MOVE 1:冷たい季節
息が白くなる季節を迎えた。この月滅の町も上着なしでは寒く感じる。
花は枯れ、葉は落ち、寂しくなった景色には冷たい土だけが残されていた。
この町に来てから、ここへは毎日やってくる。
寂しくて冷たい場所。墓だ。
「頼む、この通りだ」
「何度言っても同じことだ。私は行かない。ほかの人間を当たってみろ」
由紀への説得は全然進展がなかった。諦めの悪い修二に対して、由紀自身が嫌悪し始めているに違いない。
下げた頭が上がらない修二に対してため息をつき、由紀は首にまとわりつくマフラーを指で触った。
「それにしても、お前がここにきてもう1ヶ月か。だいぶ冷たい季節になったものだな。こんな季節を味わえるのも、私たちが必死に生き抜いて努力してきた証だとは思わぬか?」
由紀は話をそらした。
修二は由紀の視線を追い、横目で墓地を眺めた。7つの十字架は寂しそうに修二を眺めている。
「寂しい光景だろう? この世界で死んだらまともに弔ってやることすらもできない。……無理して死にに行くより、こうして守りを固め、必要以上の戦闘を避けたほうが幸せだとは思わないか?」
「でも、戦争に怯えながら暮らすのは、どのみち幸せなんて思えないだろう」
「たわけ。お前はどうしてそうも戦争、戦争としか言えんのだ? 戦いに飢えてるならひとりで行け。私は巻添えをくらうのはごめんだ」
由紀は慰めるように修二の肩にぽんっと手を乗せる。
「『死んで花実が咲くものか』。死んでしまっては何も変わらんのだよ。悔しい気持ちは分かるが、感情任せに戦って死ぬより、感情に背いて生き延びたほうが賢い選択だ。仲間のためにも、自分のためにもだ。少しは考え直せ」
由紀は手でするりと修二の肩をなぞると、修二に背を向けて去って行った。
修二は反逆を誓って戦った“戦友”のことを思い出していた。
「由紀ねえ。僕はそれでも戦うよ……。このまま、戦わずして居直ったところで、帝国が消えない限り死と隣り合わせなのは変わらない。恐怖の延命を望むくらいなら、万難を排してでも、この世界を変えてみせる」
修二はこぶしを強く握った。
悔しい気持ちで一杯だった。由紀を説得できない自分と、行動できずにうじうじしている自分が許せない。
「僕はこの地を明日発つ。帰ってくるころには必ずこの世界に安寧を取り戻す」
7つの墓に決意に満ちた顔を見せつけると、修二は町のほうへ足を運んだ。
どんよりと曇った空が、老朽化した建物たちと乾いた地面を見下ろしていた。この町の景色は冬を思わせない。
この町が月滅と呼ばれるようになったのは満月が上る頃、帝国の奇襲で滅亡されたからである。ある区域では、この町は『ルイン(破滅)』と揶揄されているそうだ。
その町に居続けることは呪いをかけられるのと同じことだ。
作戦区域から離れた森にスティーラとかおりの姿があった。そこは色のない木々たちに囲まれる開けた場所で、見上げればどんより曇った灰色の空を見ることができる。
「冬か。戦争の季節には持って来いの季節だな。なぁ? かおり」
戦車の上に腰を下ろすスティーラは、ゲリラに居る時よりも生き生きした顔立ちになっているかおりを見て、そう言った。
「はい。本当に……」
かおりの簡単な返事に、スティーラはタバコを取り出し一服した。白い息なのか、たばこの煙なのか分からない白煙は、寒空の中に消えていく。
「お前はなぜ、軍隊を裏切った?」
スティーラは何かに誘導されるようにそう言った。わびさびを思わせる儚い街並みを見ながら、何かを思うように、たばこを持つ手に顎をつけた。
「みんな嫌いだから。私をいっつも邪魔者扱いして……。私はいつも好きなことができなかった」
スティーラは一服する。ニコチンで何かを忘れようとしているようにも思えた。
「身勝手な奴だな。お前もあたしも」
何かを思いつめるようにスティーラは言った。
もこもこして暖かそうなジャンバーのうちから紙の箱に入ったたばこを取り出して、かおりにたばこを差し出した。
「お前も吸ってみるか?」
かおりは首を横に振った。
「そうか。お前にはまだ早いか」
寂しげにたばこの箱を胸のうちにしまう。
「覚悟はあるのか? 今からあたしたちはお前の“仲間”をも巻き込む可能性のある戦いに出るわけだが?」
「異論はありません。殺すなら殺してください」
かおりの決意は歪んでいないように見えた。
スティーラは苦笑いを浮かべる。聞き飽きたといわんばかりにスティーラは戦車に寝そべった。
かおりの本当の気持ちが別のものであることはハッキリわかっていたからだ。
かおりはきっと仲間を殺したら後悔する。そうなったとき、まだ若いかおりを殺すことになるのは拾ったスティーラ本人だった。
かおりに同情して、生かして仲間のもとに返せば帝国から大目玉を食らい、かつてこの地を治めていた美来のような道を歩むことになる。打って変わって、かおりの言う通り仲間を皆殺しにすればかおり自身が狂ってしまう。
仲間を捕虜として拘束する手段もあるが、そうなった場合もかおりは死ぬ。
うまい口実はなかなか思い浮かばないものだ。
「お前は今、死ぬ覚悟があるか?」
スティーラがかおりに訊いた。
「いえ、復讐を果たしたいだけです」
「『その復讐を果たしたらどうするんだ』と訊いたんだよ」
「そしたら……」
スティーラの予想通り答えが返ってこなくなった。
スティーラは自身の過去を照らし合わせて、かおりの事を考えた。昔の自分とかおりはとても似ている。しかし、決定的に違うところが1つだけあった。それは『親族を殺す覚悟があったかなかったか』だ。
「分かった。もうよせ。お前にあたしが“最後に”言えることは1つだけだ」
『最後』という言葉には深い意味合いがこもっていた。
スティーラは決心したのだ。この戦いでかおりとは決別しようと。その方がかおりにとっても自分にとっても最良の選択だった。
「覚悟のない人間は死ぬ」
スティーラは咥えていたタバコを吐き捨てた。
かおりは上目遣いで足しか見えないスティーラを見た。
「少しは『考えること』を知れ。人を殺すことにはそれ相応の覚悟が必要だ。後先見ずに適当に行動するのは“殺人鬼”のすることだ。“殺人鬼”は『人を殺す鬼』と書く。言いたいことは分かるよな? こういうやつは童話のような悲しい結末を迎える鬼になるってことだ。誰からも仲良くしてもらえなくなる」
スティーラは体を起こして、かおりに鬼を狩る人間のような悲しみと怒りに満ちた視線を向けた。かおりは恐怖に怯えそうになっていた。スティーラの表情はいつもの表情に戻った。
「こういう目で誰からも見られるんだ。それは信用を失った“狼少年”よりも悲しい事さ。今のうちから行動の結果を考えておけよ。分かったな」
かおりはコクリと頷いた。スティーラは安心したのか、「フッ」と鼻で笑って目を閉じた。
“本当はかおりから教わったことが多いのは自分のほうだ”と思い返している。
スティーラは戦争に対して悲観的になっている自分に気付いた。いつの間にこんな気持ちになったのか分からなかった。
「今、兵士がどこにもいないから言うけどさ。あたし、本当は戦争なんざ起こしたくないんさ」
「スティーラさん? なぜですか? 入った当初は『敵を殺したい奴は大歓迎だ』なんて言っていたのに。……それに、この銃だって私にくれた……」
かおりはスティーラからもらった黒光りするハンドガンをちらつかせた。
「気が変わったんだよ。あたしはずっと“人間不信”だけを理由に“殺す”ことだけが“道理”だと考えていた。でも、それは未熟者のお前を見て信念がずれ始めた。教育者になって、初めて気付く自分だっている。お前と出会ったことで自分のしていることが、どれほど愚かな行為なのかを知った。ただそれだけだ」
スティーラは自分の考えに強く同意していた。本当の自分を見つけられたことが、こんなにも爽快な気分になれるとは思わなかった。
「お前も脳みそに刻んでおくんだな。こんな残酷な世界でも“あたし”みたいな異端者がいるってことをな」
スティーラは戦車から降りて、かおりの前に着地する。すると、かおりの銃を取り上げた。
「ちょっと、スティーラさん? 何をするんですか!」
「お前にこの銃は似合わない」
そう言うと、銃の分解を始めた。バラバラになった銃の部品をすべて地面に落とし、スティーラは足でそれを踏んだ。
「スティーラさん。貴重な物資を……!」
スティーラはかおりの頬を思い切り叩いた。愛のむちの音がかおりの感覚に染みる。
「何するんですか?!」
涙目になってかおりはスティーラに尋ねた。
「お前にはまだ引き金を引く権利はない」
言うと、スティーラは自分の身に着けていた猟銃を取って、かおりに渡した。
「受け取っておけ。それは、お前が一人前になったとき使えるようになる“魔法の猟銃”だ」
かおりはスティーラに教わった銃の扱い方を確認するように残弾を確かめた。猟銃には確かに弾薬が込められていた。それを、森の中に向けて1発試し打ちしようとする。しかし、引き金は引けなかった。
スティーラは「ククク」と笑った。
かおりには安全装置の外し方を教えていなかったのだ。
「スティーラさん、これって」
「言っただろう? お前が一人前になったときに使える“魔法の猟銃”だって。分かったらとっとと行くぞ。ほら、乗れ」
スティーラは嬉しそうに、戦車へ飛び込むように入って行った。かおりもそれに合わせて飛び乗る。スティーラからもらった“魔法の猟銃”を大切そうに手に持ちながら。
出発する前にスティーラはかおりに言った。
「お前は次の戦闘で帰るべき場所に帰るだけだ。分かったか?」
かおりはコクリと頷いた。
やはり、スティーラはかおりに溺愛しているようだ。
「だから、これがお前との最後の会話になるかもしれない。だから、お前に1つお礼を言っておく」
かおりはらしくないスティーラを不安そうに見つめた。次の戦争がまるで彼女の最後の戦争になるかのような口ぶりだった。
「ありがとう。そして、忘れるな。お前には“あたし”っていう、“信頼できる不思議な家族”がいるってこと」
「スティーラさん、でも……」
「バカが、そんなに寂しそうな口調で言うな。仕事に身が入らなくなっちまうよ。それと、もう1つ。もう2度とあたしを頼るな」
これでよかったのだ。
スティーラはそう思っていた。寂しい気持ちで一杯だったが、その感情は今は表に現してはいけないと殺していく。
初めての人助けに正直、自分がどう思っているのかは分からなかった。ただ、今のスティーラが思うことは、『かおりには弟子として失敗してほしくない』ということだ。
かおりを心配する人物はスティーラの他にもう1人いた。
廃墟を思わせるようなひびの入った建物が記す一直線の軌跡は何とも言えぬ冷たさであふれていた。
かおりが出て行ってから1ヶ月。ずっと、愛犬のロキと待ち続けていた。
「そんなところに突っ立ってたら風邪をひく」
そこへ1人の中年の男性が現れた。コートを上乗せして着ている男性の手には、白い蒸気が浮かぶコップが2つ握られていた。
「私に何の用だ。用がないなら私に構わないほうがいい」
依里茄は不貞腐れたように唇を尖らす。
「そうは言ってもだな……。少女の心配するようには思えない君が、空の下で1ヶ月待ち続けているのを、放っておくわけにはいかないだろう」
誠也の善行をありがた迷惑とするように、依里茄は顔をそむけた。
「……七香はどうした? 大切な娘は部屋に1人取り残しってわけか?」
「七香なら、美来に預けてきたよ」
依里茄は誠也を気に入らなそうな目で見ていた。美来は依里茄が仲間達と距離を置く元凶となっている。つまり、依里茄にとって美来は邪魔者なのだ。
「まあ、飲めよ。突っ立てるだけじゃ体が冷える」
「……」
依里茄は黒い液体が入った白いマグカップを受け取ると、水面に映る自分の顔を醜いようなものを見る目で見下ろしていた。仲間を失ってからというもの、焦っている自分の存在に気づいた。
「美来に大切な我が子を預けていいのか? あの女は危険だぞ?」
みなもと睨めっこしながら、依里茄は誠也に尋ねた。
「それは単なる盲信じゃないのか? 美来の内面はとても綺麗なように思える」
「それこそ単なる盲信だろ。憶測だけで人を判断しても意味がない。人を判断するには根拠が必要だ」
「そんな機械みたいな関係なら、『心を通わす』なんて単語は生まれないだろう」
誠也はコーヒーをすする。
全身を染み渡るコーヒーの暖かさに触れながら、気持ちよさそうに息を吐いた。
「やっぱり、寒い時のコーヒーはうまいなぁ。ところで、なぜ君は美来をあんなに嫌厭するんだ?」
「無差別に人を殺す恐ろしい人間だからだ」
「ほう。それはまたどうして?」
「かつて、あいつは政府内で“殺人鬼”と呼ばれて恐れられた女だ。私はそんな恐ろしい女と共に生活しているのが、怖いって時々思うよ」
依里茄は呆れたようにコーヒーをすすった。そのコーヒーは依里茄が思っていた以上に熱くて苦かった。思わず吐き出す。その吐き出したコーヒーが愛犬のロキを襲った。
「キャンキャン」とロキは情けない鳴き声を上げて、跳ね回っていた。
「大丈夫か?」
「私は猫舌なんだ」
言って、涙ぐんだ目を拭う。その時、依里茄は不思議なことに気が付いた。
あふれ出した涙が止まらないのだ。
「あれ? おかしいな。なんでこんな、悲しい気持ちに……。お前、何か入れただろう?」
「ああ、入れたとも。“優しさ”っていう、コーヒー豆をな」
「くだらない冗談でごまかしやがって……」
依里茄の素直じゃない心に触れて、誠也は苦笑いを浮かべ、やがてそれが深刻な表情へと変わる。
「君は過去を気にしすぎだ」
「はあ? 何を言い出すのかと思えば……」
「忘れろとは言わない。だけど、気にしすぎるが故に、慎重になりすぎている。つまり、思うように感情をコントロールできていないんだ」
言うと、誠也はコーヒーを飲む。
「何が言いたい?」
依里茄は殴る準備を整えてそう言った。
「何事もバランスが大切だってことだ。君は過去を気にするあまりに、あの子の気持ちを受け止めてやれなかったんだよ」
依里茄は言葉に詰まって、熱いコーヒーを再び見下ろした。涙を浮かべた自分の顔を見て、依里茄はため息をつく。
「ところで、隆は何処へ行ったんだ?」
「あいつなら、“大切な人が眠る場所”へ行ったよ。いつもの事だろう」
「そうか。なら君も少しは休んだらどうだ? ずっとここに立っているんじゃなくて、少し過去から離れてゆっくりしてみろ」
漆黒のコートに身を包む依里茄は、何かを思いつめながらコーヒーをすすった。熱いコーヒーはとても苦い味がした。
苦汁を飲み込んだ気がした。
「これは私に対しての試練だ。放っておいてくれ」
「しかしだな、そういう訳にも行かない。俺の独断で君は休むべきだと判断した。体的にも精神的にもだ」
「余計なお世話だよ。私は“あの子の苦しみ”を味わわなければならない気がする」
「“苦しみ”か。それは一体どんな“苦しみ”なんだ?」
「これは私の私情だが、昔、あの子は“戦うこと”を望んでいた。でも、あの子は体が弱くてとても戦いに向いた体じゃなかった。だから私は、あの子に『戦いを諦めろ』と言った。あの子が長い間消えてしまって、私はようやくその言葉の鋭利さが分かったよ。きっとあの子はそう言った私を憎んでいるんだ」
「ふむ、複雑な話だ」
言って、2人はコーヒーを飲んだ。
「あの子、無事だろうか……。私はいつも仲間を疎かにして、失敗ばかりしている」
「それは間違いじゃないのか? 何度も言うようだが、君は仲間の死を自分の責任にしすぎだ。責任転嫁の逆のことをしている。必要以上の責任を自分で負いすぎている」
「……」
依里茄が黙り込んだ。頭の中で自分の罪について考えていた。
「考えすぎだ。人というのは良くしてもらった相手のためなら何でも犠牲にしてしまうものだ。例えばそれが“自分の命”でもだ。君はきっと“いい人たち”に囲まれて育ったんだ。その結果、失った事を自分のせいにしすぎて負担になっている」
「でも、私は彼女たちを不幸にしたことに変わりない」
「彼女たちが『不幸だったか幸せだったか』と決めるのは君じゃなくて彼女たちだ」
依里茄は自分のせいで死なせてしまった仲間のことを考えた。自分が愚かで情けないから裏切り者をだし、死者をも出してしまった。この責任は重すぎるものだった。
「ゆっくり考えるんだな。過去からはなかなか逃れられないからな」
言って誠也は依里茄のもとから去って行った。
「それと最後に1つ。かおりなら、きっとわかってくれるさ」
誠也は建物の中に消えていった。
凍てつく冬の寒さに取り残された依里茄は残ったコーヒーを全部飲み干した。
(私は許される存在じゃない。大切な命を奪ったのだから)
ひそかに冷たい刀を抜いてそう考えた。
刀を鞘に納め、暇なのでポケットの中を探ってみると、何かが指に触れた。それは、応援メッセージが書かれた手紙だった。下には“夏香”という名前が刻まれている。
「“夏香”……一体誰なんだろう。無事かな……帝国軍がこの1ヶ月に沢山の奴隷を自国へ持ち帰ったと聞く……」
この話は最近、誠也から聞いたものだった。
依里茄は腰を下ろした。舌をだらりと垂らして、遊んでほしそうに見つめるホワイトシェパードの頭をそっと撫でた。
「“冷え切った世の中”だな……。お前もそう思うか?」
ロキは「ワン」と吠えるだけだった。依里茄は苦笑いを浮かべた。
「ほんと……冷え切ってるよ」
予約投稿が火曜日になってました。申し訳ございません!
来週は月曜に更新します。
ご精読ありがとうございました。




