鼻柱、争いに巻き込まれる。
高原ダムでの生活は、俺が初めて経験する共同生活だった。
簡単に言うと避難所みたいに広い空間で、みんな一緒に寝泊まりする感じ。
それさえ我慢できれば生活自体は快適だ。
水源は豊富にあるし植生の豊かな土地でもあったしね。
それに居住区をダムの内部にした事で、気温が上がらない事も最高だった。
外で暑くなった身体をコンクリ-トで冷やせるんだよ。
殺風景なのは、この際忘れてしまおう。
でも女性や年配の方は硬い床での生活が辛かったんだ。
だから大川棟梁が多いに張り切り、床全体に木の板を貼った時は驚いたよ。
それだけじゃない。
プライべ-ト空間を作るために衝立を作ったり、簡単な家具まで作ったりと大忙し。
すると不思議な物で不満を言っていた人に笑顔が戻って行った。
木の温かみって心を豊かにする効果があるらしい。
そんな光景を見ている俺は、お1人様テントを使ってるんだけどな。
もうかなり年季が入って、穴が空いているのはご愛敬だ。
子供達が羨ましそうな目で俺を見るんだが、こればっかりは貸せないんだ。
川口さんに大人げないって怒られたけど。解せぬ。
俺も少しは変わったんだよ?
元村民達も共同生活に慣れて来て、俺にも声を掛けてくれる事が多くなったし。
出来るだけ笑顔で接しようと努力はしているんだ。
でも顔が変ってからかわれるのは何故なんだろうか?
そう思ってミドリさんに聞いたら、キョドってるから気持ち悪いとか失礼な事を言われたよ。
ぐすん。
兎に角。
そんな新しい生活にも慣れ始めた頃、急に降り出した雪によって再び空気が重くなるんだ。
ぽつぽつとした小降りだった雪が、どんどん激しくなって行ったんだよ。
もう翌朝には10センチほどの積雪になり、ダムの周囲は一面雪景色。
気温もそれに伴って下がって行き、ダム内でも上着が必要なほど。
寒さに備えて防寒着も相当数用意していたんだけど、最初からこれでは先が思いやられる。
そんな不安もあって精神的なストレスが溜まっていったんだ。
こうなると起こってしまうのが、共同生活者同士の争いだ。
あの人は自分より暖かい服を着ている。
今日の食事はあの人の方が多かった。
きっかけは些細な事でも、人間の恨みつらみは際限なく強くなる。
俺達もそんな状況を黙って見ている訳じゃない。
時には仲裁に入って話を聞いたりして、皆のメンタルを何とか正常に戻そうと努力したんだ。
でも外の状況はそんな俺達を、あざ笑うかのように日々悪化して行ったんだよ。
先ずは降り積もる雪が出入り口を塞ぐ。
そこまで積もってしまうと、雪の除去は難しい。
それはイコ-ル外に出られなくなるって事だ。
更に折角栽培した野菜も収穫前に駄目になる。
もうモチベ-ションが下がってしまうのも仕方がない。
室内でも栽培可能な物は続けているけど、食事は制限せざるを得なくなってくる。
だって何時まで冬が続くのか分からないんだし。
それを説明するんだけど、食卓が貧しくなると皆から笑顔を奪うんだ。
限られた空間で不安が高まる生活。
すると再び起こってしまう争いの日々。
俺はそれを見て思い出したよ。
稲垣やミカさんがいた避難所の事をさ。
食べ物が無くなって人間同士が奪い合う。そんな姿を。
このままではいけないと思い、俺も積極的に争いを止める努力を始めたんだ。
食事が足りなければ自分の物を渡したり、孤独にならないように話し相手になったりさ。
そんな事を続けていたら、少なくともいがみ合う関係は減ったと感じていたんだよ。
でもそれは新たな火種を生む結果に繋がってしまったんだ。
◇◇◇
その日も俺の日課になった、猟銃の手入れをしていたんだ。
するとそんな俺の所に、川口さんがやって来た。
「とうま君。少し良いかね?」
「川口さん。俺は大丈夫ですよ」
「君はだいぶ変わったね。何か周りに対する壁が無くなった感じがするよ」
「そ、そうですかね。人嫌いの俺が出来る範囲の事をしてるだけですけど」
何だろう? 川口さんの表情が少し硬い。
俺もそうだけど、出会った頃の面影が無いぞ?
「ごほん。とうま君に何かを隠すのは嫌だから、率直に聞く事にするよ。君は誰かを贔屓にしていたりするのか?」
「はい? 贔屓ですか? こう言っては何ですが、俺が必要以上に誰かと仲良くなれると思います?」
「失礼だが思わない。だが周りはそう言う風には、見ていないみたいなんだ。これは噂段階の話だが、元村民を中心に派閥が生まれようとしているらしい。その中心を君にする事で」
「いやいや。なんですかそれ。何をどうしたらそんな事に? 俺は人の上に立てる人間じゃありませんよ。冗談でもやめて欲しいです」
もうね。
川口さんの話の意図も理解出来ないし、余りにも俺とかけ離れた内容に憤慨したよ。
俺が何か勘違いさせる様な行動をしたのか?
俺のやっている事なんて、川口さんや棟梁の劣化版ぐらいだろ。
「まぁ怒ると思ってたよ。すまんな。でもこういう話が出るぐらい、人と人との距離が離れている事を覚えておいてくれ。私も最悪な事態にならないように動くつもりだから」
「分かりました。少し皆と距離を置くようにします」
話が終わって川口さんが離れて行った後、俺は1人で考え込んだ。
良かれと思って行動した事が、変な風に解釈されてしまっている。
......いや違うな。
これって俺を利用しようとする考えがあるって事だろう。
もしそうなら不和を煽る様な人物に注意するべきだ。
まさか自分が当事者になる様な話になるなんて思わなかったなぁ。
その日から俺は普段と変わらない生活をしながら、注意深く人を観察するようになったんだ。
やっぱり慣れない事をするべきじゃなかった。
俺はまたそんな風に考える様になってしまったよ。
もうヒッキ-したい。
◇◇◇
翌日の朝、俺はテントの外から聞こえる声で起こされた。
寝袋で寝ていても寒気が来るほど冷えている朝だ。
非常に億劫だけど、無視する訳にも行かない。
少し気合を入れて寝袋から脱出し、テントの外へ出る。
どうやらまた誰かが争っている様だ。
人が怒鳴り合う声が聴こえる。
ん? あそこか。
声のする方向に人垣が出来ていた。
しかし寒い。
もうね。鼻水が凍るぐらい寒い。
有名アニメ風に言えば、俺は鼻柱と名乗りたいぐらいだ。
そんな馬鹿な事を考えながら、騒ぎの見える場所へ移動する。
するとそこでは思っても見ない事が起こっていたんだよ。
「だからアンタじゃ我々を纏められんと言っているんじゃ!」
「そう思われるなら、どうして此処に来たんです? それに本人はその気が無いと言っていますので」
俺はその会話を聞いて近づいた事を後悔する。
でももう既に周囲の人間が俺を見つけていたんだ。
これ俺が望まなくても巻き込まれるやつじゃん!
「おお! とうま殿。良い所に来てくれた」
「とうま君。君はどうして此処に......」
「はぁ。川口さんとそちらは村民代表の栗田さんでしたっけ。一体何の争いなんですか?」
「とうま殿。我々は君にこの集団のリーダ-をやって欲しい。そう考えているんじゃ」
「俺はそう言う立場には興味ありません。無理です。ごめんなさい」
「という事ですよ。栗田さん達がどう考えようが、我々は今の体勢を続けたい。この決定に文句があるなら、出て行って貰ってもかまいません。どうするかは、そちらで話し合ってください。行こう。とうま君」
栗田さんは即答で断る俺を、驚いたような顔で見ていた。
このやり取りを見ていた周囲の人は、苦虫を嚙み潰したような顔で俺を見る。
何なんだよ。勝手に俺を巻きこもうとして、断ったらそんな目で俺を見るのか?
俺はどう表現したら良いか分からない感情に包まれていた。
本当に面倒くさい事になったよ。
俺は一つため息を吐き、川口さんの後について歩く。
少し離れた場所でさっきの事について話をしたが、川口さんも棟梁たちも俺は巻き込まれただけという認識で落ち着いた。
でもこの争いが共同生活を違う物に変えてしまうんだよ。
この日の晩、再び川口さんと栗田さん達との話し合いが行われたんだ。
そして最悪な展開になる。
栗田さん達元村民が、俺達と決別を申し出たんだよ。
とは言え今の状況では外へは出られない。
なので交渉と言う形で、食料の備蓄を分配する様に要求して来たんだ。
勿論、川口さんは拒否。
もう一度話し合いをする事にして戻って来たんだよ。
と言うのも元村民側の要求が、とても受け入れられる内容じゃ無かったからだ。
内容はこうだ。
1.我々は対等な立場なので、備蓄は人数を考えて分配するべし。
2.こちらが人数的に多いので、分配も村民側を多くするべし。
3.分けられた備蓄の細かい分配はお互いに不干渉にするべし。
4.受け入れられない場合は、それなりの対応を考えている。
等々自分たちの都合の良い要求ばかり。
流石に武力行為をほのめかす内容については警戒する。
俺達もあの桜井市の人間が訪問した際の、凄惨な結果を覚えているからさ。
だからこの要求にどう答えるべきか悩んだ。
向こうの要求をそのまま飲むわけにはいかない。
でも争いになった場合、戦力的にも人数的にもこちらは不利。
しかも同じ空間で生活しているので、物理的に離れる事が出来ないんだよ。
だから最終的にはこちらが折れる事になった。
但し備蓄の分配は完全に半分だけしか渡さない。
備蓄は村民達が用意したわけでは無いし、勝手に人数で話をされても困る。
それでも分けるのは人道的な判断から出した結論。
これが通らないなら武力衝突も止む無し。
と川口さんが強気で交渉。
元市議会議員だけに言うべき所は、一歩も引かなかったよ。
これに対し村民側は渋々と言った感じで承諾。
俺が猟銃を持っているのも牽制になったんだろうね。
取り敢えず争いは一時的に治まったんだ。
話し合いの後は、生活スぺ-スのレイアウトも変更。
完全に居住空間を半分に分け、中央に仕切りを置いた。
中央付近は不干渉地帯にしてさ。
何かあればその場所が、話し合いの場所になる事も取り決めた。
やはり集団生活は上手く行きそうに無い。
人は何故、争わないと生きて行けないんだろうな。
俺はまだ何か起きそうな不安を抱えたまま、先の見えない生活に戻ったんだ。




