第229話 生産者たちへのご褒美
スケールの違う作品造りで俺へと新たな創作の可能性を見せてくれた石工への感謝の証なんだが、さすがに石工だけにそれを渡すなんてのは無理だ。
いや、創作スケールの大きさとかフィールド階層での作業とか何かしら理由を考えれば出来なくもないんだが、他の生産系の職人たちも頑張っていないって訳じゃねえしな。
むしろ政府の依頼だからといって同じものを延々と造り続けたりするのはすげえことだ。合間に違う仕事をしていることもあるし、ダンジョン産の素材を使った生産依頼にはそれ相応の賃金が払われているんだろうが、少なくとも俺には無理だな。
俺の場合は金のことを気にする必要がないってのも大きいんだけどな。人形造りに限らず生産には金がかかるんだよ。
だからやるとしたら生産系の職人全員に対してなにかご褒美のようなものに、と考えると結構あっさりとそれは思いついた。最近のダンジョンの流れからして最も自然で、そして絶対に役に立つ。それはもちろん
「やっぱ生産補助のパートナーだよな」
「んっ?」
俺の視線を感じたのか、ぱりぱりとせんべいを食べながらダンジョンの様子を眺めていたセナがこちらを向いた。気にするなと手を軽く振ってやり、視線を戻したセナが再び美味しそうにせんべいを頬張る姿を何気なく眺め続けながら思考を続ける。
初心者ダンジョンでは一般の探索者が造った人形を相棒として連れ出せるようにしている。アームズも装備扱いかもしれんが相棒といえば相棒だ。しかし生産者たちに関してはそういった存在が現状おらず、得られる機会も与えられていない。
一般の探索者を強化するチュートリアルへと自分で行って自分で人形を造るという手が無い訳じゃないが今のところそんな奴は出ていないしな。
スキルを得てダンジョン産の素材を加工し続けたこともあり、候補者として入ってきた時に比べれば格段に作業は楽になっている。だが1人で全ての工程を仕上げるってのは手間がかかる。職人としてこだわり、時間をかけたい工程がその手間のせいで削られるなんてことになっちまう可能性があるんだ。
そんな時に役に立つのが相棒となる人形だ。俺が<人形創造>で命を吹き込めば問題なくダンジョン産の素材も扱えるから、基礎的な工程を相棒にしてもらって本当に大切な部分へ時間をかけることが出来るようになるはずだ。
それに自分の好きな人形が動いて手伝ってくれるとなればやる気もアップするはずだ。息抜き代わりに話したりしてもいいしな。
とりあえず人形とそれぞれの生産に使う道具一式を奉納すると、その奉納された人形が相棒として生産を手伝ってくれるようになると生産者の階層で諸々を管理している衣装人形の日向に案内してもらえば、あとはすんなり進むはずだ。
なにせデメリットはねえんだしな。
「なあセナ。ちょっと相談があるんだけどよ」
「何だ?」
とりあえず大まかな案が決まったところでセナに声をかけて、相談を始める。俺としては問題ないと思っても、セナと話していると色々と抜けがあったりって事が多いからこれは絶対に必要だ。
やっぱ考えが違うと視点も違うし、だからこそ気づくことがあるってことだな。
しばらく俺の説明をふんふん、と聞いていたセナだったが、好きな人形を持ってこさせると言ったところで少しだけ表情をしかめた。うーん、特に問題はねえと思うんだが。
「ふむ。相棒については問題ないだろう。ダンジョンからは出せないことにしておけば必然的に生産者をこのダンジョンへと依存させられるからな。そうすれば新しい兵器などが造られたとしてもいち早く察知可能となり対応策も練りやすい。その生産に関わった相棒もいることだし、再現も可能だろう。なかなか透も考えているではないか」
「おぉ、だろ?」
腕組みしながらそんなことを言ったセナに、さも当然のように返すがそれは完全に俺の想定外だ。いや、確かに言われてみればそういう考え方もあるってわかるけどよ。
ダンジョン産の素材を使った武器や防具が造られ使われるってことは、全てのダンジョンにとって攻略者の脅威度が増すって事に他ならない。それは俺達のダンジョンも例外じゃない。
俺達が宝箱から出す武器や防具なんかはちゃんとスミスやプロンたちによって基準が作られコントロールできている。現状ではその基準は生産者たちが作っている物よりも上な訳だが、いつかはその基準よりも上のものが造られる可能性はある。技術ってのは進歩するものだしな。
確かにセナの言うとおり相棒をこのダンジョンに限定させ、生産の拠点が移動しないようにすれば、どんなものが開発されたとしても俺達は事前にそれを知ることが出来る。それはとんでもないアドバンテージだ。
知らないうちに致命的な物を作られちまったなんてことになったら目も当てられねえしな。
よし。そのことについて俺は考えもつかなかったけど、わざわざそれを伝えるってのはなしだ。自ら評価を落とすこともねえしな。
しばらくしてセナが腕組みを解き、こちらをすっと見た。その鋭い視線に、俺の考えがばれたかと体が少しびくついたが、それは俺の杞憂だった。
俺の目をじっと見たセナが小首を傾げながら口を開く。
「しかし、好きな人形を奉納させるという必要は無いのではないか? 仕事道具だけを奉納させても問題はあるまい」
「いや、そこは問題だろ。やっぱ自分の好きな人形が相棒になってくれて、手伝ってくれるってのが最高なところだろ」
「ふむ。譲るつもりはなさそうだな」
「もちろんだ」
さすがにそこは報酬の肝になるところだからな。確かに手伝ってくれる相棒ができるってだけでも嬉しいには違いないだろうが、自分の好きな人形がそうなってくれればその喜びは何十倍にもなるはずだ。
本来なら動けないはずの人形が、命を吹き込まれて動き、話し、手伝ってくれるんだからな。
「というか好きな人形にするとなにか問題があるのか?」
そんな疑問をセナにぶつけてみると、セナは垂れ下がった自分のサイドテールを軽くいじりながら少し眉根を寄せる。しばらくそのままくるくると指で髪を巻きながら黙っていたセナだったが、諦めたかのようにふぅー、と大きく息を吐いた。
「好きな人形とした場合、透のように人形造りに精力を傾ける奴が現れて時期がばらばらになる可能性や、人形の体型などによっては満足に手伝えないようになるのではないかなど、いくつか危惧があっただけだ」
「うっ、確かに。時期は仕方がないにしても、ある程度体型なんかの指針は示したほうが良いかもしれねえな」
「裏には政府がいるからな。時期についてもそこまで延びないかもしれんがな」
そう言ってセナは言葉を止めた。これ以上の反論もねえようだし、とりあえず合意は出来たってことだろう。後は細かい設定とか、指針をどう示すかってところの詰めだが、そこはなんとかなるはずだ。
しかしセナの案の通り、相棒となる人形をこのダンジョンから出さないようにするならちょっとやってみたかったことがあるんだよな。今までの外に出ちまう相棒たちでは出来なかったことなんだが、残るなら話は別だ。
よし、その辺りもセナに相談しつつ決めてくか。職人たちがどんな人形を持ってくるのか俺にとっても楽しみだしな。
しかし石工の奴が仏像とか奉納してきたら<人形創造>しちまっていいんだろうか? なんか罰が当たりそうな気がして嫌なんだが。
さすがにそんなことはねえだろうが、神様っぽい奴とも会ってるしな。とりあえずそれ系は禁止ってしておいたほうが無難か。正に触らぬ神にってやつだ。
「よっしゃ。じゃあ詳細を詰めるか」
「そうだな」
大まかな話し合いが終わっていたおかげで、詰めもそこまで時間をかけずに終えることが出来た。さて、職人たちがどんな反応をしてくれるか楽しみだ。
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