リリエンガルデ奮戦
「リリエンガルデが来たぞ!」
「これで街は救われる!」
兵たちの歓声が渦を巻く。
絶望が希望へと変わる。
広場を埋め尽くす炎の中、包囲されていた兵士たちの顔に血色が戻る。
その時だった。
地の底から唸るような低音が響いた。
ズシン、ズシン――
大地を叩く足音。
瓦礫を蹴散らして現れたのは、漆黒の鎧に身を固めた巨躯。
身の丈は人の倍近くある。
背負った巨斧は人間の胴体ほどの幅がある。
「……ザイラスだ」
誰かが青ざめて呟いた。
熱気を帯びていた空気が一気に凍り付いた。
「リリエンガルデだと?」
黒い兜の奥から響く声。
低く、重く、戦場そのものを圧した。
「……女ばかりの部隊か。まとめて斬り潰してくれる」
ズン――
巨斧が地面を叩いた。
石畳が砕ける。
亀裂が走る。
「全員、散開! 包囲陣形!」
ヴェイルが即座に指示を飛ばす。
隊長としての威厳ある声。
「マイ、配置は?」
「正面にサヤカとサキ、右翼にレイとアンリ、左翼にスズカとヒトミ、後方からセイカが射撃支援。サオは外周で待機。私は状況に応じて穴を埋めます」
マイが即座に答える。
ヴェイルが頷いた。
「聞いての通りだ。私は正面やや右でサヤカを支援する。各自、距離を保ちながら連携しろ。配置につけ!」
「了解!」
全員が一斉に動く。
サヤカとサキが正面へ。
レイとアンリが右へ駆ける。
スズカとヒトミが左へ散る。
セイカが後方の高い瓦礫に登る。
弓を構える。
サオが外周に下がる。
薬草ポーチを確認する。
マイは中央やや後方で全体を見渡す位置につく。
そしてヴェイルが、正面のサヤカの右側に立った。
円陣が完成した。
「任せときな!」
サヤカが槍を構える。
豪快な笑顔を浮かべたまま、地を蹴った。
ダッ!
「女だからって舐めんじゃないよ!」
槍が唸りを上げる。
ヒュンッ!
ザイラスの胸を狙う。
だが――
ザイラスの巨斧が、音もなく横薙ぎに振るわれた。
ブォォンッ!
轟音。
空気が裂ける。
衝撃波が石畳を砕く。
ガギィィンッ!
サヤカの槍が弾かれる。
「うわっ――!」
その体が宙を舞った。
ドガァンッ!
石壁に叩きつけられる。
サヤカが地面に崩れ落ちる。
「ぐっ……!」
背中から落ちた衝撃。
一瞬、息が止まる。
「サヤカ!」
サキが叫ぶ。
シュッ――
影のように踏み込む。
細身の剣がザイラスの脇腹を狙う。
隙を突く一撃。
ザシュッ!
だが――
カンッ!
鎧に阻まれる。
火花一閃。
「……っ!」
ドゴッ!
返す拳がサキの胸を打つ。
「がはっ……!」
その体が石畳を転がった。
ゴロゴロゴロッ――
「くそっ……硬ぇ……!」
サキが歯を食いしばって起き上がる。
肋骨に鈍い痛み。
おそらく打撲。
「右から行きます!」
レイが銀髪を翻す。
シュバッ!
長剣を一閃させる。
居合の構えから放たれる一撃。
「ボクも!」
アンリが小柄な体で地を蹴る。
ダダッ!
短剣を突き出す。
二人の連携攻撃。
だが――
ガキィンッ!
ザイラスは片手でレイの剣を受け止める。
ドゴッ!
足でアンリを蹴り飛ばす。
「きゃあっ!」
アンリの体が転がる。
ゴロゴロッ――
「アンリ!」
レイが叫ぶ。
だが――
ガッ!
巨斧の柄が振り回される。
ドガァンッ!
レイの体も吹き飛ばされた。
「くっ……!」
「左翼、突入!」
スズカが短槍を構える。
ダダダッ!
跳ねるように駆け込む。
「えいえいえいっ!」
小柄な体が素早く動く。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!
槍の穂先がザイラスの膝を狙う。
「任せて」
ヒトミが双湾刀を翻す。
シュルルルッ――
スズカとは逆のタイミングでザイラスの首元を狙う。
妖艶な笑みを浮かべながら。
二人の攻撃が交差する。
だが――
ズドォンッ!
ザイラスの足が踏み込まれる。
石畳が砕ける。
ドガガガッ!
衝撃波が広がる。
「うわっ!」
スズカが転がる。
ゴロゴロッ――
ヒトミも後退を余儀なくされる。
「矢、放つ!」
セイカが弓を引き絞る。
後方の高所から、戦場全体を見渡している。
ヒュンッ!
弦が唸る。
矢が風を切る。
ヒュンヒュンヒュンッ!
三本の矢が同時にザイラスの兜の隙間を狙う。
だが――
ザイラスは首を傾けただけで全てを避ける。
一本は手で叩き落とす。
パシッ!
「……虫が、うるさい」
セイカは唇を噛んだ。
「効いていない……?」
「態勢を立て直せ!」
ヴェイルが叫んだ。
軍刀を構えたまま、全員の動きを見ている。
「正面からは通じない。マイ、次の策は?」
「煙幕を使います。視界を奪って鎧の隙間を狙う」
マイが答える。
「ヒトミと私で左右から同時に」
ヴェイルが頷いた。
「行け。全員、注意を引く。サヤカ、サキ、正面を頼む」
「おうよ!」
サヤカが槍を構え直した。
「レイ、アンリ、右から圧力をかけろ。スズカ、左から牽制」
「了解!」
全員が再び動き出す。
ヴェイルは自ら前に出た。
「私が最も注意を引く。――来い、ザイラス」
「ヒトミ、準備はいい?」
マイが小声で聞いた。
「もちろん」
ヒトミが妖艶に笑う。
手の中に小瓶を転がす。
「マイ、左から行くわね」
「私は右から。同時に」
二人は視線を交わした。
次の瞬間――
パンッ!
煙が爆発的に広がった。
モクモクモクッ――
視界がゼロになる。
兵士たちの咳き込む声が響く。
「ごほっ、ごほっ……!」
「今よ!」
ヒトミとマイが同時に踏み込んだ。
ダッ、ダッ!
左右から交差する刃。
二人の呼吸は完璧に合っている。
マイの片手剣がザイラスの右脇を。
ヒトミの双湾刀がザイラスの左首筋を。
だが――
ザイラスは動かなかった。
煙の中で、彼は二人の位置を正確に把握していた。
「……甘い」
ブォォォンッ!
巨斧が回転する。
ゴウッ――
風圧で煙が吹き飛ぶ。
刃が迫る。
マイは地を蹴って後退した。
ザザッ!
間一髪。
靴底が石畳を削る。
だがヒトミは――
間に合わなかった。
ズバッ!
刃が頬を裂いた。
一瞬の静寂。
次の瞬間――
ブシャァッ!
血が噴き出した。
「――ッ!」
ヒトミの頬から、鮮血が糸を引いて飛び散る。
頬骨から顎にかけて、深く裂けた傷口。
皮膚が切れる。
赤い肉が露出する。
白い骨がわずかに覗く。
そこから血が止めどなく溢れ出す。
ボタボタボタッ――
血飛沫が石畳を赤く染める。
ヒトミの黒髪に赤い雫が滴る。
ヒトミの体がよろめいた。
「……っ」
片膝をつく。
ドサッ――
双湾刀が石畳に音を立てた。
カランッ……
「ヒトミ!」
マイの声が裂けた。
いつも冷静なマイの声に、初めて動揺が滲んだ。
「サオ!」
ヴェイルが叫んだ。
「ヒトミを後方へ! 全員、時間を稼ぐ!」
「はい!」
サオが駆け寄る。
ダダダダッ!
外周から戦場へ入る。
ヒトミの元へ。
ヴェイルは軍刀を構え直した。
「私が引きつける。サヤカ、サキ、正面を固めろ。レイ、スズカ、側面から圧力をかけ続けろ」
ヴェイルの黒髪が風に揺れる。
隊長としての威厳が、傷だらけの仲間たちを鼓舞した。
「ヴェイル、無茶するな!」
サヤカが叫ぶ。
だが、ヴェイルは既にザイラスへ向かっていた。
ダダダッ!
軍刀と小盾を使った防御戦。
一撃一撃を最小限の動きで受け流す。
ガキン、ガキン、ガキィンッ!
だが押されている。
「くっ……!」
ブォォンッ!
巨斧が振り下ろされる。
ガギィィンッ!
ヴェイルの盾が砕けた。
バキバキバキッ――
「ヴェイル!」
サヤカとサキが同時に飛び込む。
ダダッ、ダダッ!
ヴェイルを庇う。
ガギィィンッ!
二人の武器でザイラスの一撃を受け止める。
だが――
ドサッ、ドサッ――
二人とも膝をついた。
「重い……!」
後方。
サオがヒトミの隣に膝をついた。
「動かないで」
サオの手が、ヒトミの傷口に触れる。
ヌルヌルッ――
血が溢れている。
止まらない。
指の間から赤い液体が流れ落ちる。
「深い……でも、骨は……無事……」
サオは薬草ポーチから布を取り出す。
傷口に当てる。
「痛いわよ……」
ヒトミが小さく笑った。
血が唇を濡らしている。
「我慢して」
サオは布を強く押し当てる。
グッ――
ヒトミが小さく呻いた。
「くっ……」
「血を止める。じっとして」
サオの手が素早く動く。
布を何重にも重ねる。
圧迫する。
血が滲むが、徐々に流れが弱まっていく。
「……止まってきた」
サオが安堵の息を吐いた。
次に、薬草の粉末を傷口に振りかける。
パラパラパラッ――
ヒトミが歯を食いしばった。
「っ……!」
傷口が焼けるように痛む。
だが同時に、痺れるような感覚が広がる。
痛みが和らいでいく。
「痛み止めと止血薬。少し染みるけど……」
「平気……よ……」
ヒトミの声が震えている。
サオは包帯を取り出す。
ヒトミの頬から顎、首へと巻いていく。
グルグルグルッ――
素早く、的確に。
包帯がヒトミの顔の左半分を覆っていく。
「これで……とりあえずは、持つ」
サオがヒトミの目を見た。
優しい目。
「でも、無理はしないで。傷が開いたら――」
「分かってる」
ヒトミが双湾刀を拾い上げた。
「でも……行かなきゃ」
「ヒトミ……」
「マイが、戦ってる」
ヒトミが立ち上がった。
フラッ――
足元がふらつく。
血を失いすぎている。
サオが肩を支えた。
「本当に大丈夫?」
「……大丈夫じゃないけど」
ヒトミが笑った。
包帯の下から、わずかに血が滲んでいる。
「でも、行く」
前方。
マイは剣を握りしめていた。
ヴェイルの指示に従って動いている。
だが、心ここにあらず。
全員が傷を負っている。
このままでは――
ヒトミは大丈夫だろうか。
傷は深かった。
血が、あんなに……
「マイ!」
アンリの声が響いた。
「前!」
マイははっと我に返った。
ザイラスの巨斧が迫っていた。
ブォォンッ!
マイは咄嗟に横に転がった。
ゴロゴロッ――
ズドォンッ!
巨斧が石畳を砕く。
破片が頬をかすめた。
ヒュッ――
「くっ……集中しろ、私……!」
「マイ」
ヴェイルの声が響いた。
厳しいが、心配の色が滲んでいる。
「落ち着け。お前らしくない」
マイは唇を噛んだ。
そうだ。
冷静にならなければ。
参謀として――
「待って」
声が響いた。
マイが振り返る。
ヒトミが立っていた。
頬に包帯を巻き、血の跡を残しながら。
だが双湾刀を握り、戦場に戻ってきた。
「ヒトミ……!」
マイの目が見開かれた。
「戻るなんて……! その傷で……!」
「置いていかれるのは嫌なの」
ヒトミが微笑んだ。
包帯の下から、わずかに血が滲んでいる。
「それに……」
ヒトミがマイの隣に立った。
「あなた、泣きそうな顔してたわよ」
「泣いてない」
マイが即座に否定した。
「泣くわけない」
「ふふ……そう」
ヒトミが双湾刀を構えた。
「じゃあ、行きましょう」
マイは唇を噛んだ。
そして、頷いた。
「……無理はしないで」
「あなたもね」
二人は視線を交わした。
「揃ったな」
ヴェイルが全員を見渡した。
傷だらけだ。
だが、誰も退いていない。
「全員、聞け」
ヴェイルの声が響いた。
「こいつは強い。正面からでは勝てない」
「じゃあ、どうするんです?」
スズカが聞いた。
「連携だ」
ヴェイルが軍刀を掲げた。
「一人では勝てない。だが、十人なら――可能性はある」
「さすが隊長」
サヤカが笑った。
「言うねぇ」
「行くぞ。再び包囲陣形を組む」
ヴェイルが叫んだ。
「配置は先ほどと同じ。だが今度は、全員が同時に動く。一人が攻撃する瞬間、他の九人が別の角度から圧力をかける。隙を作らせない」
全員が頷いた。
「リリエンガルデ――十騎!」
レイが剣を構える。
銀髪が揺れる。
「ここに踏みとどまる!」
スズカが短槍を握る。
小さな体が力強く立つ。
「リリエンガルデの誇りにかけて!」
サヤカが槍を構える。
豪快に笑う。
「行くぞ、みんな!」
サキが大声で叫んだ。
「道はこじ開けるもんだ!」
セイカが弓を引き絞る。
気品ある声。
「無粋ですわ――射抜きます」
サオが短杖を握る。
優しく微笑む。
「大丈夫。みんな、守ります」
アンリが拳を握る。
幼い顔に決意を浮かべる。
「ボクだって、やれる!」
そして――
マイとヒトミが、並んで立った。
「最小の損害で最大の成果を」
マイが呟いた。
「震えてるの? ……可愛いね」
ヒトミが笑った。
十人の刃が、炎の光に煌めいた。
包帯を巻いた一人を含めて。
涙の跡を残した一人を含めて。
――彼女たちは、誰一人欠けることなく、そこに立っていた。
ザイラスが巨斧を構える。
「……まだ、来るか」
「当たり前だ」
ヴェイルが答えた。
「退くな、私が前に立つ」
十人が、同時に駆け出した。
ダダダダダダダダダダッ!
円陣が縮まる。
ザイラスを包囲する。
炎が揺れる。
鋼が鳴る。
戦場に、十の影が踊った。




