冬来たる
川口さんの言葉の後、直ぐに村へ戻るべきだと考えた。
だが本当に高原ダムへの移動が可能か調べる必要もあったんだ。
それなら村に残る人間へこれまでの話を伝える人と、残ってダム周辺を調べる人とに分かれる方が効率がいい。
しかしその考えに反対したのが、副リ-ダ-でもある征さんだった。
「村に残ったメンバ-の説得も必要だろう。だが時間が無い事と無知でいる事は違うぞ。ここがどれだけ広く、周辺に何があり、そして足りない物が何か? そう言った事を知っておく事も今後を決める上で重要なんじゃ無いのか?」
言われた俺達はその考えに反論出来なかった。
急ぐあまり準備を怠るたる事で、取り返しのつかない未来があってはいけないんだ。
そう言った責任も含めて、皆が快く俺達を送り出したんだから。
だから俺達も先ず誰がどこを調べるか? 調査の範囲、人員の振り分けなどを最初に決めた。
それが決まれば直ぐに動き出す。
俺はダム外周の状況確認。川口さんはダムにある事務所やダムを管理する機器の状態の確認。
征さんはダム近辺の地盤調査、補修等の必要箇所の把握。
長野さんと村から派遣されたうちの半分は、この土地の資源調査。
手の空く3人をそれぞれ警備に当てる事に決まった。
俺が調べ始めて直ぐに気付いたのは、ダム周辺の動植物の豊富さ。
ヒグマの影響もあるのか? シカやイノシシ、小動物が水辺の周囲に集まって居たんだよ。
「村の周辺よりも動物が多いな。少し違うのは警戒心が強い事か」
何時も通っていた山の動物達は、数が増えた事で警戒心が薄いんだよ。
でもこの辺りの動物は数が多いにもかかわらず、音や気配にとても敏感。
なので俺は逆に警戒をしなければいけないと思った。
警戒心が強いという事は、動物達を脅かす存在が居ると言う事なんだよ。
生態系を崩す程の存在では無さそうだが、ヒグマの件もあるので仲間にも注意を促した。
俺も何時もより注意深く周辺を探索。するとある捕食者の存在を突き止める事が出来た。
「やっぱりここにも居るのか。しかも個体がデカい」
俺がその捕食者を見つけるきっかけになったのは糞だ。
草食動物なら軟便で匂いも薄めが多いんだが、肉食動物は便が硬く匂いもキツイんだよ。
だから俺はそれ等の痕跡を追ったんだ。
するとタイミングよく獲物を捕食している場面に遭遇。
特徴的な三日月型の白斑。黒色の体毛と比較的大きな耳。
日本列島に多く生息するツキノワグマがそこに居た。
ただしその大きさは俺の知る物とは大きく違うけど。
餌が豊富なのですくすく育ったんだろうけど、この前戦ったヒグマと比較しても遜色ないんだよ。
しかも番で子グマが3頭も居る。クマの出産は冬なので、少なくとも昨年にはこの場所に居たのだろう。
本来は雑食であるツキノワグマが、肉を食べている事は注意すべき問題だ。
血の味を知っているという事だからな。
安心できる材料は警戒心が薄いので、この辺りに敵対する同種が居ないという判断が出来る事か。
それらの情報をメモに残しつつ、俺は彼らの行動範囲を調べる為に調査を続けたんだ。
◇◇◇
俺達は時間の許す限り慎重な調査を進めたんだけど、範囲が大きかったから調べ終わるのに4日も掛かってしまったよ。
気持ちは焦っていても見落としがあれば、自分たちの身を危うくしてしまうからな。
「では改めて調査した情報を皆で共有したいと思う。先ずはこのダムについてなんだが、管理事務所は無事だった。だからこの建物はこのまま使うことが出来る。補強などは必要だが、長谷川村の人間全てを移動させても生活は可能だろう」
「川口さん。それは嬉しい報告ですが、全員の居住が可能なんですか? 見た所事務所は大きくない様ですが?」
「すまん。言葉が足りなかった。とうま君はダムの中を見ていないんだったな。後で案内するが外から見える建物は監視塔なんだよ。ダムを制御すつ機器や管理者が寝泊まりする場所は別にある。多分驚くと思うがな」
「驚く......それは楽しみです。すみません。話の腰を折ってしまい」
「いや疑問は解消するべきだ。他のメンバ-も理解できない事は気軽に聞いて欲しい」
川口さんの報告はこの後も続き、ダムについての情報が開示された。
建物の事も気になるが、それは全ての報告の後でも良いだろう。
俺はそれよりも、その後の話に本当に驚き希望を感じたんだ。
それはこのダムの水力発電設備が復旧可能かも知れない事。
俺は機械に詳しくないので、難しい説明は理解出来なかったんだけどさ。
可能なら文明の利器、クーラ-か冷蔵庫が切実に使いたい。
俺のそんな呟きに皆は苦笑いしていたけど。
何故だ? こんなにくそ暑いのに! 夜なんて地獄なんだよ?
「次は俺から報告だ。先ずは周囲の地盤なんだが、流石はダムを建設しただけあって、問題は無かった。ただ少し土が乾燥している事は、今後の注意事項になる。次にダム本体。コンクリ-トの劣化も見られないから、数十年は耐えられるぐらい頑丈だ。後、この下水は無事だったから、トイレも普通に使えるぞ」
最後にトイレの話をしていたが、これは女性が喜ぶだろうな。
水の流せないトイレって地味に辛いし。
征さんの話は専門的な事が多いので、俺は殆んど頭に入って来なかった。
だって聞いても理解出来そうもないんだよ。とほほ。
「次は私、長野から土壌と周辺の植生について報告します。征の話にもあった乾燥した土については、私も調べました。その結果、畑などを作れば十分に活用できる土地である事を確認しています。また野生ではありますが、食用可能な植物なども数種類を発見。同行してくれた村民が頑張ってくれましたよ。それで肝心な......」
長野さんの話は非常に重要なんだけど、ちょっと中身が脱線したり長いので割愛。
真面目な見た目とは違い、話好きでうんちくが多いんだよね。
悪い人じゃないんだけど、聞き続けてたら寝てしまいそうなんだ。寝ないけど。
「最後に俺からの報告です。ダム周辺は動物が非常に多く、狩猟も充分可能であります。ですが周辺を歩く際に危険な存在の確認をしました。それはツキノワグマで......」
俺は調査結果を報告。あのツキノワグマの親子のテリトリーについて詳しく話したんだ。
4日かけて行動範囲を特定。住処がある場所も見つけた。
これを誰が見ても分かるようなハザ-ドマップとして描いたんだ。
子供も居るからさ。危ない場所が分かって居たら、保護者が注意も出来るでしょ。
描き始めて絵の才能が無い事に気づいたのは、地味に傷つく事実だったけどな!
という訳で調査結果を皆で聞き、準備すべき物などを最終確認。
これを村に残る人達への説得材料として持ち帰る事となった。
さて。
急いで戻ろうか。
◇◇◇
長谷川村へ戻った俺達は、調査の内容を皆に報告。
川の水の危険性の話は懐疑的な反応もあったが、自身の身体の心配もあるので危機感は共有できた。
まぁ懐疑的な反応をした多くは、年配の人達だったんだけどね。
ほら昔からそう伝わっているとか。
迷信でも閉鎖社会なら真実になったりするでしょ。
概ね全体に話が伝わった段階で、皆の移動の意志を確認。
村を捨てる事になるから、感情的な意見も多くあったんだよ。
でもそんな人達にも丁寧に説明を続け、最終的に全員の賛同を得ることが出来たんだ。
話が決まれば移動の準備が始まる。
あれもこれもと言い出せばきりが無いので、纏めるのに苦労したよ。
主に川口さんが。
俺は口出しする事はしなかったしね。
コミュ障が大勢の前で説明とか地獄だからさ。
俺の許容範囲は男10人までだ。それ以上は命の危険がぁあああ。 (吐血)
特に女性の前では碌な思い出が無いから無理。
いかん。少し記憶が飛んだ。
ま、まぁそんな訳で移動が始まったんだよ。
どうしても必要な物が保存食。
俺が作った干し肉やら室内で栽培したキノコ類やら。
結構長い期間貯め込んできたので、数が尋常じゃ無い。
移動可能な車両が少ないし、もう大変だったよね。
全ての移動が完了したのは、10月の初めだ。
村人を優先して先に移動して貰い、生活の準備を進めて行ったからこれでも早い方だ。
慣れない環境にあたふたするのが目に見えていたしね。
そんな俺達の環境は、暑い夏が終わり始めて直ぐに激変する。
「もう雪が降るのか」
俺は突然降り出した雪を見てそう呟いた。
秋と言う季節を感じる事も無く、急激に冷えて行く空気。
あれほど待ち望んだ冷たい風は、身体の芯まで凍える風に変化したんだ。
冬来たる。
秋を感じる暇も無く、世界は白く染まっていくのだった―――




