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赤翼のワイダー  作者: 忍絵 奉公


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第78話 目なき男の記憶


席に着くと、しばらく誰も口を開かなかった。

店内は昼の賑わいに満ちているのに、四人のテーブルだけが切り離されたように静かだった。

やがて乞食が口を開く。

「まず聞きたい」

低く、だがはっきりした声だった。

「どこで、どうやって逃げた?」

アリューは一瞬だけシリューとユウを見る。

二人も無言で頷く。

隠しても仕方がない。

そう判断した。

「……火が回ってた裏からだ」

ゆっくりと思い出すように言う。

「あの時、シリューとユウを抱えて……そのまま抜けた」

乞食の体がぴくりと反応する。

「火の裏……か」

しばらく黙り込む。

そして、まるで確信に触れたかのように呟いた。

「あ……お前は……」

顔が上がる。

「アリューか?」

空洞の目がまっすぐ向けられる。

「タイリューの息子の……アリューなのか?」

アリューの心臓が強く打つ。

「え……」

思わず声が漏れる。

「父を……知っているんですか?」

前のめりになる。

「父は今どこに……!」

乞食は答えない。

代わりに、震える声で続ける。

「……そうか……」

そして、ゆっくりと首を巡らせる。

「ギンリューとアイの……息子と娘もいるのか……」

シリューとユウの背筋が凍る。

「どうしてそれを……」

言い終わる前に、乞食の頬を涙が伝った。

目はない。

それでも確かに涙だった。

「よく……あの日の海から逃げてくれた……」

声が震える。

「よく……生きて……」

言葉が途切れる。

アリューは唇を噛む。

本当は聞きたいことが山ほどある。

父のこと、この男の正体。

だが、今は違うと感じた。

まずは、この男の問いに答えるべきだと。

静かに口を開く。

「あの後……山で一泊しました」

ゆっくりと、一つずつ思い出す。

「行く当てもなくて……それで、村に戻ったんです」

その瞬間、胸の奥に押し込めていたものが蘇る。

焼けた匂い。

静まり返った村。

誰もいない現実。

「……でも、誰もいなかった」

声がかすれる。

「本当に……誰も……」

言葉が止まる。

アリューの目から涙がこぼれる。

それを見たシリューの目も潤む。

ユウも顔を伏せる。

三人の間に、同じ記憶が流れる。

重く、痛い沈黙。

その空気を切るように、明るい声が割り込む。

「ご注文はお決まりですか?」

店員だった。

何も知らない、いつもの調子。

アリューは一度深く息を吸い、顔を上げる。

「……ああ」

そして乞食の方を見る。

「好きなもの、食べていいですよ」

乞食がわずかに驚く。

「いいのか?」

「はい」

即答だった。

乞食は小さく頭を下げる。

「……すまんな」

だがメニューが見えない。

目がないのだから当然だ。

アリューが手に取る。

「俺が読む」

一つずつ、ゆっくりと読み上げる。

肉料理、スープ、パン、煮込み。

乞食はそのたびに反応する。

「それ……いいな」

「それも頼む」

結局、四種類ほど選んだ。

アリューは店員に伝える。

自分たちの分も適当に頼む。

シリューとユウ、ラ・セレールも軽く頷くだけだった。

店員が去る。

再び静寂。

だが先ほどとは違う。

重さの中に、確かな繋がりがあった。

この男は知っている。

過去を。

そして、おそらく父のことも。

アリューは拳を握る。

逃げたあの日から止まっていた何かが、少しずつ動き出している気がした。

やがて料理が運ばれてくる。

温かい匂いが広がる。

乞食は静かにその香りを吸い込む。

「……いい匂いだ」

その声は、どこか懐かしむようでもあった。

アリューはその様子を見ながら思う。

この男はただの乞食ではない。

間違いなく、自分たちの過去に深く関わっている。

そしてその確信が、次の問いを引き寄せていた。

父はどこにいるのか。

あの日、何が起きたのか。

その答えが、もうすぐ手に入るかもしれない。

そんな予感が、静かに胸の奥で広がっていた。



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