第274話 人形たちの相談事情
ダンジョンから人気がなくなり、そしてダンジョンマスターである透も寝静まった深夜2時ごろ。第1階層から続く隠し通路奥の小部屋から階段を降りた先の階層に何十体もの人形が顔をそろえていた。
スミスやファムといった生産系の機械人形たち、そしてショウちゃんを始めとした情報部の上層部、お茶会の会場のアリスを始めとしたドールたちに、依頼部屋のマットとその肩に乗ったベル、アームズの階層に移動したサンや、『闘者の遊技場』のユウや先輩やナル、そして生産階層の案内人の日向など、一般的なパペットなどを除いた主要な人形たちが全てここに揃っていた。
半円を描くようにして集まる人形たちの前で、ホワイトボードへとペンを走らせていたセナにそっくりな人形であるネモが振り返る。
「さて諸君。今回の任務であるが、この場所にて陣地を形成せよとの仰せだ。敵からの襲来の可能性が低い現況ではそこまで困難なミッションではないと思われるが、皆の意見を聞きたい」
「いや、ちょい待ち。ネモはん。街を造るって話やったやろ」
「もちろんだ。しかし街を造るのであれば拠点として防衛を第一に考える必要がある。コアルームへと続く隠し扉を発見させないためにも、わざと攻略対象として認識されることで敵をここに引きつけるという作戦も考えられる」
ネモの言葉にマットが眉根を寄せながら考え始める。
確かにネモの言うとおり攻略対象だと思われれば人をひきつけることは可能かもしれない。しかしどんな名目のチュートリアルにするのか、抵抗するのであればどの程度にするのか、そしてどのようにしたらクリアとみなすのか、そもそも戦う必要はあるのかなど問題は山積している。
マットにはこの場所に街を造る事の意味が良くわかっていなかった。意味など特にはないのではないかとも予想はしていたが。
どうすれば今後のために最も良い選択肢となるのかを考え始めたマットをよそに、生産系の人形たちを代表してスミスが口を開く。
「防衛にある程度の重点を置くのは構いませんが、デザインに関しては要検討であると考えます」
「なぜだ?」
「マスターは私たちが造る街を楽しみにしていらっしゃいました。防衛に特化した街並みではそれに背くことになります」
スミスの言葉に数体の人形たちが同意するかのように首を縦に振る。生産系の機械人形たちだけではなく、特に古くからこのダンジョンで働いている者もそれに賛同していた。サンなどコクコクと何度も首を縦に振っているのだ。
静観している者もいるが、それでもスミスの意見を否定してはいかなった。
「人間たちが建設中の建物を参考にしようかと考えていたのだが」
「「それはありえません」」
「そうか? 構造としては機能的であるし、防衛拠点としても応用が可能だと……」
「「ありえません」」
声をそろえて断言され、ネモが言葉を止める。
ネモ独自の判断であればそういった余分な部分など省いてしかるべきなのだ。ダンジョンの防衛と言う観点で考えるのであれば意味のないものであるし、そういう場所がほころびとなってしまうこともあり得るだろうと予測できたからだ。
知識としてこのダンジョンの構造の中にもそういった無駄と思われる部分が存在している事は知っていたし、それをいまさら変えるということなど出来ないが、セナから自分に与えられた任務であるダンジョンの防衛という点を考慮すれば、これから何かを造るときについては効率を最優先すべきだとネモは考えていた。
皆を説得するための材料を頭の中で考え、そしてその途中でネモがそれを止める。去り際にセナに言われた言葉を思い出したのだ。
「何かを決める時、それが非常時でないのであれば皆に相談しろ。私はお前の価値観が嫌いではないが、実用性とかそういった次元とは違う場所で生きている奴がここには多くいるからな」
なぜセナがそんなことを言ったのかそのネモにはわからなかった。しかしその言葉に今は従ってみようとそう考えたのだ。
静観するネモの目の前で、人形たちが楽しそうに街づくりについて議論していた。具体的な案が出ると先輩がその砂の体を使って大まかな形を作り、それをスミスやファムといった機械人形たちが修正したりしながらあーでもない、こーでもないと話しているのだ。
それはネモからしてみれば全く意味のない行動に見えた。なぜなら街を造ったとしてもそこに本当に住むわけではないのだ。そもそも人形のモンスターである自分たちに居住性など全く関係ない。
ベッドを搬入するための入り口の大きさや、上水下水関係をどうするのかなど欠片も必要のないことなのだ。サンが熱烈に希望しているアームズの発進基地も、わざわざ建物を真っ二つに割るようなギミックをつける必要などない無駄なものだ。
しかし目の前の光景を見ていると、意味などないはずなのに、そうわかっているはずなのにどこかでネモの心はざわついてしまっていた。
「なんや、不思議そうな顔しとるな」
「マットか。お前は議論しないのか?」
「ワイか? まあベルはんとワイのバイク置き場くらいは欲しいと思うけど……」
「ちょっと待って! 大通り沿いにバイクの展示場はマストでしょ!」
声高らかに手を上げながら小さい体を精一杯使って主張するベルの姿へと視線をやりながらマットが肩をすくめる。
「大丈夫やろ」
「みたいだな」
「まっ、ワイのことはええねん。それよりネモはんのことや。こんな議論意味がないって思ってるやろ。なぜこんな事をするのか理解できない、でもなぜか心がざわつく。そんな感じやないか?」
あまりに心の内を見透かされ、ネモがその瞳を見開く。その表情に苦笑いを返し、マットは皆が議論で盛り上がる場へと視線をやりながら話し始めた。
「このダンジョンにいるのは、皆マスターはんの子供やねん」
「召喚した、想像した者を、親ととらえるのならそうだな」
「あー、そういうこっちゃないねん。いや、まあ全く違っとるわけでもないんやけど」
まるで言葉遊びのようなマットの言い方に、若干イライラとしながらネモが睨むようにしてそのパペットのような体を見る。その視線に貫かれたマットは「おお、怖っ」と全く怖がる様子もなく、むしろからかうような口調でおどけてみせた。
胸の内のもやもやとしたものが広がっていくのを感じ、視線が厳しくなっていくネモに対し、マットは少し首を傾げながら優しく微笑んだ。
「ワイらにはなマスターはんの心が入っとる。それがダンジョンの仕様なのかどうかはワイにもわからんけどな。特にここにいるメンバーはそれが顕著やな」
「マスターの心?」
「そや。もちろんネモはんもやで。まあネモはんの場合、ちょっと特殊やからどっちかと言うとセナはんの気持ちの方が強く現れとるかもしれんけどな。それでも造ったマスターはんの心は絶対にどこかにあるはずや」
ネモがその短い手を自分の胸の上へと置いてそこを見る。特に何が変わったわけでもなかったが、言われてみるとここには確かにマスターの心を感じるような気がしてきた。
少しだけもやもやが減ったことにネモが顔を上げ、そして少しだけ柔らかくなった表情でマットを見つめる。そんなネモに対してマットも笑いかけた。
「まあ、本当にそうかは知らんけどな」
手を広げ肩をすくめてマットが言ったその言葉に、ピキッ、という音がしそうなくらいに表情を凍りつかせてネモが固まる。そしてすぐにそこには般若が降臨した。
「ほう、私をコケにするとは良い度胸だな」
ゴゴゴゴ、と背景に文字が浮かびそうな威圧感を漂わせながらマットへとネモが一歩踏み出す。そんな姿を見せられながらもマットは余裕の表情を崩していなかった。
「そやそや。そんな感じでええねん。責任感とか使命感とかそんなん縛られるのはこのダンジョンに合わへん。ほどほどに頑張って仕事をこなして、後は自由にするっちゅうのがマスターはんの方針やからな」
「しかしそれでは!」
「足りるで。ネモはんの能力が高いってのは知っとるけどな、ワイらをあんまなめんでもらおうか」
威圧するでもなく淡々とした口調でありながらも、その奥深くから感じる凄みを察したネモが反射的に後ろへと飛びしさる。着地で一瞬マットから視線を外してしまったネモが再びマットへと視線をやると、ひらひらと手を振りながら離れていくマットが背を向けるところだった。
「待て!」
「んっ?」
思わず呼び止めてしまったネモだったが、その後の言葉が見つからず黙り込む。そんな様子をしばらく見ていたマットだったが、ポンと手を打つとネモへと近づきその膝を折って視線を合わせた。
「かんにんな。ちょっと張り切りすぎてる新人に肩の力を抜け、て言いたかっただけやねん」
カツンと両手を合わせて謝るマットの姿にネモが大きく息を吐く。このマットという人形は油断ならない。しかしそれでも味方としては役に立つだろう、そんなことを考えながら。
「で、私のもやもやの正体について、お前は本当に知らないのか?」
「ありゃ、名前からお前に降格かい。嫌われたもんやな」
「答えろ」
「そやな。本当にそうかはわからんけど……」
マットがそこで言葉を止め、そして変わらずに議論を続ける人形たちを見回す。それを追ってネモもその光景を眺めた。
まるで統一感のない、おもちゃ箱のような街。現実ならありえない、でも本当にあったら面白いかもしれないそんな模型がそこには出来上がっていた。
「ワイら、みんな想像することとか、何かを造ることなんかが好きやねん」
「なんだそれは?」
「さてなあ。しかしネモはん。このまま放っておくと防衛を全く考慮していない街になってまうで」
「なんだと、それはいかん!」
傍観をやめ、議論の場に突入していったネモの後姿を眺め、やっぱマスターはんの子やなぁとマットはしみじみと考えるのだった。
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