028、ユリアは悪くない!
さて、こっちの兄姉妹の仲はどうかというと……。
「兄、姉、大丈夫? もう痛いとこないか? 何か欲しいものあるか?」
「え、エアリーちゃん……どこであんな挨拶の仕方を覚えたの……?」
「もお、お前、隠す気ないだろ……」
姉は困惑、【真眼】で私の正体を見破っている兄は呆れ顔ドン引きしている。
なぜに引くの失敬な。あと、私の質問は全無視ですか。そうですか。
ちなみに背後からは父の怒気を感じる。
「躾けた覚えのねえ真似しやがって……」
おや、父がそう言うということは、あの作法でも、この世界の貴族界で通用するということかな。
ビジネスお辞儀すごいな。前世でも、確かに外国のお客様にも通じていたなと思い出したところで、兄の怒鳴り声が耳に入った。
「どの面下げて来やがった、クソ親父ィ!」
「お、おとうさ……っ、」
プンスカする兄ヘクトルと、怯える姉ユリア。
あらら、そう言えばこの二人、親父と仲悪かったわ。
嫌悪の表情が剥き出しな子供たちに対し、ダメ親父カシオラスは──
「おう、久しぶりだな。毒に倒れた割に元気そうじゃねえか」
──特に感情も乗せぬ冷たくも死んだ魚の目で応えるのでした。
約一年ぶりくらいの再会なのに、これですよ。険悪すぎ。我が家族は家族してないからねえ。
兄は親父のことあからさまに嫌っている。当たり前だね。親父自身、兄のこと嫌っているから和解なんて出来るわけない。
親父にしたら兄は托卵された子。そして母カスリーナが母乳まで与えていた子である。
あのカスが可愛がっていたということは、兄の本当の父親をカスは一等愛していたという証拠だ。
一方、姉のことは放置だ。
姉が産まれてからカスは家出し、父は家に帰って来なくなった。
当時6歳だった兄がいなければ姉は死んでいただろう。
何年かして、父は夜だけ家へと寝るためだけに帰っていたようだが、姉が父親のことを「お父さん」と呼ぶと「父と呼ぶな」と拒否したという。
だから姉は父のことを「お父さん」と呼べない。呼べないことに傷ついて泣く姉を何度も見たから知っている。
エアリーが二歳の時の記憶だ。
ほんと、うちの親どもは見下げたカスだな。
「まあまあ、兄よ。お怒りは最もだけど、体に障るから鎮まっておくれ。あんまり怒ると、またチンコもげるかもしれんぞ」
私、適当なことを言う。【復元復活】したから大丈夫だとは思うけどね。こう言えば兄も父へ突っかかるのやめるかなと思って適当なこと言いました。
思った通り、兄ヘクトルは「マジかよ」って青ざめて布団の中の股間を見やり、無事を確かめホッとしている。笑。
でも、玉ヒュンってなったらしく、以後、大人しくなりました。
その微笑ましい様子を生温い瞳で眺めてから、
「姉よ、これ飲んで元気出して」
姉のユリアへ、哺乳瓶を掴んで乳首を向ける。
哺乳瓶の中身は、果物と野菜のジュース。レシピに増えていたので、さくっと動画視聴。
現実では十秒弱しか経っていない。
姉の前で試飲して、安全だよと確かめてから渡した。
「おいしい……これ、おいしいねえ」
素直に受け取り、乳首ちゅっちゅする姉ユリア。
あら、可愛い。
三つ編みの赤茶毛とアンバーの瞳を持つ彼女は、10歳児らしくあどけない表情で赤ちゃんのように乳首を吸う。
その様子を見ていたら、弟ユリシスにミルクをあげる時のように穏やかな気持ちになれた。
もしかして、姉も尊いのでは。
そんな姉が、どうして虹色蛙を盗もうとしたのだろうか?
とっても良い子な姉ユリア。引っ込み思案ながらも冒険者ギルドでお手伝いしていたはずだ。
それがどうして盗っ人なんぞ……。
「姉よ、盗みの理由、話してくれませんか? 窃盗は良くないことですが、何か事情があったと思うのです。私は、姉が良い子だと知ってます。こんなこと……誰かに脅されたのではないですか?」
「────っ、そ……う……そう……なの……さすがエアリーちゃんだなあ……まだちっちゃいのに、私よりよっぽど……かしこくて、赤ちゃんのめんどうもみれちゃう……私、私だって、がんばりたいの、に……ごめんねえ、情けないお姉ちゃんで……ごめんなさい…………」
ぬう、姉は何か拗らせているようだ。
まだ10歳児なんだから、そんな気張らなくてもいいのに。
「ゆ、ユリア、やっぱり、あいつらに脅されてたんだな?!」
「お兄ちゃんにも、ごめんね……巻き込んじゃって、お兄ちゃんが死んじゃうとこだった……本当に、ごめんな、さ……っ」
泣いてしまった姉だけど、泣きながら、ぽつぽつと事情を話す。
脅されていたこと。その内容は、よくある、「家族の命が惜しけりゃ言うこと聞け」というやつだったらしい。
「私が、冒険者ギルドでお手伝ひっ、してる、っの、知ってて……私が魔法っ、使うの、見たって……お、脅されっ、て」
姉も魔法が使えるという。
兄もそうだけど、『魔力発現の儀』をしていないのに魔法が使えるのは、ケネスさんの【精霊姫の加護】みたいに何らかの加護を産まれた時から持っているか、それか──
「お前も、固有魔法があんのかよ……」
──ダメ親父が言うように、固有魔法か、だ。
固有魔法は先天的に持つ魔法のこと。魔力を発現させる前から使えるし強力なものが多いので、大体の人は秘匿するものだ。
あと、大抵はひとつしか使えない。
兄だと【真眼】。
私だと【子育て魔法】だね。
ただ私の場合、魔法ポイントで多くの魔法を取得でき、人前でもバンバンと魔法を披露しちゃう規格外なり。そりゃあマリアさんに神童とか言われちゃうわけです。あははん。
「くっそ、やっぱ、お前も……!」
「ひう、ごめんなさい」
親父、姉に当たるな。姉が怯えるじゃないか。めっ。
大方、カスリーナの浮気相手に目星でもついたんだろう。
姉の父親は……貴族っぽいな。
固有魔法って、王侯貴族に多く現れる特色らしい。
このことはラグお爺ちゃんに、兄の魔法のことで気になったついでに病院帰りの馬車内で教えてもらったから、間違いない。
だからやっぱり、兄も姉も貴い血を引いているということだ。
「ユリアは悪くない! 悪いのは無責任なことばっかする大人たちだ。子供だって、欲しくてこんな魔法もらったわけじゃねえよ!」
兄、至言だなあ。
姉の固有魔法は【魔法無効】。
こっそり、ひそひそ、小声で教えてもらった。
冒険者ギルドでは、古い屋敷や古代遺跡の調査時に、魔法のかかった扉やら魔法道具を無効化することで役立っていたという。
姉はまだ10歳だから、冒険者ギルドとしても一人前の冒険者として扱うことはできず、普段は職員の雑務手伝い、必要な時に調査に同行というかたちで、無闇矢鱈に固有魔法のことが露見しないようギルドに守られていたらしい。
それでも、目敏いやつはいるもので……。
この魔法に目をつけた悪い奴らが、家族を人質に姉を脅したのだ。『精霊商店』の荷馬車から金目のものを盗ってこいと──。
あの日、荷馬車には虹色蛙が眠る冷凍睡眠箱があった。勿論、厳重に荷馬車の扉には魔法鍵が掛けてあった。姉の【魔法無効】の前では無力だったが。
冷凍催眠箱の装飾は派手な宝石キラキラデコラルで目立つため、ひと目で高級品だと判った。
脅してきた奴らに見せたら、これは高級な生き物を運ぶための箱だと指摘するなかなかの物知りがいた。そいつの意見で、ついでにこの生き物を質に身代金も盗ろうぜとなり脅迫状を作成。
箱を無効化したところで兄に見つかる。
兄の方は姉が輩共に連れて行かれるのを目撃。付けてきて、姉が盗みを働こうとしたので「ユリア、バカなことはするな!」と、割って入っただけなのであった。
若い冒険者と揉めていたという証言があったが、これはこの時のだね。
しかしこの時、不運にも冷凍催眠箱は姉の手から滑り落ち──パッカンと割れてしまう。
衝撃で目覚めた虹色蛙たちは飛び跳ね、危険な毒屁もちだとは知らない輩共が、「げえ、なんじゃこりゃああ」と、うかつにも蛙たちを踏み潰しまくったという。
身代金要求して人質(蛙)は殺すとか、鬼畜外道な奴らめ。




