第276話 生産者の道場の完成
生産者の道場の建設が氾濫対応の階層で始まってから2か月とちょっとが経過した。
ビルなどの工事についてはまだまだ終わりそうにないが、生産系の施設に関してはおおよそ準備が整ったようで備品やらなにやらの搬入も行われ始めている。
ちょっと生産施設が放置されるんじゃねえかと危惧していたんだが、さすがにそれはなくって安心した。
たぶんもうしばらくしたらマットの依頼所へ報告が来るだろう。俺たちが対応するのはその後なのでしばらくは待ちだ。
あと、工事とはちょっと違うのだが、この2か月の間にちょっと面白そうな事も始まった。なんとダンジョン内に実験農場を作り始めたのだ。
いや、ダンジョン内で野菜を作ったり家畜を飼ったりできるってのは、提供する料理のDP節約のために実際に俺たちもやっているので成功する事は確実ではあるのだが、まさか外の奴らがわざわざ実験農場をダンジョン内に造るとは思わなかった。
現在は普通の農家ではなく、白衣を来た研究者が野菜などを育ててその経過を観察しているんだが、将来的には普通に農業をすることも計画されていると情報部から聞いた。
いや、確かにダンジョン内は風水害で被害が出るなんて事も無いし、安定して生産できるだろうが水とかは大丈夫なのか?
パペットたちが野菜とか家畜とかを育てているフィールドは、そういった条件に合うように選んだんだが、氾濫対応の階層に水なんてねえし。もしかして水魔法で撒くとかするのかもしれんな。
ちなみにそれに付随してなのかもしれんが、牛にパペットを倒させる実験とかもしていた。映像で見ていたんだが、牛を向かわせるために飼料を自衛官たちが真剣な表情でパペットに投げつけ、狙い通り向かいパペットを引き倒したのは良かったものの、べろんべろんと舐めるだけで一向に倒せなかったりする姿はどこかシュールなお笑いのようだった。
やられていたパペットも普段通りに見せかけてちょっと動揺していたみたいだったしな。まあ嫌がってはいなかったような気がするので大丈夫だと思うが。
そしてなんとか自衛官たちの努力の甲斐があり、牛にパペットを倒させる事に成功させたようだが、その結果どうなったのかは俺にもわかんねえんだよな。
一応どこだったかは忘れたが大学で研究中って事までは調べがついているので、なにか俺たちに必要そうなことがわかったらたぶんまた報告が来るはずだ。
しかし、もしこれで動物までレベルアップするなんて事になったらすごいよな。下手をすると最強の動物とかを育て上げることが可能になるかもしれねえんだし。
ペットをバディとして連れてダンジョン探索するなんて未来が訪れる可能性もあるってことだよな。
「それは良いな。なんか絵になる」
不意に頭に思い浮かんだその姿を、忘れないうちにスケッチしていく。
行け! って感じで手を差し出す探索者と駆ける犬って言う構図も良いんだが、共にかけている方が相棒っぽい気もするし。
あっ、ペットの種類を変えるとポーズも色々と考えられるな。変わったところでは蛇とかもありだ。冒険者の腕に巻きついた蛇が、短めのナイフを口にくわえて振るうなんてちょっと面白いかもしれん。
考え付くままにスケッチを続けていく。
コアルームには俺しかいないし、ダンジョン内の様子を映すモニターも動いていない。取り急ぎやらなければならない案件や人形造りなんかもないので自由に出来るのだ。まあだらだらしているクッションもどきが視界の端に映ってはいるが、あいつは気にしても仕方ねえしな。
というか最近はコアルームに1人でいることが増えてきた。朝はファムがやってきて特製ジュースというのを半ば強引に押し付けていったり、情報部からの報告があったりと適度に忙しいんだが、それ以外の時間は食事時にククが俺の食事を運んできてくれる程度だ。
少し前までのにぎやかしい状態を知っている身としてはちょっと寂しい気もするんだが、その分楽しみでもある。
今、コアルームに人形たちがやってこなくなったのは、新たに造り始めた人形たちの街に皆が集中しているからだ。もちろんダンジョンの運営上仕事をしている奴らは、ダンジョンが開いている昼のときは普段通り過ごして、夜だけ関わっているようだが。
俺自身、かなり興味があるんだが、そこはぐっと我慢して見に行かないようにしている。せっかく人形たちが自分たちで考えて造ろうとしてくれているんだ。俺が見に行ったら絶対に俺の意見が混じっちまうだろうし、完成してのお楽しみって訳だな。
一応建設途上の様子も撮影してくれって頼んであるから、後からではあるがそれを楽しむ事も出来るはずだ。
しかし、人形たちの造る街かー。見に行きたい、でも絶対に自分も口出ししたくなっちまうのは確実なんだよな。うーん。
スケッチの手を止め、そんなことを考えているとダンジョンコアが光を放ち、そしてライダースーツを着こなしたベルがその姿を現した。
「マスター、マットから伝言。生産者の道場作製の依頼を達成したと報告に来たそうよ」
「おっ、了解。じゃ、ついでで悪いが、人形の街へ行ってスミスとかに今夜にでも確認に行くように伝えておいてくれるか?」
「わかったわ」
コクリと小さくうなずいて去っていくその後姿を眺め、俺は息を吐いた。
生産者の道場に関して、完了しているのかどうかを判断するのは人間ではなくて実際にそこで教える事になる機械人形たちだ。用意された施設では、設備が足らずに教えられませんでしたと後でなっては意味がねえしな。
だから今夜の確認の結果次第ではまだまだ開始が伸びるという可能性もある。とは言えちゃんと専門の生産職たちが確認しているだろうし、そこまで酷い事にはならないだろうが。
「さて、とりあえずは一段落って感じだな」
立ち上がりぐぐっと背伸びをして体をほぐす。
個人的に生産職に思い入れのある俺としては、これを契機にそういった方面に進んでくれる奴が増えたり、そうでなくても興味を持ってくれるだけでも結構嬉しい。
なんというか道具を作るっていうと裏方みたいな扱いをされる事も多いんだが、それ自体は本当は楽しい事だし、主役と言っても過言じゃないって皆に知ってほしいんだ。
「そうなれば職人の数も増えて、その技術のレベルも上がって、人形関連のクオリティも高まるかもしれねえしな」
そんな独り言を言いながらにやりと笑う。
生産沼にはまる奴が1人でも増えたら良いなと考えつつ、色々とアイディアを出しまくったせいで腹が減った俺は、ククに何かをめぐんでもらおうとコアルームから出て調理場へと向かったのだった。
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