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GOVERNMENT EMPIRE  作者: Lirenoa
第四章 取捨の章
65/115

PAST 65:悲劇の螺旋階段

 泣き出しそうな空だった。

 寂寥せきりょうの風が通り過ぎる林道では、寒冷に見合わない熾烈しれつな争いが開幕している。


 残酷の頂点まで達した男は言った。

 「この世界は最上だろう? 大人しく働けば、感情も抑圧され争いも起こらない」


 周囲で争う味方の兵士たちは押され気味だった。敗色が濃くなりつつある。修二は不穏の表情で周囲を見渡す。

 足をやられた隆は誠也に保護されながら、機能する腕だけで射撃。

 腹部に深い傷を負った依里茄は苦しそうに敵と刃を交わす。依里茄が負けるのは時間の問題だった。

 美来は身を乗り出して空奈かなのハンドガンで装飾品まみれの女と交戦中。

 「ククク、周囲の味方は押され気味のようだな。いい加減、負けを認め我に尽くせ」

 余裕綽々よゆうしゃくしゃくな様子でカリバが言った。顔は少しにやけている。

 その時、依里茄の悲痛な叫びが聞こえた。

 修二は悲鳴の主の名を叫びながら、戦場に向き直る。依里茄は血を吹きながら倒れる。

 レクラムは依里茄にとどめを刺そうとした。

 「やめろおおぉぉ!」

 カリバに向けていた銃口は依里茄を襲うレクラムに向く。その一瞬後には発砲される。

 レクラムはその銃弾を体で受け止める。しかし、人間なら吹き出すものが出ず、体からは火花が飛び散った。まるで車にでも発砲したかのように。

 愕然がくぜんとする修二にレクラムはニヤリと唇をつり上げた。

 「そんな、馬鹿な……」

 修二は動揺する。


 カリバは修二の吃驚きっきょうの声に笑い転げた。

 「貴様はもうおしまいだ! 地獄の底で永遠に生きることだ!! この世界の良さを自覚しないからこういう事になるのだ!」

 レクラムに注意が向いたままの修二にカリバはライフル銃を突き付けた。

 交戦する美来の顔が、修二を向いて固まった。


 「シュウ君!! 避けて!! だめええぇえ!!」


 美来の叫喚の後に、悲しい銃声が響き渡った。

 修二は膝から崩れて、地面に倒れた。

 「そ、そんな……」

 美来の表情が徐々に変化してゆく。

 敗色だけしか見えなくなった。

 「よそ見は禁物だよぉ!」

 ルナが美来に襲い掛かった。対応できず、美来はルナの下敷きになった。

 苦しい声を上げるが、その一秒後には固まることを余儀なくされた。真っ黒の銃が美来の頭に突き付けられたからだ。




 弱さ。

 憎しみ。

 激昂げきこうの中にある冷たさ。




 “お前が弱いからいけないんだ”





 少女の心の中で誰かが言いました。

 「あとは、殺されるだけだねぇ。あなたは使命を全うできるよぉ。よかったねぇ」

 残酷の下に使える女が言いました。

 「もう反逆は終わりだ。生きの残りはすべて始末しろ」

 冷徹な暴君は笑いました。

 「敗北というものは実に無念だろ?」

 不良じみた刀剣使いは言いました。

 「殺せ!! 殺せ!」

 「皆殺しだ!」

 「もはや俺たちを倒せる軍隊などおらぬわ!」

 士気が上がった兵士達は口々にそういいました。


 少女の心の中でうごめく寄生虫が快活の吐息を吹いたとき、少女の中に眠る豪放磊落ごうほうらいらく傲慢ごうまん覚醒かくせいする。







 “お前は鬼だ”







 美来は笑った。

 開いた瞳はすでにもう一人の美来になっていた。

 美来は後背から冷徹に満ちる銀色を取り出した。遮光しゃこうする樹林の隙間からあふれ出した寂光が銀色のナイフを照らす。

 阿鼻叫喚あびきょうかんが渦巻く林間で、本物の地獄が動き出した。

 開幕に合わせて、馬乗りになっていた女の銃身が吹き飛んだ。中から装填された弾丸が一つ落ちてくる。

 女は何が起こったのか理解できなかった。ただ、のしかかっている女を見つめることしかできなかった。


 「殺、ス」



 瞬間、美来の眼前の女はナイフで切り裂かれた。

 とてつもない奇声が上がり、森林に静寂を届けた。あのカリバでさえ、驚きを隠せない様子だった。

 女が地面に倒れこむと、美来はおもむろに立ち上がった。

 のたうち回る女を、空き缶同然に蹴り上げ、血の付いた銀色のナイフを舐めた。

 「美来のくそ女め、こんな時に覚醒するとは目障りな女だ」

 美来の光る眼光に気圧される。その時、一つの銃声がとどろいた。

 銃声の先にアングルを合わせると、そこに似合わない人間の足が10本。

 その先頭に立っていたのは……


 殺斬さつきだった。


 殺斬の持った銃口からは生暖かい硝煙しょうえんがもくもくと立ち上がっていた。

 「ちぇっ、余計なネズミが入り込んできやがった」

 レクラムが不満そうにそういった。

 「みなさん、敵を掃討そうとうしてください」

 いつもと変わらない無表情で殺斬は淡々たんたんと言葉を並べる。抑揚よくようのないセリフを受け止めた精鋭せいえいたちは、帝国軍に躍りかかった。

 殺斬はレクラムへ、そして、殺斬の手下達は雑兵を奇襲した。


 二重の裏切り。


 殺斬がしでかした行為は両軍の兵士を困惑のふちに叩き落とした。味方に襲われることなど予想だにしない兵士は、狼狽うろたえてなかなか行動に移れない。

 だが、帝国軍の衛兵は違った。

 「やはり、こう来るであろうと考えていた。プランBに移行せよ、一匹残らずゴキブリを排除しろ」

 カリバは号令を下すと、帝国の軍勢を置いて、カリバだけ逃げ出した。その時、修二の目が覚める。逃げ行くカリバの憎き背中を見て、歯をむき出しにして立ち上がる。

 撃たれた傷がずきずき痛もうとも、今の修二を止められる者などいない。


 『深追い禁物』とも言うが、カリバをてば帝国の軍隊は総崩れになる。これは国も滅びて新しい世界が生まれる絶好のチャンスだ。


 交戦が激しくなる中、修二の目の前を黒い影が通り過ぎていった。その背中は過去に見覚えのあるとても懐かしい匂いがする。

 早百合だった。

 「早百合、お前……」

 「……」

 苦しげに鳴く兄の声に振り向くことはなかった。闇の帝王を追って、ただ直向ひたむきに前進するだけだった。

 放っておけない修二は戦場を捨て、腹を抑えながら早百合と帝王を追った。

 不穏な顔をする修二を見ていた美来も正気に返り、戦場を捨てた。




 開けた場所までたどり着いた。中央には歩きずらそうな泥濘でいねいに沈む水たまりがあった。踏み込むとたくさんの泥が飛び散った。

 カリバはしっぱねで汚れた足を止める。

 まず最初にやってきた小さい女兵士を見てカリバは「ククク」と不気味に笑った。帝国の王の威光を光らせながら、鋭利な視線を向ける。

 「命知らずな娘だ。この私に1対1で勝負を挑みに来るとは、その勇姿だけはほめよう」

 カリバは修二を撃ったライフル銃を手に取り、銃刀を装備した。早百合はそれを見ても全く動じなかった。ただ何かを恨むように睨み付けている。

 「古風だと思うか? だが、貴様のような下級兵士を倒すにはこれだけで十分だ。貴様はどれくらい生きてられるかな? 帝王の威厳を前に」

 カリバは笑う。

 早百合は表情を変えず、腰にさしてあった刀を引き抜いた。淡い水色に輝く刀身は美しい川面かわもを連想させる。

 「ほう、面白い。白兵戦で挑むとはな、ならば歓迎するほかあるまい」

 カリバは銃刀を外して早百合に向ける。

 「恥を晒すことだな。地獄に帰って永遠に泣きわめくがいい……。そして消えろ」

 カリバは構えた。

 「……」

 早百合は黙して構える。


 瞬間、両者は一斉に飛び出した。曇天の空の下で、泥を蹴りながら、熱い接近戦が展開される。

何度も刃物同士の衝突を繰り返し、何度も火花が散り、何度も斬撃ざんげきを交える。

 両者とも激しい戦闘を除け、一旦後方へ身を引いた。

 「なかなかやりおる。だが、その勢いもここまでだ」

 カリバは全身泥だらけで、再び刀剣を構える。暴君と兵士が睨み合い、次の攻撃を繰り出す。


 早百合は回転しながら飛び、遠心力を利用して斜めに切った。避けようとせず愕然とした表情を向けたカリバを見て、早百合は勝利を確信した。

 高揚に満ちた全身全霊を注ぎ込んだ一撃がカリバへと降り注ぐ。その時、カリバが消えた。

 空気を切り裂いた早百合は動揺して目を丸くする。息がつまった。


 背後に気配を感じたとき、もう手遅れと知る。


 早百合はカリバに抑え込まれた。握る力は強くなる。がっしりと首をつかまれ、早百合はうめき声をあげることしかできなかった。

 早百合の目には絶望しか映っていなかった。

 「『その刀剣は思い出の詰まった代物』なのだろう? でも、もう要るまい?」

 カリバは早百合の腰に据え付けてあるさやひもを切断した。鞘はむなしく泥に突き刺さった。

 カリバは早百合の首を更に絞めつける。可憐な声を上げて、早百合は救済を求めているようだった。

 早百合が持っていた刀剣をカリバの足に刺そうとする。流れる川のように美しい最後の抵抗はカリバにあっさりと見抜かれ、暴君の闇の一撃に葬り去られた。

 腕に突き刺さる闇に悲痛な表情を浮かべる。

 手から離れた刀剣は泥に突き刺さり、敗戦をイメージする旗へと変わった。早百合の息が苦しそうになる。

 「苦しいか? 貴様のその顔が一番見ていて美しい。もっと苦しむ顔を見せてほしいものだ」

 生ぬるい殺し方はしない。それはカリバのやり方だった。とことん苦しむ顔を眺め、快楽を吸収し、悶絶もんぜつしながら崩れていく肢体したいを閲覧する。

 そこへ、修二が駆け付けた。早百合が脆弱ぜいじゃくな眼力を修二に向ける。

 「き、きさまぁ……早百合を放せ!!」

 カリバへ襲い掛かる。怒りに満ちた修二の視線を見てカリバは笑う。

 「こいつは最高のディナーショーだ。貴様も永遠に後悔に浸り仲良く死ぬんだな!!」

 その時、時間が止まったような気がした。

 動いていた鼓動も停止する。

 カリバの持っていた銃刀が、最愛の妹の首へと向かっていった。

 止めることは不可能。

 早百合の目からは熱いものが溢れた。それは、別れを惜しむ涙だった。



 カリバの恐ろしい笑いが修二を地獄へと叩き落とした。

 妹の首から生々しい鮮血が火を噴いた。

 喉を突かれ、早百合は声にならない声を上げる。口から漏れ出す大量の血液は、滝のようにあごから首へと流れ落ちる。


 悪魔は笑っていた。

 灰色の空に響く、悪魔の笑い声はいつまでも響き渡っていた。


 悪魔は笑いながら銃刀を引き抜き、空へ叫ぶように笑い続けた。

 永遠に……。


 修二は妹に手を伸ばしたまま止まっていた。その手は目の前の現実に戦慄せんりつして震える。妹への愛が形となって、早百合の名前を呼んだとき、修二の視界には早百合しか映っていなかった。

 カリバの足元で些細ささいに燃える生命の灯火を修二は抱いた。

 涙を浮かべて、ずっと彼女の名前を口にする。彼女の目は死ぬ間際まで修二を捕らえ続けていた。

 懸命に口を動かし何かを伝えようとするが届かない。

 早百合は涙を残し、修二の目の前で息を引き取った。


 気が気でいられなくなる。

 何も考えられなくなった。

 頭の中が真っ白になる。




 妹が目の前で死んだ。




 修二は叫んだ。

 世界中にこの悲しみが届くように叫んだ。

 空高く、天まで願いが届いてほしいと願い、慟哭どうこくを上げた。

 「感動的だな。嬉しすぎて泣き叫ぶことしかできんのか? なら、貴様にはもっとふさわしい喜びの場所へ案内してやろう!」

 現実を受け入れられない修二にカリバは悪の裁断さいだんを下す。カリバの中で修二が許される手段は死しかない。

 悪魔のギロチンが修二へと下った。







 こうして二人は……



 黄泉よみの国で……



 幸せに暮らしましたとさ……



 めでたし、めでたし……











 で、終わらせないよ。



 終わりの鎮魂ちんこん句は放たれなかった。カリバの手は修二の首の寸分手前で静止した。

 カリバの左側にある木には、深々と弾丸が突き刺さっている。右側を確認すると、頭に白い包帯を巻く人物が立っていた。

 「おい美来くそおんな

 美来の手が震える。

 「お前が『弱い』からこういうことになるんだ」

 言ってカリバは笑いながらその場を後にした。高らかと笑う声は森の中に響き渡っていた。

 美来の手からはライフルが落ちた。美来はひざまずき、死んだような目で修二と早百合を見守っていた。


 “私って、いつになったら役に立てるの?”




 仲間たちが修二を心配して集まってくる。

 隆達は全員無事だった。しかし、肝心の修二は精神に大打撃を受け、放心状態になっていた。

 「やべえ事になったな……」

 隆がとりとめのない声を上げる。現実は冷たかった。

 「酷い有様だ。まるで……」

 依里茄が修二に同情するように言った。彼女の脳裏には非業ひごうの死を遂げた三人の盟友めいゆうの姿が写っていた。これ以上言葉が出なかった。

 「……」

 胸が苦しくなった誠也は修二の悲惨な光景から目をそむけた。


 「みんな、私が悪いんだ……」

 美来が言った。

 その言葉に修二に注意を向ける兵士たちは美来に目を向けた。それぞれの目の中にある美来は泣いていた。両手で受け止めきれないくらいの涙を流し、悔しそうに地面を眺めながら、おかしそうに笑うのだった。自嘲じちょうだ。

 「私が、弱いからいけないんだ……。私が弱いからみんな死んじゃうの……」

 言って、美来は空奈から授かった銃を頭に向けた。

 「やめろ! そのためにお前に銃を預けたわけじゃない!!」

 動けない隆が叫ぶと、依里茄が美来の銃を刀剣で弾き飛ばし、強引に美来を刀の柄で叩き気絶させた。

 「てめえ! そんなやり方あるか!?」

 「文句があるのか? こうしなければ彼女は死んでいたぞ」

 ただ、依里茄は言って、泥の中に埋もれる美来を気に入らなそうに見つめていた。隆は何も言い返せなくなり、黙った。

 再び、全員の視線が修二に向く。


 一緒に光景を見ていた殺斬はその場を去って行った。

 うつむきながら立ち去っていく姿を見た隆は持っていた棒をつえ代わりにして、五体不満足になった体を無理矢理むりやり殺斬の方へ向かわせた。

 空はもう少しで泣き出しそうだった。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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