第275話 セナの海外生活
すみません。投稿日を間違えていました。
取り急ぎ投稿します。
とあるホテルの一室。さほど広くはないもののきちんと清掃の行き届いたその部屋にセナの姿があった。
目の前のスマートフォンの画面をタッチしスクロールさせながらセナがそこに書かれた文字を読んでいく。その大半は意味のない言葉の羅列であり、そしてそこに集う人々もそれを知ってわざわざそこに集うようなそんな場所だ。
「セナ様、お飲み物でもいかがでしょうか?」
「んっ? 後でもらおう」
スマートフォンを熱心に見つめ続けるセナにそう声をかけてきたのは、丸眼鏡にピタッとしたスーツを着こなした秘書然とした女だった。それは以前、セナが自ら手を下した宗教法人に偽装していたダンジョンマスターである柊に違いなかった。
そんな女に声をかけられているのにも関わらず、セナは警戒する様子も、それどころかそちらへと顔を向けることさえせずに返事をした。その返事にすっと柊が身を引く。
しばらくの間、スマートフォンの画面をセナは操作しながら見続け、そしてコメント欄をタッチすると画面に現れたキーボードをタッチし文字の入力を始める。
「妄想乙カレーせんべい、っと」
入力を終えたセナが送信ボタンを押し、それがセナが見ていた掲示板へと表示される。1件だけ、なぜカレーせんべい? というレスがついたものの、その後は特に触れられる事もなくそれは流されていった。
セナが画面から視線を外し、そしてそれを察した柊がお茶の用意を始める。
「いかがでしたか?」
「お前のダンジョンに問題はないようだ。こっちも大まかには問題なしだな」
「それはようございました」
差し出されたお茶から立ち上る湯気を眺めながら先ほど確認していた内容をセナが柊に伝えていく。
セナが熱心に掲示板を見ていたのはその内容がセナの好みだったとかそういったものではない。掲示板の投稿にまぎれて送られてくる暗号を解読して報告を確認していたのだ。
本来であればセナはスマートフォンを手に入れているため、直接会話をした方が内容も早く正確に伝わるし、メールなどで報告を受けた方がわざわざ解読をするような手間などもなくなるのだが、あえてセナはそれを選択しなかった。
確かにそれらの方が利便性は高い。しかし情報をやりとりする間で誰かに傍受される可能性があり、その結果警戒をされてしまうことを懸念したためだ。
その点、セナが選んだ掲示板は非常に都合がよかった。
海外でも確認する事が可能である上、日本語で書かれているためそれを読むだけでも知識が必要になる。しかも掲示板と言う匿名性の高い場所に投稿されるだけあって、嘘と本当の情報が混じり、その中にはとんでも説なども含まれているのだ。
それをまともに解読しようとする者など、ごく限られているだろうとセナは判断していた。もちろん報告に使う掲示板以外の掲示板も確認し、その他のサイトなども見ることでそこにまぎれさせると言う小細工も忘れずに行っていた。
その中にせんべいの関連のページが含まれているのはご愛嬌だが。
もちろん非常時には速度を優先させ、通話を解禁する予定ではある。何を優先すべきかを間違えてはいけないとセナは十分に知っているからだ。とは言えそんなことは早々には起きないと考えてもいたが。
柊が用意したお茶へと躊躇なくセナが口をつける。そして壁際で待機を続ける柊へと視線をやった。
「お前を見ると改めて思うが、ドッペルゲンガーとは恐ろしい存在だな」
「そうでしょうか?」
「容姿をそっくりに変化させる事が出来、さらには記憶と能力もある程度コピーできる。工作員としてこれほど優秀な者はいないぞ。暗殺も重要施設の破壊も思いのままだな」
セナがニヤリと笑うのを、柊の姿を模しているドッペルゲンガーが少し首を傾げながら眺めていた。
ドッペルゲンガーは10万DPで召喚できるモンスターだ。しかしそれ以上の価値があるとセナは考えていた。姿を自由に変えられるというだけでも破格であるし、それに加えてある程度の記憶もコピーできるのだ。
もちろん深い付き合いのある者であれば違和感を覚えるかもしれないが、普通のものでは気づかないだろう。指紋や虹彩なども同一になるため生体認証を利用したセキュリティであっても難なく突破できる。つまりやりたい放題に出来てしまうと言うことだった。
「姿を変えるのには接触が必要ですし、情報のストックなども出来ませんよ」
「それでも十分だな。まあそのせいでお前は姿を変えられない訳だが」
自らが万能ではないと否定するドッペルゲンガーにセナが端的に返す。
実際本人がそう言ったように、ドッペルゲンガーはなんにでも姿を変えられるという訳ではなかった。
その姿を変えるためには必ず身体的な接触が必要になるし、そして姿を変えてしまえばそれ以前にとっていた人の情報は破棄されてしまい戻ることは出来ない。戻るためにはその者に再び接触する必要があった。
海外に出たのにも関わらず、ドッペルゲンガーが現地民ではなく、日本人であり目立つ柊の姿を取り続けているのはそのせいだった。
問題なく日本に帰国するためにパスポートなど全てが揃った柊の存在は捨てるには惜しかったし、なによりその引き継いだ能力は捨てるには惜しかったからだ。
もちろんダンジョンマスターであった柊の能力の全てをドッペルゲンガーが引き継げている訳ではない。特に柊のクラスであった占星術師の核でもある<星読み>関係については全く引き継げなかったのだ。
しかしそれ以外の魔法系については問題なく引き継ぐ事が出来ていた。もちろん本家に比べれば劣化したものだが、それでも世界的に見れば有数の魔法使いに他ならない。それを捨てるという選択肢などとれるはずがなかった。
「さて私は情報収集に戻る。そっちの相方は順調そうか?」
「ええ。だいぶ馴染んできたと」
「それは重畳」
もう1人連れてきて現地民へと擬態させて送り出したドッペルゲンガーについての報告を聞き、セナが再びスマートフォンへと向き直る。
そして適当なページを流し読みしながらセナはドッペルゲンガーにあえて報告しなかった情報について考えをめぐらせていた。
(氾濫対応の階層に生産者の道場を建設か。そしてそれが街を造る計画へと変わり始めている、と。生産者に関することとはいえ少なくとも透の判断ではないな)
今まで見てきた透の性格からして、自分がいない現状でこれほど大きな決断を透が自ら下すとはセナには思えなかった。
暗号として送られてくるのはあくまで結果であり、その過程は省かれている。それまで含めると情報が過多になってしまい、掲示板では対応しきれなくなってしまうからだ。
だからこそセナは推測をしていた。
(まあ誰が描いた図面かはある程度予想がつくがな)
自らの代わりとして役目を与えたのは新しく透が作製したネモである。しかしその性格上、このネモの仕業ではないだろうとセナは確信していた。防衛や現状の維持管理については問題なくこなすだろうが、新規の企画や応用といった面ではネモは弱いとセナは感じていた。
そして残ったダンジョンのメンバーでそんなことを考えるとしたら……セナの頭に浮かんできたのはパペットと同じ姿をした人形であるマットだった。
(奴だろうな。私もおらず、タブレットも使えないという状況で攻略方面から目を逸らさせるのが本来の目的だろうな。人の欲を良く考えている。相変わらず、食えない奴だ。だが、だからこそ安心して離れられたとも言える)
おかしな言葉で話すマットのことを思い出しつつ、セナが苦笑する。
透が寝た深夜にふらりと来ては、冗談交じりにダンジョンについての鋭い指摘などをマットがしてくる事は少なくなかった。その中にはセナでさえ見落としていたこともあり、ハッと気づかされる事もあったのだ。
初心者ダンジョンで最強の存在は先輩であるのはセナも疑っていないが、その実最も恐ろしいのはマットだと考えていた。なぜそんなことになったのかはセナにもわからなかったが。
(まあ良い。あいつに任せておけば問題ないはずだ)
そう考えに一区切りをし、セナがスマートフォンへと向き直る。そしてセナが情報収集のために開いたのは老舗のせんべい店のホームページだった。
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