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GOVERNMENT EMPIRE  作者: Lirenoa
第二章 反撃の章
14/115

PAST 14:銃声の戦慄

 街に入った。

 家と思われるボックス状の建物の外壁には、銃弾が埋め込まれて穴だらけになっていた。そのため、コンクリートの壁にひびが目立つ。

 レンガの路面には、沢山の薬莢やっきょうが落ち葉のように転がっている。幾多いくたの銃撃戦を繰り広げてきたようだ。その街の情景に『荒廃こうはい』という言葉はピッタリだった。

 荒れ果てた街の中に一つ小さな門があり、それをくぐっると、道が左右に別れ、丁字ていじ路(T字路)に差し掛かる。中央には掲示板があった。

 そこには『平和な国をつ』で切れた紙が一つの画鋲がびょうで固定されていて荒野の風にあおられてヒラヒラと揺れている。今にも外れてしまいそうだ。

 きちんと整った街並みとは裏腹に全く人気ひとけというものが感じられなかった。

 この辺りは何年も使われていないらしい。建物の壁の一部や、土台付近には野草が生え、使わなくなった家具は砂やほこりなどで白濁はくだくしている。

 (この街も昔は栄えていたのだろうなぁ)

 と修二は想像すると陰惨な過去が思い出されて心がいたんだ。この街の人も惨殺ざんさつされたのだろう。再三に怒りがこみ上げてくる。

 ビュオーと風がうなり、寂寥せきりょう感あふれる住宅街の中を突っ切っていった。

 「二手に分かれるわ」

 突然、空奈が言った。当然、空奈の意見には隆が反発する。

 「何考えてんだてめえ? 二手に分かれるだと? てめえ分かってんのか? ここは紛争地帯なんだぞ! そんな事したら総力戦になったときどうする!?」

 隆はわかりやすい奴だった。

 「大人数相手には少人数の方が有利な時があるのよ。これでいい? りゅ・う・さん?」

 「多勢に無勢の間違いだろこの野郎! それとその言い方やめやがれ偽物! 隙があったらぶっ殺してやっからな!」

 相変わらず仲がよろしいようだ。

 「じゃあ、あたしと隆で行きましょう?」

 空奈はきっぱりそう言った。

 「てめえ! 何言ってやがる!?」

 「じゃあ、あなたたちは二人で反対側に向かって」

 空奈は怒り狂う隆を無視してそう言った。反対側とはつまり、丁字路を左にまがれということだろう。早速さっそく、移動にかかる。

 「ところで、あなた達は軍隊出身よね?」

 気づいたように、空奈は修二と美来を呼び止めた。

 「いや、労働者」

 修二が言うと、美来は顔に喫驚を浮かべた。しかし、修二に間違った点はない。

 「あら。労働者とは、お気の毒に……。銃は扱えるのね?」

 「うん。一応……」

 空奈は少し不安そうな顔をした。

 「でも私は一応前に軍隊には、しょ、所属……していました」

 美来が不満をかき消すように言ったが、語尾が奇妙にも弱かった。

 (へえ。美来は『軍隊』をやってたのか。道理どうりで美来はあんなに狙撃がうまいのか)

 修二は感心していた。だが美来は悲しげに修二を見ていた。


 何かを訴えているようだった。


 「それじゃあ、行きましょうか。修二君、美来ちゃん。ご武運を」

 言って、空奈は無理矢理、隆を言葉責めで連れ出し、右へ折れた。隆は嫌そうな顔をしていたが、空奈を裏切ろうとはしなかった。

 修二も武器が入った旅行バッグを持って美来と左に折れた。




 奥へ行くと、乾いた風で風化した建造物は形骸がむき出しになっている物もあった。

 「ねえシュウ君」

 砂で覆われ、黄色くなっている路上を歩きながら、美来が不安そうに呼名する。

 「シュウ君、……もしかして?」

 何を言っているのか分からない修二は不思議そうに美来の顔をのぞき込んだ。

 「……やっぱり、なんでもない」

 と、美来は会話を中断する。いぶかしげな修二の視線が突き刺さる。


 「また、ここに来ちゃったんだね……」


 美来が修二に語りかけるようにそう言った。

 「どういうこと?」

 疑問形で返す。美来はとても寂しそうに顔をうつむかせた。そして、今度はニコニコ愛想笑いを浮かべて、

 「ゴメン。変なこと言っちゃった。私自身の話なのにね。何でもないから気にしないでねシュウ君」

 と照れくさそうに笑っていた。でも、どこかその笑いには冷たいものが感じられた。嘘くさい御託ごたくだった。

 すると、美来は服の中を漁る。そして、懐から鞘入りのナイフを取り出し、それを修二に差し出した。さやに入ったナイフは戦うことを目的に作られた『ファイティングナイフ』だ。

 修二は美来から受け取ると、

 「これをどこで?」

 と訊いた。美来は少し考えるようにして、

 「隆さんの家から」

 と言った。修二は「なんだ……」と気にすることなく、ナイフを腰に挿す。

 「あと、コレ」

 と美来は修二に手榴弾しゅりゅだんを一つ投げ渡す。修二がそれをキャッチすると、

 「発煙手榴弾スモックグレネードだよ。きっと何かの役にたつと思う」

 と美来の声が耳に入ってきた。修二は微笑んで、手榴弾を内ポケットに収めた。そして、美来は先行して歩きだす。

 「この辺の地形には詳しいのか?」

 訊くと、美来は驚いて背筋をぴんと張るって、固まる。

 「……うん」

 美来は寂しそうに言った。


 鎖で繋がれているかのような重々しい言葉で……。


 修二は美来の手が震えていることに気がついた。軽はずみで言ってしまったが、どうやら美来はこの戦場に因縁いんねんがあるようだ。

 でも、その因縁がどのようなものなのかは修二にはわからない。

 「シュウ君……? 私の顔に、ゴミでもついてるかな?」

 美来が恥ずかしそうにそう言った。気がつくと、修二は美来を見つめたまま止まっている。ハッとなって苦笑いする。

 「別に、な、何もついてないよ」

 美来は変な目で修二を見ていた。




 歩いていくとやがてコンクリート造りの階段が見え始めた。表面は風化と砂で黄色くなっている。

 怪しい階段を上りきると、周壁しゅうへきの上に立っていた。眼下には広場のような場所がある。周壁を左に行くと広場へと続くコンクリート加工の階段があった。

 奇妙な街並みだ。建物の壁を公道の階段に使うなんて、変わった街だった。

 「ここ、なんの為に階段なんて作ったんだろうな?」

 「一般市民が戦闘から逃走しやすくするめだよ」

 「へえ、でも登っている間に撃たれないの?」

 「違うよ。見つかった時、ここに階段のブロック塀があれば、階段をのぼる敵兵に死角が出来るでしょ? しかも、この周辺の建物は裏路地的なものが多くて迷路みたいになってるの。だから、敵兵が追ってきても隠れられる。時には、敵の足止めだってできるの」

 と、美来は説明した。デメリットしか感じられないこの謎の階段は『過去において』は多大なメリットを発揮していたようだ。

 確かに、建物と建物の間がとても狭いこの場所ならではの工夫でもあるような気がした。


 修二はそこから広場の様子を伺う。『回』の字に広がる階段。そこを下ると、平坦な土地に出る。

 そこには、ツボを持った女神像のある噴水があり、噴水の周りにはベンチもある。夜になれば絶好のデートスポットだ。

 しかし、現在その噴水の水は干上がり、黄色い砂が水のかわりになっている。女神像は風化してツボが斜めに割れ、片方の腕はもげ、足元に転がっている。周囲を囲うベンチはもうボロボロに崩れていて中には座れそうもない物もある。

 周囲の建物達がそれを無表情で見下ろしていた。

 「降りてみよう」

 と修二は言った。しかし、美来は頭を抱えて辛そうにうなり始めた。呼吸が次第に乱れてゆく様子がわかる。

 「どうしたの? 美来?」

 美来はひざまずき、辛そうにもだえていた。本当にやばそうだ。

 「大丈夫か、美来」

 修二は美来のかたわらに寄りう。持っていた旅行バッグをその場に置き、手で背中をさすった。

 「平気……」

 美来は平気そうもない声で答えた。

 「全然、平気じゃないよ。すごく辛そうだよ?」

 「やめて、シュウ君。あまり、私には、優しく、しない、ほうが、いい、よ」

 と美来は立とうとする。

 修二は頭を抑える美来を支え、立たせた。美来は高熱を出したようにふらつきながら歩き出す。すると、心配そうに肩を支える修二の手を振りほどいて、呼吸を整えて自分で階段を下り、歩き始める。

 足取りは重く、今にも転倒しそうだった。

 「無理するなって、今にも倒れそじゃないか」

 修二は美来を追いかける。支えようとすると、美来は修二のサポートを嫌がった。

 広場の噴水の前まで歩くと、ようやく美来は止まった。冷や汗まみれになった顔をこちらに向け、

 「もう、大丈夫……」

 と美来は辛そうに言った。修二はに落ちない顔で美来を見詰めた。

 「シュウ君? どうしたの? そんな顔しないで? 私なら大丈夫だから」

 と、美来が言ったその時だった。

 轟音ごうおんとともに修二の左側で建物の壁が飛んだ。方角で言うと、目的のタワーが北に位置するため、西だ。壁の大きな欠片が空中浮遊し、クルクルと回転しながら、東の階段に落ちた。鈍い音ともに、粉塵ふんじんが舞う。

 反対側からも妙な音が聞こえた。

 微粒子ちりを荒野の風は運ぶ。一瞬で視界が白い煙で埋めつくされた。息をすると粉塵が肺に入りむせ返りそうになる。

 瞬間、戦慄せんりつの銃声が木霊こだまする。反射的に修二は美来を庇護ひごし、床に伏せさせた。

 美来は修二の行動に驚いたようだったが、つべこべ文句を言うことはなかった。

 「始まったな」

 修二の口から自然とその言葉が漏れ出す。

 あらかじめ紛争地帯だと聞いていた所以ゆえんだろうか。修二は勃発ぼっぱつする市街戦を前に至って冷静でいられた。

 侵撃しんげきが走る様子を肌で感じ取った。煙の中からは銃声と足音と叫喚。そして、戦車のキャタピラの音が聞こえた。大型兵器を投入しているらしい。

 鼓膜を破壊しそうな轟音と共にそこら中で視界にオレンジ色の光が明滅した。恐らく修二と美来は戦火の中心部にいるのだろう。

 この銃声の戦慄からは逃げなければならない。そうでなければ今回の作戦は進まない。

 「走って!!」

 美来が叫んだ瞬間、修二はアサルトライフルを持って走る。

 どっちが敵でどっちが味方なのか分からない。

 見えない兵士たちは敵の殲滅せんめつに力を注ぎこみ、戦闘は激化する。銃弾が当たらないように願いながら修二は白い景色の中を走る美来を追う。

 所々、コンクリートの凹凸おうとつに足を取られて転びそうになった。

 一心不乱に美来を凝視して修二は走る。

 美来は建物を伝って移動しているようだ。地形に詳しいだけあって、行動に迷いはない。

 次々と戦車が外壁のコンクリートをえぐりながら顔を出す。瞬間、美来の行く先で壁が吹き飛んだ。

 古ぼけた建物相手にキャノン砲を叩き込んでいるようだった。暗射あんしゃしていると言ったほうが妥当だ。

 弾き飛んでくるコンクリートの破片から身を守りながら、修二は美来の背中を追う。


 もう少しで戦場から外れる。


 そう思うと修二の走る足は速くなっていた。


 きりの領域から脱出し、美来が止まってこっちらを振り向いた瞬間、修二は倒れ込んだ。

 「ガハッ!」

 呼吸も忘れ、安全地帯まで渡りきった修二は汗だくになった顔面でもやかすんだ空を見上げた。粉塵は空まで吹き上がっている。呼吸を荒らげながら、壁を背もたれにしてしゃがみこむ。

 美来は修二の隣に寄り添い、今にも泣き出してしまいそうな顔を伏せて座っていた。

 生きていることが奇跡に思えた。感激で言葉も交わせない。

 ふと、霧の中で戦っている兵士の姿が見えた。都市迷彩を施した迷彩服を来て必死に戦っている。

 敵か味方なのかは分からない。


 その時、追い打ちを掛けるかのように目の前から大きな影が出現した。

 絶句。

 茫然と見ていると、それは昨日、川へ向かう時に見た大きな影と同じくらいの大きさがあるように見えた。背中にはチャクラム状(真ん中に穴の空いた金属製の円盤)のカッターらしきものが取り付けられている。蜘蛛くものような八足を持った『金属の塊』が顔と思わしきおぞましい部位を修二に向けた。

 瞬間、前足の装甲が開く。その時修二は『殺される』と錯覚した。

 「こっちだ!」

 修二はうつむいている美来の手を掴んで道の奥へ走る。

 「ふえ? ちょっと!?」

 美来は驚いていた。


 しかし、いくら走っても銃弾は飛んでこなかった。見ると、あの大きな巨体は戦争に夢中だった。

 「何だ、あの巨体?」

 とりとめのない現実を突きつけられた修二は愕然がくぜんとする。力なくペタリとその場に腰を下ろした。

 隣にいる美来もすっかり疲れているのか、それとも気分が悪くなったのか、ばたりと力なくその場に跪いた。美来の吐息が修二の耳にも聞こえてくる。

 美来がふと顔を上げ、タワーへと続く道を眺める。瞬間、美来の動作が停止した。

 「シュウ君……」

 生気を失ったような声で美来は言った。修二は美来の視線を追う。すると、奥には小さい男の子が居た。

 「大変だ」

 助けようとすると、美来が止めた。美来は固まったままでうご動かない。

 「どうしたの? 美来?」

 周囲を見渡すものの、その男の子以外誰もいない。

 男の子は半袖、ハーフパンでやんちゃな子供の印象を与え、腰に手を当てて胸を張って立っている。至って普通の男の子だった。

 ただ一点だけ奇怪なことは、視線が修二を見下すようにジロジロと動いているところだ。それ以外はなんの変哲へんてつもない。

 (戦争の時代に生まれてきた子供はみんなこうなるんだろうな)

 と修二は視線を逸らすと、

 「いいよね、才能ある人間はさ?」

 「……」

 声自体は男の子だったが、疑問を持つような暗い声だった。寒気を感じた。たった一言の素朴でどうでもいい嫉妬しっとの言葉に。

 危険を察知した修二はアサルトライフルを構えた。だが、目の前にいる小さな男の子に発砲すると考えるとなんとも言えぬほど馬鹿馬鹿しい。

 銃を向けられても男の子はちっとも驚かない。きっと、たくさんの人から銃を向けられたのだろう。

 (何やってるんだ子供相手に僕は……)

 銃を下ろし、ペシペシと頬を軽く叩いた。

 しかし、修二に思いもよらぬ光景が飛び込んできた。


 男の子の背中から四本の薄い刃物が飛び出したのだ。


 「……!!」

 驚きに圧倒され、構える間もなく、固いものを切る音が周囲にとどろき、アサルトライフルが四等分される。残骸は無残にも地面に落ちた。

 「な、何だ!?」

 理解できない。美来は「あわわ」と震えている。一方で男の子を見ると、腕を組んで、四本のやいばを得意そうな顔をして遊ばせていた。

 すると、つまらなそうに男の子は冷笑を浮かべた。

 「誰だ? 一体、何者だ?」

 修二は尋ねる。すると、男の子はにやりと笑い、

 「僕の名は『マガ・ローター』。生まれた時から『人体改造』を施した『人造人間』だ」

 返す言葉が見つからない。


 『人体改造?』

 『人造人間?』


 衝撃の語句だった。男の子は聞き間違いでなければそう言った。

 「人体、改造だと?」

 「そうさ、僕の体の20%は金属でできているんだ」

 そう言って、体の一部のように自由自在にナイフの刃を操って、

 「勿論、こいつも体の一部だ」

 と言った。修二は男の子を見たまま唖然あぜんとする。

 (信じられない。なんなんだこの世界は? これが現実か!?)

 受け止めきれない修二の顔はにがり腐っていた。可哀想なのか憎悪なのかも分からない。

 「ねえ僕と勝負しようよ」

 言って、マガはナイフの刃を修二に向かって伸ばした。ナイフの刃は修二の心臓に向かって伸びてゆく。

 「シュウ君!」

 美来の声が轟く。と、反射的に修二は腰から美来に手渡されたファイティングナイフを抜き出し、それでマガのナイフの刃を止める。

 「へえ、少しはやるじゃん?」

 と、少し楽しそうにマガは笑って、

 「これはどうかな?」

 と、同時に三本のナイフの触手を伸ばしてきた。修二の手は一本しかないどうやって受け止めれば。

 「クソ……」

 修二は、受け止めていた触手の刃を上に押し上げ、その隙に横合いに飛んだ。鈍い音が轟く。ナイフはさっき修二のいた場所にズッポリと突き刺さっていた。レンガの路面に。

 「なんだよ。よけたらつまんないじゃん」

 マガは不満そうに言った。

 「まあ、いいや。こんなのはどうよ?」

 言って、四本の触手を器用に動かし、壁の側面を切り取って、それを四本の触手で持つ。

 (一体何をする気だ? どうせ子供の考えだ。盾でも作ろうとしているのだろう? それか、僕に向かって投げつけるか。そのどっちかだ)

 修二は甘く見ていた。

 マガ・ローターはそんな修二を愚弄ぐろうするように「キヒヒ」と笑い。

 「大変だ! 女に岩が飛んできたぞ!!」

 と叫んで美来にそれを投げつけた。途端に修二は目を丸くして、美来を見た。美来は全く動けるような状態ではなかった。

 「美来!!」

 そう叫んだとたん、いつの間にか体は動いていた。


 飛んでく岩よりも早く。


 膝を落としたままの美来を手で弾き飛ばす。

 「ヤッ」と美来は驚いて可愛らしい声を漏らした。


 修二の足はそこで止まった。


 隕石が修二の頭部を殴った。

 衝撃が大きい。まるでコンクリート地面に倒れたような感覚がした。視界が回る。

 修二は倒れた。

 空虚な物音が、荒廃した街に響いた。

 「シュウ……君……?」

 美来の愕然とした声が響く。次の瞬間、

 「シュウクウウウゥゥゥン!!」

 と美来の慟哭どうこくが町中に響きわたった。

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