天使はプンプン
この世界では安寧など幻なのだろう。
食品工場での生活も軌道に乗り始めた頃、それは突然に起こった。
慣れた時期が一番気を抜いてはいけない。
事務所棟に残る生存者から、感染者が出たんだよ。
初めに感染したのは、あの主任とその腰ぎんちゃくの男。
探索中、ゾンビへの対応をミスし、噛まれて負傷。
それを隠したまま帰り、その日の晩に発症。
近くに居た腰ぎんちゃくに襲い掛かり、大騒ぎになったんだ。
俺は襲撃があったと思い、駆け付けたんだけどな。
就寝時だった事が災いして、被害が拡大してしまったんだよ。
12名中、9人が犠牲になった。
仕方なく生き残った男女を受け入れざるを得なかった。
ただこの判断が俺の失敗。
嫌いな人間を連れて来たことで、兄妹から怒られるし。
特に、りさちゃんの拒否反応が酷い。
何とか謝り倒して許して貰ったけどさ。
俺も何も考えず受け入れた訳じゃない。
当然信用はしていないし、貴重な食料をタダで分ける事もしないよ。
この場所に居る以上、俺達3人では拠点を維持する事が難しいからなんだよ。
俺だけで襲撃に対応出来れば別だけどな。
それに冬が来れば、今居る工場では生活が厳しい。
物資を持って高い場所へ避難する必要もあるんだ。
十分な物資を移動させるには人手も必要。
だからしっかり働く事を条件に、生存した3人を受け入れたんだよ。
いちいち名前を覚える気は無いが、ゴボウの様な風貌の男がヤナギ。
あざとい女がヤヨイ。地味で無口な女がナミだ。
俺の中では、ゴボウ、ビッチ、委員長で記憶しているけど。
一応こいつらは戦える。
「仲間の始末は自分達でつけろ。それが出来なければ受け入れない」
そう言った俺の言葉に従ったのが、生き残った3人なんだよ。
元仲間だからゾンビになっても攻撃出来ない。そんな奴はいらないからな。
躊躇なくそれをやったこの3人は、普通ならおかしい。
だからそれを行う際の表情も確認したよ。
楽しそうなら要注意。無表情なら危険。覚悟を決めた表情なら合格ってな。
楽しんでる奴は精神異常者だし、無表情な奴は心が死んでる。
目に相手を憂う気持ちがあれば、まだ人間という俺の判断だ。
俺も少なからず色々な人間を見て来たからな。
表情、態度、言動を観察する癖がついているんだよ。
3人は今の所は合格。
本当に何も起こしてくれるなよ?
プンプン怒ってる天使の機嫌が悪くなるから!
◇◇◇
信頼できない人間との共同生活は、精神的にしんどいものだ。
でも俺は生活空間も敢えて分けなかった。
隠れて勝手な事をされるより、目に見える方が良いと言う判断。
当然、子供達にストレスはかかる。
でもさ。俺だって何時どうなるか分からないだろ。
その時に子供だけで生きて行けるほど甘い世界じゃない。
話を聞けば肉体的な虐待は無かった様だし、受け入れた3人から直接何かされた訳じゃない。
だから嫌でも慣れさせる事に決めたんだよ。
過保護にする事は簡単だけど、それは兄妹の成長を妨げるだろう。
人間の好き嫌いなんて、大人でも普通にあるからな。
それを嫌がっていては、社会で生活出来ないし。
まぁ仕事じゃないから、無視するも良し、近寄らないのも勝手だ。
ビッチは結構話し掛けてるけどな。
りょうたは、嫌そうな顔で返事もしている。
天使は......ほっぺぱんぱん。
チョット頑張って甘い物でも探してきた方が良いかも。
まぁそんな生活が始まったんだよ。
物資の調達は基本的に大人4人で団体行動。
子供達を留守番させるのは危険だと思うけど、本人達が俺以外と残るのを嫌がるから仕方ないんだ。
まぁ良かったこともある。
やっぱり俺の服の趣味に問題がある様でな。
ビッチと委員長から苦言を貰った訳だ。
「ちょっとフリルが多すぎる」 「ちゃんとスパッツ履かせてください」
ぐぬぬ。
反論が出来ない。
だから仕方なく......仕方なく、二人の意見を採用する事にしたんだよ。
おいゴボウ! ニヤニヤすんな!
⁉ 俺はそんな空気を一瞬で変え、3人に合図を送る。
「おい。隠れてないで出て来いよ」
出来るだけ声量を抑え、俺は見えない相手に言う。
ゴソ。
「て、敵じゃありません!」
両手を上げて出て来る母子。
俺は二人から視線を外さず、近づいてくるのを止める。
「そこで止まれ。それ以上近づいたら撃つ」
見せかけの拳銃を構え、母子に向ける俺。
仲間のはずの3人は、そんな俺を驚いた表情で見ている。
「た、助けて下さい! わ、私達は......」
「黙れ。じゃあ何で出て来ない奴がいるんだ? 笑わせるなよ?」
いくら住宅街とは言え、武器も持たずに歩いて来るなんて不自然だろうよ。
それに殺気が抑えられてない。
何が敵じゃありませんだよ。クソが。
ジャリッ。
「すまない! 降参するから、妻と子供に危害は加えないでくれ!」
ああクソッ。
騙されんなよ馬鹿どもが!
俺は背後から襲って来る男へ発砲。
バァン!
驚いて硬直する男をバットで叩きのめす。
撃ったと言っても空砲だ。
オモチャの上手な使い方ってね。
「おい! お前ら何時まで惚けてる! 動け!」
俺は馬鹿3人に喝を入れ、もう一人の男へ走る。
「ま、待ってくれ! 殺す気は無かったんだ!」
「うるさい。結果的に死んでも、お前はそう言うのか?」
ドガッ!
俺は無抵抗をアピ-ルする男へ、バットをフルスイング。
自分が危うくなったら言葉で騙す奴なんて、さんざん見て来たんだよ。
もう襲われた時点で俺の敵。
さてあっちは......うん。まぁ合格かな?
母親の方はビッチと委員長が二人がかりで地面に押さえ込み、子供をゴボウが羽交い絞めにしている。
それ逆じゃね?
まぁ無力化出来たなら、それで良いんだけども。
取り敢えず男達は手足を縛って転がして、近くの建物に担ぎ込む。
俺はゴボウに母親を拘束させ、子供は女2人に任せた。
さて念の為、話は聞いておこうか。
こいつらが集団なのか?
それとも別の事情があるのか?
喋らなければそれでよし。
男は始末して、母親も子供も縛って放置するから。
非道と思われるかもしれないが、やらずに後悔しても遅い。
人間なんて平気で裏切るんだから。
尋問はビッチに任せる。
俺が話しかけると、ビビッて喋らないんだよ。
まぁ演技の可能性もあるけど。
「じゃあ聞かせて。あなた達は何者で、何処から来たの?」
「はっ。そんなのいう訳ないじゃない。いきなり暴力振るわれたのよ?」
バチ―――ンッ!
おっと。
ビッチさん、いきなり張り手ですか。
倒れる母親を助け起こす委員長。
「もう一度聞くわ。あなた達何者?」
「くっ。そんなのいう訳......」
バチ―――ンッ!
何か慣れてねぇか?
委員長も優しく助け起こしてるけど、それ演技だよね?
という寸劇が、結構長い時間続いたんだ。
いつの間にか尋問役が委員長に変わっててさ。
ほだされた母親がペラペラと喋る喋る。
ゴボウは茫然。チョット震えてるじゃん!
俺? 長すぎて眠い。
結果的に分かったのは、3人家族と母親の弟の4人組だったという事。
公安警察に殺されそうになって逃げて来た事。
人を襲ってでも生き残りたかった事など。
安心したのは、食人じゃ無かった事かな。
問題はビッチと委員長が、こいつらの受け入れを願い出た事だ。
情にほだされた訳では無く、単純に戦力としてだけどな。
俺と敵対する意味を分かった上での進言だから、俺も受け入れる事にしたよ。
独裁者でも無いし、民主主義万歳だ。
但し自力で歩いてもらうけどな。
怪我をしたのも自己責任だ。
俺も謝る事はしない。本人達が嫌がるなら来なくても良い。
ああ。
俺の帰る足取りは、非常に重い。
「これまた怒られるんじゃね?」
うちの天使は、大人嫌いだからな。
あ? 子ども居るじゃん!
友達増えたとか言ってくれないなぁ。
そんな訳で、4名の新たな仲間が増えたんだよ―――




