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ようやく、ですが・・・

黒ノ十三~刃心千乱~



 刃に心があっても、何も考えてなどいはしない。

 何一つ考えないからこそ刃だからだ。

 それでは心は刃になりえないか?

 心を持つのは考えないため、刃でないと無心するため。

 心を持ったという時点で考えはそこで終わる。

 誰も彼も考えるためになど考えない、心はそのために存在しない。

 心であるため、刃でないためにしかないものだ。

 

 だから誰にも心なく、そのことさえも考えない。

 人など最初から刃と変わらない。


 そう、何も考えたくないだけだ。

 楽に生きて死ぬ、それだけで、きっと他には何も何も。

 本当は、それさえ考えたくもないと、そう思うのだから。



10、


 「ここより世界の終焉を始めよう」

 復興より数十年。蘇った世界に新たに構築された世界秩序維持機構、スカイネットと呼称される地球を覆う網のように張り巡らされた対地対宙防衛兵器群が世界の均衡を保っていた。

 スカイネットは文字通り網と言うには隙間が巨大に過ぎるが、軌道エレベーターの繋がった大拠点と等間隔で配置された軍事施設である小拠点とを無数に繋ぎ、実際に地球を全周囲んでいるという尋常ではない規模の機構である。

 ほとんどの国が崩壊したものの、しかし主義主張民族人種の観点から結局は一つにまとまれなかった人類が、対立あるいはそういった形での共存をするために、新たな集団を形成してはいたが、スカイネットに関しては全世界が手を取り合って完成させたと言っていい。

 それは昔日の世界における核の傘の再来、あるいはもっと酷いものではあったが、そんなものでもなければ世界はまた繰り返しを起こしただろうという事実が人々にスカイネットを作らせたと言っていい。

 軌道エレベーターという今や人類の生存においてのエネルギー供給と新たな開拓において、なくてはならない存在と自分達に突きつけ合う刃の切っ先を同じものとしたのはそういった事情のためでもあった。

 だが、結局のところどんな気遣いがあろうと、愉快犯の一人でもいれば、そんなことなどどうでもいいと考えるものが現れれば、全ては簡単に反故になってしまう。

 動活性綱磁流体、通称ライヴメタルと呼ばれる自立制御可能な生きた金属、与えられた指示に従い自ら動き組み立て形作る素材によってスカイネットの大半は構成されている。

 テロリスト集団というよりも、革命軍、いや単なる破壊屋であるところの、影の従事者(シャドウサーバント)と名乗る集団は、スカイネットのライヴメタルネットワークに干渉し、機構を掌握しその矛先を人類世界全土に向けようとしていた。

 赤月(あかつき) 重合(じゅうご)、そう名乗る金髪赤眼の色白な怪人、影の従事者の頭領が今まさに世界壊滅のための号令を下したところだった。

 「(ハイランダー)級の忍者だというのか!!」

 キリーク・ブラッド、等級青(ストライダー)のスカイネット所属忍者である北インディアナ連合国人の男は、号令を発し力を振るう赤月の隙を物陰に潜み見ながら、驚愕と共に歯噛みしていた。

 (ハイランダー)の超越者、(ランダー)の到達者、(ストライダー)の走破者、(レイダー)の突破者、(ライダー)の入門者、というそれらが精神寄生体であるところの影の力を得て忍者となった者達を力の差等で等級付けした大まかな呼称と識別色である。

 スカイネットほどの重要機構の警備に当たる忍者が青級なのだ、それより上の忍者がどれほど稀で、かつ強力な存在かなど言うまでもないだろう。

 スカイネットのライヴメタルネットワークを外部から掌ることが出来るメインコアに強力な雷動で干渉していく赤月。起動し眼下の地上に向けて全ての矛先を開いていくスカイネット。キリークは勝てないとわかっていても、隠れ続けて凌ぐわけにはいかなくなっていた。

 仕掛けなければいけない時があるとすれば、今がその時。たとえ無駄で終わろうと、何もしないままで終わらせはしない。

 ガードナー、ギブスン、スオミ、デルケンス、クラーク、リンゼイ。この場に着くまでに散った同僚達も同様に思うだろう。

 「南無三!!」

 意味はよく知らない。わけがわからない言葉と言ってもいい。だがそれが弔いの言葉であり、また遮二無二突っ込む無謀を奮い立たせる文言、死の覚悟の言葉だとは知っている。

 それだけでキリークは文言を呪文と唱え、制空圏を瞬時に周囲に広げながら物陰から飛び出て赤月へと襲い掛かる。

 赤月は気付いたはずだ、それ以前に気付いていたかもしれない、しかし一顧だにしない。代わりに付き従っていたたった二人の別の忍者がキリークに立ち塞がる。

 その筋では有名な双子の忍者、それぞれが灰級の実力を持つという、ジャオ、ザオ・レイシー兄弟。それぞれに小太刀を抜いて、交差し交互に連携攻撃をキリークに仕掛ける。

 小太刀が切り裂く空には、断空を飛ばさずその場に数瞬残るように置いてキリークの行動を制限しつつ、炎気で増大された熱量が撒かれている。

 忍者であるキリークには対した熱量ではないが、その熱が制空を食い破り着火点ともなる炎気の導火線だともキリークは理解している。だからといって瞬時にレイシー兄弟を振り切れない。

 キリークはさらに覚悟を固めて雷動を強化、操身から破身を放ちながら操身を維持し続ける無茶を行い、レイシー兄弟の術を受ける前に突破を図る。身体への負担や後のことはこの際は置くと。

 レイシー兄弟を破身の衝撃力と操身の物理力で吹き飛ばし、赤月の元へと抜けるキリーク。そのまま玉砕覚悟にさらに雷動を超駆動させ暴発に近い出力で撃ち放つ。

 それは青級を遥かに超えた力の発揮であり、命を賭したに見合うだけの凄まじい雷動であり、破身と操身が一体と化してキリークそのものを雷動の雷へと変えた雷身とでも言うべき術として赤月に襲いかかった。

 空間制圧制空圏、固空。キリークを囲む全ての空が瞬時に凝固、キリークの動きを押し留める。それでも食い破り前へと出るキリーク。だが、

 「それでは成らずだ」

 自身を雷動の雷そのものへと出力したようなキリークの雷身、それはすなわち雷動で御すことが出来る対象そのものになっていると言っても過言ではない。

 そう容易く言ってのけるように、赤月はキリークという雷を自身の雷動で捉え、そのまま御して散乱させた。

 赤月の目前の空間で雷と化していたキリークは周囲に電量の全てを放逸し、生身に戻るどころかその身にあった質量と熱量を変換していた分すら失い、肉の削げ落ちた栄養失調の傷病者のようになって木偶と転がった。

 「っ・・・ぁ・・・」

 キリークは無様に地を這い動けず、呻くことすら満足に出来ずに倒れ伏す。

 命を賭けようが、実力を遥かに超える力を発揮しようが、それでどうにかなるようなことなど知れたことにしか過ぎない。

 現実は非情ですらなく、ありのままの事象しか結果と見せない。それを知るとき人は絶望するのだろう。しかし、それは人ならばだ。

 「そこで見ているがいい。悪いようにはならない。所詮は我々忍者にとってこれが宿命。いいや、悲願に違いないのだから」

 影はその絶望こそが望みなのだと、そう言わんばかりに赤月は酷薄にただ優しく転がるキリークに止めも刺さずにそう言った。

 そしてスカイネットの地上攻撃が開始されていく。熱量充填され危機的化学反応を宿しスカイネットより剥離したライヴメタルが、加速射出され地表へと降り注ぐ。

 その光景を映像透過している床面を眺めながら、赤月は満足気に微笑み、双子の兄弟もその様子に満足そうに表情を緩める。

 始まったのが新たに復興した世界の破壊であり終焉、引いては自分達さえ生き残れないような地獄への道筋なのだと承知していながら。

 だが、瞬時にその表情が歪むどころか驚愕に各々引きつらせた。

 復興した地表に突き刺さるはずの焔の槍の数々が地表到達前の空中で爆裂四散したからだ。

 そして双子兄弟の身体が一瞬痙攣するように震えたと思えば、袈裟と唐竹に真二つと裂けて瞬く間に肉塊へと変じてぶち撒けられた。

 「きた、か」

 赤月は超反応して回避、するが片腕を「それ」に持っていかれ、流血はその高い血操能力で皆無に等しいものの、思わぬ四肢欠損に表情を蒼ざめさせた。

 キリークは衰弱して朦朧とする意識の中、そこに人影を見た。

 「(マスター)・・・」

 見知っている顔だった。スカイネット中央管理室所属の通信士の一人、つまりはただの事務員のはずの、名前を確かリアンナというまだ二十に届くか届かないかという年若い娘。

 忍者であるはずもない彼女が、俄かにこの場に、キリークをも含めた四人もの忍者に気配一つ悟られず、そもそも大規模テロで混迷を極めているスカイネット内を抜けてここまで来た上に、鮮やかどころか尋常ではない奇襲でレイシー兄弟を屠り、さらには赤月の片腕をも奪ったのだ。

 ならば当然彼女は忍者だったのだと、そう結論付けるべきであるし、それは間違ってはいないのだろうが、生き残りの忍者達の反応はそんな答えを導き出してはいなかった。

 (マスター)級。白級さえ凌駕する位置づけに置かれる忍者の最高位というよりは、原初そのもの、力の根源として語られる存在。そもそも位階付けが一般化したのも、その黒を基準にしたからと言って過言ではないどころか、単なる事実であったりする。

 そしてその黒とはそもそも、位階というよりは特定の存在、ただ一影を表す言葉に等しかった。

 「待っていたぞ、マスターサーティーン」

 赤月が無表情のリアンナにその黒の名前を告げる。来るのがわかっていた、むしろその到来こそが目的であったかのように。

 そう、黒子十三、かつての彼こそが唯一にして至高たる黒である。だが、そこにいるのはリアンナという名のただの事務員の女性だ。

 無表情のリアンナは赤月の呼びかけには応えず、問答無用で次の攻撃を赤月へと打ち放つ。

 旋風を模したかのような回転蹴りが空を裂いて赤月に、放たれたと見えた瞬間にはもう到達している。回転蹴りと判じれたのは、繰り出し終えた後でしかない。

 だが、それほどの蹴撃を赤月は残った片手で掌底気味の打突で受け止めており、互いの激突した衝撃だけで決して狭くない部屋の空間が震え撓み一瞬膨張したようになりながら復元される。キリークはその破裂に巻き込まれて、壁へと叩きつけられ落ち、沈もうとしていた意識を危機感と痛みからなんとか拾い直していた

 赤月に受け止められた爪先を支点にさらに身を捻り、リアンナの姿をした黒がさらに追撃の蹴撃をもう片方の脚で放つ。それを間髪入れずに曲げた肘で受け止める赤月。

 再びその激突の衝撃だけで弾かれ激震する部屋の中、身体機能まで回復するはずもないキリークがレイシー兄弟の残骸と共に攪拌されるように跳ねる。

 さらに受け止められた合点を支点に黒が回る。赤月は片腕をしならせ回し、さらなる追撃に次ぐ追撃を受け止めて行く。

 激突の度に衝撃が周囲を揺るがせ、遂にライヴメタルの復元能力でさえ追いつけないほどになって破裂する。瓦解するスカイネット中枢から零れ落ちるキリークは必死にその端に捕まるが、そんな様子など関係なく解けたライヴメタルを操り、足場をなくして宙に舞う黒に赤月が仕掛ける。

 解けて流体金属に戻っていくライヴメタルが、血操で操られた血のように無数の槍や刃となって黒を襲い、さらに巨大施設の質量が動き出して押し潰そうと迫り出す。

 虚空を蹴り、黒はそれでも突貫。無数の流体金属の攻撃を意にも介さず勢いだけで跳ね除けながら再度赤月へと超速で迫る。

 赤月はライヴメタルを操りながら、その黒の突撃も先と同じように受け止めようとするが、今度は到達前に打たれ吹き飛ぶ。

 それは空を蹴り、空を打ち、空を放つ、空破による攻撃のさらなる先鋭。動かされた空の先にある空さえ連鎖するように打ち放つ、それこそ虚空を貫く全掌握の一手。

 尋常の空破の流れを見ても防御どころか理解さえままならない攻撃。なにしろ相手の動きや攻撃を見たところで、その先の攻撃が先に襲うのだから。

 よって赤月は吹き飛んだところをさらに打たれ、打たれ、打たれ、そして到達した本体にも打たれ、木偶人形のようにろくに抵抗も出来ずに襤褸屑と砕けていく。

 すでに赤月が絶息、生き絶えているに違いないほどに人間の原型を留めない姿になったところで黒の攻撃が止む。

 『これで終わりのはずがないだろう?本当の忍者の戦いはここからだ!!』

 しかし哄笑のように赤月の言葉が響き渡る。同時にスカイネット全体が振動を始め、地球の全天を覆う全貌が歪み流体金属へと解けていく。

 「馬鹿、な・・・」

 縋っていたスカイネットの一部も同様に解けキリークは宙に投げ出され重力に引かれて落ちていくが、そんなことよりもスカイネット全体が一つの生物のように寄り集まって動き出していることに驚愕していた。

 赤月はスカイネットそのものを新たな依代、身体にしてそこに第二の生を得たのだ。

 その有様の中央にいながらも無表情のままリアンナ、その黒は泰然とスカイネットの動きを見ている。

 『超えさせてもらうぞ、マスターサーティーン。新たな黒は我だ、真の影の座は明け渡してもらおうか』

 スカイネット全体が引きずられ集合体になろうとはしているが、如何にも膨大すぎて直接的に黒に立ち塞がろうとしているのは結局のところ周辺のライヴメタル群だけでしかない。それでもその周辺の分だけでその質量は圧倒的であり、どれほど能力に優れた忍びであっても抗しがたい堅土の山には違いなかった。

 その山そのものが入道と化して黒へと鎌首をもたげる。それはもはや忍者という能力の範疇を超えたような力であり、実際スカイネットのライヴメタル制御機構を乗っ取ってこその所業なのだから、幾ら黒でもいかんともし難いようにしか見えなかった。

 キリークは落ちながら遠目に、もはや半死半生といえど忍びの力を持っていててこそなんとか確認できるほどの米粒の黒、リアンナの無表情だったはずの顔が動いて鼻で嗤ったのを確認したのを最後に雲の下へと消えて行く。

 そして黒へと落ちる流体金属の巨大な塊。それはかつてスターダストから落とされた金属群など比較にならないほどの、下手をしなくとも小さな島ほどもあるかもしれない面の圧殺だった。

 流体金属表面を走る小さな衝撃、圧倒的な違和感と共に急制動。黒に激突するどころか、触れさえしないまま黒が片手をかざしただけで止められてしまう巨大質量。

 『なん、だと!?』

 赤月の驚愕が木霊する中、黒のもう片手が振り抜かれる。虚空を奔った空振りの一撃、手応えがあったようには見えないし思えない。

 それでも、次の瞬間には閃いた雷光のような輝きと共に真っ二つに引き裂かれて行く流体金属塊。天頂を覆う巨影はそのまま引き裂かれた場所から徐々に崩れてこぼれ落ちていく。

 それは雷動による電子干渉能力でスカイネットを掌握している赤月のさらに上を行く干渉能力を黒が発揮して自壊命令を与えただけのことだったが、赤月には理解の及ばない理不尽が起きたようにしか見えなかっただろう。

 『ふざけるなぁああああ!!』

 崩壊しだしたスカイネットの巨体が赤月が吠えると同時に、自ら無数の分体に分かれると雨のように黒へと降り注ぐ。

 落ちる先から崩れて虚空に解けていくものもあるが、三百六十度全周を囲むように展開して黒へと襲いかかるライヴメタルの飛沫群。

 殺到し、黒を押し潰す無数。後には巨大な流体金属の球体が完成する。そして中心に取り込んだはずの黒を押しつぶすように圧縮していく。

 だが、球状金属は圧縮されて収斂していくように見えながら、実際にその質量を減らしていた。半分ほどの大きさになったところで全体が破綻し崩壊を始めたことでそれが知れる。

 『ここ、まで・・・違うというのか、差があると、そういうのか!!』

 赤月は再構成した新たな肉体をその場に作りだしながら、憎悪を含んだような苦渋を鳴らす。

 周辺のスカイネットを構成していた大質量が数分もせずに塵芥に還り、再び姿を現した黒に向かって赤月は自らの手で特攻を掛ける。

 雷光の速度に等しい速度で黒へと拳打を放った赤月だったが、その拳さえ造作もないように片方の掌だけで瞬時に衝撃を殺して黒は軽く受け止めた。そしてそのまま受け止められた赤月が自分の拳打の衝撃をそのまま返されたように衝撃で身体を破裂させて吹き飛んだ。

 「何が・・・違う・・・どうして、届か、ない・・・」

 それでも再び壊れた身体を動かそうとする赤月だったが、その喉首を黒が掴んで釣り上げた。

 「それはお前が人間だから」

 初めて言葉を紡ぎ赤月にそう言うと、黒は掴んだ赤月をそのまま炎上させた。

 言葉すらもはや漏らせず、赤月は焼き尽くされ灰となって散って逝く。

 後には途中で動きを止めたスカイネットが歪な形で残っているだけ。

 忍者達の叛乱以来の大規模な人類の危機はそこに終止符を呆気なく打たれた。

 黒はそのまま地上へと緩やかに降下していく。

 


 

 「忍者とは精神寄生体である。それはおそらく間違ってはいない。ただ一つだけ誤算があるとしたら、それはそもそも『人間』自体がそうだということ」

 「つまり人間とは肉体の、生物の命としての主体でなく、肉の器に寄生する精神体だということ?」

 「そう、そんなことはもう誰も彼もが知らないし、忘れてしまってどうでもいいことになってしまっているけれど。本当はただそうでないようにしていたいだけのことだとは思う」

 「それを理解してどうするのか、だな。確かにどうしようもないだろう。ただ、今と何が違うやら」

 「実際、忍者と呼ばれるその力は人間本来の能力に過ぎないけれど、その行き着く先が新次元であるなんてことはまったくないわ。アナタ達が証明している」

 「それでも凡俗なオレ達にとっては道を踏み外すのに十分だと思えるがな」

 「何をどう踏み外しているのか、ワタシにはわからないし、そうは思えない。ええ、もちろん理屈として道というのが物の道理のことであり、人として社会の一部として真っ当であるべきということがあるのも知っているわ。それでもそこからさえ外れているとも思えない」

 「実際なんてどうでもいいことさ。人間が実は精神寄生体であろうと同じようにな。そのように感じる、思える、それで十分な話になる」

 「確かに、重要なのか重大なのか、決めるのは結局時点での認識に過ぎないでしょうね。実際がどうかを知ることさえ、その時点での実際に過ぎないように」

 「だから十分なんだよ。人の生も死も、その意義も意味も、結局は何もわかっていなくとも、そのつもりになれているだけで、わかったつもりだけで、事足りてしまう」

 「なら、それが生きているということなのかしら?ワタシ達が何をどうしても結局は・・・」

 「本当にそう思えるか?それさえ事足りるための方便だろ?どうしようもないのさ、今更オレ達はな」

 「今目の前にある結果も方便で、所詮はそのように思えるかどうか、信じるに足るかどうかだけでしかないなら・・・人間そのものが精神寄生体であるとしても、だからどうだという話にしかならないでしょうし、ワタシもそれを知ったからといって、どうすることも出来はしないけれど。それでもワタシは知りたいがために知り、それを確信としてしまったのだから、自分を誤魔化すことは出来ない」

 「正確には信じたい現実がそうであるというだけでもか?」

 「その理屈そのものが根差すのが、そうして信じた現実なのだから。たとえ不合理な真実でしかなくても、ワタシにとってそれは紛れもない事実であり真実でしかない」

 「ふふ、まぁ、同意見なんだがなオレにしても。第一、知ったところで忍びとしてはともかく、精神寄生体であるところの人間としての力の使い方さえわかりもしない。何も出来ないのと同じだ。それなら何をどうしようがあるってだけだろうさ」

 「どうしようはあるわ。・・・酷い話かもしれないけれど、ワタシは彼に託してみようと思っている」

 「世界を変える、とでも?」

 「いいえ、変わるのはワタシ達だけ、他のことは『ただのついで』」

 「眼中になければそんなものかね。まぁそちらはオレの範疇だ。せいぜい利用させてもらうさ」

 「ええ、アナタは当初の予定通りに事を遂行すればいい。こちらの用意はもう済ましてある」

 「なんだ、そこまで理解してたか。なら、・・・遠慮はいらないな」

 「たとえそれで全てが無為に終わるとしても、それでいい。ワタシはずっと考えていたいだけ。そのためならば考えないことなんて容易いこと。いいえ、それが結局人の心に違いないのだから」

 「ああ、結局オレ達の思考なんてのは、その程度のものなんだろうさ」

 「何を考えていても、そんなものは考えていないのと同じこと。何故ならワタシ達はただひたすらそのためだけに・・・。だから、」

 「そうだな、いい加減にしておこう」

 「お互い、もう考えないでいられるように願うわ」

 「そんな都合のいい話が、あるならな」

 (でも、きっと、もうすでにワタシ達は・・・)

 (考えてなど、いないのだろうな・・・)




 空を覆うスカイネットが歪に変形し、見れば禍々しい化け物のようになりながらも、廃墟となったその空虚な威容を天空に晒している。

 「これまた派手にやったもんだ」

 暁色に染まる空が夜天へと傾き出す中、小高い丘の上に二つの人影があり、残骸を影とする空を見上げていた。

 「・・・」

 「なぁ、あんなもんを見てるとな、暴れたくならねぇか?」

 「・・・それで、いいのか、お前は?」

 「いいも悪いもあるかってんだよ。平和ってやつに飽き飽きしてたんだよ。暗躍ってのも悪くはねぇかと思ったが、ま、性に合わんわな」

 「・・・最初から、」

 「わかっていたことだわなぁ。この俺に、無理だわな。血が見れないような生活なんてのは。でもよ、お前もアレを見てて血湧き肉躍らんかよ?」

 「俺は・・・今更」

 「はぁ、やれやれだぜ。せっかくの後生だ、どうにか楽しむ気にならんかよ?」

 「好きにすればいいだろう、お前はもう独りでどうにでも出来るはずだ」

 暁が燃え尽き夕闇が落ちて夜の帳が視界を覆い尽くしていく。影の時間だ。

 だが、その影の中に沈み込んで行くように動きもしない二影。

 「だからつまんねぇと言ってんだろうが?そもそもよ、ならお前はどうしてここまで着いてきたよ」

 「・・・お前が、連れて来たからだろう?」

 「なんでも人のせい、俺のせいかよ?無理強いはしてねぇぞ?お前は嫌々のつもりか知らねぇが、意思表示をしないで唯々諾々と思考放棄を選んだんじゃな、望んでここに来たようなものなのは間違いないだろうぜ。それでも俺のせいだと言うかよ?」

 「・・・選択、か。したのだろうな。俺は、結局、何を・・・」

 「駄目だな、こりゃ」

 呆れたように頭を振って、一つの影は視線を変えた。先には丘から山へと続くような林が壁になっている。

 「さて、それはそれとして、おかえりというべきか、なぁ嬢ちゃん」

 「もうそんな歳じゃない」

 林の木々の影、そこから人影が進み出てくる。黒としてスカイネットで戦っていた女、リアンナだ。

 上での無感情、無表情と違って、その面には出迎えた影に対しての明白な感情が浮かんで見えていた。その言葉からもうんざりした、嫌気の差した様子が窺える。

 「そいつは結構、だが、それはそれとしてだな。今日のこいつはよ、一区切りだとは思わねぇか?」

 「何の?とは言わない。私も同意。で、それで貴方は、どうするのロックマン」

 ロックマン、岩男、そう呼ばれた影、八名瀬岩人がリアンナの答えを受けて嗤う。きちんとした肉体で、水々しい生身の表情で。

 「いや、なんだ、別にもう嬢ちゃんとどうこうしたいとは思ってねぇさ。ただ、少々な、飽いた。だからな、俺は最後にしたいと思ってな」

 「最後?死にたいと?」

 「ま、そういうことになるのかね?どっちかと言えば成仏か。満足したいんだよ、俺はよ」

 「わかったけれど。だから、どうしたいと?」

 「わからんかよ、俺の考えぐらいよ?」

 「お前のことなど知ったことか、としか言えない」

 「なるほど、違いない。そんじゃ、ま、直で言うがな、出せよあの野郎をよ。最後に遊ぼうぜとな」

 「・・・まだ、いる、のか、あいつは!!」

 会話の流れを受けて、もう一人沈黙していた影が跳ね起きるように叫び、分け入ってきた。

 「ただの勝手な戯言よ、落ち着いてウィンド」

 リアンナにウィンド、すなわち風と呼ばれた影は、風早早雲。過日、世界的にはシャドウフォール、落影と呼ばれるほとんどの忍者が全滅したあの日、最後に十三と争っていた二人の影がそこに揃っていたのだ。

 だとするならば、あの日、彼等の決着がどうなったかなど語らずとも知れようというものだ。

 「落ち、付く?いられるものか!!俺は、俺は!!俺の人生は!!」

 「お前、本当にあいつが好きだな・・・いい加減他のことにも目を向やがれよ。ま、俺も人のことは言えんだろうがよ」

 「そもそも、黒は、十三は、いいえ、父は貴方方の手で殺された、そうでしょう?それを蒸し返してどうしようというのですか?」




 十三と岩人を宿した早雲がお互いの攻撃でお互いを削りあい、もはやその激突は数十合を超えた。

 血が流れないどころか、抉られた肉から骨が覗いているほどになっても、十三は膝すら折って地に着けることもなく立っていた。今や生ける屍に等しい

く、生きていることが不思議でしかない。

 対する岩人を宿した早雲も相当の消耗はしているが、それでもまだ血を流し肉体が生々しさを感じさせるほどには明確に余裕が見えた。

 だが、早雲はその表情からも焦燥を見せ、岩人も完全に無言で軽口さえこぼさない。

 対する十三は、身体は死にかけどころかすでに死に体に間違いないというのに、その気迫を一向に衰えさせたようには見せなかった。

 そもそも肉体にはもはや意味がない。たとえ生物的に死んだとしても、来道達のように生きるのならばどうとでもなるからだ。だとするなら精神で凌駕しているように見える十三の方が実は圧倒しているといっても過言ではないのだろう。

 だが、両影に来道達のようになるつもりがないのは、実のところ明らかだ。そもそもなれるのかどうかさえ正直な話、怪しい。実際にそんな存在になったことなどないのだから。おそらく出来るはずだ、でしかないのだ。

 事実として、幻十郎も稗田も影山も字塩も、誰もその肉体的あるいは生物的な死の後に姿を見せていない。姿を見せる必要がないだけとしても、唯一の存在例であった来道と加藤が消えたように、逆に生きている積極的理由が何もない。

 いや、生きている意味は見出してはいないかもしれないが、岩人と早雲と違い、十三には明確な目的があり、そのために動いている。それが生きる目的ではないのは、死んでも構わないどころか、それならそれで話が早いからというだけに過ぎない。

 死んでしまえば目的も何もどうでもよくなる、何も考えなくて済む。だからそれはそれでいい。それ故に死など気にせずただ進める。それが今の十三の有り様に間違いはなかった。

 逆に岩人と早雲は、目的も何もないがために、ただ生きることだけに生きているため、死を恐れているわけでなくとも忌避するようにしか生きられらない。根本では十三と変わらないはずだというのに。

 そのほんの些細な違いだけが人の人たるを左右するのだろうか?では、どちらがよりそれらしいかと言えば、そこに優劣など見出せはしないだろう。どちらもどちらでしかない。

 ただ、その時点、その場の状況に応じて、善も悪も良し悪しも左右される。

 少なくともその時の早雲と岩人には結局立脚点がなく、生きるために死ぬのでもなく、死ぬために生きるのでもなく、生きたために死ぬのでも、死ぬから生きようとするのでもない、ただ生きているから生きるだけ、死んでしまうなら死ぬだけという、至極当たり前の普通しかなかった。

 普通というのはどういうことか?それはなんでもないということだ。言い換えるならば、何もないということ。有るのと無いのでは、無いということが有るのでもなければ、有った方が良いには決まっている。所詮は有限世界に縛られているのだから当然だ。

 だから、圧倒的に優勢で、状況を押しているはずの早雲と岩人の方が、今にも消えそうな風前の灯でしかない十三に気圧されている。

 いや、どちらかと言えば風前の灯などではなく糸の切れた凧のようだと、「普通」の人から見れば形容しただろう。

 その向かう先は何処でもないのだと。空の彼方に放り出されてやがては意味なく堕ちていくものと同じだと。

 それでも、有るのと無いのでは、有る方がいい。

 それもまた普通の話ではあるのだろうが、ようするに早雲と岩人にはそんな十三が羨望の対象でしかなかったということだ。

 絶望すら出来ない存在と、あるいはその片鱗を得た相手。どちらの方が余程救いがあるかなど、考えるようなことではないのかもしれないが、当の本人達にとってはどうかという話だ。

 十三におそらく早雲と岩人は勝てる、勝ててしまう。だが、勝ってどうするのか?そんなものはないのだ。

 むしろ今、十三という敵と相対していることこそが、最もでありおそらくにして唯一の充足たり得る現実に違いないのだ。

 そう悟っていてしまえば、なるほど幻十郎と稗田がわかっていながら抗うことを目的にしたのも、来道達があんなにも簡単に満足したのも、それはそうなるだろうとしか思えないのだから。

 出来るならば、十三には自分達をこの場で倒してみせて欲しい。心底でなくとも、そのぐらいの気心が早雲と岩人の心根に根ざしているのは、疑いようのないほど本人達でさえ実感しているのだ。

 だからといって、わざとやられてやるなど論外だ。ありえない。それならばもういっそ十三を倒してその後も虚しく当て所なく生きる方が余程いい。

 何も知らなければ、出来たかもしれないことが出来ない。ただ、それだけのことでしかなく。知ってしまっているがために、早雲と岩人が十三ほどに意気を持てる道理などなかったのだ。

 だから、出来るならば凌駕してくれと願う未だ壮健な早雲と岩人に、形振り構わず全てを超えようとしているが生ける屍も同然の十三が挑んでいるという、あまりにちぐはぐで可笑しい状況が出来上がっていたのだ。それを滑稽と思える者などその場にはいなくとも。

 だが、奇跡も起こるはずだと期待も持てようかという勢いで、十三は早雲と岩人に向かって来る。

 全身全霊を込めたに違いない手刀の一撃が空を引き裂くどころか、後の空さえ引きずって雷光のように瞬き落ちる。

 早雲は岩人の血操装甲の自動反応に等しい防衛行動で一瞬を稼いでもらい、なんとかその一撃にすら反応し受け流す。もはや無理に組み打ち相討とうともしない、ただ防御して回避しているだけで十三が消耗していくともはやわかっているからだ。

 奇跡を願いつつ、手加減などしない、手抜きなどできない。そんなものはつまらない。快ではない。

 続けて十三の足刀が唸る。空を叩き、蹴るというよりは衝撃を叩きつけて通じさせる一撃。血操装甲で衝撃を受け流し、表面に波紋を作りながらも早雲は大した影響も受けないで切り抜ける。

 だが、それも布石。連続の衝撃波で血操装甲を受け流しの流体状態に釘付けにしたまま、そこへ不意打ちのように突き抜ける貫手を放つ十三。岩人は動けず、早雲は反応しきれない。貫かれる早雲、それでも身を翻し心臓への直撃は避ける。

 瞬間、防御を捨てて岩人が血の顎を開き、十三の残った腕を食い破る。早雲は貫かれながら、衝撃波の直撃に粉骨砕身されながら錐揉みして転がるが、それでも十三に比べれば致命傷にもならないと倒れもしない。

 十三は両腕をも遂に失い、血さえも流せずよろめくが、それでもまだ膝を折らない。それどころかそのまま早雲へと獣のように自らの牙を剥いて突っ込む。

 もはや無駄な抵抗か?最後の足掻きか?いや、それならまだよかったが、十三の動きに合わせて周囲の空がうねり、十三の失われた両腕のように、剥き出された牙のように、早雲と岩人に襲い掛かったのだ。

 今迄よりも遥かに強い空破の力。もはや人の形を失いつつあることで、逆に手足の代わりを求めるが故に、来道達が幻体を生み出したように発揮された力の波濤にも似た爆発だった。

 それはあるいは幻十郎でさえ真っ向から叩き潰し飲み込めるほどの力だったかもしれない。

 だから、早雲は、岩人は、歓喜した、熱狂した。ようやく求めたそれに間見えたと。

 『「十三ぉおおおおおお!!!!」』

 渾身の力を込め、存在の全てを放ち、ただの一撃に込めて怒濤の力の奔流に二人の影は咆哮を上げながら立ち向かった。

 そして、完膚無きまでに押し負けた。

 早雲の五体は文字通り吹き飛び、岩人の血は大半が霧消させられ、なんとか残骸のように残った身体の一部にへばり付くだけで生き永らえた。

 負けた、負けれた、ああ、これで終わりかと。そう早雲と岩人は満足しかけていた。

 だが、その後がなかった。

 幾ら待とうが、止めが来ない。十三が動かない。

 いや、そもそも十三は何処だ?と。早雲と岩人は無理矢理再び共生体として複合しながら、残った頭のような残骸と臓器のようなものから形を取り戻して、視線だけを回復させた。

 そして見たのは、膝が折れ、動きを止めて風に曝されて傾ぐ抜け殻のような何か。

 「っ・・・ざ・・・」

 ふざけるな。そう言葉にならない言葉を血の泡と吐き出したのは当然か。

 終いには抜け殻は朽ち倒れ、無理を押しすぎた反動でもはや壊れ尽くしていたか、倒れて落ちただけで砕けて散った。

 満足とはほど遠い、極めて不満の幕切れ。それならせめてきっちりと殺しきっていけと、悲嘆の中でそれらは意識を失い。その後も死ぬことは出来なかった。



 そして十数年の時が流れた。



 「あれを殺したかどうかというかは、どうでもいいかもしれんがよ。そういうことじゃねぇだろ、そういうことじゃ」

 岩人は嘆息するように気を吐いて、力なく言う。

 「はっきりさせたいのさ、いい加減にな」

 「何を、と問うべき?」

 リアンナは微塵も訝しげさを感じさせない、何を言いたいのかわかっている風だが、出てきた言葉はそれだった。

 「あくまでそういう態度か。いや、別にいいんだぜ実のところよ。前言撤回みてぇな話だが、満足出来るなら嬢ちゃんでもな。だが、違うだろう?」

 「だから、何が?」

 「だからよぉ、わかってんだろうが。自分が、そして俺達が何をしてきたかを考えてみろよ?」

 「私達は、忍者を再びこの世界に根付かせた。それも真実ではない形で」

 「そうだ。それでそれは誰の考えたことだった?」

 「・・・黒子十三」

 「そう、お前の親父だわな」

 「だから、どうだと?」

 一際強く、威嚇するようにリアンナが岩人に言葉を叩きつける。それは明確な拒絶というより、沈黙の要請。

 だがそれに対し、いつものように岩人は口角を持ち上げ嘲弄の笑みで返す 。

 「あの時な、あいつは死んださ。死んでもよかったはずの俺達を生き残らせてな。だからな、仕方ないからよ、他にやることもないからよぉ。十三の野郎がやろうとしていただろうことを代わりにすることにしたわけだ、こいつと」

 言って再び項垂れている早雲を顎で示す岩人。

 「あいつはよ、平たく言えば全部なかったことにしようとしたわけだ。偶像通りの忍者ってやつをやり直そうとしたんだよ。もちろんそんなこたぁ無理だわな。色々とバレちまったあとだったからな。だからあいつは都合のいいところまで逆に情報を広めさせたわけだ。そう、そうすりゃあ『そこで真実が終わる』からなぁ。だが、問題は俺達だわな。すでに知っちまってるもんなぁ、『真実の先の真実』ってやつを。今更なかったことには出来ない。そうなると結論は一つだろ?全員知ってる奴には消えてもらえばいい」

 そこで我慢出来なくなったように岩人は含み笑う。何に対してか、自分達以外にないだろう。

 「まぁでもよ、それでもよ無駄だよな。一番肝心の本人が、その仕事を成し遂げた本人が、成し遂げるために知ってるからこそ出来るわけでな。覚えている奴がいなくなることはねぇんだわな。だからな、どうしても犠牲になる奴が必要だった。それをあいつは自分と任じたわけだが、ま、そいつは違うよなぁ?」

 リアンナにわかってるよな?という風に視線を岩人が向けるのだが、反応はない。残念そうにすらせず、岩人はそれならそれでと続ける。

 「犠牲?んなわけねぇよなぁ。それが一番の思考停止方法だもんな。あいつはそれさえ理解してただろうが、人間なんざそんなもんだ、一事を見れば他事なんて見れねぇ。考えないで済むんだよ、懊悩してりゃな」

 ぴたりとそこで含み笑いをやめ、真顔に戻った岩人が視線を外し虚空を睨む。

 「俺達もな、だからそうしたのさ。この作業に埋没していれば、ああ忘れていられるってな。だが、終わっちまった。俺達が知っていることなんて何も知らないまま、世界は勝手に動くように仕上がっちまった。なぁ、そしたら俺達はどうすりゃいいんだろうなぁ。俺はよ、この早雲と違ってそんな細かいことは気にせず生きていけると思ってたがよ、そうでもないらしいんだよ、これがよぉ」

 「・・・そういうことではないでしょう?」

 「へぇ、何がだよ?」

 ようやく言葉を返したリアンナに、岩人はやはりいつものごとく笑いもせずにだが、嘲弄するように返す。

 「ロックマン、貴方はウィンドとは違う。そんなことは結局どうでもいいんでしょう?」

 「確かに・・・そうだろうよ」

 気にしていないわけではない、だが、問題はそこではない。リアンナの指摘にあっさりと頷く岩人。

 「面白いか面白くないか、ロックマン、貴方はそれだけ。ウィンドは何かしていなければ無為に感じてしまうから目的が欲しいだけ。それはロックマン、貴方も同じだけれど、目的になるならばそれがなんでもいいわけじゃない。その目的が面白くなくてはならない」

 「ようは・・・そういうことで間違いないわな。だから真相とか真実はぶっちゃけた話どうでもいい。だから乗っかってここまで来たわけだ。ただ、疑問に思ってみればな、出来すぎてるんだわなぁ」

 「何が、ですか?」

 能面のように凍った視線と表情でリアンナは岩人を刺すように言い放つ。

 岩人はその言葉に禍々しい狂笑を復活させさらけ出して見せた。それはもう嬉しそうに。

 「いや、別にそれが真実かどうかもどうでもいいと言えばいいんだぜ?だからこいつはお前の言う通り戯言さ。そう思ってもらっていいし、だからこそ逆に否定されようが、俺にとっては確定事項みたいなものなのさ」

 「だから、何がですか」

 「お前、十三だろう?」

 一言にリアンナは特に反応もせず、だが、それまで項垂れていた早雲が跳ね起きるようにリアンナへと飛びかかり激発した。

 「お前!!お前はっ!!」

 早雲に肩を掴まれ激しく揺すられながらも、リアンナはさして戸惑うこともなく、ひたすら煩わしそうに言葉を発した。

 「根拠は・・・ないんでしょうね」

 岩人はにやけながら、笑いを堪え噛み締めるように返答する。

 「ないといえばないな。あるといえば、・・・ないわけじゃないが。そんなことはどうでもいいって先に言ったろうが」

 「それでも聞かせて、根拠があると言うのなら」

 激していた早雲が不意にそこで唐突に自意識を取り戻したかのようにリアンナに取り付くのをやめ、矛先を変えるように岩人へ向き直る。両眼には鬼気とも言うべき炎が揺れている。

 「岩人!!」

 早雲の一喝に、にやけ面を苦笑に変えてやれやれと頭を掻く岩人。

 「まぁそうなるわな。よかろうだぜ、説明してやるよ。まずはどこから言うべきかね。ああ、そうだな、本当は言うまでもないだろうが、嬢ちゃんがよ、十三の野郎の娘だってのがそもそもだろ?」

 「その信憑性に意味があるのかどうかは、それこそロックマン、貴方がまず始めて出会った時に否定したはず?母は自身の殺害を予期していた、だから事前に胎児である私を外に保護していた。もしくは、母の死亡後胎児である私を母胎より取り出し蘇生させた。他にも幾らでも説明をつけることは出来るし、重要なのはそこではないと」

 「そりゃそうなわけだ、別にわざわざ十三とあの女の遺伝子情報をどこぞからでも調達して掛け合わせ、後から作り出したものに整合性を含ませることだって出来て不思議はないからな。実験をやってた嬢ちゃんの両親なら資料はそれこそ手に入れ易いと考えられるしな。それでもな、悪魔の証明のようなもんだが、逆に言えば嬢ちゃんほど怪しい存在もないわけだろ?」

 「けれど、逆も然り。なら無駄な話」

 「だな。それでも事実として嬢ちゃんはあからさまに怪しい。いや出来すぎた存在だ、ってのは間違いないだろうが?」

 「それで?」

 岩人は心底可笑しそうにひくつきながら笑う。リアンナは少し不快気にそんな岩人を冷たく睨む。

 「十三の野郎の後継に娘が都合良く現れ、遺志をついで仕事をやり遂げる。出来すぎてるにもほどがある。出来すぎてるってことは仕組まれた可能性が高いってこったろ。ああ、なんだ、それで十分すぎるだろう?可能性としてはな」

 「・・・確かに可能性で言うなら、皆無とすることは出来ない。だからといって」

 「わかってるっての、そんなこたぁわかってるんだっての。そもそも俺からしても可能性であって、あの野郎がここまでややこしいことをわざわざするとも思わねぇさ。あいつらしくもねぇ。だがな、それこそそう思わせることが出来るからこそ、らしくもねぇ手段を選んでいたとしても、それはそれであいつらしいとは思えるのさ。ああ、ようするに何とでも理屈はつけられるってわけだ」

 「それは、つまり・・・結局、何がどうであろうが貴方の中で答えは決まっているから、というだけのこと?」

 「そういうことだわな。で、思ったわけだ。もしかしてな、実は俺に、俺達みたいなのに、そう思わせるのが目的じゃないのかってな」

 リアンナの不快気な表情にさらに疑念が上乗せされる。それは蔑みの視線のようになって岩人を射抜く。

 「いや、自分で言うのもなんだが、前提がおかしいだろうが、前提が。なんせな、俺の推測なんだぜ、そもそもがよ?十三に答えを聞いたわけじゃない。俺が勝手にそうじゃねぇかって推測しただけのことが、まるで真実って顔をして今まかり通ってやがるわけだ。出来すぎだろ。笑うしかねぇわな!!」

 「推測が当たっていただけだと思わない、と?」

 「いいや、間違ってるとは思っていなかったさ。今でも正解だったんだろうとも思ってるほどだぜ。だがな、それらがまぁお膳立てだったんじゃねぇかと思えば、なるほどってな」

 「言ってる意味が、わからない」

 「だから、わかってんだろ、お前はよぉ?それを理解出来たからこうしてんだろ?」

 「岩人、お前・・・まるで十三みたいだな」

 双眸を見開き、リアンナにではなく始めて岩人に焦点を移した早雲が、急に狂気の失せた表情で呟く様にそう言った。

 岩人は皮肉気に目を伏せつつも、薄ら笑いで頷く。

 「わけがわからないことを言うのがか?いいや、わかったんだろ、お前もよ」

 「あいつは・・・確かにそういう奴だった。妙に期待を掛けれる、・・・背負わせてもいいと思える奴だった。まるで主人公みたいに、だ」

 「だったよなぁ、だからどいつもこいつもあいつに託して投げ出してきた。別に野郎が実際使える奴だったかは関係ねぇ。ようはどうしようもない重荷があるなら、肩代わりさせてしまえばすっきりするってこった。だからどいつもこいつも、もういいやと退場出来たわけだ」

 「だからどうしたと?それがどうだと?」

 勝手に納得する岩人にリアンナは吐き捨てるが、やれやれと戯けて首を振る岩人。

 「だからもクソもねぇわな、理解してたってことだよ、あの野郎はな。で、嬢ちゃん、お前さんもそれは理解してるだろうってことさ」

 「・・・わからない」

 静かに、吐き出すように、呟かれたリアンナの言葉には苦渋が始めて見えた。

 「俺達には解決の希望なんてないってことだけは決定的なんだよ。何をどうしようが無駄って話だ。神頼みなんてのは、だからあるもんだろ?どうしてする必要がある?したいからさ。そして何より、させたいからだろ?」

 「・・・何も、わかってない」

 「ああ、だから台無しにしたいのさ。間違っていても構わない。俺の言ったことなんざ何もかもこじつけのようなものだって話だ。戯言だろうさ。わかりたくもないんだよ、真実なんざな。でもな、わかっちまったらもういけねぇよな?そんなもんは嘘だよな。満足なんて出来るはずがねぇわけだ」

 「そんなことは、わからなくていい」

 どんどんと態度を硬化させ、拒否の念を放つリアンナだったが、その瞬間に至って少しの異相を覗かせた。

 それはおそらく岩人と早雲にとってはリアンナから初めて向けられる感情、敵意であり、殺意。

 「いいな、それでいい。ようやくだな。確かに嬢ちゃんは嬢ちゃんだろうさ、それが本物であるかどうかはどうでもいい程にな。だがよ、そうであることが野郎の、十三の奴の思惑でしかないとしたら、どうだって話だわな。そしてそれはよ、ことここに至るまでの事件に騒動にと、全て共通して来たことじゃねぇか?」

 「・・・」

 「十三はお膳立ての上をその性分を見込まれて、ひたすら託され続けてやってきた。結果として最後にああなった。そりゃそうだろうよ、託した側はともかく託された側は投げ出す事の出来る誰かや何かなんてなく、遂行することだけでしか終えられないからな。なら実質不可能な命題を『託す』ことで投げて来られたとして、終わりはあると思うかよ?ねぇわなぁ、そんなもんはよぉ」

 「・・・あるとしたら、それは」

 「ああ、その点に気づいて次代に、ようは新たな身代わりに投げることだけって話だ。十三の野郎はずっと託される側、というよりゃ押し付けられて受け取る側だった。それがあの時そうでもなくなったわけだろ。しかもその事を理解した挙句にな。さて、どうしただろうな野郎はよぉ。答えは目の前の嬢ちゃんしかないわなぁ」

 「・・・私が何を言っても無駄、勝手に確定した事項として確信しているのが、それ、だと」

 「勝手に?確かにそういうことだがよ、嬢ちゃんの態度を見てれば間違ってなかったんだろうとは思うぜ。だからよ、十三なんだろ?嬢ちゃんというよりゃ、嬢ちゃんを作り出したのは。そして今もそこにいて、俺達を思惑通りってよりは慰み物にしてるってわけだろが」

 「本当に、俺達は・・・俺は、何をしてたっていうんだろうな」

 乾いた笑いを漏らしながら早雲が呟くが、最初の様子と違って急に憑き物が落ちたかのようにその表情は晴れやかだ。

 「もうなってたんだよな、俺が、あいつの、十三の立場に。はは、なんだよ、それなら、もう、」

 そして次の瞬間、言葉にはおそらく続きがあったはずだが早雲の口から紡がれることはなく、唐突に断絶した。

 「まぁ、そうなるわなぁ」

 こちらもまた晴れやかなほどのにやけ面でまるで待ってましたとばかりに言った岩人は、その瞬間には一瞬前に立っていた場所から大袈裟なほどに飛び退き後退している。

 だが、そんな行動はまったく不自然ではない。

 「よかったじゃねぇかよ、早雲。腐れ縁になっちまってただけだが・・・悪くない最後で、死に方だったじゃねぇかと素直にそう思うぜ。少なくとも晴れやかに逝けたんだからな」

 リアンナが代わりにいる。早雲の姿があったその場所に。

 早雲はどこに消えたのかと言えば、その場にというしかない。先の一瞬の間に早雲の背後から飛びかかったリアンナが、その頭頂部からを全て圧縮するように一撃で潰して叩きつけたのだから。

 あまりに鮮やかで凝縮された威力の一撃によって、潰されたその身が四散することさえなく、影のように落ちる染みとなってリアンナの足元に残っているのみだった。

 岩人は笑う。思わず笑わずにはいられないから笑う。悲願を目の前にして嬉しいからでもあり、それは恐怖をすら越えさせるほどの圧倒的に対峙したからでもあった。

 ああ、こいつと戦って勝てる道理がない。だから笑うしかないのだと。

 「現実を理解しちまった道化にはもう用はないってわけだ。いいぜ、いいぜ、そういうのを待ってたんだっての」

 リアンナはそんな岩人を見ている。早雲にしたように突然の攻撃を仕掛けるでもなく、その場にただ突っ立ったまま。

 「それはその通り。ロックマン、もう貴方達には意味がない。だからこれは必然。その上、貴方達の希望通りに私は貴方達を処分する。けれど、一つ貴方は勘違いしている」

 「何を、だっていう!!」

 リアンナの言葉に返答を返しつつも、岩人が全身に血操装甲を湧き上がらせながら踊りかかる。

 もう待ちきれない、ようやくなんだから楽しませろという、岩人のその意思が明確に伝わる行動だった。

 「私を作り出したのは、貴方達の方だから」

 微笑み。そこには愛惜も悲哀も未練も憧憬も何一つなく、ただその笑みを相手に届けるという目的のみが浮かんでいた。

 リアンナのその表情と言葉に虚を突かれ、一瞬動きを岩人が鈍らせた時、目の前の微笑みは掻き消えていた。

 正確には岩人の方がその場から消し飛ばされていた。赤月が使った個空のように対象の四方の空を固め、さらに焦点へと圧縮させただけの攻撃で。

 人間大だったはずの質量が、風に微かに混ざるような塵と変わらぬようになって拡散して行く。

 それだけで終わり。呆気なさすぎる最後を迎え、先の時代から生き抜いていた忍び達がそこに全滅した。

 「・・・でも、きっと、私も」

 感慨もなさ気だったリアンナは散った両影の跡ではなく、虚空を晒す空を見上げ、悲しそうでもないのに涙を一筋頬に伝わせた。

 それはおそらく誰でもない自らのために。




 男は椅子に腰掛けカップを傾けながら、映像端末からの出力で網膜投影された報道映像を見ている。

 昼下がりの平和な市街の中にあるオープンカフェ。人は疎らだが、平日にしてはそれなりに人がいる。まずまず繁盛している様子だ。

 昨日スカイネットがあの有様になるほどの変事が世界を襲ったというのに、たいして世間の日常は変わらない。

 報道だけが深刻そうに各国の動向や世情の移りを心配している。

 そんな報道を見ている男といえば、別段深刻そうな様子もなく、ただの世間の一幕を見ているだけの、よくある当たり前の一般人の気のない態度を見せていた。

 カップを持ち上げ中に注がれていた珈琲を飲み干す。ちょうど最後だったようでカップの中身は空になった。それをちらりと見て、さてどうするかと男が思案する素振りを見せる。

 再び男が視線をカップから街の日差しと静かな喧騒へと向け直す、と、そこに確かに一瞬前までそこにいなかったはずの人物が空いていたはずの相席に収まっていた。

 驚かない。男はいきなりの超常現象のような事態に眉一つ動かさない。事態を把握していたわけではなさそうだが、むしろ逆に変に周囲を騒がせようとしていないかのように。

 「今更、始末でもつけに来たのか?」

 最初から居た男。平凡なスーツ姿の黒い肌の老紳士。短く切りそろえられた頭髪は白髪なのか全て色が抜け落ちているが、染められてでもいるのか黒が残っていないために身綺麗な印象を与える。実際男は柔和ながらどこか鋭利さを印象に含んでいた。

 「・・・そう思えるのか?」

 他方、唐突に現れた異常な未知であるはずの人物もまた男。肌はあまり日に当たったことがないのか白さが際立つものの明らかに黄色人種のそれであり、衰退したのではなく剃髪したとしか思えないほどに立派な禿頭をしている。

 老紳士は知っているようだった、その突如現れた男のことを。

 「私には君に対する用事がない。ならば逆だろうと考えるのは自然で。君が私に対する用事があるとすればそれぐらいだろうと思っているよ。もしも私が妄想で誰かを求めたのだとしても、それならば呼び出すのは君よりはまだ幻十郎だろうさ」

 「それは・・・だろうな」

 禿頭の男が微笑むというよりは、ただ一笑に伏しただけだが、言って笑った。

 そんな当たり前すぎるだろう仕草に対して老紳士は初めて引きつったように驚きを表情に浮かべ、腰を少し浮かせた。が、すぐに落ち着きを取り戻して深く座り直す。

 「君は、本当に、あの男なのか?やはり私の妄想か?こちらはもう平穏に暮らしたいだけなんだがな」

 「・・・わかっている。だから今迄放って置いた。だが、もうお前だけになった。それは伝えておくべきだと思っただけだ」

 「私だけ・・・そうか、遂にあの二人も逝ったか」

 老紳士は少し安心したかのようにため息を零すも、そこに悲哀は感じられない。

 「・・・いいのか?」

 「気持ちが悪いな。やはり君は私の妄想の産物か?いや、私の妄想ならそんな君は描き出さないだろうな。まったくどういう風の吹き回しだね」

 「・・・いや、それならそれでいい」

 「それだけか?なるほど、そのためか。なら君はやはり本物ではない?」

 あっさりと会話と邂逅の目的を達したらしき男に、老紳士は以外そうにしながらも初めて興味を惹かれたように問いただしていた。

 「・・・本物かどうかに意味があるか?所詮は影だ」

 「ああ、そうだな。だから死を求め、誰も彼も。その輪の中に埋没していったわけだ。私も、それがよかったのかも知れないとは時に思うさ。だがね、今のこれはこれで満足もしているのさ。今度孫が出来るのだよ、この、私に」

 苦笑。それはどちらが先だったか。あまりにも不自然なほどの情景。

 「では・・・お前はそのままいつ果てるとも知らずに日常の中朽ちていけ」

 「ああ、いつか飽きる迄はな。いや、その前に本当に寿命が尽きてくれるかもしれんな。この体にしてからちゃんとご覧の通り老いていてね」

 「・・・終わらないその時は、目の前に俺がいることを祈るがいい」

 「きっとそうなる、か」

 そして老紳士が何気なく片手を上げてウェイターを呼び寄せたその瞬間、もう目の前にいた男は去って消えていた。陽の光に溶かされた影のように。

 細目で視線の先の街ではなく虚空を見つめ、呼びつけられたウェイターが来る迄の数秒だけ老紳士は思いを馳せた。

 老紳士のその名はアザシオ・キボー。かつて字塩鬼謀とも呼ばれた男。

 いつかの落影の日、粉微塵に吹き飛ばされて霧散しながらも、そのまま精神寄生体として生き延び、人知れずに肉体を再構築して密かに生き続けてきた彼は、ある意味岩人達すら超えてもはや来道達の域に達した存在となっていた。

 そして知る、その力がなんであるかということなど、「わからない」のだと、そうなってさえ。

 わかるのは、出来てしまうということだけ。出来ないことがあるというだけ。あまりに当たり前の状態。

 それでどうしたか?忍びの世界など忘れて放って、普通に生きてみた。

 世界の動き、影の力を持つ者達の台頭、その裏にいるであろう岩人と早雲の気配を感じながら、他の誰より理解しながらも、何もしなかったし、たいしてどうとも思いはしなかった。

 出来てしまったのだ、字塩には簡単に。戦いなどという「最高の暇潰し」である命の賭博の魅力などどうでもいいとすることなど。

 生きている意味など適当にでっち上げることなど。

 他の影達と何が違ったというのか?何も違いなどない、ただ出来てしまっただけに過ぎない。

 字塩の推測としては、他の影達は試みてもみなかった、それだけなのだろうといったところである。

 死ねばそれで終わり、命に続きはなく、思考は途絶え消える。何も無くなるのだ、一切合切あらゆるが。

 そうであることを終点にしていれば、どんなに酷い人生だろうと耐えられるだろう、一度きりならば。

 だから誰もが結局そこに救いを求めただけなのだ。神話によれば、まさに神の領域と呼ばれる不知を特別として。

 だが、字塩はもうそんな領域を踏み越えてしまった。そして踏み越えたら、何が変わったわけでもなかったのだ。

 そもそも以前からしても今にしても、何を知っていたというのだろうか、この世の何を。

 忍びの力とは何だ?どこから湧き上がり、どうやって使えていたのか?そんなものは使えるのだから、出来るのだから、それ以上に何があるというのか?その程度で済まされていたのだから。

 どうして生きているのか、死ぬのか、そう問うのと変わりないことだと。

 たとえば、誰もが持っている力を覚醒させただけに過ぎないと言われれば、それもそうかもしれないとなるだろうし。それが仮に真実だったとしても、では覚醒された力とはそもそも何故、何処から、どうやって?という風に尽きぬ疑問にならざるを得ないからだ。

 知ることは出来ない、知ったつもりになることしか出来ない。全ての真相は常に藪の中にしかない。

 藪の中を覗きたいという好奇心と、それでも中には真実があるという確信があるのだとしも、藪の中という真相を終点として捉える事も出来はするのだ。

 だから字塩は現状を受け入れ、それでいいとし、今も安穏としていられるのだ。

 たとえ、スカイネットと呼ばれるそれの真の姿が、全天を覆っていたライヴメタルという外殻ではなく、目に見えぬ微細粒子の形ながら世界中にもはや空気のように散らばったナノマシン群であるのだと気付いていたとしても、そんなことはどうでもいいことなのだ。

 ましてや、そのナノマシン群の根幹技術というよりも今の科学技術でさえも実現不可能とも思えるほどの命令中枢、ようするに思考し判断するAI部分がおそらく影と呼ばれるそれに支えられているだろうと推測されることも、そう、たいしたことではないのだ。

 どこからが真実で、いつから仕組まれていたのか、など夢想するだに無駄なこと。少なくとも字塩にとって無用だった。

 今しがた邂逅した十三らしき影の真贋も、それと同じことだった。

 あるいは自らが本当に字塩であるのかさえも。

 考えるだけ無駄ではないかもしれない、だが考えなくても問題はない。

 思考の停止が無意識であるのならともかく、意識してのものであるならば、それこそ出来るのならば出来るというだけだ。

 出来る自らを誇ることさえ可能なほどに。

 字塩はそのまま追加の珈琲を頼み、何事もなかったかのように生活に戻っていった。




 「だからこんな得体の知れない連中を採用するのには反対だったんだ!!」

 スカイネット沈黙から二日。

 南海機構の軍閥の長であるヨアキム元帥は怒鳴り声を上げ、司令部の壁を背にした絶体絶命の状況に対して非難を表明していた。

 「採用した後に言うことか?ましてや便利に使った挙句に始末しようとして、返り討ちに会おうとしている奴が言ってもな」

 灰級の忍者、ドゥーイックは元帥の前に残った護衛たった二人と、後ずさりしようにももはや後がない進退極まったヨアキムを目前にしてしたり顏で応えた。

 スカイネットが落ちた後、その原因となった忍者達を脅威とみなし、自軍擁する彼等に気づかれぬうちに先制攻撃をかけ全滅させようと図ったヨアキム達。だったが文字通り返り討ちにあって、今まさにヨアキム達が逆に忍者達に排除されようとしているのである。

 「ふん、今更そのような。わかっていて選んだことだろう?貴様らにまともな生活は本当ならなかったんだ!!それが一時でも得られたのはどうしてだ!!」

 「月並みな悪役の吐く台詞だな。別にアカツキのように真の支配者はどちらかなんて話にしてやってもよかったわけだぜ?それを平和な話ですましてたんだ。暗黙の了解を破ったのはどっちだ?俺達には否はないな」

 「かもしれんが、通じるかね?我々を殺して、それで貴様らが本当はどうだったかなどな!!」

 「だろうな。だから殺す、お前達は徹底的にな。少なくともそうじゃなきゃ割に合わない」

 狂気を浮かべてヨアキムが焦燥と共に小馬鹿にしたように笑うが、ドゥーイックは無慈悲に言って軽々しく手を下す。

 護衛二人が手にした熱線銃の銃爪を絞ろうとするが、その瞬間には二人の頭部は宙に舞っており、銃ごと腕も切断され落ちていっている。

 「とはいえ、拷問の趣味はない。手早く逝ってろ」

 そして同時にヨアキムの身体も八つ裂きにされて血飛沫と化して散らばった。おそらく本人がその死を認識することさえないほど迅速に。

 「さて、問題はここからか・・・」

 ドゥーイックは知っている、スカイネットで何が起こっていたかを。赤月と共謀はしていなかったが、その行動は把握していたし、状況は監視していたからだ。

 ドゥーイックに選民意識や特別である自負や傲り、さらには赤月のような目的などはまるでない。ただ、力を手にしたからにはそれで少しは楽に生きたかっただけだ。

 ヨアキムの言うように、まともにしていれば力を持っているだけで危険視されて排除されたに違いなく、少しはいい目を見てこれただけでも僥倖だったとは言える。

 だが、だからといってそうしているのが無理になったからといって、理不尽に虐げられる立場になれと言われても、首を縦に振れるものではない。

 当たり前のこととして、自衛のためにドゥーイックとその同僚達は自分達の雇い主だった南海機構に牙を剥いたのだ。

 そしてそんなことは小さなことに過ぎない。実際襲撃は返り討ちにしたのだし、このまま世間が騒ごうと市井に埋没してしまえば逃げ切るのも易いだろうからだ。それほどの能力はあるのだ、常人と違って。

 では、それほどの力を持ちながら逃亡生活などをすることこそ納得がいかないのだろうか?といえばそうでもない。

 今の問題、ドゥーイックの危惧していることは、赤月がどうなったか、という一点の原因が主なのだ。

 「はてさて、どうなるかね」

 ヨアキム達をぶち撒けた部屋を後にし屋外へと出て行くドゥーイック。

 外は夜も夜、星明かりも疎らな暗い夜中だ。すでに周辺の制圧は終わりきっているのか静かなものだ。これで月が出ていれば、少しは気持ちのいい夜だったろうかとドゥーイックはふと思うほどに。

 同僚達は集まってこない、元よりこうなった後に集まる予定もなければ特別に仲間意識が強くもなかった。そもそも仕事を一緒させられることさえあまりなかったからだ。青級などはともかく、灰級などにもなれば徒党を組まれても困るのだから措置として当然だったろう。

 だから事が終わった報告に来る部下もいなければ、解放を喜び合う仲間も来ない。だが、予想通りというべきかドゥーイックの視線の先に夜の中でもさらに暗い影の姿が見えていた。

 その影は女だ。姿を隠す様子もない。こちらが知っていることも先刻承知の上といったところだ。

 リアンナ、十三の娘であるという彼女がドゥーイックの前に現れていた。

 「俺が後なのか先なのかも、そういえば問題か」

 もしかしたら他の同僚達が根こそぎ始末された後に、最後の一人として狙われているのかもしれない。

 黒。その存在がおそらくは現在の影の世界の秩序を壊させないように動いているだろうことは、赤月の例を見て明らかだったからだ

 自分達の今回の行動がその範疇か、許されるのか、それは賭けですらなく出来るならば何事もなければいいという希望に過ぎなかったが、見事に裏切られて最悪の脚本というわけだ。

 「どちらにせよ友好的ではなさそうだよな」

 問答無用の雰囲気で無言のまま近づいてくるリアンナの姿に対して、ドゥーイックは動かない。

 正確にはすでに動いているが身体を動かしていない。雷動空破、影糸。単繊維ほどの極細に固めた空の線を糸状に伸ばし、電動制御と超振動で機動力を与えた上で切断に破砕に拘束と多用途に用いる事が出来る術。ただ、扱いがあまりに難しいため、ほとんどの者には使えない。ドゥーイックはその名手だった。

 赤月に実力で遥かに劣る事ぐらいわかりきっている、その赤月を苦もなく屠った相手だ。抵抗は無意味だと言われても決して大袈裟でなくその通りだろう。それでも抵抗しない手はないだろう。

 それにどこまで通じるか試してもみたいだろうと、そういう気持ちもドゥーイックにはあった。たとえ力が劣ろうとも、自らの技術は幾許かの実力差ぐらい埋めれるものだと自負していたからだ。

 しかし、そんな心算など一瞬で粉微塵どころか、吹いて飛ばされた。

 「はは、いや、マジかよ、これほどとはな」

 周囲に展開し出していた影糸が、リアンナが何もしている様子さえないのに、最初からなかったかのように霧散させられたからだ。

 どうしようもない。こいつは無理だ。

 ドゥーイックがもはや笑うしかないなという気持ちになったのも無理からぬことだし、むしろそんな心持になれた事自体があるいはドゥーイックの非凡さと言えるほどだったろう。

 そしてリアンナが今だに十間ほどの距離をドゥーイックから開けたままの先で片手を上げてかざす。

 ドゥーイックはその動作を見ただけで、ああ終わったな、と死を覚悟した。忍者の常か、死を拒むためにヨアキム達に反抗したというのに、いざとなるとそれも悪くないと独りごちてしまう。

 だが、観念して閉じたドゥーイックの両の瞼はその数秒後、何も起きない事態に不思議そうに再度開かれた。

 まず視界に入ったのは変わらず片手を上げてドゥーイックへとかざしているリアンナの姿。そしていつの間にかドゥーイックの隣に現れてリアンナと同様に片手をかざしている影法師のような男の姿。

 ドゥーイックは知らない、その影が黒子十三と呼ばれていた誰かであることなど。ただ、突然に前触れもなく現れた存在に、現実感を感じれないまま困惑しか出来ない。

 そんなドゥーイックの困惑など二つの黒は知ったことかという風に、互いに何かを了解しあってるかのように言葉を交わすこともないまま躊躇いもなく動き出す。かざしあった片手の先でおそらくは打ち消しあったお互いの空破の制空では埒が開かないとばかりに、自らの肉体を刃と放つ。

 ドゥーイックの困惑は、それこそ音速で驚愕へと傾いた。自らが見ているのが何か、理解が出来ないことに。

 音の壁を易々と破り、互いに打ち合わされる徒手空拳はいい。それでこそ忍者だ。

 その激突をその場に置いて、次の打ち合いが瞬時に行われているのだ。無数の両の黒が一瞬の中で数多に存在しているように。

 ドゥーイックの忍者であればこその極めて優秀な動体視力と認識力によっても、それこそ本当に分身していると言ってもいいような光景がおそらく「分身などしていない」のに見えている。分身を作っているならいいのだ、その方が常識の範囲内だ。

 残像が分身のように見える。そんな速さが実際にあるのだとしたら、それはもう光速などという次元ではない。時空間を捻じ曲げているに違いないと断じれるほどなのだ。

 それが目の前にある。驚愕というには足りない、異常に過ぎて思考がついていけないどころか、停止するために無意味に疾走している。何も思考などないのに、早鐘打つ動悸のように回転している感覚だけを与えるのだ。

 無数の打ち合いを一瞬で終えて、両の黒は互いに距離を離して飛び退いた。激しい動きから伝わるべき衝撃波も大音声も細波一つも起こさないほどにない。完全に空破で制御されているという証拠だ。

 しかし次の瞬間決壊する。文字通り空間が割れる音が瓦解音として周辺に轟き響く。

 おそらく制空の奪い合いではなく、空破で捻り出した物質的な運動力の容赦のない全解放によるぶつけ合い。それがドゥーイックの眼前、両の黒の間で起きた。

 軋む空間歪む光の放つ異音。だが、それすら牽制とお互いが再び徒手空拳でぶつかり合う。雷光が収束と散逸を繰り返しながら迸り、炎熱の陽炎が収束した光となって奔る、それらもまたすぐに打ち消され散って行く。

 神々の戦いと言われても、ドゥーイックには頷くしか出来ないだろう超次元。どうしてこの場にいる自分が消し飛んでないかが不思議でしかないほどに。

 そして両の黒が巻き起こす空破雷動炎気の災禍が、その戦いにおいてただの余波、添え物のような余技に過ぎないのだとドゥーイックはほどなく理解する。

 災禍の嵐を素通りし、何一つの抵抗さえなかったかのように両の黒がそれぞれの手を出す。全てを置き去りにするかのような手刀が振るわれ、その手刀で狩ろうとされた首そのもので受けて流しつつ膝が雷光のように跳ね上げられる。上も下も天地なく、転がるように慣性と威力を受け流し合って宙の一点で格闘している。

 まるで、ではなく、抜き身の刃そのものように、その身体が振るわれている。

 しかも、おそらくでなく、その一挙手一投足に触れただけでドゥーイックなどでは粉微塵になってしまうかのような圧力。質量と密度がそもそも違う、金属の塊どころか惑星が縮小サイズになってぶつかり合っているような非現実的な超越がそこに確かにあった。

 化け物共がとさえ思えないほどに、人間が「人間達がその営々と築き上げてきた叡智で作り上げたがずだが、もはや理解も及ばないほどの超兵器」たとえばスカイネットのようなもの、を見て、そもそも「自分はその人間の一端ではあるが、なんら寄与も関係もしていない。もしかしないでもここにいるだけの自らは人間ではないのかもしれない」そう思えて来るほどの乖離というよりは、彼岸を見る感覚。

 今迄はその一端を掴んでいたはずだった。おそらく影の力を極めれば自らもその高みに届くのかもしれない。そう思ってもいいほどには、ドゥーイックはその道の階梯で上位にいた化け物であったはずなのだ。

 震えればいいはずだ、そのあまりの違いと高みに。

 奮えればいいはずだ、自らもいつかと夢見る程度には。

 振るえればいいと、普通は思えるはずだ。

 ただただひたすら、今迄力を練磨する事に違和感などなく、むしろ他よりも研鑽の達成に喜びを持っていたからこそ影糸などという無駄に扱いがたい術を会得したほどに求めていたはずなのに、初めて虚しいなと、そうドゥーイックには目の前の壮絶な光景が思えてならなかったのだ。

 この目前の圧倒的な力。それを得てどうするのだ?と。

 なんだって出来るようになる、なんだって。そうは言うが、それならそうしていればいいのに、なんだってわざわざ戦っているのだと。

 そもそもリアンナ、ドゥーイックはその名前を知らないその女は、外部から推測出来る限りでは、別にスカイネットでの赤月達のテロというよりはクーデターを最終的に潰したのは別にその乱暴狼藉が理由ではないだろう。

 もし鎮圧が目的ならばあんな最終局面で動いたりしてはいないだろう。あれほどの力の差があるならば、行動を移したその段階で潰せたはずだからだ。

 ドゥーイック達にしても同じだ、ヨアキム達を壊滅させるまで待つ必要がないし、ただ単に世に乱を起こすのを防ぐためならそれこそヨアキム達のように元から絶っていて良いはずだ。ヨアキム達と違っておそらく簡単に出来るのだから。

 つまり忍者達がこうも闊歩している時点で、その力を振るわれることで起こる被害に頓着していない時点で、人類の守護者などではないというのは確かということだ。では、何が目的なのか?

 誰でも簡単に推測出来る答えとしては、現状維持のためなどの調停者を自ら任じていて、ある一定の条件に達し行動を実行あるいは規定に抵触した瞬間に始末をつけているのだろう、とは考えられる。

 だとするなら、その条件と規定とは如何様なものであるのか?

 わかりはしないし、わかりたいとも思えない。結局問題はそこにはない。

 そう、少なくとドゥーイックならそれほどの力を持っていればそんなことはしない。そんな面倒でつまらなさそうなことは。

 では、どういう風に自分は生きたい?

 考えれば、別にすでに人外の力を手にしてやりたい放題が適度に出来るに違いない自分だ。平穏に暮らすにしろ、刺激を求めて生きるにしろ、十分すぎる。

 もっと力があれば、おそらくもっと楽にそれが出来るだろう。だから練磨し研鑽し力と術を高めていた。

 だのに、ああつまらないな、とその求めた力の到達点を見て出た感想がそれなのだ。

 なにせ簡単に出来すぎる。世界を変える、社会を変える、人の思想を行く末を、そう言い出したのならば力だけではどうにもならない難事だが、少なくとも力で苦労しないならそれだけ有利でありがたいことだ、となるのだろうが、そんな目的はない、どころかいらないのだから。

 ならば黒の到達者達はそういった風に世界に変革を求めているか、その変革した何かの維持に躍起になっているのでは、というところだが。

 違うのだろうな、という印象しか受けないのだ。

 知っているからだ、力の果てにはそんなことなど瑣末に思える次元が拡がっていることを。

 ドゥーイックとてその気になれば飲まず食わず、正確には自己の力だけでそこらから栄養や水分を勝手に吸収して生き続けることが可能なのだから。そんな段階など児戯とするほどならば、という話でしかなく。

 だから、同じなのに、自分と同じだろうに、何故こいつらはここまでの超越者なのに、そんな茶番を?そう思えてならないのだ。

 楽しいのだろうか?戦えることが。

 そうかもしれない、しかしだとしたら今そこに繰り広げられているのは、他では到底巡り会えない、まともに実力の拮抗した勝負が出来る相手との死闘のはずだ。

 楽しくないはずがない、最高のはずだ。

 だが、両の黒から感じるのは、熱狂や狂騒では微塵もない。

 義務や作業というのとも違う、決められたことを決められたからこなしているだけというわけではないのだろう。

 ただ、必死なのだ。もがいているように、足掻いているように、見苦しく、そう見えたのだ。

 あるいは、だからこそ面白いと、それだからやめられないと、そう言う者もいるだろう。人間のもっとも美しく輝く部分、すなわち醜さだと。

 両の黒はそういった類の輩であったのかもしれない。

 それでもドゥーイックにとってそれは、見ていて胸が苦しくなるような、嫌な光景としか映らなかった。

 まるで無間地獄の絶望を顕現させて、そこに嵌ったことを喜んでいるかのような錯覚。

 そんなものは見ていられないと、たとえ動くことが死に繋がるのだとしても、それこそ一度終わったと覚悟した命ならばその程度と、ドゥーイックは踵を返し背を向け、脱兎した。

 背を向けても両の黒の激突の圧力は感じる、わかる。知覚の範囲外から、死んだと自覚することさえさせずに、刹那よりも速く死神の鎌を振り下ろせる存在を背にして逃げている。足を時にはもつれさせるなどという、通常ドゥーイックほどの者にはありえないほどの様相で。

 だが、何も起こらない、追ってこない。完全に存在を無視されたかのように、放っておかれた。

 遠く遠くへ、その全身全霊全力を使ってドゥーイックは疾く駆け逃げた。もう大丈夫だという距離になっても、どうでもいいとされたはずだとわかっているはずでも、そのまま夜明けまで地平線の彼方へと走り続けていた。

 気付けば朝焼けの中、海を前に肩で息をして座り込んでいる。彼にはたいした距離でもなかったはずなのに。

 そして、その時感じた感情をドゥーイックは生涯忘れることなどなかったが、認めることもなかった。

 ああ、今ようやく生きているのだ、充実しているのだと。

 そのままドゥーイックはその後もあまり変わらぬ人の世界と社会の中、影として生き抜いた。

 二度とそのような思いなど、抱くことなどなく。



 言語を絶する鋭さの貫手が己の顔面に真っ直ぐ迫る中、紙一重で前進して避けながら同時に鉤手で蟷螂のように振り抜いた手で反撃しつつ、リアンナは初めてその男に口を開いた。

 「これで、満足?」

 初めてというのはその場の事などではなく、その生涯において、である。

 「・・・出来ればすでに死んでいる」

 父娘であろうはずの両の黒は、そこで初めてお互い間見え、挙句に第一声にそんな言葉を交わし合ったのだった。

 無論、その二言の間に両の黒の微塵も加減もない攻撃が一合二合といわず、十数交わされたのは言うまでもない。

 「生きてると、そう思ってるってこと?」

 「・・・今更、定義とその所在など」

 「話したいわけじゃない。それでも他に何があると?」

 「・・・そもそも、話す意味がないだろう」

 もはや千日手。決着がつきそうにないほどにお互い相手に触れられもしない状態に、会話をきっかけとしてか一旦手が緩み、間合いを開いて動きを止める両の黒。

 「・・・私は誰、貴方は何、とでも問いたいか?」

 「いいえ、ただ勝ってどうするというのか。そう思えてしまっただけ」

 「・・・なら、もう眠れ。終わりになってやろう」

 「引導を貰いたいなんて酔狂はない。貴方が勝ってどうするのかということ。私じゃない。少なくとも私は私の意味を持っている」

 「・・・それが、俺だとでも?」

 「その過程よ」

 「・・・なるほど、納得だ」

 そして最初にして最後の会話は寸劇と終わり、再び両の黒が動き出す。

 十三にしても、リアンナにしても、その身の上の真贋が明後日にあると言えるほど不確かな存在ではある。

 だが、自分が本当は何者かということなど、知っている人間などこの世にはいはしない。

 そう考えるのは、ほとんどの者が何者でもないという証明を逆に持っているからだ。何もないという、当たり前の状態を。十三達には中途半端に証明があり過ぎる。

 重荷と呼ぶべき存在証明。生きた証は打ち立ててこそ自由の導となるだろう。与えられたそれは呪縛と等しい。

 だが、そんなものはそんなものにしか過ぎはしないのもまた同じ。

 意味などないのだ。この世の全てに最初から、最後まで。

 だとするならば、信じて見ているものだけが現実だ。

 たとえそれが、見たくないもの、あるいは見るべきでないものを見ないためなのだとしても。

 忍者の正体とはすなわち人間である。人間とは人という生物に寄生する精神寄生体のことである。

 人と人の間を埋める概念にして、人と人の間に埋まるそのものであるなどという存在。

 そして精神寄生体が寄生するための力、それこそが忍者の力の根源である。

 そのもはや誰も知ることはなくなった人間達の存在定義が揺らぎかねない事実さえ、この両の黒は知っている。

 何故、何処で、というよりは、実感として理解している。全てを誤魔化し埋めておこうとした彼女等を嘲笑うかのように。

 だが、十三とリアンナにとってそんなことなど瑣末なことだ。

 わざわざ厭うことですらない上に、口上に登らせるどころか気にさえしてもしょうがない程度のことだ。

 いつか誰かに、もしかして忍者とは精神寄生体であり、精神寄生体とは人間のことではないのか?と聞かれたら、あっさりと頷き隠すことなく回答すらするだろう。

 そのぐらいにどうでもいいほど、当たり前どころか、だからなんだ、という話なのだ。

 わかってどうなる?わかってどうする?そこに何があるという?そう聞きただすだろう、十三とリアンナならば。

 ならば、彼等は一体何のために、どうして茶番劇を続けていられるのか。

 もう知っているのだ、字塩のように生きればいいこと、死んで行くしかないこと、そんなことなど。

 嫌なわけではない、ただ、届かないだけなのだ。

 だから楽しいわけでもないのにやめられない。

 それしかないのだ、と彼等が言えば、そんなわけはない、選択肢なんて山のようにあるだろうと言うに決まっている。

 だが、逆だろう。そう言う者達は人間とは精神寄生体であると聞いて、そんな馬鹿なと驚いたり馬鹿にしたり否定したりするか、その力があれば「今のこんな暮らしなど」という風になるだろうし、するだろう。

 その選択肢はどこから来て、何のために選ばれる?そういう話が、視点が、理解が欠けていることになど気付かないから言えるのだ。

 それでも少なくとも生きている限り、居場所がある。絶対に何らかの立脚点を持っている。そのためにあるから人間は生きているのだと言うのだ。

 ドゥーイックを虚しく、この先に充実を得なかった男として見たか?その通りであるし、全く違う。

 生涯唯一の、あるいは生涯最高の。そんな感情を得た、と本当に評価を下せるとしたらそれは厳密には終わる瞬間、人生の全てを消化し終わった時だけだ。

 厳密などということは知らない、どうでもいい、だろうが。だとするならば、生涯最高あるいは唯一と思える、その感情が素敵にしろ忌避するにしろ、わざわざ生きて行く上で心の額面に飾る必要がどこにある?

 心にそういうことだったと、あれは良かった、あれは最悪だったなどと、基準を作ってやるのは何故だ?

 もう一度とするためか、もう二度とするためか、それとも至上の幻想や最低の悪夢を抱いて、支えとするためか?

 ようはその全てだろう。

 唯一無二を心に持ったとして、それを立脚点と生きていくためだ。

 ドゥーイックは特に意識的にその時の唯一を心に抱いたわけでもなく、実のところその後にも普通には生きたに過ぎなかったが、それでもそこにはいつかの想いが根底にあった。

 幸福か不幸か、そんなことは結局どちらに傾けるかだけの話に過ぎない。立脚点は天秤の支点に過ぎない。

 最高の瞬間を迎えるために生きるのも、最悪の瞬間を回避するために生きるのも、支点からの傾きで見た判断だ。傾かなけれれば、そこには何も起きていないと判断するしかない。

 だから、「傾きがあること」が重要だと判断する精神もまたあろうというものだろう。

 だから、忍者を続けよう、それで十分であるし、他にはないのだ。

 重要なのは、忍者であるかどうかですらないからこそ、忍者でいいというのである。

 対峙した状態から無動作に近い不自然な動きで飛び上がるリアンナ。十三は様子見さえなく瞬時に追いかけ地を蹴る。

 凄絶な十三の飛び回し蹴りがリアンナへと放たれる。対してリアンナはわざわざ空中で止まって迎え討つ。接触、寸前で轟音、金属壁を蹴りつけたように、十三の足先の空間から硬い激突音が響く。

 見えない薄い壁がある、それが十三の蹴りを防いだ、というよりは受け止めた。

 見ればリアンナは空中で横向きに「地に足」を着けている。今十三の蹴りが埋もれている壁と同様のものを足場にしているのだ。

 リアンナが足に力を入れて十三へと向かう発条を溜める。十三は蹴り足の勢いを止まらせずにリアンナが飛び出す前に蹴り抜こうとする。

 その術は空破というよりは、血操、拡張身体、空破で作り血操で通わせた虚空を操るものである。血操の概念を拡張して空破で操る空まで身体の延長に取り込んだという、もはや完全に人外になろうとしているかのようなその荒業は血空とでも呼ぶべきか。

 その血空で受け止めた十三の蹴りが突き進んで来るのに対し、血空の足場から飛び出そうとするように見せながら、リアンナはそのまま勢いを反転させた。

 受け止めていた十三も、自らとその足場の勢いも逆に引きへと転換し巻き取る。中心点に位置するリアンナは、最終的に蟻地獄のように自らの勢いも含めて巻き取られる十三を待ち受ける。

 十三はもはや不退転と一念天通のようにそれでもなお蹴りを貫き、誘いごと突破させようと放つ。

 そして互いに致命打をいなし続けて来た両の黒が否応なく真っ正面から激突した。

 もっとも、血空で絡め取っているリアンナにとって攻防一体の状況であり、圧倒的に有利ではあったろう。普通の相手であるならば。

 小細工など全て無駄、とばかりに血空を破壊し尽くしそのままリアンナの胴を薙ぎ払って吹き飛ぶ、ただの一蹴りにして純粋な破壊の突破力。

 胴体の二分の一を吹き飛ばされながら、リアンナが地に落とされ猛烈な勢いで転がり血の道を描く。

 だが、同時に空中で蹴りを振り切った十三の全身から血飛沫が舞う。巻き取られていた血空が破壊されながらも、むしろ十三の勢いさえ利用してその身を抉り削って行ったのだ。

 普通ならどちらもこれで終わりだ、普通ならば。

 しかし今更死んでも死ねぬ、殺そうと殺されぬに等しい両の黒がその程度で倒れるか?

 リアンナは抉れた体を震えさせながらも立ち上がり、十三も空中から落ち、地面に落下の衝撃で血沼を飛散させているが、そのまま立ち上がる。

 効いていないわけではない。特に両の黒にとってお互いの攻撃は存在の根底へと届く力と力の壊し合いであり、確実に痛手は存在を削っているのだから。

 それにお互いそこにある身体に生を賭していた。逃げ道も何もない、文字通り死ぬ気なのである。

 それでも忍びはその程度で死ねない、半身が吹き飛ぼうが、全身を削られていようが、動くのならばまだ終われない。

 そして殺すべきなのは相手の肉体というよりも存在、そしてその心だ。

 だが、今更どうにかして心折れるような十三とリアンナではないだろう。

 「・・・」

 「・・・」

 会話はお互いにない、する気もない。

 「・・・刃に心があるとするならば、それが人の心でないわけがない」

 だが、十三は答えを聞こうとするでもないように呟き言った。

 リアンナは耳にして眉を顰めるが、何も応えない。

 「・・・どこまで行こうとそれは変わらない。忍びであろうが、そいつは人だ」

 構える、水平に射出するかのように拳を十三が握る。貫手ではない、純粋な握り拳。大地を両の脚が噛み締め、予動で世界が震えだすほどの溜め。

 「・・・人以外になりたいなら、そう思う心を捨ててこい」

 呪文。それ以外のなんでもなく、聞いているはずのリアンナのことさえ見ていない。

 ただ朗々と謳って吼える。

 「それでもきっと人なのだから!!」

 どうしようもないだろうと、ただの八つ当たり。それが正体に違いない。

 十三が叫び、リアンナが聞いた言葉の意味など。

 「俺を絶望させてみろ」

 そんないつかの叫びから何も進歩していない絶叫が、ただひたすらリアンナを打ち据えた。

 リアンナが感じたのはただ一つ、ふざけるな、そんなのは羨ましいだけだろうと、その激情を私が燃やせたならばと、それなのに自分は、と。

 地を蹴る、同時にもう到達している。その拳は捉えている。

 血空の壁、面と言う名の薄紙が無限に展開されるが、無意味。

 押し潰し、貫き破り、その先に置いてある。

 その時確かに彼女は感じていた、絶望という名のそれを、何もかもがどうでも良くなる瞬間を。

 目前の男が、そんな自分を、絶望して行くその姿に羨望していることに、どう思えと言うのかと。

 鉄拳に捉えられ潰されていく、だが、その刹那で終わらない。

 拳に合わせた女の拳が同時に相手の勢いを利用して突き立てられていたからだ。

 貫き破って抜ける。女の拳が男の顔面を。柘榴のように弾けて砕ける半面。

 男の鉄拳は、貫かない。捉えた面ごと持っていく。

 笑ってしまう、だから負ける。

 押し潰す。拳が体全てを持って行き圧殺する。

 男の壊れた顔は苦渋と苦痛で満ちていて、女の潰されいく顔は苦笑と言う名の微笑みで彩られていた。

 実際は真逆か、それすら逆か。

 絶望で人は殺せない、きっとではなく、「それで」人は立ち上がる。

 人が死ぬのはいつだって、その喜びの彼方である。

 理解すべきではない、尋常ならざる領域か。

 それでも、だからきっとこの男はどうしようもなく続けてしまうのだろう。

 わかってしまえば、もうそれで。

 大地に拳が突き立ち、全てが叩きつけられ爆ぜ飛んだ。

 後に残るは、ただ一影。

 かくして黒は十三ただ独りと相成った。

 勝利の喜びはなく、意味さえない。

 続いていく、続いてしまう、まだ終わらないという、それだけだ。

 やがてその場から十三の姿も消え、結末を見たものさえいず、何もなかったかのように過ぎ去った。

 そしてその後にどうなったか?

 どうもなりはしない、忍者は世界にあり続け、誰も真相について考えることもなく世界がいつものように回っていっただけのこと。

 十三がそうしようした通りの、地獄のような何の変哲もない煉獄の世間が流れるだけの。

 絶望にすら値しない、ただの常のように。

 



 安寧な老後などはなかった。

 血は争えないか影の力を手にした息子達は、再び動乱の気配を孕み近日まで胎動して来た忍びの世界が反体制の気勢で燃え上がる中、覚醒したその力を振るいに乱へと飛び込み、もっとも大きな火種となって行った。

 今や世界は再び人と影の者達で割れている。

 それでも隠遁しているつもりだった字塩だが、孫達にも類が及び出すに至って、その重い腰を上げざるを得なかった。

 これも因果か、そう嘆息するにしても、いざとなると昔取った何とやらか、あれよあれよ反体制の勢力に対する切り札のようになっていた。

 そう、遂には自らの息子達と骨肉の争いを繰り広げようとするほどに。

 どうして自らの手塩にかけた子達と争わねばならないのか。当然あるべき葛藤。しかしそんなことよりも、そう、字塩は結局その葛藤についてそんなことだとしか思えず、全ての騒乱が実質茶番であるという裏の事情に思いを馳せるようになっていた。

 誰もが無視する今だに稼働し続けるスカイネット本体。それを隠蔽し稼働させ続ける影の力。そして出てこない十三。

 どうでもいいと思えたはずだった、忘れて平穏に生きていくのも悪くないと思ったはずだった。

 だが、これはこれで悪くないと、そう思えるのも字塩にとってまた真実だった。

 そして影がまた動き出す、世界を乱しに千々と舞う。

 再び字塩が十三と間見えるその時にまで。

 だが、それはまた別の物語。

 結局は考えないためだけに走り続ける思考と同じに。




 刃に心があるならば、刃はなんて言うと思う?

 「刃に心なんてない」と言うだろうさ。

 それが、つまり、人の心だよ。



 黒ノ十三 ~刃心千乱~  了

ぐだぐだ過ぎてもうしわけない。

まぁ誰に言ってるのか、だが。

自分に、だろうね。


次は、まぁこんなことにならないようにしたいものです。

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