PAST 23:悲況の再会part3
双方の雄叫びが響く。
背と背を向かい合わせ、ナイフと刀の刃先は天を向いていた。蝶ですら安心して羽を休められる植物のように、レクラムと空奈は動かない。
空奈のナイフの刃が斜めにずれ始める。そして、落ちた。切られたナイフの刃は複数回、バウンドし、負けを認めるように床に寝そべった。
「……」
空奈は絶句する。信じられないという目で斜めに切れたナイフを見つめた。
「ヘン」
とレクラムは小さく笑って、空奈の方に体を向けた。
「貴様は俺に勝てない」
そう言ってレクラムは一歩ずつ空奈に近づく。
「弱者の遊戯にはもう付き飽きた」
言いながらレクラムは刀をゆっくり振り上げる。空奈は全くレクラムの行動に気がついていないようだった。
「貴様はここで朽ち果てるんだな!! ハハハハハ!!」
空奈をあざ笑うかのようにレクラムは高々に嬉笑し、刀を振り下ろした。風を斬る音と共に刀は空奈の首筋に勢い良く落ちた。
「何っ!」
しかし、空奈は刃渡り4センチ程しかないナイフの刃でレクラムの刀を受け止めていた。それも、レクラムとは違う方向をむいたまま。
レクラムは危機感を感じて、一旦後ろへと飛び、刀を構えた。
「貴様。俺の刀を見ずに、よく、短い刀剣で受け止めることができたな?」
とレクラムはまだ調子のいいことを抜かすが、一滴の汗が額から頬へと滴る。
「言ったはずよ……」
空奈は目を瞑ったまま立ち上がる。
「あなたを倒す力量はあたしにもあるって」
レクラムはその一言に「ヘヘッ」とニヤけて、
「なら、こいつはどうなんだよ!」
と言って、刀を振り上げると空奈に猪突猛進した。レクラムの大胆な攻略に対し、空奈は神色自若たる態度を崩そうとしない。
「ほらよっ!!」
レクラムの渾身の縦切りが首元に飛んでくる。空奈はギリギリのところで躱した。その際にはばたいた髪の毛が少し切り落とされた。
無残にも髪の毛は床に落ちる。それでもなお、空奈は沈着な様子を浮かべている。
レクラムは空奈の余裕の残る動きに目尻を釣り寄せて、草食動物を捉える肉食動物のような視線を空奈にぶつける。空奈が目を瞑っているからだ。
まるでレクラムなど眼中にないと言わんばかりに穏やかで優しい顔をしていた。
「っざけんな!」
堪忍袋が切れたレクラムは勢いに任せて刀を振るう。その姿は正に熊のようだった。レクラムは刀を横柄に振り回す。
「いつまでよけるつもりだてめえ! 腹が立つぜ!」
次の瞬間、レクラムが喉、目掛けて繰り出した横切りを空奈はもはやナイフとは言えないナイフの刃で受け止める。
そして、体重を掛けるレクラムを利用し、ナイフの刃を刀からどける。必然、レクラムは前のめりになる。
「うふっ!」
レクラムは予想もしない空奈の行為に驚きながら、態勢を戻そうとする。その隙に空奈は側宙を繰り出し、レクラムの顔面を蹴り飛ばした。
「ウオアッ!」
レクラムは空奈の側宙蹴りの威力で床に倒れ込んだ。
「なんだ貴様? いきなり強くなやがって!」
レクラムは悔しさのあまり床を拳で叩きつけて、立ち上がる。
拳で叩かれた床はぼっこりと凹み、ヒビが入った。空奈が全体重を載せて思い切り蹴り飛ばしてもびくともしない床にあれほどの損害を与えるとはとんだ馬鹿力だ。
空奈は驚きにとらわれたが、すぐに戻り、
「あたしは、元々ナイフアクションより、こう言った格闘のほうが得意なの。剣道よりも空手派よ」
「へ、ふざけた物言いだな糞尼。接近戦と言う類においてナイフアクションが苦手だぁ? 何を抜かすか!」
とレクラムが叫んだとき、レクラムの腕から、
「システム、自動復元、完了しました」
と女性の音声が出た。レクラムは先の戦闘で銃弾を打ち込まれた、腕のオペレーションシステムのカバーを開ける。打ち込まれた銃弾を抜き、指で弾いて捨てる。曲がった実弾が労働場の固い床に転げ落ちた。
レクラムがオペレーションシステムの復元に歓喜の笑みを漏らしている隙に空奈はレクラムの腕を蹴り飛ばそうと強襲を仕掛ける。
しかし、レクラムはオペレーションシステムが付いていない左手で簡単に空奈の攻撃を防いだ。足を確りと持っている。
「うそっ……」
空奈の苦々しい表情がレクラムの目に映る。レクラムは得意げに笑って、
「悪いが、貴様と相手をしている暇はない。こちらにも仕事があるのでな。余暇の戯れはここまでだ」
と、身動きが取れない空奈の腹部に向かって、満身の力を込めた一撃を繰り出した。
「アグッ!」
苦しい悲鳴を上げ、空奈は吹き飛んだ。その時、走った痛みは覚えていない。分からなかった。
一瞬、視界がぐらついて、音が何も聞こえなくなって。気が付いたときには労働場の廊下に倒れていた。
「ゴポッ!」
体内に貯まった血が、口を通して外部へと射出される。体に力が入らなかった。空奈の視界にレクラムの顔が現れる。
「わりいな。反逆者は死んでもらわないといけないんでね」
レクラムは刀を空奈の首筋に当てる。息をするのがやっとの空奈には何も抵抗ができなかった。
「殺すには惜しい美貌だ。仲間であったら愛でてやったのになぁ」
とレクラムは言って、刀を突き刺そうとした次の瞬間。刀がレクラムの手から離れた。
違和感を覚えたレクラムは後ろを振り返る。そこには脇腹を抑えて、銃を握る若者が立っていた。遠くから見ていても、息が荒れている様子が分かる。
「ちっ。邪魔が入ったか」
レクラムは言って、愛用の刀を確りと手にもって、硝子の窓を突き破って外へ飛び出した。
隆はレクラムを追うものの、もうその姿はどこにもなかった。空奈の元へ駆け寄り、体を揺らした。
「おい、確りしろ!」
空奈は隆を向く。隆の顔は泥まみれで、まるで泥遊びをした幼児でも見ているような気分だった。一人、和ましい光景に浸る空奈はニッコリと隆に笑ってみせた。
「修二と美来はどこへ?」
と隆が訊くと、空奈は曲がり角を指さした。
「わかった」
隆は空奈を苦しそうに抱きかかえると、脇腹の疼痛を無視して歩きだした。気づいたときには空奈は眠っていた。
ガムテープや、釘やらで修理された大きな木の扉を開けた。いつも通り変わらぬ重苦しい空気とゾッとするような静けさでその部屋は覆われていた。窓はすっかり暗幕で覆われ、明かりが入らず。室内は暗かった。
「やけに静かだな……ここに労働者たちはいるのか?」
「うん。基本、労働がない日はこの寝室で労働者は過ごすはずだから」
美来は言って、壁についてるスイッチを押した。しかし、すぐには明るくならなかった。
「隆達……大丈夫かな?」
と美来の隣で修二が心配そうに呟いた。しかし、美来からの反応はない。暫くすると、電球が赤色に輝いた。妙な違和感を覚えた修二は室内を見渡してみる。
血、血、血、血、血。
息が喉で詰まった。
言葉では言い表せない卑劣な光景。夥しい血痕。
しかし
“死体”は無かった。
「な、なんだよこれ……? どういうことだよ?」
修二は隣に目を向ける。
そこには誰もいなかった。
美来が消えた。
とりとめのない違和感が修二の体を覆い尽くした。恐る恐る、もう一度室内の方を向いてみた。そこには紅の景色が広がっているだけで、人がいるような気配はない。
それが逆に修二を狼狽の色に染め上げた。
「美来!! 美来、どこだ!!」
修二は労働場の迷路のような回廊を見渡した。
彼女の遺体を目に浮かべた修二は今にも崩れてしまいそうだった。その時、修二の元きた方向から隆と空奈が現れた。
その頃、美来は脱出作戦の時、開か無かった武器庫が簡単に叩いただけで開いたことに不審感を持っていた。
この先で誰かが挑戦を待っているかのようにつながる長い直線道。警戒心ゼロの武器庫。その武器が詰まった小さいワンボックスサイズの貯蔵庫からはショットガンのストックが顔を出していた。
美来はそれを手に取り、ダボダボのジャンパーのポケットに銃弾を詰め込むと、邪魔な袖をまくり上げて、レバーを引いた。そして、前方を睨みつけながら美来は怪しい道を進んでいった。
長い道を進んでいくと一つの豪勢な貴族の部屋に出た。
赤い絨毯が敷かれて、その部屋からは労働場が一望できる。そのガラスは半透明ガラスで、外からは内部の様子が確認できないようになっている。
「ぁぁぁ!!」
中では誰かが暴れまわっているようだ。椅子や家具を蹴ったり、殴ったり、投げ飛ばしたりする音と、ブツブツと誰かの独り言が聞こえる。
中にいる人間は相当怒り心頭のようだった。
美来は陰に隠れて様子を伺う。少し部屋の中に顔をのぞかせてみると、そこには気高き荘厳に包まれたガトリング。そして、高そうな玉座とテーブルがあった。
そして、
“リゲル”がいた。
美来の鼓動は張り裂けそうなくらいドクドクと音を立てる。
(あいつ……生きてたんだ……)
因縁の相手が目の前にいる。憎い。動悸がする。
「畜生! 糞ぉ! 脱走者めぇ!」
リゲルの怒声が響き。鞭打つ音が聞こえる。鞭打ちのあとは「アアッ!」と悲痛な悲鳴が聞こえてきた。
労働者が鞭打ちにあっている。
速めに強襲をかけなければ労働者が危うい。そう考えた美来はショットガンを握り締め、一気に突入する。
中に入ると、縄で縛られた労働者を鞭で痛めつけるリゲルの姿があった。許せない……。リゲルは美来の存在に気づき、息を荒げながら恨めしい視線を向けている。
「ゲスがぁ!」
美来は叫んで、リゲルの頭部を銃身で殴った。
「ウハァ!」
リゲルは情けない悲鳴を上げて床に倒れた。美来はその隙に急いで労働者の縄を解く。
「もう大丈夫だよ。待っててね。もう少しで自由だからね……」
美来は昔の憐れな自分を見ているように、泣きそうになりながらも労働者の縄を解いた。それは失った兄の為でもあり、『あの人』のタメでもあった。
これからは優しい心でなければならない。
「さ、逃げよう」
と言って、美来が手を差し伸べた時だった。
「ワアアァァアアァァ!!」
縛られていた労働者が発狂して、美来に襲いかかった。
「そんな……」
美来が驚いている隙に、労働者は美来の後ろへ回り、持ち前の体術で美来を拘束した。
「ちょっと!? 何やって―――――」
と美来が労働者に言うと、労働者は美来の腕をグリッと捻る。
「ウッ!」
思わず声を漏らし、抵抗する気力を失いかける美来。このままではリゲルが立ち上がり最悪の末路を辿ることになる
「お願い。放して。悪いようにはしないから……。ね?」
しかし、労働者は優しく問いかける美来の言うことを全く聞かない。それどころか、
「リゲル様!」
と叫び、悪人を呼び覚まそうと必死になっている。
「何してるの?」
美来には彼の行動が分からなかった。
「ねえ、誰を呼んでいるか分かってるの? 非道なリゲルだよ! 汚らわしいリゲルだよ!」
「黙れ! 脱走者ぁ! 貴様をリゲル様に差し上げれば警備兵に昇格できる! 共にリゲル様と働けるのだ!」
「そんなの嘘に決まってる! 早くその手を私から放して! 貴方も殺されるのよ! 鞭で叩かれていたでしょう!?」
「リゲル様に殺されるならあっしは幸せじゃ!!」
労働者は言う。もはや、会話にならない。苦々しく、悔しそうに美来は歯を噛み締めた。
「……哀れな存在ね。あんな汚らわしい外道の一族に忠誠を尽くすなんて……」
美来が悲嘆にくれていると、
「おやおや、これはこれは汚らわしいメス豚ではありませんか」
おぞましい声が美来の蝸牛に届いた。瞬間、美来の背筋にゾクゾクと寒気が走る。
「高貴なわしを銃で殴るとはとんだ礼儀知らずなメス豚だ」
とリゲルは、美来の元へ近寄る。
「こないで! イヤッ! イヤアァア!」
嫌がる美来の頬に汚らわしいリゲルの手が触れた。ゴツゴツしてザラザラした、像のような皮膚が美来の柔らかい皮膚に触れる。
気色悪かった。
絶望的な世界に引き込まれるような気がした。
「イ~ッヒッヒッヒッヒ! すっかり大人しくなってしまいましたねぇ」
と不気味な声で、喉を鳴らすように言うリゲル。美来の中に憎悪の念がフツフツと湧き出してくる。
リゲルは兄の仇でもある。
「触らないで!」
美来は憎悪で満ちた視線をリゲルにぶつけた。瞬間、リゲルは美来の頬を力強く叩いた。
「アッ!」
頬に走る痛み。美来は汚れた赤い絨毯の上に倒れ込んだ。頬を抑えると、熱が籠っている。今までに味わったことのない雪辱をぶつけられたような気分だ。すっかり、美来は萎れてしまう。
「リゲル様!」
労働者が嬉しそうにリゲルを呼ぶ。
美来は労働者の方を憎い存在を見るかのように凝視する。美来の恨みは労働者にも向けられていた。
「リゲル様! どうでしたか!? 私の活躍は?」
「イッヒッヒ、労働者にしては中々に上出来なものだった」
「では、警備兵に……」
「いいでしょう」
なぜかその時、
冷たい銃声が響いた。
リゲルはリゲルの為だけに尽くした、一人の労働兵の頭を拳銃で撃ち抜いたのだ。自由を奪われ、リゲルの虜になった従順な犬を手に掛けたのだ。
血が飛ぶ。
美来の目にあの記憶が浮かんだ。美来を救おうとしてガトリングで無残な姿にされ、屋根から突き落とされた兄の記憶が……。
許せない。
許してはいけない。
「酷い……」
と、美来はリゲルに聞こえない小さな声で呟いた。
「では、あの世で警備兵を務めてください」
とリゲルは頭を撃ち抜かれて倒れている兵士に声をかけた。
瞬間、美来は懐からナイフを取り出し、
「ウオオオォォォオオォォ!!」
と声を荒らげて、リゲルにナイフを突き刺そうとする。しかし、リゲルのムチがナイフを握る美来の手に当たった。
「キャッ!」
ナイフを持つ右手に鞭がぶち当たった。ナイフは絨毯の上をのたうち回る。
叩かれた右手を見てみると、その部分の服は切れ、肌は赤く腫れ上がって、切れていた。ピリピリとした痺れと共に悶絶してしまいそうな激痛が体全身に巡回する。
「アウッ…………」
皮膚が裂けて血が出ている。
「おやおや? 何をそんなにかわいこぶっているのですかな?」
リゲルがシニアの笑いを浮かべて、顔にシワを寄せている。
傷の痛みで行動が起こせない美来にリゲルは近づく。そして、リゲルは美来を蹴り飛ばした。
「ウグッ!!」
美来は宙に舞い、床に体を叩きつけた。
「ウッ……」
寝転がると、ついに全身が麻痺して動けなくなった。そんな美来を見下すようにリゲルの影が美来に覆いかぶさる。
「……いや」
怯える兎のような可憐な視線を美来はリゲルに投げかけていた。
リゲルはそれを見るととても嬉しそうに笑い、気が狂ったように美来を踏みつけたり蹴飛ばし始め、めった刺しにする。
「この脱走者めが! のこのことわしの前に現れおって、このわしを殺そうとするだと!? そんな大事をやらかしておいてなんだこのざまは?」
体中に取り巻く激痛。それが、心の痛みとなって美来のメンタルに突き刺さる。
今こんな現状になってしまったのは私が弱いせいだから……。
と美来は誰よりも分かっていた。リゲルの攻撃は激化する。
「あの時はよくも! 一等兵のわしに恥をかかせてくれましたね!! わしの大事な顔にナイフなんぞ突き刺しおって!! 罪を償ってもらいましょう!!」
ズガズガと美来にのしかかるリゲルの虐待行為。
痛いと悶えることは許されない。悲鳴さえも残酷な一室に消されていった。
こんなこと、いつまで続くのだろうか。
痛いのはもういらないのに……。
「うっ……」
脆弱に声を上げる美来に、リゲルの虐待が一旦、止まる。
しかし、リゲルは即座に美来の服の襟を掴んで、豪華な机の方へ投げ飛ばした。
「ヒャア!!」
机を壊しながら美来は倒れた。衝撃が重くのしかかる。
まだ負けてない。と屈強な表情を浮かべるが、体が思うように動かない。
リゲルの影が再び美来を覆う。
「おやおや、大事な大事な机を壊されてしまいましたね……」
無茶苦茶なことをリゲルは抜かし、美来の胸ぐらを掴んで、
「貴様のせいで面目丸つぶれじゃ。その辛さ、篤と味わってもらおうぞ」
その一言で美来の顔は引き攣った。
戦慄が走る。
このままでは本当に殺されてしまう。
「死ぬのです!!」
とリゲルは胸ぐらを掴んだまま、さっきまで美来が暴行を受けていた場所に、再び美来を放り投げる。
「キャアアァァ!!」
床が尖った岩盤のように思えた。背中から内臓へと伝わる衝撃。今にも気を失ってしまいそうだ。
(もう、助けがなければ私は殺される……)
と美来は密かに迫る危機を受け入れていた。ここで死ぬかもしれないと諦観も生まれた。
マイナスの感情が彼女の脳裏を著しく掠めていくと、彼女の中で抗おうとする何かが崩れ落ちた。途端、彼女の苦しそうな表情は少しだけ、柔らかくなる。
絶望が生まれると、目頭が熱くなっていた。
(……泣いてるんだ。私)
と美来は他人事のように心の中で呟いた。
リゲルの蹴りが美来の腹部に入る。
「……」
彼女にはもう悲鳴を上げる気力すらなかった。
あげようと思っても、腹の中でもみ消される。
(ゴメン……私、死んじゃうかも……)
体が頑丈な壁に打ち付けられる。
「……」
無言のまま美来は苦しそうな表情を浮かべて、床に倒れ伏した。
(……シュウ君……ごめんなさい)
気力のない美来をリゲルは片手でつまみあげると、腹部を殴った。
美来は血を吐き出すだけで、声を出すことはできなかった。
(……お兄ちゃん……ごめんなさい)
美来はそのまま床に叩きつけられる。
全身を翻す痛覚の悲鳴。
もはや、彼女の体はそれさえも受け付けなくなっていた。
(私、約束……守れなかった……)
――――――――――――――――――。
「おやおや? 動かなくなってしまいましたか?」
とリゲルは美来を床に捨てた。美来の手元には労働者の縄を解くために置いたショットガンがあった。
リゲルはつまらなそうに、とぼとぼと歩いて、玉座の脇に立てかけてあるガトリングを取り出す。
「困りましたねぇ。もうちょっとやりがいがあると思ったのですがねぇ。まあ、仕方ないですねぇ」
リゲルが失望したように言うと、彼女の指がピクピクと動き始めた。
「所詮、脱走者は脱走者。始末すれば、わしの地位は上がり、漸くこの国を統率できるだけの力量に近づく」
一人事を言いながらリゲルは美来に近づく。
そう、リゲルは自分の名誉のためだけに、わざと脱走者を殺していったのだ。殺すことなんて慈悲など必要ない。労働力は失われても、“名誉”という徳が残る
人形のように動かない美来を見てリゲルは得意げに笑った。
「わしの地位を踏み躙った罪。死を持って償ってもらいましょう。いや~、おいしい狩りでしたよ。最高の狩りですね。では、さようなら。イ~ッヒッヒッヒッヒ」
ガトリングのトリガーを引こうとした瞬間。彼女の悪魔のような瞳がリゲルに突き刺さった。リゲルは驚いた表情を浮かべたが引くことを躊躇いはしなかった。
しかし、リゲルがトリガーを引くよりも傷だらけの彼女の手からショットガンが飛び出すのが先だった。
リゲルの表情から余裕が消える。
悪魔はニヤリと笑った。
空虚な銃声が響きわたった。
――――――――――――。
沈黙だけが、その部屋に居留まっていた。




