伍
黒ノ十三~刃心千乱~
憎しみは何もかもを生み出す源だ。
憎いからこそ対象を破り克服しようとする。
「だから憎しみを忘れてはいけない」
ただし、もっと忘れてはいけないことがある。
その果てには憎しみを失うという、そのことを。
「だから憎しみを忘れてはいけない」
5、
「全員武器を捨て、投降しろ」
無駄とわかりつつも張り上げた声で風早 早雲は周囲の全員へと勧告した。
即座に反応が返り、気付くと共に暴発するように手に手に持った銃を向け、撃ち放ってくる。
忍者である早雲はあっさりと放たれた弾丸の嵐を避けて抜けるが、その瞬間にはもうすでに銃を撃ってしまった者達は倒れ伏している。
早雲の手腕ではない、もう一影いた忍びである久慈 九斬が裏手より飛び込み、彼等を倒したのだった。
「無駄な抵抗はすんなって、死にたいだけなら止めはしねぇがな。いや、むしろ抵抗しろ、殺してやるからお前らみたいなクズ共は」
九斬は言って、実際その通りに先ほど銃を撃ってしまった全員の息の根を止めていた。
緊張が走っているが、やがてあきらめたように次々と手にした武器を取り落として両手を挙げていく。
そこは中原、極東の沿岸部。かつての忍者達の祖国であった島々の対岸近くだ。
各国の主要軍事施設から大量破壊兵器が全世界へと放たれてから約一週間。正確には六日と半日後、世界は一週間前から予想されてしかるべき混沌と混乱の只中にあった。
大量破壊兵器はその九割が目標地点に着弾することはなかったが、一割もあれば世界を半壊させるのに訳はなかった。
幸いというべきか、目標が偏っていたがために文明圏の全滅は免れ、主要大国の政治機能もまたほとんどが形だけとはいえ沈黙することはなかった。
しかし停電でさえ治安は著しく悪化する。ましてや世界中の主だった軍事力は壊滅状態であり警察力も似たような状態になっていた。それで半壊した世界が真っ当に統治されようはずがない。
さらにはこの機を待っていたとばかりに不穏な動きをする集団も現れ、世界は破滅から一日足らずで世界戦争状態に陥っていた。
だが、それさえ世界を崩壊させた忍者達の生き残りの手によって大半は鎮圧されることになる。あの幻十郎をも含めて。
世界をここまで破壊した原因である彼等を他にして、今や世界に平穏や治安を守れる存在はいなかったのだ。
そして彼等の手によって再建されたという極東の亡国、今や世界最大にして最先端の科学力を維持しているであろうその拠点に、生き残った人々は希望を見出すしかなくなっていた。
早雲と九斬は、極東の拠点へと人々を導く任を得てそこにいた。
現状は、その二影が連れ立つ難民と言っていいだろう人々に対して私掠を仕掛けてきた盗賊達、あるいは暴徒達を鎮圧していたのだ。
「お前ら忍者が言うことか!!」
ほとんど全員が銃を取り落とし両手をあげるか後頭部に回しているかしている中、一人の中年男が銃は捨てたものの、そう叫びを上げた。
早雲はため息をつくような呆れた様子で、九斬はほとんど汚物を見るかのような視線で男を射すくめる。
「こうなったのは誰のせいだ!お前ら忍者共のせいだ!!そんなお前らが俺達をクズだと?ふざけるな!!俺達がクズなら、お前らなんぞ!!」
「そんな台詞を吐くやつが、どうクズじゃないと思えるよ?」
中年男の怒気に、九斬は言い捨てると視線だけではなく直接詰め寄って行く。
「俺達が悪い、ねぇ?そこんところもなんなんだが、だとして何だ?お前らがクズなのと関係があるのか?少なくとも正当化は出来ねぇだろ、徒党を組んで武器で他人をどうこうしようなんざなぁ」
「そ、それは・・・だが、お前らなんぞに!!」
「そもそもなんか勘違いしてんじゃねぇのか?忍者は正義の味方か?何だったと思ってるよ?ついでに世界はどうだったよ?俺達を世界に解き放った事件の話でも蒸し返そうか?あるいは俺達の存在をどう扱ってきたか論議でもするかよ?お前達には預かり知らない話だった?別世界で、自分達ただの民衆はいつも快く思ってもなかったと?なら、お前らは一体何をしてきたよ?なぁ、教えてくれるか?」
拳を振り上げるのでもなく、言葉で圧倒する九斬に気圧されて中年男は次第に口をつぐんでいく。
その様子を見ながら九斬は威圧の視線を軽蔑に変えて男一人ではなく、その場の全員を見渡した。
「・・・それでも忍者がいなければ、こんなことにはなっていないさ」
意気消沈し、静寂ではなく沈黙が一瞬で支配したその場で、意に介すことなく言葉を発したのは、今の今まで声を荒げていた男ではなかった。
「世界に責任がないわけじゃない、重々承知だ。だから今の我々はこんなにもみじめだ。翻ってお前達はどうだ?結局そうして忍者であることを嵩にきているじゃあないか。それはどうしてだ?お前達に力があるからだろう?」
痩身痩躯の影のある優男が、声を張り上げるでもなく、主張を強くしたわけでもないのに沈黙の中ゆえに大きく前に出てきたのだ。
「だから、なんだ?だからどうだ?ならお前達に都合の良いように、俺達忍者は、力があるやつは、こき使われていろとでも?ふざけた話だとは思わないかよ、なぁ?」
九斬はしかし気圧されること一寸もなく、それどころか鼻で笑うように受けて立つ。
「違うね、これは至極真っ当な話さ。そもそもお前達は俺達とは違う生き物だろう?力があるから、まるで俺達と同じであるように強要出来るだけでな。実際、お前達は実に自分勝手だよ。都合の良い時だけ俺達と同じ線上で自分達を定義付ける。その有り様を見て、どうして俺達の側がどうにかしていたと思える?」
しかし優男は怯みさえもせず、謎の自信で堂々と九斬の向こうを張る。
九斬が忌々しげというより、単に我慢する必要もないと思ったのか、むしろ無表情になって前出ようとするのを早雲が肩に手を置き制止する。
「つまり、我々忍者は人間ではない。だが、人間より立場が強いので、人間であると言い張ることが可能だ。自分達ただの人間は人間でいるしかないので、立場を使い分けられる忍者とは比べものにならないほど不利である、と?」
「概ねそういうことでいい」
「そうか、つまり、人間をやめれば我々はお前達人間を好きに蹂躙してもいいというわけだ?」
冷静に受け答えつつ、早雲はしかし九斬よりも圧倒的に怜悧というよりは冷徹な言葉と態度を放ち見せつけた。
九斬のそれが暴力でしかないとしたら、早雲のそれは真に有無を言わせぬ圧力だった。
「勘違いするなよ?最初からずっと今までお前達はそうなんだよ。ずっとそうやって圧倒してきて、それを当たり前だと思っているくせに違うと表明してるのさ」
優男はそんな圧力に皮肉るように嘲笑うと、鬼気迫るような迫力の欠片もないが一歩も引かなかった。
「程度の問題であり、定義と偏見の問題だな。忍者を人間ではない、特別であると位置づけることで生じる詭弁だ。厳密に言うならば、そんなことは忍者に限らず人間の力関係すべてに言える」
早雲は引かない優男に感心すらせず、その圧力を緩めない。
「はははは、実際、人間じゃないだろう、お前達は?」
こいつが扇動者だ。そう二影はすでに言われるまでもなく気付いていた。この優男が集団を唆して襲撃に至らせたのだと。
だが、優男の目的はそうして私掠を正当化するためではないようだった。
乾いた嘲笑を挟んで、優男は自らの胸襟を開き見せつけた。
「あいつの話さ、聞いたよ。突拍子もないようだったけどね、真実だと思うのさ。精神寄生体、なんだろう、お前達忍者は」
その開いた服の下には高性能爆薬が並び備えつけられていた。下手な代物ではない、地域一帯を吹き飛ばせるほどの高性能かつ危険な代物だ。
「おっと、もうどうしようと無駄さ。手を出せばたちまち起爆だ。さすがにお前達でもこいつの爆発から逃げられないだろう?もう詰んでるんだよ」
動こうとする九斬と早雲を言葉で優男が制する。手元での起爆式であれば忍者の身体能力があればどうとでも出来ただろうが、そういった可能性を期して準備していただろうことが知れる。
「目的は、何だ?」
そして優男の態度からこれが脅しでもなんでもなく、自分の命さえ省みていない所業だと早雲は見抜く。嘘や虚勢ではなく、決意さえ通り越した当たり前の行動なのだと。
だから優男の言葉を本当だと信じる信じない以前に事実だと早雲は認識した。だとしたら不可解なのはやはり理由という一点だけになるが。
「目的?もう達成したさ。しいて言えば、お前達を排除するついでに俺が気持ちよくなれるかどうかだけさ。気が済むか、気分を害せばそこで終わりだよ。せいぜい余生が数分だとしても長引くようにすればいい」
世界を救うことは出来ないが、その命を捧げれば目の前の悪魔数匹は葬り去れる。そんな決意をした小さな勇者。優男はつまるところそんな存在だったらしい。
そしてそんな優男に近づいた時点で、すでに彼に早雲達は負けていたのだ。だとしてもそれでしょうがないで済ませられる訳もない。
待っていても同じならば、そう目配せすらせずに意思疎通した二影は優男に挑みかかろうとした。
「ああ、もう飽きたな。そういえば別にお前達と話しても楽しくないし意味がない。別に話すことも用意してなかったし、それはそうに決まってるか。じゃあ、さよならだな」
が、そんな動きに気付いたかどうなのか、優男は前触れさえないように唐突にそう言い放った。
さすがに度肝を抜かれた二影は動揺を浮かべるが、優男はそんな顔を見たかったとばかりに満足気に笑い、その瞬間には行動に出ていた。
常人には一瞬、だが忍者達には数瞬。なんらかの方法、おそらく脳波操作などで起爆された爆弾達が起爆した。
優男が瞬時に歪むようにして、砕かれるというよりはまさに消失するように弾け飛び、同時に破壊の閃光がその地点より炸裂する。
二影は全力で制空。空破、炎気、雷動を全開にして爆発をなんとか諌めようと身構えるしか出来なかった。
しかし次の瞬間、紅い影が地面よりその場に噴出して爆発を飲み込んだ。
爆発の衝撃と閃光を飲み込んだ紅い影は、その異様な被膜を飽和させながらも破壊を内部に押さえ込む。
九斬と早雲、そしてその場にいた大勢も紅い影の被膜に触れるが何もなく、爆発の収束と共に押し戻って行く。
そして一瞬で地獄と化すはずだったその場を救った紅と、その紅を引き連れた黒の影が平然とそこに立つ。
気付かなかった、いつ近くまで来ていたのか。二影はその存在、男を知っている。
「黒子、十三か・・・!?」
「・・・」
返る返事は無言と共に伸ばされた、先ほどまで爆発を包み込んでいた紅い右腕。それが槍のように鋭く長く突き込まれてきたのだ。十三は一歩も動かず、本当に腕だけを伸ばして。
九斬が早雲を狙ったその槍手を空破雷動、雷綱、あるいは電刃とも呼ばれる、電磁収束により紡がれた虚空の刃で受け止め弾いた。
「いきなり、物騒じゃねぇかよ、おい!!」
「何の、つもりだ、とは一応お前にも聞くべきか?」
それぞれの反応に驚きはさほどない。十三が世界各地で忍者狩りをあの後も、いやあの後からも、続けていることは周知の事実なのだから。
『あ?そんなもんお前等もわかってんだろが?勝つために決まってんだろうが!!』
しかし早雲の問いに答えたのは十三ではなく別の声、岩人のそれだった。
「・・・お前は、黙っていろ」
十三は二影に対しては沈黙を通したが、その岩人の声には反応を示した。
伸ばした紅い右腕が元の長さに戻っていく。その十三の左眼は右腕と同様に紅い色で埋まり、それは左胸もまた同様だった。
紛う事なき血の色だ。
「黙るなよ、こんの馬鹿がぁああああ!!」
その有様を目にいれて激昂したわけではなかろうが、九斬がそんな十三に拳を固めて殴りかかった。
「君等に教えよう、忍者とは精神寄生体のことだよ」
破壊の嵐が世界を席巻して半日後、生き残った情報網全てを使い幻十郎が発した最初の言葉がそれだった。
続いて幻十郎は世界に何が起こったのか、その詳細な経緯と真実、ひいては自身の目的を謳った。
「つまり僕等は文字通り物理的、科学的法則の範疇外の存在だ。だからそう結論づけるしかないわけだ」
「説明になっていない?その通り。だがね、君等が今まで僕等をどのように認識していた。同じことだよ」
「だから肝心なのはそんなことでない。我々が人間でないとしても、だからなんだという話だ」
「少なくとも僕がそう信じているのだから、根拠は十分だ。否定したいならそれこそ僕を否定しに来ればいい、歓迎しよう」
「ああ、つまり僕は僕が楽しければそれでいい」
「だからいい事を教えよう。忍者の力とはつまり精神寄生体の発揮する力だ。寄生している精神寄生体の総量がその発揮できる力を決定づける」
「もしも力を得たいならば、忍者が忍者よりその忍びを奪えばいい」
「根拠はこれも僕の存在自体だ」
「僕はこれから忍びの皆を殺戮していく。それを止めたいならば、もうわかるだろう?」
「『君等』はどうする?さぁ皆でよく考えよう」
そして一連の言葉を残し、幻十郎は終始の笑顔からさらに笑って一方的に宣言を終えた。
その日から幻十郎は宣言通り、手ずから各地で忍者達を殲滅し始める。
困惑の極みに陥ったのは、当然のことながら世界中の人間ではなく、彼等に比べれば圧倒的少数でしかない忍者達だった。
方針の舵を取る頭領が乱心したというだけならまだいい。そもそも忍者達は誰かの一存だけで狂うような機構で動いていない。
ましてや元より幻十郎などは頭領としては信頼も信用も厚かったわけでさえない。逆に彼を扱うためにその地位に据えたようなものだったともいえる。
それでも忍者達にも派閥があり、現在の事態に至らせた原因も彼等忍者が踊らされたことにある。
ましてや世論を仰げば、幻十郎に殺し尽くしてもらえばいい、というぐらいの勢いで忍者廃絶が叫ばれ出している。それだけの事態を招いたのだから当然だろう。
どうすればいいのか?少なくとも刃として外側の心に従うならば、もう詰んでいるに等しい。
だが、実のところ忍者はやはり所詮人間だ。刃の下に心を置いた、あるいは刃の心を持つ、などと言ったところで自らの存在を無碍には出来ない。
そもそも普通の考えであれば、本当の刃に意思があったとしても、自滅を望むことはないだろうと考える。
だからこそ今まで実際には必要ともされていない、されるべきではなかった、自分達の存在を押し売ってきたのだから。
その最たる証左が、彼等の亡国たる地に造られた拠点、新たな安住の地であったとも言える。
だから幻十郎との交戦から逃げ果せた加藤や、彼の派閥に属していた忍者達やその他の大勢の忍者もが、自分達の生き残りを賭けて動いたのになんの不思議もないどころか、当然とすら言える。
世界を崩壊させたのは自分達の総意ではなく、逆に今や瀕死の世界を我々は救おうとする者なのだと動いたのだ。
それが自分達の手を借りなければ、どうあがいても復興などは容易ではないという、今までとなんら変わらぬ優しい恫喝であったとしても。
だが、内心はともかく世界の大半はその恫喝を協力として受け入れた。
これもまた当然の話だが、実際のところ楽が出来るのならばそのほうがいいに決まっているし、なにより頭のいい世界を回す側の人間達にとって、世界とはそういった論理で「しか」まわっていないことぐらい常識だったからだ。
かくして忍者達はその大半が対幻十郎に動き、彼に責任を被せる形で事態を収めようとしていた。
しかしそう明確に物事は進みはしない。幻十郎の忍び狩りに同調するような動きをした忍者は大半が始末されることになったが、一部は不穏分子として拡散し。その中には幻十郎に次ぐ脅威として、忍者達を狩る十三の存在が表れていたのだ。
だとしてもあれからまだ一週間程度だ、被害は知れたものになるはず。と思いきや、彼等忍者達の人数的にすでに深刻な事態に陥っていたと言っていい。
もはや忍者は数百人規模でしか存命していないのだ。
まして信用回復のために世界中で動くその手足自体が狙われ、信用を取り戻すべき相手をも巻き込み悪化すらさせているのだ。
十三は今や、いや、今になっても相変わらず、忍者達にとってどうあろうと始末するべき敵となっていた。
だが、一番の疑問は十三は基本的に自分の考えで動いてきたことはなかったということだ。
依頼によって動いていたというのならば、現状を鑑みれば依頼が真っ当に継続出来るものかどうかの判断など下すまでもない。
ましてや実際の依頼者達は残念ながらすでに一人も生き残ってはいないようだったが、その後継者達からは正当な筋を通して十三に依頼の中止と撤回を発信していた。
今までの十三であれば、それで済んだのだ。そもそも実際の依頼者達の状況や、依頼と環境を取り巻く情勢を考慮して、普段の十三ならば自身で判断を下していただろう。
そう、少なくとも一旦は行動を保留し、現在の責任者達に意思を仰いだはずだ。
しかし現実では十三はもはや破綻したはずの依頼をこなし続けるように、忍者達を狙い続けていたのだ。
何故か?
十三が意識を取り戻すと、そこは寝台の上だった。
幻十郎に敗北して海に落ちたあと、十三は意識を失っていた。
その意識の連続性が再開して始めて焦点を結んだのが知らない天井であり、見覚えない部屋の寝台だった。
『よぉ、ようやくお目覚めかよ。こっちとしちゃあ、目覚めてくれなくても良かったんだがな』
そしてすぐさま現状認識より先に降ってくる異物の声。
十三は取り乱すことはなく、あっさりと現状を整理し把握し、口を開いた。
「・・・それで、ここはどこだ?」
『まったく、俺が言うのもなんだがてめぇは図太すぎるな』
「・・・どこだ、と聞いている」
覚えているのだ。幻十郎に殺された後、ゆっくり死んでいく自分が骨肉を失っても血だけの姿で生きていた岩人に持ちかけられた取引を。
岩人は血液だけになった状態でも血操でその血を本体にして生き延びていたが、幻十郎に牙を剥いたことと引き換えに返り討ちにあい、その質量の大半を失った。今度こそその存在の成立すら危ういほどに。
そこで岩人は死にいく十三に取引を持ちかけた。俺がお前の失われた心肺機能を代替してやる代わりに、お前は俺の宿主になれと。
十三はその取引を承諾。そして岩人が十三の身体に住み着くことになった。
もっとも岩人は十三の身体を乗っ取るつもりだったようだが、岩人の体積が少な過ぎた所為もあってか、十三が本気を出せばむしろ岩人を取り込んでしまえるような始末だったが。
それでも血操の技術は岩人が格段に上どころか、十三では身体の維持すらおそらく難しかったため、瀬戸際の協力関係が締結されることとなったのだ。
だが、そうして生命を繋ぎ止めたはいいが、そのまま十三は意識を失ってしまう。
結果、意識が戻った時には知らない場所にいた。だからその時点で驚くべきことは何もなく、所在を改める以外に必要がなかったのだ。
「ここはワタシの隠れ家だよ」
急に声がかかる。それでも十三は驚かない。背中にまでかかる黒の長髪を持った女、十三の知っている忍者、稗田 尊斗が目の前にいた。
先ほどまで壁でしかなかった空間が取り除かれて、その奥から姿を現したというよりは、その奥に元より尊斗はいたのだろう。
だから驚かなかった、そういうわけではない。ある程度予想はしていたからだ。この現状で十三を拾う者など数えて足りる。
「・・・つもりはなんだ」
故に直球、他意がないどころか、間に交わす言葉を挟むことさえ意味がないとばかりに飛ばして、十三はそう切り出した。
『おいおい・・・』
岩人が呆れるのも無理もない、が、尊斗はまったく頓着せずに頷いた。
「刃に心があるとすれば、それが人の心でないわけがない」
「・・・なんの、つもりだ」
続いて尊斗の放った言葉に、十三は動揺というほどには見えないが、動きを固まらせた。
「ワタシはまだ生きているということの証明。それだけのことよ、トゥリ」
「・・・」
さらに重ねられた尊斗の言葉に、十三は今度こそ動揺を飲み込むように固唾を飲んだ。
『なんだってんだよ、おい!!』
異変に岩人が叫ぶが、十三は無視、それどころではない。
「そう、最後まで見届けないのはそれこそ本道にもとるからな。そうでもなければオレが自害などないだろう?なぁ十三」
だが、次に尊斗は口調を唐突に変えて、表情すら別人のように変化させ、欺瞞の様子も見せずにそう言い放った。
あまりにもわざとらしいが迫真だ。
「・・・上手い、演技だ」
そして絞り出すように十三はこぼすが、尊斗は首を振って否定を表す。
「忍者とは精神寄生体である、ワタシはそう言ったはず。肉体とは別にその心は存在させることは、媒介としての器がある時点で不可能ではない」
「もちろん、明確な証明は不能だ。オレ達の存在が証明だと言っても無駄なことだろう?だから証明する気もない。オレが真かどうかを信じるかどうかはお前次第だよ十三」
「・・・なら、茶番か?」
ころころと表情と声色を変えて語る尊斗に、十三は一気に冷めたように平静を通り越して怜悧に問うた。
「茶番?オレ達をやはり信じられないか?」
「違います。おそらくトゥリが言いたいのは、ならどうしてわざわざ死ぬ必要があったかという事ですよ」
「・・・いや、茶番も違うな。今の事態が計画であるとするなら、死の偽装には意味がある。だが・・・」
「考えてみればその計画とやらが茶番に見えると」
「・・・」
尊斗を見れば、その様子がさらに変化している。本来の彼女、稗田の尊斗がようやく姿を表したということらしい。
「そうね、まさに茶番。だから私はそれらの茶番を終わらせようと思っている」
「・・・何を、どうやって」
「忍者は精神寄生体である、ここまではいい?なら、その総量が能力の過多を決定付けるという仮定がある。それがどういう意味を持つのかと内容を紐解けば、『忍者の総量は定量である』ということになるの。現実に当てはめるとそれらのことが何を意味するのかわかる?」
「・・・・・・もし、現忍者達が全滅したら?」
「そう、そういうこと」
稗田の尊斗は頷き十三の言葉に肯定を与えた。
「それどころか全滅しなかったとしても、拡散出来る分量があればおそらく難しいことではないと思うわ。ただ、もう一つの問題がある」
「・・・人間の数は多過ぎる、か?」
「そう。忍者という存在を真に消しさること、それすなわち全人類の忍者化でなければいけない」
「・・・」
『・・・おいおい、黙って聞いてたが、なんだてめぇもイカれてる口か?』
尊斗の話に黙り込む十三を見兼ねたか、岩人が口を挟んだ。
『いいか?俺はな、好き好んで忍者なんざになったわけでもやってるわけでもねぇ。だからといってな、別に嫌なわけでもねぇんだぜ自分の境遇ってやつについてもな』
「そういえば、アナタという計算外の超常存在もありました」
稗田がシーナの表情と口調で十三ではなく、その身体の紅の部分に冷たい視線を投げた。
『いいから聞けよ、イカれ共が。俺はなぁ結構満足してんだよ、こんな生活ってやつにもな。むしろよぉ、なかなかにいい生活ってやつだと思ってるぐらいだぜ。なんせ俺はやられるような雑魚じゃなかったからな』
「・・・何が言いたい」
尊斗を意にも介さず勝手に言い募る岩人に、十三が眉を顰めて口を挟むが、岩人は余計に拍車を掛けて語り続ける。
『なぁ十三よぉ、お前も結構好きだったんだろ、今までの自分達の生き方ってやつがよぉ。面白かったんだよな?楽しかったんだよな?俺達がいわゆる人並みってのを知らないせいかもしれねぇがよ、だからってなぁそうじゃなかったなんて今更思うかよ、おい?』
「俺は・・・考えたことも、ない」
『から、わかんねぇってか?でもよぉ、こいつの話は確実につまらんぜ?幻十郎の馬鹿は単に邪魔くせぇだけだったが、こいつの話は吐き気がしやがる。ああ、俺達はなんだってんだよ。心のない刃だってか?そうじゃねぇから忍者ってんじゃねぇのかよ、おい?』
「・・・だから、何が言いたい」
『ああ、つまりな、お前は本当はどうしたいって話だよ。なんでも自分じゃ考えないで物事を決めてもらってそれに従う良い子かぁ、お前がぁ?ならなんで幻十郎の野郎に手を出したよ。お前からしたらよぉ、あいつは放っておいていいんじゃないのかよ?』
「放っておけないからこそ、そのための保険として、十三、お前達がいる」
今度は空鶴の顔をした尊斗が岩人の言葉を遮る。
『馬鹿かてめぇ?いや、馬鹿だろてめぇ。そんな矛盾だらけの話が通るかよ。幻十郎のガキに勝てるってんなら誰でもよくて、その可能性がありそうだからとでも言うかぁ?ははっ、なんだそりゃ、馬鹿馬鹿しすぎんだろが』
「なら、何が目的だっていう?」
『知るか?ただなぁ、不快だってんだよお前達はなぁ!!』
「「「そう、だからそれが目的」」」
三種の表情を同期させたかのように尊斗が言った。
『はぁ?』
「・・・だから、・・・その不快を取り払う、か?」
『いや、お前、意味わかんねぇぞ』
何かを理解したかのような十三の呟きだが、岩人は困惑するのみ。
「心の実在の証明方法はわかる?」
追い打ちをかけるようにシーナの表情をした尊斗がいう。
当然岩人には意味がわからない。十三にも、わかってはいない、が、
「・・・何も・・・考えないこと、か」
「そう。証明は出来ない、それが証明。そのものがそのものであるという前提と既定、それらがすべてを決定付ける」
「なら・・・お前は・・・」
「逆だったとも考えられるでしょう?模倣することが可能であるように、その模倣元であるかのような方こそが真の模倣先である可能性も」
「・・・」
稗田尊斗がシーナや空鶴についての情報に詳しかったとしても不思議に思わない。それだけの情報網があったのだから。また、それらの情報を元に演じることも不可能ではないだろう。
しかしその模倣であるという推測は、模倣元であるシーナや空鶴が原点であるという確信がなければ成り立たない。
だが、そんな確信は意味がない。どちらにせよ同じだからだ。
どうして確信できるのか?ただそれだけに尽きるのだから。
「なら・・・そのためだけに、俺は!!」
「ワタシが本当にワタシであるかによる」
「そんな、ことはっ!!」
「意味がない。あるのだとしたら、アナタの決めること。信じるか、否か」
「・・・」
『なんなんだよお前らは・・・意味がわかんねぇ。聞いてるこっちが一番気色悪いぜ』
ゆらりと十三が身を起こし、尊斗の方へと足を踏み出す。
尊斗は誰の表情か不明の微笑でそんな十三を待つかのように動かない。
「・・・俺が、信じることが出来る証明があるとしたら」
十三は言って岩人と関係がない自前の左を掲げて上げる。
それは何のためか、言うまでもないだろう。
「証明は要らない。その方が楽でしょうにね」
せせら笑うように言の葉流し、十三をまるで促すように尊斗の視線が十三を射すくめる。
「ああ・・・だから俺はお前を殺して証明を得る。それが一番手っ取り早く確実だ」
視線を受け止めた十三は戸惑いを履き散らしたかのように吹っ切れた表情で、振り下ろすために掲げ構えたその手を振り落とした。
超音速の手刀が手心なく尊斗のそっ首に落ちる。
しかし次の瞬間にはその手刀を尊斗自身が手を添えるようにしていなし、吹き飛ばされようとするのを反動を受け止めながら防ぎ払った。
「お前はっ!!」
「だからと言って、証明のために命を投げ出そうとも思わない。当たり前の話だけれど?」
「・・・」
ふざけるな、と言うべきところだ。が、そうではないと知っている。
そもそもだ、抵抗されたとしても、
「・・・ねじ伏せる」
だけでいい。
『いや、だからお前ら、俺にわかる話をしやがれ!?説明しろやクソ共がっ!!』
岩人の叫びは双方が無視。その岩人の主導権も無理矢理制御下において、十三は瞬時に尊斗との間合いを詰める。
しかし尊斗は転瞬、その身を翻すと共に突如爆砕崩落した部屋、というよりは建物そのもの、おそらくは尊斗の操作で意図的に起こされた破壊の嵐に紛れ、姿を消す。
常人なら巻き込まれて死んでおかしくない規模の爆発には、さすがに十三も察知していなかったこともあり目を眩まされる。
「・・・っ」
『っざけんなぁ!!』
痛恨と罵声が落ちる中、尊斗の声だけが届いてくる。
炎雷空破、影走、あるいは陰歩とも呼ばれる可視光屈折及び気配遮断の術で遁走したのだ。
「さぁ貴方はどう考える?ワタシがお前を生かし、伝えたことのすべてを。オレは、私は、ワタシ達は、どうしたいのだと思うの?」
「・・・知った、ことか」
「いいえ。すでに貴方は知っているのよ。だから誰もが考えないように、アナタもまた同じ」
「知った・・・ことかぁああああ!!」
遠ざかりつつも消えない声に絶叫、共に弾け飛ぶ十三。
粉塵噴煙瓦礫舞い散る只中を吹き抜け、十三のその身が刃と化して疾く駆ける。
相手の位置は不明のはずだが、その突撃に迷いはなく、実際に隠遁しているはずの尊斗の元へと真っ直ぐに。
その肉の左が遮ろうとしたすべて、尊斗の空破も炎気も雷動も血操さえ食い破り、影走を散らし進路上に立ちふさがった彼女の腕を弾き飛ばして貫いた。
「「「っ!?」」」
千切れかけた両腕を動かし、貫かれて埋まった胸の肉を動かし、十三の刃腕に抵抗する尊斗の全身。
「「「ああ、もうこれはしょうがないなぁ」」」
抵抗虚しく、十三は無慈悲に刃腕で抉って斬り飛ばす。
胸から上方へと抜けた斬撃は、尊斗のその胸から頭頂までを半分に削いで行った。
「それじゃ・・・後は、任せたわ・・・」
数秒、血操で維持された血流と生命とが流れ出す。
「・・・知ったことか」
「・・・それ、でも・・・アナタ、は・・・」
そして言葉の途中で魂を喪ったように身体が落ちて、地に血に沈み動かなくなった。
『ったく・・・なんだってんだよ』
「知った・・・ことかっ!!」
当然のように、十三にも岩人にも、その脳裏どころか幻聴としても二度と彼女等の声は届いていなかった。
十三の頬に九斬の拳がめり込む。しかしそれはただの拳で、頬で受け止めながら十三は微動だにせず自分の拳で九斬の鳩尾を貫き返した。
「っがぁ!!」
苦痛の呼気を吐き出し、九斬が後ろに飛び退く。
「・・・」
十三は傷ついた頬を放ったまま、無言で静かに睨み返す。
「どうして・・・殺さねぇ?」
そんな十三に居住まいを正しながら、幾分か冷静になり表面上は落ち着けた様子で九斬が問いかけた。
もっともな話だ。九斬の抵抗を想定していたとしても、今の隙は九斬を殺すのに絶好の機会だった。それをどうして十三が見逃す必要がある?
そもそもが最初に優男の自爆から助けてやる必要からしてない。それについては他に犠牲になりかねない忍者以外の者達を救ったのだと解釈も出来るが。
「・・・」
「言い訳もなしか?なら死合いで結構なんだろう?俺達はそのつもりでいていいんだな?」
続いて黙り続ける十三に早雲が問いを重ねた。十三もそうだが、九斬と早雲の二人からしても見敵必殺の相手であろう十三相手に随分と同情的というよりは親身のように見える。
それもそうだろう、彼等は今は亡き襄空鶴の下にいた数少ない者達なのだから。
とはいえ二影は十三と違い、特別扱いを受けてきたり、特殊な立場にいたわけではないのだが。
故に、両者の間には常識的な忍びとそうでない忍びという確固たる壁は横たわっていると言える。
「・・・同じ言葉を返そう」
「殺し合うつもりかと、俺達にこそ聞いていると?」
だから逆に、そのもっともな問いに戸惑ったと言える。
普通に考えれば、十三はほとんどの忍者にとっての敵なのだ。それは現状に陥る前からでもあり、陥った後にはなおさらだった。
しかし本当に敵視を仕向けたのはどちらだったのか?
もしも十三の方でないのだとすれば、ことごとく影達が狩られてきたのもわからないことではないだろう。
「つまり、俺がお前を殺す気だったなら、殺し返しに来てたってわけか?なんだそりゃ」
九斬がもしも十三を殺すような攻撃を仕掛けていれば、その時点でおそらく反撃は致死の物になっていただろうということだが、それで九斬が怪訝に理解不能を面に浮かべたところで不思議もない。
普通に考えて、そんな判断はまさに自らの命を危うくするどころか、投げ捨てているのと似たようなものだからだ。
『いやいや、そんなことはねぇぜ?こいつは今までの連中は躊躇もなく片付けてやがったぞ?』
そこに岩人がさらに場を迷走させそうな、おそらくの事実を告げるが、十三は完全に無視して応える。
「・・・お前達は、忍者か?」
いきなり何を問うのか?そう問い返されて当然のような質問を。
「意図は・・・なんだ?明確に言え」
早雲は表情を歪めつつも、一刀両断せずに辛抱強く問い返した。
十三はそんな様子を鑑みることもなく、淡々と続ける。
「なら・・・お前達は誰の手に握られている?」
「それは、肯定と受け取っての発言か?ああ、確かに俺達は忍者だよ。そしてあの人が言っていたように、今も生きているつもりだ」
「・・・それだ。お前達は忍者とはなんだと思っている」
「何、だと?有り体に言えば、人類の刃か。そうだな、少なくともそのような役割を己に貸した者達のことだと思っているさ。だからさっきの男との会話も聞いていただろうが、俺は責任を持たされたからではなく、自分で持つことを選んだからこそ、ああも言われようが知ったことではないと選んだ正義をするだろう。その正義が偏っていたとしても、大義と信じた側にいようとな」
「・・・ようは、役割の名前だと?」
「ああ、そうだな。だがな、本当の古代の忍者達が集権力により作られた組織であったり、傭兵集団のような職業選択としての結果のものであって、大義と言っても徹底的に体制側の都合のためのものであったのとは違う。根本的に俺達は自分達で大義を選ぶからだ」
「なら・・・世界にとって、自分達が信じる大義を目指して、それを正義と言うならば、他に対してどうしようとも良いのだと?」
「そう難しい話じゃないが、簡単な話でもない。お前は死ねと言われてどうすればいいのか、ということと同じだ。普通なら死んでやろうとは思わないだろうし、死ぬべき理由があっても普通に聞き届けられる話ではないな。それでも理由次第では話にはなるだろう。場合によれば聞き届けることさえ。本質的には受け入れられないことで変わっていなくともだ」
「・・・」
「納得出来る話じゃないだろうな。だが、そんなもののはずだ。俺達はそのぐらい曖昧で不確実な中で、どうにか出来たと思うためだけに生きている。ただそれだけのことだ。忍者とは、そうした生き方を表明して、強固にしただけのものだろう」
「・・・それで、今のお前達はどうなんだ?」
「いまの状況に対してか?もちろん良いとは思っていないし、正直な話でいえば、俺達の存在が悪いのは確かだろう。だが、その悪は俺達だけが被るべき類のことか?さらに現状を踏まえれば、水に流せとは言わないが、先にやるべきことがあるはずだろう。だから俺はこうしている。俺達に改革や断罪が必要だとしても、今は置くべきことだ」
「・・・なるほど、な」
早雲との問答の末に十三は頷いたが、納得している様子でもない。
「わからないわけじゃない。それが普通の考えなのだろうとさえ思う。刃は何も考えない・・・そんな文字通りの都合のいい話はなく、考えないでいれば勝手に事態が悪くなるだけというのも」
「十三、お前は・・・」
「・・・それでもだ。これが考えた末の結果で、その上結局自分達の思惑で大局を動かそうとしているだけならば、そんなものはクソ喰らえだ!!」
「だからなんだってんだ!!」
だんだんと激するように口調が荒れていく十三に対し、それまで早雲の後ろに控えていた九斬が噛みついた。
「ああ、かもしれねぇかもしれねぇ。いいやそうじゃねぇな、その通りだろうさ。で、だ、だからなんだ?どうするってんだ?」
言葉だけでは飽き足らず口角飛ばしながら十三に近づき、その胸ぐらを掴む九斬。
「気にくわねぇから、間違っているから、否定すりゃそれでいいか?そんな簡単な話じゃねぇだろ。最初から全部間違えてんだよこんなもんはな。正解がないんじゃないぜ、正解出来ねぇだけだ。本当に正しいことを選んだら、話にもならねぇんだよどこもかしこも。なら、利のあることを基準にでもするだろうさ」
「なら・・・その利はどこにある?」
「一概に言える話じゃねぇ、つまりお前と俺の利は違うだろうさ。といってだ、自身の利だけを求めるとしても自分のためだけに在り続けるのが得策になるってか?それでいいやつが何人いるよ?さっきの自爆馬鹿や、それこそ幻十郎がまさにそういう奴だろうが。いいのかお前は、あんなもんで!!」
「お前が言いたいことは・・・わかってはいる。だが、それこそクソ喰らえだ!!」
断言する十三には、早雲や九斬の知っている十三とは違うと思わせる何かがあった。
何かとは、何か?
「・・・俺は、一体なんだったんだと思う?」
しかし一転、急に冷めた様子でいつもの十三のように戻り問いを返す。
「お前は、忍者、だろう?」
もはやどうにもわからないと言いたそうに、聞き返すように怪訝と早雲は答えるしかなかった。
「俺はそうは思わない」
そして十三はいつものように含むように語らず、堂々とそう断言した。
「なっ?なら、なんだってんだよそんなもん。そうだって言っちまえばそれがそうだってなもんだろうが!!どうにだって出来るもんをどうこう言っても仕方がねぇだろ!!」
九斬は度肝を抜かれたわけでもなんでもなかったが、ひたすらに混迷を深めた様子を晒しながらも声を上げた。
「だから、どうにも出来ないようにしようとしたのが襄空鶴で、本当にどうにでも出来るようにしてしまったのが巽幻十郎だ」
「それは・・・」
だが、どうにもならない通じない。
十三が一段別の場所にいることを理解するしかなかった早雲は言葉をつまらせる。
狂っている、そうとしか言えないはずが、そうも思えない。
だからまずいと。
「俺が思う忍者とは、刃であること以外は考えない、だから・・・代わりに、刃として考える心を持った者だ」
「だったら、なんだ、それがどうした!!」
言わせても問題ないはずだ、どうでもいいはずだ、だというのに九斬は声を荒げて遮ろうとした。
それでも手は出せなかった。何故なら力でねじ伏せた瞬間には認めて負けたのと同じなのだと、そう心奥に思っていたからだ。
「刃は何も考えないか?・・・違うな、考えていると思えないだけだ。何故ならそれは人でなく、刃だからな。どうしてそうだと思う?」
「・・・そんなことは考えても無駄だからだ」
止まらない十三の言葉に早雲は苦渋を飲むように言った。
「そうだ、考えないからだ。『それが刃だと考えない』からだ。考えないことで、刃はただの刃になる。決まった思考は定まった思考は考えるまでもないからな」
「だから、そんなことは考えるだけ無駄だと言っている!!」
「心は考えないことで成立する。それが何かと考えてもわからない、だから智慧や思考というやつは考えるのをやめるためにある。俺達の心や思考は、そうやって考えないために出来ている」
「だから、無駄なことだ!!そうして外れた奴を狂ったというんだ!!その考え自体がなんだと思っているんだお前というやつは!!」
「・・・ああ、だからそうして考えないのが人間だ。それで、俺達が握られる刃だとして、それを握る人間が考えることが出来なくてどうする?」
「詭弁だ、そんなものはっ!!」
「・・・そうだな、俺達が常識の範疇で収まっている存在だったなら、そうだったろうな。だが、違う」
たとえばの話、人をどうして殺してはいけないのだと思うか?
それがいけないから、では勿論ない。
人が人を自由に害せるとしたら、害すことが出来た者の好き勝手に出来てしまうから?
それも勿論そうだ。
害されるのが困るため、自身が相手を害さないという約定を取り決めることで相互の安全を確保するためか?
それもその通りだ。
だが、それでは根本的に人を殺せるのを否定出来てはいないし、抑止ともなっていない。
だから話は簡単なのだ、殺されないために殺すということ、それが実行出来るからに他ならない。
ようするに、人を殺してはいけない最大の理由とは、諸々の都合より何よりも、それを禁じるという実行力が働く点にある。
もしも見境なく人を殺して回る悪魔のような人間がいれば、人々が殺されたくない限り、話し合いが通じないなら、それはもう実力を持って排除するに決まっているだろう。
現実には法や社会の縛りで、話はもう少々込み入ったことになるだろうが。
さて、それではたとえば一億人の数の暴力で押しても殺せない、なのに一億人を殺してしまえる、なんていうような化物がいたとしたらどうなるだろうか?
人を殺してはいけませんよ、と訴えても、訴えることしか出来ない相手が出てきたとするならば、人々はどうするのだろうか?
その化物を殺し尽くすことに全力を傾けるだろうが、それさえ無駄にされる時、一体どうやって「命の尊さ」を伝えられるだろうか?
答えは命を大事と思ってもらうしかなく、だからこそ人を殺してはいけませんよと、そうするほうが貴方も幸せになれますよと、そう思ってもらうしかない。
勿論、そんなことは知ったことではないと、そのまま殺されてしまえば無意味だが。
現実の話に戻れば。忍者は最悪大量破壊兵器の使用のように周辺一体を灰燼に帰させるほどの攻撃力を持ってすれば、それで殺せはするほどには良心的だ。
それだけではなく、相手の寝入りに刃を突きたてることでも出来れば、おそらくただの人間相手のように殺せる可能性さえある。
それに彼等だって霞を食って生きているわけでもないので、飲み食いはしなければいけないし、心を充足させるために娯楽だって嗜むだろう。
逆に言えば、だからこそ彼等忍者は人間の範疇でしかなく交渉が通じる相手で済んでいたわけだ。
ただし、あくまでも済ますことが出来もするだけだ。
根本的に、利便性の問題で妥協されているに過ぎず、もっと都合よく現実に見合ったように振る舞うことが容易く可能なのだから。
それはもう、ただの人間が社会に革命を起こすような労力を、ただ一人であっても暴力で片付けられるほど簡単に。
同じ人間の範疇と言ったところで、別の生き物は別の生き物。ましてや忍者に至っては真に化物と呼ばれてもその通りでしかない、まさに常識はずれの存在だ。
普通に考えるならば、そんな存在に大人しく共存共栄してもらえるならば感謝してもし尽くしても足りないだろう。
しかしこれもまた普通に考えて、そんな殊勝というよりは、隷属と思えるような状態に、どちらもが耐えられない。
当然に感謝しなければいけない重圧に耐えられないだけではなく、その感謝を受け入れて大人しく手心を加えてやるのに耐えられない。
隷属されるのにも、隷属しないでやるにも、限度と限界がある。
人間ならば当然だ、人の心はそういうものだ。我があるならば、自分の由を立てようとする。
だが、現状の規範で判じられない物事を無理にその規範通りに当てはめてその通りに推移しようとさせているのだから、それはもう無理が出て当たり前だろう。
普通に考えるならば、現実に見合った新しい規範を構築し、その規範を下地に新たな世界を構築して行くのが、もっともまともでかつ唯一の道だと言える。
だが、その道こそがもっとも選ばれることのない道に他ならない。何故か?
単純な話で、その肝心な新しい規範を形作るための思考や立場が旧い規範で出来ているからだ。
修正、程度ならいい。改変、どころか、変革、あるいは一新ほどにもなれば、一言でいえば今までの常識を否定し捨てるかしなければいけなくなるからだ。
だからそもそも「思いつかない」か「受け入れられない」ため、そんな答えを誰も選ばない。
第一、誰ものための規範はないし、誰かのためになる時点で平等などはあり得ない。公平という名の計量と仕分けがあるだけだ。
世界はそんなものだ。そう言うしかないが、言うのならば、「どうにか出来てしまうもの」がどうにかしてしまってもかまわないのではないだろうか?
「忍者かどうかなどどうでもいいことだ!!それで生き難くなるだけなら、必要ない!!」
かまわないと言い張ったのが幻十郎で、かまわないではいけないと言い切ったのが空鶴だった。
しかし残った他の忍者達は?
その代弁が早雲の言葉に他ならない。
そんなものは、かままわないでいいわけがないが、いけないとするのもかまわないでいいとは思わない、と。
どちらでもない灰色、よくある「存在しないはずなのにあるもの」いわゆる矛盾として受け入れていくのがいいと。
だから指摘しない、考えない、それは仕方のないことなのだと言うのだ。
何も間違っていない。正しいか正しくないかではないが、だからといって否定されるものでもない。そういうものなのだと。
そもそも考えるだけ無駄なのだと。
では、だ。
「ああ、でも、だ・・・俺は、だから、忍者になりたいと、そう思う」
そう言われてどうするか?
早雲と九斬はもう理解していた、何故自分達を十三が殺さなかったのか。
ただ、この問いを掛けるためだけに、あるいは返答すら求めてはいず、ただ宣言するためだけに、こうして今相対しているのだと。
「なら、どうしてそんなことを言いに来た!!勝手にやっていれば、それで!!」
しかし、そうだ、その早雲の言葉は正論だ。
俺達は灰色なのに、わざわざそれを指摘して、黒でも白でもどちらでも、それを見せつけて染め上げに来るなと。
そんなものは自分達がそうであるのと同じ理屈で、道理も何も「通った後に牽く」話だと。
『っはははは、なぁ、おい、ならこいつの言うことなんざ、「どうでもいい」でイイだろうが、違うかぁ?んん?』
だが、嘲るように笑いながら、挑発的に言い放たれた岩人の言葉もまた正論だった。
早雲と九斬が本当に忍者などというものが、ただの役割の便宜上の名前で、別にそれが違う呼び名に変わろうと問題はないと思うならば、それこそ十三に勝手にすればいいと言うだけで済む。
そんなことは本当にどうでもいいと、本当に思うならば。
勿論、名前にこだわっているのではなく、その名が与えられる意味を無視出来ないからだが。
「・・・お前は、黙れ」
そしてそんな岩人を無碍なく切って捨てる十三の言葉も、ある意味正論と言えた。
岩人は十三の思考を理解しているわけでもなく、それどころか以前の言葉からわかるように今の今まで腹づもりさえ知らなかっただろう。だというのに、そんな自分をさて置いてよく言えたものだいうわけになる。
「・・・」「・・・」
「・・・」
しかしそうして岩人を黙らせたところで、残るのは三影の沈黙だけだった。
正論にはたいした意味はない。正論を正論たらしめる理由にこそ意味はある。そんなことの証明のような間だった。
『おいおい、俺が黙ろうがよ、お前らがそれじゃどうすんだってんだ?ここでずっとそうしてる気かよ?さっさと殺るのか殺らねぇのか決めろよなぁ。俺は別にどっちでも構わないんだぜ?』
間の中で交錯しているであろう三影の思いも何も気にもせず、岩人が沈黙を是とせずにせせら笑うように声を上げる。
挑発以外の何物でもなく、ただ単に愉快犯であるのは明白な言動に対し、しかし三影は渋い顔を並べるのみ。
実際事実を指摘されたようなものだからだ。
「・・・お前達が、忍びでないとして。それなら、何を持って忍びは忍びだと思う?」
三影の中で沈黙を真っ先に破ったのは、懊悩していたわけでもなかっただろう十三だったのは当然だろう。
ずっと答えるのを待っていた。あるいは答えてくれるのを。ただそれだけのことだと表明したのだ。
「それを、俺達に聞くのか、お前が・・・」
だからといってその内容を鑑みれば、九斬の脱力したかのような反応も無理からぬものだったろう。
「・・・なら、俺が決めて、問題ないな?」
「っな!?」「はぁ!?」
『っくははははぁ、なーんだそっりゃあ』
弛緩した空気を再び引き裂いての十三の言葉に、三影三様に驚き、呆れ、笑ったが、当の十三はそれらの反応を受けても微塵もふざけた様子がない。
「・・・これからは、俺が忍者だ。違うというなら相手をしよう。そうでないのなら、示してみせろ」
そして決然と言い放った言葉と共に岩人である右を掲げ、再び二影に突き付けた。
早雲と九斬は息を飲む。それが演技でも何でもない、実直過ぎるそのままの行動であると理解出来たがために。
「話を、聞こうか。まずは、それからだ」
それでも早雲が搾り出すように、そう言った。
そして今更の話がその時ようやく始まった。
字塩鬼謀は黒い男だ。
それは比喩ではなく、彼の肌色が浅黒いや日焼けを通り越し、赤銅ではなく黒褐色だからだ。
ようするに彼はそういった地肌の人種の遺伝子を継いでいる人間、忍者だった。
しかしそんなことはさほど珍しいことでもない。現地人との交わりが否定されて来たことはなかったからだ。
そのような容姿どころか、キーパーの様な例外さえいるのだ。比べれば、アザシオ・キボー、その名を漢名に直しているだけで彼の自分の位置づけも知れる。
まして黒褐色の肌の上に、その髪色が白金と来るならもう言うことなどないだろう。そのような容姿でも彼は忍者達の間に置いて非常に重要な位置にある要職についていたのだから。
そしてその職務遂行の態度に私情はなく、また無慈悲であり冷徹でもあるが、理不尽でもなかった。彼をして随一の人格者と呼ぶ者もいたぐらいだ。
だが、そんな彼にも唯一危ぶまれている部分があった。
年若いのはいい、忍者達は任務などの関係と、自分達で殺しあって来たことから大抵が早死にするからだ。それが年寄りである加藤に権勢が集まっていた理由の一つでもあるのだから。
問題はただ一点、同じく年若くにしてその圧倒的能力と歪んだ人格から頭領に祭り上げられた男、幻十郎と無二の親友だったのだ。
それで危ぶまれないわけがない。むしろ彼の仕事振りからして、幻十郎には敵対的立場が強かったとしても。
その不安はその時点でも残っていた。幻十郎が亡国の跡地、新たに築かれた彼等の新しい故郷になるだろう最新鋭の科学で彩られた砦に直接襲来して来た時点でも。
「キボー、もう少し後回しにしようかと思っていたが、そろそろいいかと来てしまったよ」
防空網と迎撃機構を笑うしかないほどあっさりと無力化して、砦のど真ん中に現れた幻十郎は迎撃に集まってきた大量の忍び達の中に字塩の姿を見つけてそう言ってきた。
「だろうとは思っていた。だから用意済みだ」
字塩はにこりともせずに手振りで忍び達に指示を出しながら応えた。
「何をかな?」
「お前を殺すためのだ」
幻十郎は相変わらずにこやかに、字塩は笑いもしないが、特別に何があるようでもない自然さでそう吐いていた。
「それは楽しみだ」
「言って来たはずだな?お前を殺すのはそう難しくないとな。実証してやろう」
「ああ、それが楽しみだ」
「お前は本当に羨ましい阿呆だな」
場に高まる緊迫感を余所にして、内容を除けば穏やかに交わされたその会話を最後に、外任務に出ている少数を除いた忍者達全員と幻十郎の戦いは始まることになった。
続
すごくグダってて申し訳ない
が、まぁもういいやと・・・