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黒ノ十三~刃心千乱~



「この素晴らしい悪夢を」



6、

 

 俯瞰風景。鳥の視点のようにその場を見れば、広さに対してあまりに疎らだ。

 場には百影にも近い忍び達が集うが、多いように見えて実際に見てみればそれほどの数ではないように見えるのだ。

 忍者という、今の世界の中で最高の力を持つ集団がそんな程度でしかないと感じられる。

 幻十郎が自身が空けた施設の風穴、広場になってしまったようなそこに孤影で立っている姿のほうが、何か圧倒的な存在であるように見えるかもしれない。

 実際に優然とする幻十郎に対して、忍び達は緊迫感で押し潰されそうなほどに必死な様子だった。

 事実、幻十郎には忍者達を殺し尽くすだけの力が確かに備わっているだろう。

 逆に忍び達にとっては幻十郎を殺すこと自体からして相当の難事であるのは、誰ももはや疑いさえしていないほどの事実だった。

 だが、字塩は言い切った、簡単なことだと。

 「一帯ごと灰燼に帰す用意でもしてあるか?」

 「それは当然だ。しかし生憎だが、その前に方を付ける用意だ」

 「そうか、それなら楽しみだ」

 普通に考えれば、忍者、それも幻十郎のような白影級の超常戦力に対して抗するには、爆撃や爆破などで周辺ごと地獄に変えるのがもっとも手っ取り早く容易い。

 だから当然そういった備えもあるようだが、これもまた普通に考えて、居住地や重要拠点、さらには自分達の身さえ諸共にそんな攻撃を実行しようとはまず思わないだろう。ましてや幻十郎相手では、生半可な火力や規模ではただの無駄になるだろうと考えれば、なおさらだ。

 では、どうするか?通常兵器では埒が開くわけもなく論外だ。ただ彼と同じ忍者だけが対抗手段として機能するだろう。

 もっとも大半の忍びでは幻十郎の歯牙にもかからない、数える程の忍びだけが抗するにたる刃を持つ。

 一影は字塩、そして二影に加藤、だが、それだけだ。

 木っ端と切って捨てるほどではないが、事実その両影ぐらいしか一影を持って幻十郎を抑える力を持つ忍びはいないのだ。

 それも抑えることが曲がりなりにも出来る、程度だ。一秒も保たないということではさすがにないが、一分保たせられるという程度でさえ保証の限りでないのだ。

 ならばその両影で当たればいい。として、それで足りると思うのか?思おうが関係なくどうにかできる程度の問題ではない。

 足りないのだ。彼等にはそのための力が。しかし、彼等なら出来ること、彼等でなければ出来ないことはある、あるのだ。

 単純な話、数の暴力という方策と力が。

 「楽しみにするほど驚くことではないよ。第一、」

 字塩は幻十郎に言葉を返しながら、幻十郎を囲む包囲網の中へと足を踏み出し、迫って行く。

 「すでにお前は詰んでいる」

 そして死の宣告、あるいは勝利宣言そのものと共に爆発するような勢いで幻十郎に向かって跳んだ。

 「やれやれだな」

 その光景を追うように、加藤が忍び達の円陣の中から出でて、両脚を失い棒でしかない義足を履いて方杖突いた満身創痍の身体とは思えない動きで、静止状態から一瞬で文字通り目にも留まらぬ速さになって駆けて続く。

 「なるほど」

 その動きに納得したかのように幻十郎は頷くと、両手を広げるように振り制空。周囲の空が飽和するように爆発した。

 接近した両影は幻十郎の空破に衝突。だが当然想定通りか、それ以上に狙っていたか、同様に空破で制空。

 幻十郎を中心にして、両影を二極点として渦のようにせめぎ合いだす。そこに生まれる力押しの均衡。幻十郎の動きが止まっている。

 その瞬間に残りの百にも及ぶかもしれない忍び達が一斉に、しかし秩序と順列を持って次々に突撃していく。

 三影が作り出す制空圏が嵐のように荒れ狂う中を、それぞれが己が身を刃と変えたように吶喊して幻十郎へと向かう。

 「ようやく理解したわけだ」

 その様子に幻十郎が歓喜したように絶やされない笑みをさらに狂い咲かせ、両影との制空を維持したまま向かいくる忍び達に対する。

 荒れ狂い拮抗しているはずの制空圏の中でさらに幻十郎の空破が踊り、到達する前に幾影もが散って行く。それでも止まることは一切なく刃達は迫る。

 そして長いようで短い地獄の道中をくぐり抜け、先陣が幻十郎と接敵。その一身を刃と振り抜き、幻十郎へと近接戦闘を仕掛ける。

 炎気雷動、幻十郎の手掌から延びる光刃が薙ぎ払う。一影、二影が飲まれて消えた。それでも停滞なく怒涛と影達は押し寄せる。

 しかし迫る影達の大半は押し寄るための制空でほとんど精一杯で、自身というもの以外に武器はない。ただただ犠牲も顧みず押し通すのみ。

 雷動、招雷。炎気、焦炎。単に雷動、炎気を出力を高め無秩序に自身の周囲へと放射するだけの術法。だが、幻十郎のそれらの威力は凄まじく、さらに荒れ狂う空破が制御する。結果、近づくだけで電撃と熱に焼かれて、影達はさらに屍を積み上げる。

 だが、止まらない止まらない。

 数秒で十数もの刃が砕け散り、その代わりに怒涛と押し寄せた残りの刃が遂にその先へと潜り込む。

 肉薄した忍び達の手刀に貫手に斬脚が、それぞれ幻十郎の身体を引き裂き貫こうと放たれる。

 その身体ごとすべてを凶器に変えて群がってくる忍び達に、自身も徒手空拳で迎え撃つ幻十郎。

 落ちる手刀を掻き分けるようにいなして潜り、逆に懐にその爪牙を叩き込み引き裂く。

 空ごと貫いてくる貫手そのものを片手で切って飛ばし、そのまま返す刀で首をも飛ばす。

 鋼どころか雷や炎でさえ断ち割る斬脚を、同じ蹴撃で相殺どころか凌駕しそのまま蹴り足ごと相手を両断する。

 舞い散る血潮の嵐だが、それさえ触媒にし、血肉を媒介と燃料に雷動と炎気を通して、さらなる後続が矢継ぎ早にやってくる。

 それでも幻十郎には届かないが、徐々に徐々に、屍を積み上げながら刃はその距離を縮めていった。

 そして五十以上の忍び達が散った時、遂には刃の刃先は幻を捉えて突き立てられる。

 四肢に命を投げ打ち組み付いた忍び達の亡骸をへばりつかせた幻十郎の胴に潜り込む彼等の刃。

 「っく、ははははははは!!!!」

 喀血はしない、苦痛も漏らさない、幻十郎はその結果に大笑するだけで、その胴体を貫いた忍びのほうが血操に喰われて絶叫を上げる始末。

 だが、さらに続く忍びの攻撃が今度は不可侵にも思えていた幻十郎の片腕を切って飛ばした。

 飛んだ腕が内部から炎気血操によって自爆して、腕を落とした忍びを飲み込み消し去るが、その爆発に紛れ逃れようとする幻十郎は逃さない。その爆発をも突き抜けて、残る後続がすでに来ている。

 「だから詰んでいると言っただろう」

 不意に聞こえた字塩のその声が近づいているのに、幻十郎も少しだけ笑みの形を変える。ただ、それでも笑みには変わらない。

 拮抗させていた制空を崩し、幻十郎は眼前のみに全力傾注。

 「そろそろ俺を安眠させろや、クソ坊主」

 同時に背後からは加藤が空を滑るように飛び込んで来て、居合のように杖から仕込み刀を抜き打つ構えで幻十郎に迫る。

 凝縮されていく空破の渦が数影の忍びを巻き込んだだけで引きちぎり、さらにそのまま螺旋を描き字塩と加藤へと。

 字塩と加藤は地に足をつけない竜巻と化した空破のうねりに突撃、そのまま無理矢理貫き斬り裂き通り抜ける。

 螺旋の回転に身体の端々を削られ傷だらけになりながらも両影は幻十郎に肉薄する。

 片腕の幻十郎に、字塩の血操で作られた硬質な血爪と、加藤が抜いた雷綱に包まれ砕動を帯びた本物の刀の刃が超速で襲い掛かる。

 幻十郎は両影に対して待ってはいなかった。空を踏み瞬時に相対、激突する。

 残った片腕で加藤の刃に自らを貫かせて止めながら押し込み、振りまして字塩の進路を加藤で塞ぎ近づかせないまま、失った片腕から伸びる血で出来た鋭利な鞭を幻十郎は唸らせる。

 加藤は刀を放り出して離脱すると共に血鞭を回避、入れ替わるように字塩が血鞭を血爪で受け止める。硬質だった血が幻十郎のそれと瞬時に混ざり合い互いを侵食し出す。

 その三影の攻防の間に迫った残りの忍び達が殺到。加藤が距離を離しながら空破を練って制空を再び盛り返し、一時の拮抗で再び足止めさせられた幻十郎に向かって次々と飛び込んで行く。

 刀の突き立った右腕を振り上げて、その刀を掴み取って抉って行こうとした忍びを刀ごと粉砕。刀は腕から抜けたが、幻十郎の腕は二つに裂けて戻らない。

 そしてもはや攻撃ですらなく、その身をぶつけて掴みかかって来る忍び達を両脚で叩き落すが、殺されながら死んだ状態でなお足に絡みつき、幻十郎の動きを封じる。

 動きが止まったところに加藤が舞い戻り、その両の義足を武器にして幻十郎の両足を叩き飛ばした。死により肉の防波堤と化した忍び達ごと。

 ほぼ達磨と化した幻十郎だったが、どこかの岩人並に血操で四肢を代替しようとするばかりか、それまで以上の出力で空破を展開、もはや半数以下になった忍び達を吹き飛ばす。

 人間兵器の異名で相応しいどころではなく、悪鬼羅刹でしかない魔神のような姿で暴威を振るう幻十郎はそれでもなお、どころかさらに笑みを深めて哄笑を上げていた。

 「なんだ、やれば出来るじゃないか!!」

 「やらせるな!!やりたくてやってないんだよ、こちとらはぁ!!」

 制空を自身の周囲に凝縮することで一方的に断ち切られたが、吹き飛ばされずにいる加藤はある種幻十郎と同種の形相で苦笑ながらも再突撃。

 巻き起こる嵐の中、全身を切り刻まれながら字塩はなおも幻十郎と血の導線で繋がり、互いの血を啜りあっている。その拮抗を破るように幻十郎の四肢から伸びた新たな血の群れがその字塩に襲い掛かる。

 字塩の腕に肩に胴にと突き刺さる幻十郎から伸びる血の線の群れ。だが、致命には程遠く、結界のような空破の嵐を抜いて加藤が舞い戻るまでに均衡は崩れない。その加藤から逃げるように、字塩を連れて地面へと落ちて行く。

 大地を削って落着と共に、空破の結界が消失。それは忍び達や字塩、加藤の手によるものではなく、幻十郎の故意だった。

 血の触手を生やした見た目に滑稽奇怪で無様な達磨と化した幻十郎は、字塩と血の啜り合いを続けながら、地面に転がるように落ちていた。

 加藤及び残りの二十程にまで数を減らした忍び達が、そんな幻十郎に一斉攻撃を仕掛けようとするが、

 

 周囲一帯の光景が歪んでいく。


 尋常には理解出来る光景ではない。それは可視光線が歪んで見えているという証。

 「っっ!!退避ぃっ!!」

 加藤の絶叫が届くのはかろうじて先んじたか、異様な異常に巻き込まれたのはただ一影、幻十郎と血の線で繋がった字塩だけだった。

 それは例えるならば重破と言ったところか。幻十郎の空破は、重力をも掴んで操った、それだけのことに過ぎないが、それがどれだけの事であるか。

 「こ、れ、がっ、お、前っの、切り、札、っか!?」

 他はともかく、ただ一影、字塩だけが幻十郎を中心点とした特異場に囚われ、すり潰されて行こうとしている。

 局所場現象でしかない上に、おそらく通常の理屈など超えた常識で動いているとしても、光が歪むというその事実がその出力を物語っている。だというのに、字塩は笑っていた。

 「これからだろう?」

 「そう、だ、見て、いろっ!!」

 幻十郎も相変わらず笑って問うたが、字塩と幻十郎のそれはまったくもって別物の「何か」でありながら同じものだった。

 加藤が外周から残りの全影で囲い込ませ、幻十郎の重力圏に対して炎気雷動空破とあらゆる手段で干渉をかける。踏み込むことはしないが、負荷をかけることで幻十郎を追い込もうとしたのだ。

 効果はあったか、重力圏は収縮。だが、結果として囚われている字塩にさらなる負荷、重力圏の凝縮による重力場の出力増大を受けて体を地に沈めていく。

 心なしか可視光の歪みどころか、可視自体が薄っすらと困難になり始めるほど、すなわち光が落ちて行くほどの出力に遂に重力場の圏外にも波及する異常が表れ出した。

 「な、にを、して、いるっ!!それ、でっ、勝て、るぅ、かぁっ!!」

 字塩はまるで骨格と体型が変わったかのようになりながらも、そんな異常圏内で声を張り上げた。その場にいる加藤も含めたすべての忍び達に向けて。

 「ははははは、ははははは、はははははは」

 一喝に最初に反応したのは幻十郎で、あまりに嬉しそうにはち切れたがごとく笑い声をその場全体に轟かせた。

 同時に重力圏に異常が発生、その球形の力場を歪めてその場を薙ぎ払うように幾条もの重力帯が伸びる。

 数影が反応するも逃げきれずに捉えられ、巻き込まれるとそのまま削られ、叩き落とされれば引き摺られてすり潰されて、生きては帰らない。

 字塩が形相を笑いと怒りの混在した阿修羅のそれに変えて、その場から前進。地面に落ちたままの幻十郎にあまりに重い足取りを一歩、二歩と進める。

 骨と肉の軋む音が聞こえるはずもないのに聞こえてきそうなほどの重圧を、まざまざと受けていることを見るだけで理解出来るというのに、それでも字塩は踏みしめた大地を砕き割ながら加速し幻十郎へと疾る。

 両影を結んでいた血線はとっくに千切れて用をなしていなかったが、字塩の身体に空いた傷跡からは出血が重力に圧迫され続いている。一方の幻十郎のほうは、眼前に迫った字塩に対するように、自身の操っている重力圏内だから当然か、重力の影響などないかのように両手足をその血で代替して立ち上がっていた。

 両影が貫手を相手へ向けて放つ。それは奇しくも十三と幻十郎の時と同じ様に。だが、その先からは当然異なる。

 貫手の先端と先端とが激突するが、その瞬間に字塩は手を切り返し血で造られた幻十郎の腕を掴んでいる。そのまま自身の血を媒介に侵食、いや殺していく。

 血操、死血。血液反応を操る事で自壊連鎖による崩壊侵食を起こす、自身の血をも削る字塩の得手。

 幻十郎は口角を三日月にするほどの笑みで殺されていく自身の血腕を見ながら、もう片腕を繰り出している。だが、それよりも先に最初から二段突きとして一瞬だけ遅れて放っていた字塩のもう一方が通る。

 寸前、幻十郎は貫手を遮る手に変えて字塩の突きを防ごうとするが、腕ごと貫き幻十郎の首筋に字塩の手が食らいつく。

 瞬時に侵食、対消滅。幻十郎の血が死ぬに従って肉も皮も死んでいく。同時に見る間に青ざめていく字塩の肌色は、代償のほどを示している。

 それでも幻十郎の顔色も笑みも変わらず、それどころかそれら数秒の間にも重力圏をさらに強め暗闇が深まり、字塩の身体が軋みを超えて壊れだす。

 さらに幻十郎の胴体から幾本もの血槍が飛び出し、字塩を貫く。字塩は避けられず受けるが、心臓への直撃だけは回避。それでも幻十郎の侵食を防ぐために全身で死血を全開、常人ならばもはや十回は楽に逝ける量の血を消費し、字塩といえどもはやあと数秒も保たないことは疑いがない。

 しかしそこで彼等は間に合った、重力圏に砕かれながらも、あるいはその加重さえ利用して、加藤を含めた残りの影達が殺到して一斉の突撃を幻十郎に見舞ったのだ。

 もはや何がどうなったかも判別不能なほどの激突と破壊が多重に連鎖し、その地点の岩盤ごと粉砕し隆起させ、さらに隆起を残らず微塵に砕いて爆砕させて吹き飛んだ。

 数秒の静寂、瓦礫から身を起こす数影の姿。重力圏は消失している、周辺の異常も見えない。

 分が過ぎ、砂埃が風に巻かれて薄れていく。

 「お見事、だな」

 惨禍の中心に転がっていたのは、惨事からしてみれば奇跡的なほどに原型を留めた、幻十郎の生首。胴も腕も脚もない、切り離されたただそれだけ。

 「思った以上に、犠牲を強いた・・・満足には程遠いな」

 「そうか、それはよかった」

 傍に歩み寄る影一つ、それは青ざめたままだが五体満足な字塩。

 言葉を掛け合い健闘を讃えあっているわけでもないだろうに、両影は妙に穏やかで和やかだった。その会話はどこか噛み合っていなかったが。

 「よくはないが、お前は、これでよかったか?」

 幻十郎は、そして字塩も、噛み合っていない何かなど気にしない様子で視線を交わしあった。

 「ああ、それでも足りないが」

 「そいつはよかったな」

 そして幻十郎は柔らかに微笑み、字塩は優しく微笑し、次の瞬間に字塩の足が打ち落とされ、その後は死を待つだけかもしれない肉の塊を踏み砕いた。

 その瞬間、白影以来最悪最強の忍びであったろう幻影がこの世から消え失せた。

 その場には数えて二十にも届かない影しか残っていない。

 他所に出ている忍びを数えても、もはや忍者のその総数は五十を上回らない。

 その事実が何を意味してくるのか、そんなことは誰も考えず、わからないでいいまま、字塩が爆ぜた肉片の血を残らず吸い取って後始末する様を見届けていた。



 何を願い?何を望む?


 最初の記憶は温かい壁か。羊水の中の微睡で、結局覚えていないのと大差がない。

  次に覚えているのは、暗闇の風の海の中、逃避行する両親の姿。

 いや、おそらくは両親と思しき影達の姿。確信はあるが、実際のところは今も知らない。

 追手、今なら抜け忍となった両親を追う忍び達だとわかる、複数の影達と死闘を繰り広げ、二つの影は小さな一つを連れ追い詰められていった。

 その逃避行の最後に現れたのは、若かりし頃の襄空鶴。両親らと何事か話あった後、幼い影を渡すと、その手で抵抗をやめた二影に手を掛けた。

 それからは里に引き取られ、忍びとしての訓練を積みながら成長していくことになる。

 訓練の日々に苦はなかった。むしろ性に合っていた。両親との逃避行の日々のほうがよほど暗い思い出に思えてくるほどに。

 将来の殺し合いに備え、二人一組での訓練の仕上げに、それまで連れ添った相棒との殺し合いを命じられた時さえ、まったく苦悩すらしなかった。

 冷酷だったわけでも無関心だったわけでもない。相方とはおそらく決して長くもない半生の中で、五本の指に入るほどには親しかっただろう。それでも苦悩することさえなく手を下すに易かった。

 とても楽だったのではないが、そうやって生きていくことがまったく苦しくはなかったのだ。両親の行動に理解はその時点で示すことも出来ていたが、共感することも遂にないほどに。

 もしも両親が忍者という呪縛からの脱却を本当に望み、俺のために願っていたのだとしたら、申し訳ないが当の本人はそれで良いらしいと、そう答えるしかなかったのだ。

 だからこそ、師であり、主君ともなった空鶴を理解することも共感することも出来なかった。

 むしろ空鶴によって、あるいは両親の遺言によるものかもしれないが、通常の忍びとは違った何かに仕立てあげられ、異質な存在に祭り上げられていくことに最大の違和感をもっていたと言っていい。

 だが、違和感は疑問に変わることもなく、結局は納得など求めてさえいなかったためか、ただ流されて生きていた。

 何を願い、何を望んだか。

 それさえなく、考えたこともないままに、幾らかのモノを半ば自動的に手にしていたのだ。

 不満はなく、苦痛はなく、そもそも考えさえない。それが黒子十三という男の薄っぺらい自意識と人生観。

 ただ一つ、遂に自らの望み願うものに気付くまでは。

 あまりにも当たり前の事。不満も苦痛も悩みさえ無いならば、そこにあるのはおそらくは理想に近い。ただそれだけの話。

 だが、それだけではもはや足りてはいなかった。気付いてしまったからだ、何もない以上がその先にあるのだと。

 だから、黒子十三は、本当に忍者になりたいと、本当の忍者を作り出したいと、そう望み願った。

 それはただ純粋に欲望という名の願望。理想の結実というあまりに人間らしい希望の発露。そしてだからこそ、現実の相手は同じものなのだと知っているならば。


 どうするかなど、言うまでもないことだろう。



 「では、最大の障害は除かれたわけですな、とても喜ばしいことだ」

 元某国上院議員ジェームズ・キャメロット。好々爺然とした細身の紳士は笑顔と共に眼前の二影、字塩と加藤にそう言った。

 幻十郎襲来から約一日後。二影は「人間」側の現代表であると言っても過言でない彼に、報告と共に今後の方針の確認を取り合っていたのだった。

 「いえ、未だに問題は残っています」

 「ほう?彼以上の障害がまだあると?」

 やる気のない加藤はただその場に形だけはいるというだけで、キャメロットの世辞に対応するのは実質字塩だけだった。

 その字塩の冷淡な態度と言葉に、喜色を浮かべていたキャメロットの表情が曇る。

 「想定されていた事態がすべて消化されたわけでありませんので」

 実のところ、字塩にとっての問題、忍者達にとっての最大の障害とは、彼等通常の人間達だとも言えるのだが、もちろんそんなことはおくびにも出さない。ただ無難に受け答える。

 「確かに、幻十郎への対応は、想定よりも被害が大きかったものの、最初からの想定通りではあったな。だとしてもやはり最大の障害ではあったのだ、喜ばしいことではないかね?」

 想定通り。それは確かにその通りであるし、幻十郎がその想定の中で最大の障害であったのも間違いない。ただ、字塩達にとってすれば、想定通りだとしても厳しい話には違いなかった。

 幻十郎一影のためだけに、どれだけの犠牲を払ったか。そしてどれほどの数が今残っているのか。その現実だけで明るくはなれないことなど自明と言っていい。

 キャメロット達、普通の人間達からすれば、自分達の安全確保が出来ればよく、忍者など最低限の数だけいれば問題がない。逆にいえばそれだけ都合よく忍者を使っているということに他ならない。

 それでもなお字塩達はそんな彼等と共栄して行くことを選んだわけだが、不満や不安がないわけではなく、目下最大の懸案事項であるとさえ言えるのはそのためだった。

 もちろん、キャメロットのような男が、その程度のことを理解していないわけがないし、逆に理解した上で言っているのは明白だった。

 「私の、個人的所感からも、これからの方が大変だと思われますから」

 だから字塩はそういった風にしか答えられない。しかしそこにはただの憂いだけではなく、実際の予感を超えた確信のようなものが垣間見得た。

 キャメロットはその確信を、自分達との折衝とこれからの道行きへのものだと受け取り、頷いてみせた。が、実際のところ字塩にとって、彼等ではないものに対する予感がそう言わせていたのだった。

 キャメロットはそんなことなどに気付くことはなく、それはそうとと話題を転換した。

 「おお、そういえばこう尋ねるのも不謹慎ですが、やはり幻十郎の話は嘘八百でしたかな?」

 かつて幻十郎が世界に向かって宣言した文言、その正当性についてだ。

 「それは、そうですね。幻十郎を殺したことで、我々に力が分配されたなどという事象は確認も実感も出来ていません。第一、本当にそうであったなら今頃に判明してはいないだろうことは、少し考えればわかることでしょう」

 「・・・まぁ、そうでしょうな。では、今回はこんなところで。復興計画の本格始動については、また後ほど計画書をこちらより提出しますのでご確認を」

 あっさり否定した字塩に目を細めつつも、キャメロットもあっさり話題を打ち切ると話を終え、護衛と秘書官を連れて退出していく。

 加藤は生あくびを噛み殺し、字塩は静かに目を伏せながら見送った。

 「・・・で、だ、いつまでこんな茶番を続ける?もういいんじゃねぇか?」

 完全にキャメロットが退出したあと、気怠げに加藤が字塩に視線もよこさずつぶやくように言った。

 「やめたいのはわかりますよ。しかし、わかっているでしょうが、もう遅い。それに、私個人としてもやめてもらっては困る」

 字塩も加藤を見もせずに明後日を見据えたまま淡々と応じる。

 「幻十郎に罪悪感でもあるってか?」

 「まったく。むしろ幻十郎は感謝しているでしょうし、私も感謝されこそすれと思っている。正反対の話で、幻十郎にいい顔をしすぎた結果ですよ」

 「ふん、本当にお前は奴とお友達だな。結局奴のために動きやがった。まっ、俺にしても楽が出来ればそれでいい。それでも、めんどくせぇがこうならざるを得ないなら、動くしかないだろうさ。だが、俺は投げ出してぇんだぞ?そのために頑張ってんだぞ?ああ、嫌だ嫌だ」

 「実際、我々忍者は投げ出してもいいんだとは思いますよ。言う通りに現状はまさに茶番で、たいした意味がないどころか、我々が苦労するだけだ。害悪と言っていい。ならば好きに出来る実際があるのだから、好きにすべきと考えるのも同意ですよ。ただ、」

 「おう?」

 「そうなれば、私はおそらく我々を殺しにかかるでしょうね。そうはしたくない」

 「・・・お前も、大概だな」

 「ええ、貴方が羨ましいですよ」

 「しかし、キャメロットの騎士共か・・・はぐれの傍流だが、いっそ奴らに投げてしまえば・・・」

 「それで貴方が安らげるようになる、などということがないのはわかっていますよね?」

 「クソ忌々しいことにな・・・」

 「本当に、いっそ・・・いや・・・それならば話はこれで」

 「ああ、そうだな・・・」

 結局一度も視線を合わせることなく両影は会話を切り上げ、それぞれも退出していった。



 キャメロットの騎士達とは、キャメロットに付き従う護衛達のことであり、密かに流出していた忍者の血脈、すなわち力を持つ者達のことである。

 「はぐれ」と呼ばれることもある、里に俗さないどころか、掟に縛られない、あるいは離脱した者達だ。

 キャメロットはそんな彼等を集めて、私設戦力として運用していたのだ。

 「この後の予定は」

 疑問符もなく、わざわざといった確認のために両影との会談後、隣の秘書官にキャメロットは歩きながら問いかける。

 「この後の予定は、   」

 秘書官が応答し、予定を述べようとしたが、途中で果たせず寸断した。

 キャメロットは一瞬呆気にとられていたが、護衛の騎士の一人に押し倒されて、ようやく状況を認識する。

 秘書官の上半身が吹き飛び、血の噴水が自身を濡らした。つまり何者かの手によって言葉の途中で秘書官は屠られたのだと。

 騎士の数は合計五人。全員が揃っている。たとえ、ではなく、おそらく相手は忍者だろうがそう簡単には簡単に害することが適わない実力は持っている。

 が、すでに四人だ。襲撃に気付いて態勢を整えるまでの数秒で、一人の姿がすでにない。

 驚愕が残りの四人を包む。何が起きたのか、起きているのか、まったくわからない。

 そんな思考の隙をついたように、円陣を組んでキャメロットを守ろうとした一人がいきなり天井へと吊り上げられる。その代わりのように屍と化した消えた一人が落ちてくる。

 上か、と残りの三人が注視した瞬間、床が踊り跳ねる。正確には床に擬態していた血の膜が擬装をやめて襲いかかったのだ。

 下と上、どちらに対処すればいいのか?どう考えても下から襲いかかる血の膜に対処するのが先だが、その対処に動こうとする瞬間、上から影が降りてくる。

 吊り上げられた二人目が四散するほどに引き裂かれ、その血と肉が降り注ぐ雨を中をまさに影のように疾る影。残りの騎士達は自衛にすら必死どころか、状況についていけていない。

 影と床の血の挟撃を受け、そのまま両方ともを防げず、両方ともに狩られて、残りの三人もその能力も何も活かせず出せずに、無為のまま数分もかからずに全滅した。

 最後まで生きていた、否、護衛対象という足枷にするために生かされていたキャメロットは、何に自分が巻き込まれ襲われたのかもわからないまま、遂には悲鳴も非難の叫びも上げる事が出来ずに、まるでついでのようにそのまま血に呑まれて消えていった。

 そして惨劇を行った影はその身に血を回収すると、保安が駆けつける前にその姿をその場から消し去った。


 それから数分後、キャメロットと彼の秘書官と騎士達の殺害が確認され、緊急警戒網が敷かれるものの、鼠一匹さえ掛かりはしないまま、次が起こる。

 捜査を行っていた忍びの一人が消えたのだ。

 拠点の中での失踪。事件の後ことでもあり、簡単に誰でもどうなったかは想像がつく。

 その時より要緊急警戒どころか、明確な敵性存在の侵入と現状を断定し、忍び達による自分達の拠点を場にした狩りが始まった。

 それでも次の被害が出る。忍び達さえ出し抜き、数百万の人口を収容可能な巨大拠点とはいえ、その尻尾どころか影さえ踏ませずに次々と犠牲者達を積み上げて行く。

 残りの忍者の数は、そうして遂に二十を下回ることになり、字塩は現状で残っている忍者達を例外なしで残らず一箇所に集めるよう呼びかけた。

 もちろん忍者達の自衛のために、そしてもう一つ、

 「特定が遅れて犠牲を出しすぎたが、君等の仕業だね?」

 そうして集まった中で犯人達を糾弾するために。

 字塩に問いかけられたのは早雲と九斬。当然と言うべきか、その二影だった。



 続



一応、佳境に入ってます


盛り上がりどころがない?次ですよ、多分、次

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