表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】剛腕のエルザ  作者: 平ミノル
20/30

第20話 呪い


 

 メラーズ男爵夫人・ベルネージュは、恐ろしい女である。


 彼女の若さと美貌は妖術によるものだが、その妖術の儀式を行うために、大勢の命を奪っているからだ。


 今でもその若さを維持するために、定期的に生贄を必要としていた。彼女の美しさは、そういった恐るべき所業の産物なのである。


 ベルネージュが部屋でワインを飲んでいると、扉がノックされた。ベルネージュは扉の方へ視線を向けた。


「入って」


 すると、男が六人、ぞろぞろと入ってきた。


 メラーズ男爵とボーマン伯爵……そして、隣国ウインザー帝国の軍務大臣、ヴァルトだった。


 そして、彼らの後ろから影のように入ってきたのが、彼らの護衛騎士である。


 護衛の三名は、それぞれが見劣りしない立派な体格の持ち主で、それぞれが有名な剣士だった。彼らは、それぞれの主が席につくと、その背後を守るように後ろへ立った。


「遅かったやないか」


 すると、夫であるメラーズ男爵は軽く頭を下げた。


「色々と予定外のことが起きたもので……」


 ベルネージュは、世間的にはメラーズ夫人ということになっているが、実際のところは、メラーズ男爵がベルネージュに隷属していると言った方が正しい。


「ジェームズは、間に合わへんのか?」


 ジェームズの名前が出て、メラーズ男爵は少し動きが止まったが、すぐに口を開いた。


「彼は今、南部の貴族と最終の打ち合わせに行っておりまして、今日の招集には間に合わなかったようです」


 ベルネージュは、返事の代わりに鼻をフンと鳴らした。ベルネージュは腕を組んで椅子の背に身体を預けた。


「まあいいわ……。最後の仕上げに行ってるんやな。……ここに集まってもろた人たちは知ってはると思うけど、ウインザー帝国軍がエスタリオン王国を侵攻するタイミングで、第三王女派の貴族たちが謀反を起こす……いうのが基本的な流れや。その時は私も暴れさせてもらうから、必ず王国を打ち破って、この地を帝国領にするんやで」


 ベルネージュはニヤリとした。


「ヴァルトはん。その代わり、私の領地はちょっと広めにもらうで」


 するとヴァルトはにこやかに笑った。


「もちろんですとも。必ず皆様の御意向に沿うように致します」


「その辺はちゃんとしてや……裏切ったら殺すで」


 するとヴァルトはゴクリと唾を飲んだ。


「ええか、実行は三日後や。ちゃんと合わせて行動してくれなあかんで。帝国の侵攻が謀反の合図となる。よろしゅう頼むわ」


「わかりました。ですが、王国の方は大丈夫なのですか?」


 すると、ベルネージュは鼻をフンと鳴らした。


「第二王女を毒殺したったんや。今はその騒動に目が向いとる。今のうちに事を進めて、一気に攻めていくんや」


「何事もタイミングですからな」


 するとメラーズ男爵がワイングラスを持って少し上げた。


「それでは、打倒、エスタリオン王国を祈って……乾杯でもしましょうか……さあ、みなさん……グラスを持ってください……乾杯!」


 すると、護衛騎士以外の四人が、ワイングラスの中身を飲み干した。それは、血よりも赤い、むしろどす黒くとさえ思える濃い赤のワインだった。


「ふふふ……いよいよやな……血が滾るわ……」


 すると、帝国の軍務大臣・ヴァルトがニヤリと笑った。


「それにしても、ベルネージュ様の妖術というのは、どの程度のものなのでしょうか。もしよろしければ、私どもに見せてもらえませんかね」


 するとベルネージュは厚い唇を少し歪めて微笑んだ。


「もしかして、そんなこと出来るのかって、思ってる? 思ってるんやろ?……まあええわ。それじゃ、見せたる」


 ベルネージュはそう言うと、右手の平を上に向けて、指を引っ掻くような形にした。するとそこに水の玉が現れてフルフルと宙に浮かびあがった。


「おおお!」


「まだあるで……ほれ!」


 すると今度は左手の人差し指の先に、火が灯った。


「これは素晴らしい……」


 ヴァルトは驚きを隠せなかった。それを見たベルネージュは、少し意地悪そうな顔をする。


「ふふふ、ほな、これをちょっと味わってもらおうか」


 ベルネージュは両手をバッと前に向けて、水の玉と火の玉を左右に発射した。するとその玉は物凄い勢いで飛んで、ヴァルトの護衛騎士とボーマンの護衛騎士へと向かった。


「うわあああ!」


 二人は逃げ惑ったが、一人の顔を水玉で包み、もう一人は猛火に包まれていった。


「ああああ! 熱いっ! やめてくれ! あああ!」


 火に焼かれた騎士は、炎を手で払いながら必死でもがいている。もう一人の護衛騎士は、頭を水玉に包まれてのたうち回っている。取ろうとしても取れない水玉を、ザブザブと手で掻くことしか出来なかったのである。


 驚きを隠せない一同の様子に満足したベルネージュは、美しい指先を上へ向けて立て、パチンと指を鳴らした。すると不思議なことに水も火も消えてしまったのである。


「ここで見せたんは、まだまだ子供だましや、こんなもん序の口やで」


 二人の護衛騎士は狼狽えて、しゃがみこんでしまった。


「一体、どうやったら、そんなことが……」


「よくわかりましてございます」


 一同は絞り出すように、そう答えた。 


「わかればええねん。私の目的はあくまでもヤタ一族の復興や……先祖代々の土地を取り戻したいだけなんや。わかるか? 権力とか利権とか……そういうもんはいらんって言うてるんや。これほど良心的な仲間はおらんやろ」


「おっしゃる通りで……」


 一同はみんな、冷や汗を流した。


「恐ろしい……本当に味方で良かったですな」


「ええねん、私かて、一人じゃ何もできへんからな。あんたらと協力関係を築けてうれしい思てるで」


「ありがとうございます……」


 ボーマンは、思わず頭を下げた。


 するとヴァルト大臣が皆を見回した。


「まあまあ、戦いの話はこれくらいにして、今日は意気を上げるといいますか、景気よくグッと飲みましょう。これからの前途を祝して……それからベルネージュ様の美しさに……」


 ベルネージュは笑った。


「ありがとうヴァルト大臣。ほんなら、私の美しさに乾杯してくれる? これから大勢の人が死ぬから、そんな凄惨な光景を血で塗りつぶすように、この真っ赤なワインで乾杯や! わははは、わはははははは!」


 そう言って、ベルネージュは高笑いした。


 その場にいた面々は、ただ冷や汗を流すしかなかった。


 ベルネージュの高笑いが続く中で、一同は床がグラつき、熱を持っているのを感じた。


「ん?」


「何や?」


 ベルネージュが床へ目を向けたその時、突如、ベルネージュの足元から大爆発が起った。


「なな、なにごとやっ!」


 ゴーンという耳をつんざくような轟音とともに、部屋の床が崩れ落ちていったのである。


「うわあっ!」


 ベルネージュと三人の貴族、三人の護衛は、崩れ落ちた床とともに、一階へと落下していく。そして、三人の貴族は落下の衝撃で足や腕の骨を折るなどの重傷を負い、身動きが取れなくなってしまった。


 だが、護衛騎士たちは違う。ひどく体を打ち付けはしたものの、さすがに受け身を取るなどして戦闘態勢に入っていた。


 そして、ベルネージュ。彼女の足元には念入りに爆薬が仕掛けられており、その衝撃で四肢はちぎれ、顔や体は焼けただれていた。そして血にまみれたその顔を上げて、大きな声で罵っていた。


「誰や! 誰や誰や! こんなことした奴は! 許さん! 許さんでっ!」


 ベルネージュは片膝を立てて、周囲を睨み回した。怒り狂っていた彼女の前に、赤い髪をした襲撃者が現れた。


 ベルネージュは焼けただれた顔を襲撃者へ向ける。


「ジョー、手筈どおり、速攻でいくわよ!」


「おう!」


 それはエルザとジョーであった。いつもと違ったのは、ジョーが白銀の甲冑を着ているという所である。


「うおおおおっ!」


「ええええいっ!」


 その気迫に、ベルネージュは狼狽えた。


「何なのよ! お前ら一体、何なのよ!」


 ベルネージュの叫び声が止む前に、ジョーの斧がベルネージュの首筋に叩き込まれ、そのまま胴体を縦に切り裂いていった。


「うおおおおーっ!」


 ジョーが吠えるように斧を振るうと、ベルネージュの左肩口から薪を割るように体が裂け、ベルネージュの絶叫が響き渡った!


「ぎぃやあーっ!」


 ジョーの斧はそのままメリメリと彼女の胴体を縦へ切り裂き、股のあたりで真っ二つに切断した。


「エルザ! 受け取れ!」


 ジョーはベルネージュの半身をエルザの方へ蹴り飛ばした。


「まかせて!」


 投げられたベルネージュは半身は、首もないのにニュルニュルと蠢き、肉塊となりながらも、妖術の力で手足が復旧していく。だがエルザは手早く剣を振って切り刻むので、回復が追いつかないようだった。


もちろんジョーも手を休めてはいない。顔のある半身は、ベラベラとよくしゃべるのでうるさかったが、ジョーは容赦なく斧を振るっていった。


「何や!……何をするねん!」


「少しは黙ってろ! この化け物め!」


 そういうと、ジョーは胴体を横に切り裂いた。


「ぎやああああ!」


 そして、ジョーも自分の受け持ち側の半身を、斧を振るって切断していたが、こちらの半身は再生しない。その代わり、頭だけは元気にしゃべり続けている。


「よくわからんが、頭だけ、体とは別の原理で再生しているのか?」


 ジョーは斧振るってベルネージュの首を吹き飛ばした。するとその首はボトリと足元に落ちたが、驚いたことに、その首はジョーを睨みつけながら罵ったのである。


「おのれ、おのれぇ! 貴様よくも私の首を! 呪ってやる! 呪ってやるぞ!」


 するとベルネージュは大きな口をカッと開いた。


「貴様、これでも食らわんかい!」


 首だけになったベルネージュは、黒い霧のようなものを噴射しながらジョーに向かって宙を飛んだ。

 

 これにはさすがのジョーも少し驚いたが、そこは冷静に足を振り上げて、そのまま壁目掛けて蹴り飛ばした。するとその首はクルクルと飛んで壁へベチャリと激突した。


 ジョーは振り返ってエルザの方を見た。


「そっちはどうだ、エルザ!」


「まだ再生が止まらないわ!」


「胴体から半分に切ってみろ! 核のない塊からは再生しないようだ」


 ジョーの言うとおり、再生される部位とされない部位がある。


「あなたの言う通りね。体のどこかにある核を中心に再生していくのね。切り刻んで、核を取り除くわよ!」


 エルザの言葉を聞いて、壁際で転がるベルマージュの首は狼狽えていた。


「お前、なんでそれを知ってるんや! やめろ! やめてくれや!」


「あなた、散々、ひどいことをして来たわよね……覚悟して頂戴!」 


「止めろやああ!」


 エルザがベルネージュの胸を切り裂くと、心臓の奥に形成されていた丸い塊を見つけた。エルザは、それを力任せに引っぱる。


「えええええいっ!」


 ブチブチブチッ! と肉を引きちぎる音をさせながら、エルザはその丸い塊をむしり取った。するとベルネージュの肉体は、再生をやめた。


「止まったわ!」


 そして、エルザがその丸い固まりを握り潰すと、中から黒い霧が吹き出してそのまま消えてなくなった。


「ううう…… 痛い! 痛いっ!」


 床に転がる生首が、青白い顔をしながら呻いている。


 すると、それをそっと拾いあげて、小脇に抱える男がいた。


 ジェームズである。


「ううう……遅いやないか、ジェームズ……見てくれやこの顔……酷いことになってるで……」


ベルネージュは恨めしそうにジェームズを見た。だが彼は、眉間をハの字に寄せながら、困ったように唇を尖らせた。


「すまなかったね、ベルネージュ。まずは安全な場所へ逃げてから、薬を塗ってあげよう。それまで、しばらく辛抱してくれ」


 ジェームズはそういうと、愉快そうにニヤリと笑った。 


 だがそれを見たエルザは髪の毛を総毛立たせて怒り狂った。


「待てよお前! その首置いていけ!」


 エルザは飛んでジェームズに斬りかかったが、ジェームズは、ベルネージュの首を小脇に抱えたまま、ヒラリとその剣を躱した。


「フン、お前の剣など俺には届かん。なぜだか解るかね?」


「そんなの、知るか!」


 エルザはブンブンと剣を振る。だが、ジェームズはヒラリ、ヒラリとその剣を躱す。そして、時折、鋭い剣撃を放ってくる。


ガキーン!と剣と剣とがぶつかって、白い火花を散らす。


「年長者の意見は聞いとくものだがね。でないと早死にすることになる」


「嘘臭いんだよ、お前の話は!」


 そしてキンキンと剣を打ち合うと、そこへジョーが乱入してきた。


「あっ!」


ジェームズが油断した隙に、脇に抱えたベルネージュの顔面が、ジョーによって蹴り飛ばされた。


「あーっ! ちょっと何やってるんや、ジェームズ!」


 ベルネージュの声が、悲し気に遠ざかっていく。するとジェームズは少しだけ申し訳なさそうな顔をした。


「すまないが、ちょっとだけそこで待っていてくれ」


 そんなジェームズに、エルザとジョーが斬りかかっていく。


「早く取りに来んかいジェームス!」


「ちょっと待ってくれ、今取り込み中なんだ。見えるだろう?」


「見えるかい、そんなもん。こっちは首だけやねんぞ!」


 ベルネージュは首だけになってもわめいていたが、闘いが長引くにつれて元気がなくなっていった。


「ううう、あかんわ……時間切れや……ジェームズ……早う、してくれ……」


 それを見たジェームズは、ちょっと焦りだした。


「まずいな、これは……」


 しばらくすると、ベルネージュはしゃべらなくなった。そしてヒューヒューと、か細い息を吐いている。


 それを見たジェームズは、キンキンと剣を合わせながら、床めがけて煙玉を投げつけた。


「エルザ君、すまないが退散させてもらうよ。私の連れがもう限界のようでね」


 気が付くと、ジェームズはベルネージュの首を小脇に抱えて、数メートル離れた場所に立っていた。


 だが、そのベルネージュの顔は老婆のように皺だらけになっていて、白目を剝いたまま、だらしなく舌を垂らしていた。


「くそう、ジェームズ!」


「エルザ。今度会う時まで、命は預けておく。その首を洗って待っていろ。ハハハ、さらばだ」


 ジェームズはそう言って笑い声をあげた時、ヒュンという風切音がして、ジェームズの耳が千切れ跳んだ。


「うわっ!」


 ジェームズが振り返ってみると、そこにはジョーが猛烈な勢いで走り寄ってきていた。


「誰かと思ったら、お前は黒い蝙蝠のジョーではないか!」


「フフフ、今頃気付いたのか!」


 ジョーの斧が、ガキーン!という大きな音を立てながら、ジェームスの剣を弾き飛ばす。


「……イメチェンしたのか? あの赤毛の女の好みかね?」


「俺を相手におしゃべりしている暇はあるのか!」


 ジョーが猛烈に斬りつけるので、ジェームスも余裕がない。

 

「三日月湖では怪我をしている所を助けてやったのに、この恩知らずめ」


「使える駒を失いたくなかっただけだろう!」


「すいぶんとおしゃべりになったものだな、あれだけ無口な男だったのに!」


「俺は、お前らの良いようにはならないっ!」


 ジョーは斧をガンガンと振り下ろしていく。これにはジェームズも堪らず逃げ回った。さすがのジェームズでも、ジョーの攻撃を片手で受けることはできない。


「お、お前、黒い蝙蝠を抜けるつもりか!」


「黒い蝙蝠なんて、とっくに終わってるだろ。今誰が生き残っているんだ? それもこれも、全部お前のせいじゃないか!」


 その時、ジェームズの死角から、風切音が聞こえた。ジェームスが振り返ると、真っ赤な髪の揺れる姿が見えた。


「しまったっ!」


 ジェームズは、体をのけ反らせてその剣を回避しようとしたが、エルザの剣先もその動きを追っていく。


「ああっ!」


 ジェームスが顔をしかめた時、エルザの剣が鼻先を斬り飛ばしていた。


「おお……よくもお前、俺の命より大切なこの鼻をっ!」


 ジェームズはエルザを睨んだ。


「鼻だけで済むと思っているのか!」


 エルザは剣を振って斬りかかったが、何の仕掛けがあるのか、ジェームスはフワリと宙へ舞い上がると、窓際へ降り立った。


「貴様ら二人とも、覚えてろよ!」


 ジェームスはそう言うと、窓から飛び降りた。


「おい、ジェームズ! 待てっ!」


 エルザが窓辺へ駆け寄ると、もう、ジェームズの姿はなかった。エルザは拳を窓枠へと叩き込んだ。


「チクショウ……折角、仇を討つチャンスだったのに……」


 エルザはその場にしゃがみ込んで泣いた。そこへジョーが近づいてきて、エルザの肩に手を置いた。


「泣くなエルザ……間違いなくベルネージュは死ぬ。あの顔を見ただろう。ああなってはもはやどんな医者でも治すことは出来ん」


 エルザは黙っていた。


「それに、ジェームズだって、鼻と耳がないんだぞ。そんな特徴のある男など、また探すことが出来るさ。それよりも、お前の先生を助けに行こう」


 するとエルザはパッと顔を上げて、後ろを振り向いた。


「先生はどうなったかしら?」


 エルザは袖口で涙をぬぐった。ジョーはそれを見て見ぬふりをする。


「さあな。だがお前の先生なのだろう。心配あるまい」


「そうね。じゃあ、先にあの貴族どもをふん縛ってしまいましょう」


 エルザとジョーは、瓦礫に埋もれて唸っていた、ボーマン伯爵やメラーズ男爵、そして帝国のヴァルトを引きずり出して、縄で縛りあげた。


 その後、エルザがセドリックの元へ駆けつけると、三人の護衛騎士は、すでにセドリックによって倒されていた。しかも、殺さずに手足を浅く斬りつけながら戦闘不能にしていたのである。 


「先生、大丈夫?」


 するとセドリックが顔をあげてエルザを見た。久しぶりにセドリックを見ると、痩せた小さな体つきは、なんとなく湖賊のバクスと似てる気がした。


「何が大丈夫だバカモンが……終わったなら手伝いに来んか」


「えへへ、先生なら大丈夫かなと思って」


「大丈夫なもんか。相手はそれぞれの部署でトップクラスの実力を持つ騎士たちじゃぞ。ワシも危うく寿命が尽きるところじゃったわい」


「良くいうよ、余裕そうだったじゃない」


 セドリックは苦笑した。


「ところで……ベルネージュはあの方法で倒せたか」


「ええ、多分大丈夫よ」


「ベルネージュは虚実入り混じった攻撃をしてくるのが厄介なんじゃ。もっとも、そのうち怖いのは妖術だ。あれは見せかけではなく、本当にやられちまう。だが、再生に力を集中させれば、奴は魔素を攻撃に回すことができねえ。まあ、ワシらの作戦勝ちじゃな」


 するとエルザは笑った。


「先生、まだまだ現役でいけるんじゃない?」


「バカを言うな。ワシは今の生活が気に入ってるんじゃ。今さらなんで面倒な都暮らしに戻らにゃならんのだ」


 セドリックがそう言うと、エルザは笑った。


「ん? エルザよ、お前なんだその腕……」


「え?」   


 エルザが腕を見ると、前腕あたりに黒いミミズのような線がくっきりと付いているのである。


「ええ! 何これ」


 エルザは服でゴシゴシと擦ってみるが取れそうもない。


「取れるか?」


「嫌だわ、取れない」


 それを見たセドリックは、腕を組んで唸った。


「うーん、ベルネージュの奴、死に際に何か呪いでもかけたか?」 


 それを聞いたエルザは、少しだけ顔を青くしていた。


「エルザよ……何か身体に異変を感じたら、すぐにワシかセラスにいうんじゃぞ。ヤタ族の呪いは非常に厄介じゃ。ワシの知り合いが、ブラストという村に住んでいるから、一度見てもらうといい。お前が連れてきた彼の様子も良く見ておくんじゃ」


 エルザは改めて腕に刻まれたその黒いラインをジッと見つめた。そして、これとそっくりなものが、父の腕にあったことを思い出していた。





 ベルネージュを倒した後のメラーズ屋敷は大混乱だった。


 メラーズの騎士団は、数にものを言わせてエルザ達を攻撃しようとしたが、遠くからセラスが率いる部隊が現れたのを見て白旗を上げた。


 もはやベルネージュは死に、ジェームズは行方知れずとなった。それを知った屋敷の人間はあっという間に戦意を失っていた。


 その後、セラスが屋敷に到着した。


 セラスはすぐに、エルザたちのもとへとやって来た。


 置き手紙はしたものの、エルザの行動は命令違反である。エルザはセラスから雷をおとされるのを覚悟していた。


 廊下の向こうにセラスの姿が見えた。その顔は怒りで鬼のような形相をしている。


「セラス様……」


 エルザが立ち尽くしていると、セラスは早足で近づいて来る。エルザは思わず子犬のようにシュンとなった。


「エルザっ! お前また勝手なことを!」


 怒りに燃えたセラスは、エルザに近づくと手のひらを頭の上まで振り上げた。そして、セラスがエルザの頬を張り倒そうとした時、エルザはビクッとして首を竦める。


 それを見たセラスは、打ち下ろすその手をピタリと止めた。


 そして、ゆっくりとエルザの頭に手を乗せると、クシャクシャと頭を撫でた。


「親の仇は討てたのか」


 するとエルザは、ブワッと泣いた。


「はい……ベルネージュは倒しましたが、ジェームズには逃げられました」


すると、セラスは小さく頷いた。


「エルザ……なぜ言わなかったのだ。……奴らが親の仇なら、一言言ってくれれば良かったのに」


「すみません」


 エルザは俯いたまま、ポロポロと涙をこぼした。それを見たセラスはため息をついた。


「父には、私の指示で動いていると伝えておいたし、セドリック叔父さんも父に手紙を書いていたようでな。今回はお咎めなしだ」


 するとエルザはバアっと明るい顔になった。


 セラスはもう一度、ため息をついた。


「それどころか……今回、お前が暴走してくれなかったら……三日後には帝国軍の攻撃が始まっていたらしいじゃないか……。そうなれば、我々の行動は後手に回って、メラーズ攻略は困難を極めただろう。……大手柄だ」


 エルザはそれを聞いてニコニコと笑った。


「だがエルザ。今度こんなことがあったら、私も怒るぞ。せめて上司として、庇える範囲で騒動を起こしてくれ」


 セラスはそう言うと苦笑した。


「ところで、あの白銀の軽鎧を着ているのが、手紙に書いてあった協力者か?」


 セラスは遠くに立つジョーを見ながらエルザに聞いた。


「はい。凄まじい手練れで、私と彼とでベルネージュを倒したんです」


「なんと、そうだったのか!」


「セラス様に紹介させてもらってもいいですか?」


「もちろんだとも。是非、紹介してくれ!」


 するとエルザは小走りにジョーの元へと走って、セラスの元へと連れ戻って来た。


「セラス様、連れて参りました」


「ああ、君が協力者の……」


「ジョーデンセン……です」


 ジョーは少し緊張気味に言った。


「ジョー?」


 セラスは、なんとなくどこかで会った気がして、軽く寒気がした。


 セラスが見た所、ジョーデンセンは長身で、筋骨逞しく立派な体格をしていて、口数は少ないが誠実そうな印象を持った。


「育ちが悪いので、貴族と話したこともなく、態度が悪いのは勘弁してくれ」


 それを聞いて、セラスはニッコリと笑った。


「国の大事に協力してくれた貴方に、なぜ態度のことをとがめようか。感謝してもしきれないくらいだ」


 ジョーは意外だという顔をして、セラスを見た。


「待ってくれ。俺は国を救うとか、そんな大それた考えでここに来たわけではない。ただ、このエルザに頼まれてここへ来ただけなのだ。礼ならエルザに言ってくれ」


 するとセラスはハハハと笑った。


「えらく謙虚なのだな。だが、今回君は……君が思った以上に大きな功績をあげたのだよ」


「そんな、俺には相応しくない。そんなものは彼女にやってくれ。俺はいらない」


 するとセラスは、いやいやいや……と手を振った。


「そんな事は言わんでくれ、ジョーデンセン。王都へ戻ったら恩賞がでるはずだ。せめて、それを受け取るくらいのことならいいじゃないか」


セラスはニコリと微笑んだ。


「それとは別の話だが……セドリック叔父さんがな、君のことを騎士団に誘ったらどうだと推薦してくれたんだ」


「えっ! 先生が俺を?!」


 ジョーはびっくりしていた。


「そうだ。あの、剣聖と言われたセドリック・バクスターが、君を推薦したのだ」


 だが、ジョーは困惑していた。彼はこれまで、貶されたことこそあれ、褒められたことなどなかったからだ。だが、それは嫌な気持ちではなかった。


「しかし、俺は育ちも悪いし、貴族らしさもないが……」


「そんなことを君が心配する必要はない。君はそのままでいいんだ。そして、これからもエルザと共に、王国の騎士として働いてくれるなら私も嬉しい」


 ジョーは困った顔をして、エルザを見た。


 エルザはものすごい笑顔でジョーを見て、セラスを見た。


「セラス様! それはいい話です! 何よりの褒賞だわ! 是非、騎士団に入りなさいよジョー!」


 考えてみれば、悪い話ではない。これは、真っ当に生きるチャンスでもあるのだ。それともまた、あの薄汚い、裏街道で生きていきたいのか……違うはずだ。


 突然、降って湧いた幸運に、ジョーは困惑していた。


「ジョーデンセン、君は国を危機から救った英雄なのだぞ? 君を騎士団に入れると言う話に、誰が文句など言うものか」


 セラスはジョーへ微笑んだ。エルザも嬉しそうに微笑んでいる。


「ジョー……これは悪い話じゃないわ。前向きに考えてみて」


 エルザにそう言われて、さすがのジョーも心が動いた。


「これを機に、新しい人生を始めるのよジョー」


 エルザの強いまなざしに、ジョーは衝撃を受けた。


(俺に、新しい人生が?)


 ジョーは、信じられない気持ちで一杯だった。


 薄暗い道に立つ自分に、明るい光が差したような……ジョーはそんな希望が胸一杯に溢れる気がした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ