表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歓声のあとに ―忘れられた旗印―  作者: 草花みおん
第三章 大クスノキ襲撃

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/68

侵入者

孤児院の前――


石畳に広がる血の海。その中心に、ムギトの巨体が横たわっていた。


「ムギト……ムギトッ!」


ミレイナが震える手で夫の顔を覆う。血が止まらない。肩から、脇腹から、腿から――すべての傷口から赤黒い液体が流れ続けている。


「しっかりしてや……死んだらあかん……!」


リオは布を裂き、必死に傷口を押さえる。だが血は止まらない。布はすぐに赤く染まり、手がぬるぬると滑る。


「ムギト……お願い……目を開けて……」


ミレイナの声は涙で震えている。ムギトの顔は蒼白で、呼吸は浅く途切れ途切れ。かろうじて胸が上下しているが、それもいつ止まるか分からない。


「水……水を……」


リオが立ち上がろうとした、その時――


背後で、かすかな音がした。


扉が、ゆっくりと開く音。


ミレイナは振り返る。リオも振り返る。


そこに立っていたのは――バルゴ。


黒手団の斥候にして、誘拐を生業とする男。冷徹な目で、二人を見下ろしていた。


「……よう。番犬はもう、用済しみたいだな」


その声は冷たく、感情がない。


ミレイナは息を呑む。リオは小さく後ずさる。


バルゴはゆっくりと歩み寄る。靴が血溜まりを踏み、ピチャピチャと音を立てる。


「安心しろ。お前らは殺さねぇ。ガキどもも、今は要らねぇ」


その言葉に、ミレイナは眉をひそめる。


「……何が目的や」


「決まってんだろ。ルミナだ」


バルゴは薄く笑う。


「あの娘は、いい値で売れる。顔立ちも良い、気立ても良い。貴族の愛人か、金持ちの妾か――どっちにしろ、金になる」


「……!」


リオが声を上げる。


「ルミナを……売るつもりなの……?」


「そうだ」


バルゴは平然と答える。


「人身売買は儲かる。特に、こんな混乱の中ならな。誰も気づかない。誰も追ってこない」


ミレイナは歯を食いしばる。


「……させへん」


「ほう?」


バルゴは鼻で笑う。


「お前らに何ができる? 番犬はもう倒れてる。お前らは非力な女と子供だ」


その言葉に、ミレイナは立ち上がる。震える足で、バルゴの前に立ちはだかる。


「うちは……うちは、ここの子らの母親代わりや。子ぉを守るためなら、何でもする」


その声は震えていたが、目は揺らいでいなかった。


バルゴは目を細める。


「……邪魔するなら、容赦はしねぇぞ」


「かまへん」


ミレイナは腕を広げる。小さな体が、バルゴの前に立ちはだかる。


「ルミナは……この孤児院の、みんなの希望や。あの子を奪わせるわけにはいかへん」


リオも立ち上がる。震える足で、ミレイナの隣に立つ。


「私も……ルミナを守る」


二人の少女が、バルゴの前に立ちはだかる。


バルゴは舌打ちする。


「……面倒くせぇ」


その瞬間――


バルゴが動いた。


速い。あまりにも速い。


ミレイナの肩を掴み、壁へ叩きつける。ドンッと鈍い音。ミレイナが呻く。


リオが叫ぶ。


「やめて――!」


だがバルゴはリオの腕を掴み、同じように壁へ叩きつける。リオの小さな体が壁に激突し、息が詰まる。


「……邪魔だ」


バルゴは冷たく呟き、孤児院の奥へと進む。


地下への階段。そこへ、バルゴの足音が響く。


ミレイナは壁に背を預けたまま、震える手で立ち上がろうとする。だが体が動かない。痛みで視界が霞む。


リオも同じように、壁にもたれかかったまま動けない。


「ムギト……」


ミレイナが呻く。


だが、ムギトは答えない。ただ、血溜まりの中で、かすかに呼吸をしているだけ。


バルゴの足音が、階段を降りていく。


地下で、子どもたちの小さな悲鳴が聞こえた。


「いやぁっ――!」


「来ないで――!」


ミレイナは歯を食いしばる。涙が頬を伝う。


「ごめん……ごめんな……守れへんかった……」


リオも涙を流す。


「ルミナ……早く……来て……」


二人の祈りが、夜に溶けていく。


だが――


その祈りは、まだ届かない。


孤児院の地下で、バルゴの影が子どもたちに迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ