、先に上がらせてもらう。本当に疲れた……」
「俺も帰るよ。じゃあな、みんな」
今にも倒れそうなほど疲弊したディルルに、キイがついて行った。
ディルルを置く際、以前と同じくキイの図書館で寝泊まりさせることになっていたのだ。
キイたちがいなくなると、とびらとユアはディルルが気掛かりになった。
「ディルル、大丈夫かな?」
「背も縮んだし、力も弱くなっているから、今日は大変だったと思うよ……」
不安そうな顔をする二人を励ますように、まりねが言った。
「あなたたちがそんな顔してどうするの! 一番辛いのは、状況が変わったディルルちゃんでしょ! 大丈夫よ。なるべく、負担にならないように私も考えるから」
まりねの力強い言葉にユアととびらは少しだけ笑った。
そして、明日からもっとディルルをフォローをしようと決めるのであった。




