新たな変異種
子供2人と大人1人の生活だから、食料消費も抑えられてはいる。
でも今回の冬が昨年と同じ時期に終わるとは限らない。
だから日々、物資探しは継続しなければならないんだ。
鼻の方は問題無いけど、あばらがまだ完全に繋がっていない。
そんな状態での探索は、どうしても何時もより時間が掛かる。
雪の装備が手に入らない地域だから、例え2回目の冬でも慣れるものじゃ無いな。
経験上、身体には適度な負荷を与えた方が良いと考えている。
だから無理してでも動かしているんだが、痛みで判断が鈍る事を考え今日は帰ろうと決めた。
そんな時に見えた人影。直ぐに俺は雪に身を隠した。
「あれはどう言う事だ」
思わず口から出る言葉。
人のシルエットってさ。一度覚えると中々忘れないんだよ。
少し距離はあるが、アレは間違いなく俺が知っている人物だ。
1人はゴボウ医師。
そしてもう1人は、死んだはずのムライ君だ。
今すぐにでも問い詰めたいが、沸騰する頭を何とか落ち着かせる。
これは俺の失敗でもあるだろう。遺体を確認していないから。
今はもう見慣れたとは言え、損傷が激しいような物は極力見たくない。
だから言われるがまま信じてしまったんだ。
でも俺に生存を隠す意味は?
色々と推測できるが、吹雪いて来ると困るので撤退を決める。
兄妹達も心配だしな。
匍匐前進で距離を取り、急いで拠点へ帰った。
◇◇◇
幸い拠点は無事だった。
やっぱり子供達だけでは不安だな。
「何でお前がまた此処に居るんだ?」
「わたしがいれてあげたの」 「僕は駄目だって言ったんだよ!」
うむ。
またも俺の前で土下座をする委員長。
何故かニンマリ笑顔の天使。必死で訴えるりょうた。
何だこれ? 嫌ってるはずの委員長を何故勝手に入れた?
「ちゃんと説明しますから! とうまさんも聞いて下さい!」
「......分かった。俺も聞きたい事あるしな」
委員長から話された内容は、少し彼女の推測も入っているが概ね納得できる話だった。
あの変異ヒグマとの戦闘の際、吹き飛ばされたムライは怪我があったが無事。
その事を俺に隠せと指示したのは奥さんだ。
委員長達は何が起こったのか理解しておらず、状況から奥さんの言う内容を信じた。
まぁその内容は俺がヒグマを引き込んで、皆を殺そうとしたとか何とかいう話。
俺が何も言わなかった事も、その話に真実味を持たせてしまったらしい。
それからゴボウ医師がつきっきりでムライ君を治療。
その間も俺にはバレない様に距離を取っていた。
まぁある事無い事聞かされたら、俺に近づかないのも理解は出来る。
納得出来るかは別にしてだがな。
この前ここに来たのは、そんな俺から子供達を引き離そうと思ったそうだ。
だけどそれに失敗して帰った委員長を皆が罵倒。
1人になりたくて工場の外へ出た際、回復したムライ君と奥さんが話しているのを聞く。
その内容は聞いていた話と違い、明らかに俺を嵌めた内容だったんだ。
もう何を信じて良いのか分からず、事務所棟内でも孤立。
そうなると今度は委員長への当りが強くなっていった。
食事の量は減らされた挙句、単身で探索へ行かされる日々。
慣れない冬の探索は上手く行かず、何も得られないまま帰る事も多かったらしい。
その度に皆から罵倒され、精神的にも追い詰められた。
そこで俺の有難みを再認識し、どうしても謝罪がしたくなったらしい。
「なるほどな。まぁ概ね予想通りだけど。でも何でりさちゃんは俺が居ない時にナミを入れたんだ?」
「このおねえちゃん。うそいってないもん。ちょっとばかだけど」
何かうちの天使は日に日に逞しくなっていくな。
りょうたと違って、人を観察してるのかも知れない。
俺も今委員長から聞いた話は、信じても良いとは思ってるけどさ。
そして、ドヤ顔天使も可愛い。
「おほん。ここに来たのは良いとして、この場所はアイツらも知ってるだろ? きっと連れ戻しに来るぞ?」
「それは大丈夫だと思います。ムライ君やマジマ奥さんは、此処を知りませんし。ヤヨイとヤナギ君は、覚えてませんよ。あの二人方向音痴ですし。それに私は戦力と思われてません。居なくなっても、口減らし出来たと思うだけですよ。きっと」
ああ......確かにゴボウもビッチもヤル気無かったもんなぁ。
俺に言われて探索には出ていたけど、仕方なく付いて来てる感じがあったし。
毎日違う場所に行くから、普通の人間は覚えられないか。
ムライ君って我が強そうだし、誰かに従うの嫌だったんだろう。
俺に従ったのも、マジマさんが居たからだし。
だから今の状況は、彼にとって都合が良いんだろうな。
自分を抑えつける人間は居ないし、やりたい放題出来るから。
まぁ初めから、俺には反発してたけどな。
俺とビッチが話してると、嫌な目線を感じる事も度々あったし。
色々な意味で俺が邪魔だったのは確かだ。
「話は分かった。でも俺の事は信じられるのか? あれだけ態度を変えたのは忘れてないぞ?」
「本当に申し訳ありません! りさちゃんからも、キツイお仕置きを受けましたから! もう二度と疑いません!」
......一体、うちの天使はどんなお仕置きをしたんだろう?
結構怖いんだよ。怒ったらさ。
若干、りょうたも引いてるじゃないか。
信用するしないは別にして、もう1人大人が必要だとは思っていた。
少し思うところはあるけど、天使の顔に免じて受け入れるか。
「ふぅ。こっちでも仕事はしてもらうからな」
「わ、分かりました! ありがとうございます!」
俺の言葉に、ニッコリ天使が頷いたよ。
この日から委員長は、りさちゃんに頭が上がらなくなる。
ちょっとお姉さんぶった天使に付き合う、面倒見の良いお姉ちゃんだけどな。
◇◇◇
委員長がこちらに来た事で、りょうたも外で活動できるようになった。
まだまだ危なっかしいが、久しぶりに楽しそうだよ。
「そうだ。雪で見えにくいから気をつけろ」
「うん! ちゃんと確認する!」
たまに室内に居るゾンビに出会うが、冬のゾンビだけに対処は難しくない。
本当は嫌なんだが本人の希望で、戦闘の訓練もやっているよ。
基本は逃げる事を前提にしてるけど、どうしても逃げられない場面もあるしさ。
りょうたは怖がることも無く、淡々としているんだよなぁ。
自信をつける事は良いけど、実力を過信すれば足元を掬われる危険性がある。
だから俺は口酸っぱく注意してしまう。
大切な物を理不尽に奪われたくないからさ。
そんな俺の言う事も素直に聞くりょうたは、メキメキと成長して行く。
すると困った事に、委員長とも外に出たいと言い出した。
最初は反対したんだけど、ここでまた天使の一言。
「かほご、めっ!」
うん。
確かにそうだから、反論も出来ませぬ!
いちいちポーズが可愛いから、ご褒美にしかならん!
それはさて置き、本当に平和でトラブルも無く、寒い冬だけど楽しく過ぎせてたんだよ。
あの日までは......。
「とうまお兄ちゃん! ナミ姉ちゃんを助けて!」
悲痛な声で叫びながら帰って来た、りょうた。
ズボンが赤く染まっている。
「どうした⁉ 何があったんだ⁉」
「い、いきなり大きな犬に囲まれて! ぼ、僕を助けるために、ナミ姉ちゃんが残って!」
「とにかく怪我を見せなさい。その間に場所を詳しく教えてくれ」
「でも時間が無いよ。早くしないとナミ姉ちゃんが死んじゃう!」
急いでいるのは分かっているよ。
でもりょうただって、深い傷なら放っておけない。
薬もこの拠点には傷薬ぐらいしか無い。
幸い手足の擦り傷だけだったけどな。
服の血は犬の返り血だそうだ。
少し落ち着いたりょうたから、委員長の居場所を聞き、武装を確認して直ぐに向かう。
アイツも頭は良いから、無駄に戦わないで逃げると思ってる。
りょうたを悲しませたくないし、ちゃんと生きててくれよ。
そう願いながら、俺は雪道を急いだ。
⁉ 辿り着いた現場を見た俺はその異様さに驚く。
見た目は野良犬の群れなんだよ。
でもその数が多すぎる。
この雪が降る中、どうやって動物が生きているんだ?
人間でも生存するのに苦労してるのに。
しかもこいつらは普通じゃない。
見た事は無いが、狂犬病か?
口からは涎を垂らし、狂ったように動き回っている。
俺は風下に立ちながら、その群れを観察する。
あの集まっている場所に、委員長が居るんだろう。
しかしどうやって近づいて良いか分からない。
流石に群れに突っ込んでいくのは無理だし、かと言って遠回りしようにも風向きが厄介だ。
風上に立ってしまうと、俺の位置が直ぐにバレてしまう。
ふむ。
あれをやってみるか。
◇◇◇
俺は一旦現場から離れ、下準備を行う。
あの犬達は襲う対象があれば良い。
それなら、ちょうど良い材料があるじゃないか。
「皆さん。申し訳ない。ここは貴方達の出番です!」
ゾロゾロと俺の後ろを着いて来る一団。
はい。入れ歯のゾンビ様です。
雪道だからかなり歩みは遅いけど、頑張って貰いましょうか。
カラン! カラン! カラン!
先頭を歩くおじいさんゾンビ。
首に掛けた缶が良い音出してます。
ウォオオ―――ン!
ヤベェ。
俺は素早くその場を離れ、今度こそ遠回りで委員長が居る場所へ走る。
何匹かは俺に向って来るから、足止めにゾンビ肉を投げる。
やはりこの犬達はゾンビを食べるみたいだ。
それが確認できただけでも今回は収穫だろう。
「とうまさん! ここです!」
俺を発見した委員長の声。
足を引きずっている様だが、比較的軽傷みたいだな。
話は後にして、今はここを離れる事を優先しよう。
「下を噛むなよ」
俺は委員長を担ぎ上げ、すたこら逃げたよ。
しかしマズい事になってるな。
これからは、冬でも変異した動物と戦う必要があるのか。
あれに噛まれてもゾンビ化するのかな?
俺は憂鬱になりながら、子供達の待つ拠点へ急ぐ―――




