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歓声のあとに ―忘れられた旗印―  作者: 草花みおん
第三章 大クスノキ襲撃

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リリエンガルデ奮戦

「リリエンガルデが来たぞ!」


「これで街は救われる!」


兵たちの歓声が渦を巻く。


絶望が希望へと変わる。


広場を埋め尽くす炎の中、包囲されていた兵士たちの顔に血色が戻る。


その時だった。


地の底から唸るような低音が響いた。


ズシン、ズシン――


大地を叩く足音。


瓦礫を蹴散らして現れたのは、漆黒の鎧に身を固めた巨躯。


身の丈は人の倍近くある。


背負った巨斧は人間の胴体ほどの幅がある。


「……ザイラスだ」


誰かが青ざめて呟いた。


熱気を帯びていた空気が一気に凍り付いた。


「リリエンガルデだと?」


黒い兜の奥から響く声。


低く、重く、戦場そのものを圧した。


「……女ばかりの部隊か。まとめて斬り潰してくれる」


ズン――


巨斧が地面を叩いた。


石畳が砕ける。

亀裂が走る。


「全員、散開! 包囲陣形!」


ヴェイルが即座に指示を飛ばす。


隊長としての威厳ある声。


「マイ、配置は?」


「正面にサヤカとサキ、右翼にレイとアンリ、左翼にスズカとヒトミ、後方からセイカが射撃支援。サオは外周で待機。私は状況に応じて穴を埋めます」


マイが即座に答える。


ヴェイルが頷いた。


「聞いての通りだ。私は正面やや右でサヤカを支援する。各自、距離を保ちながら連携しろ。配置につけ!」


「了解!」


全員が一斉に動く。


サヤカとサキが正面へ。

レイとアンリが右へ駆ける。

スズカとヒトミが左へ散る。


セイカが後方の高い瓦礫に登る。


弓を構える。


サオが外周に下がる。


薬草ポーチを確認する。


マイは中央やや後方で全体を見渡す位置につく。


そしてヴェイルが、正面のサヤカの右側に立った。


円陣が完成した。


「任せときな!」


サヤカが槍を構える。


豪快な笑顔を浮かべたまま、地を蹴った。


ダッ!


「女だからって舐めんじゃないよ!」


槍が唸りを上げる。


ヒュンッ!


ザイラスの胸を狙う。


だが――


ザイラスの巨斧が、音もなく横薙ぎに振るわれた。


ブォォンッ!


轟音。


空気が裂ける。


衝撃波が石畳を砕く。


ガギィィンッ!


サヤカの槍が弾かれる。


「うわっ――!」


その体が宙を舞った。


ドガァンッ!


石壁に叩きつけられる。


サヤカが地面に崩れ落ちる。


「ぐっ……!」


背中から落ちた衝撃。


一瞬、息が止まる。


「サヤカ!」


サキが叫ぶ。


シュッ――


影のように踏み込む。


細身の剣がザイラスの脇腹を狙う。


隙を突く一撃。


ザシュッ!


だが――


カンッ!


鎧に阻まれる。


火花一閃。


「……っ!」


ドゴッ!


返す拳がサキの胸を打つ。


「がはっ……!」


その体が石畳を転がった。


ゴロゴロゴロッ――


「くそっ……硬ぇ……!」


サキが歯を食いしばって起き上がる。


肋骨に鈍い痛み。


おそらく打撲。


「右から行きます!」


レイが銀髪を翻す。


シュバッ!


長剣を一閃させる。


居合の構えから放たれる一撃。


「ボクも!」


アンリが小柄な体で地を蹴る。


ダダッ!


短剣を突き出す。


二人の連携攻撃。


だが――


ガキィンッ!


ザイラスは片手でレイの剣を受け止める。


ドゴッ!


足でアンリを蹴り飛ばす。


「きゃあっ!」


アンリの体が転がる。


ゴロゴロッ――


「アンリ!」


レイが叫ぶ。


だが――


ガッ!


巨斧の柄が振り回される。


ドガァンッ!


レイの体も吹き飛ばされた。


「くっ……!」


「左翼、突入!」


スズカが短槍を構える。


ダダダッ!


跳ねるように駆け込む。


「えいえいえいっ!」


小柄な体が素早く動く。


ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!


槍の穂先がザイラスの膝を狙う。


「任せて」


ヒトミが双湾刀を翻す。


シュルルルッ――


スズカとは逆のタイミングでザイラスの首元を狙う。


妖艶な笑みを浮かべながら。


二人の攻撃が交差する。


だが――


ズドォンッ!


ザイラスの足が踏み込まれる。


石畳が砕ける。


ドガガガッ!


衝撃波が広がる。


「うわっ!」


スズカが転がる。


ゴロゴロッ――


ヒトミも後退を余儀なくされる。


「矢、放つ!」


セイカが弓を引き絞る。


後方の高所から、戦場全体を見渡している。


ヒュンッ!


弦が唸る。


矢が風を切る。


ヒュンヒュンヒュンッ!


三本の矢が同時にザイラスの兜の隙間を狙う。


だが――


ザイラスは首を傾けただけで全てを避ける。


一本は手で叩き落とす。


パシッ!


「……虫が、うるさい」


セイカは唇を噛んだ。


「効いていない……?」


「態勢を立て直せ!」


ヴェイルが叫んだ。


軍刀を構えたまま、全員の動きを見ている。


「正面からは通じない。マイ、次の策は?」


「煙幕を使います。視界を奪って鎧の隙間を狙う」


マイが答える。


「ヒトミと私で左右から同時に」


ヴェイルが頷いた。


「行け。全員、注意を引く。サヤカ、サキ、正面を頼む」


「おうよ!」


サヤカが槍を構え直した。


「レイ、アンリ、右から圧力をかけろ。スズカ、左から牽制」


「了解!」


全員が再び動き出す。


ヴェイルは自ら前に出た。


「私が最も注意を引く。――来い、ザイラス」


「ヒトミ、準備はいい?」


マイが小声で聞いた。


「もちろん」


ヒトミが妖艶に笑う。


手の中に小瓶を転がす。


「マイ、左から行くわね」


「私は右から。同時に」


二人は視線を交わした。


次の瞬間――


パンッ!


煙が爆発的に広がった。


モクモクモクッ――


視界がゼロになる。


兵士たちの咳き込む声が響く。


「ごほっ、ごほっ……!」


「今よ!」


ヒトミとマイが同時に踏み込んだ。


ダッ、ダッ!


左右から交差する刃。


二人の呼吸は完璧に合っている。


マイの片手剣がザイラスの右脇を。


ヒトミの双湾刀がザイラスの左首筋を。


だが――


ザイラスは動かなかった。


煙の中で、彼は二人の位置を正確に把握していた。


「……甘い」


ブォォォンッ!


巨斧が回転する。


ゴウッ――


風圧で煙が吹き飛ぶ。


刃が迫る。


マイは地を蹴って後退した。


ザザッ!


間一髪。


靴底が石畳を削る。


だがヒトミは――


間に合わなかった。


ズバッ!


刃が頬を裂いた。


一瞬の静寂。


次の瞬間――


ブシャァッ!


血が噴き出した。


「――ッ!」


ヒトミの頬から、鮮血が糸を引いて飛び散る。


頬骨から顎にかけて、深く裂けた傷口。


皮膚が切れる。

赤い肉が露出する。

白い骨がわずかに覗く。


そこから血が止めどなく溢れ出す。


ボタボタボタッ――


血飛沫が石畳を赤く染める。


ヒトミの黒髪に赤い雫が滴る。


ヒトミの体がよろめいた。


「……っ」


片膝をつく。


ドサッ――


双湾刀が石畳に音を立てた。


カランッ……


「ヒトミ!」


マイの声が裂けた。


いつも冷静なマイの声に、初めて動揺が滲んだ。


「サオ!」


ヴェイルが叫んだ。


「ヒトミを後方へ! 全員、時間を稼ぐ!」


「はい!」


サオが駆け寄る。


ダダダダッ!


外周から戦場へ入る。


ヒトミの元へ。


ヴェイルは軍刀を構え直した。


「私が引きつける。サヤカ、サキ、正面を固めろ。レイ、スズカ、側面から圧力をかけ続けろ」


ヴェイルの黒髪が風に揺れる。


隊長としての威厳が、傷だらけの仲間たちを鼓舞した。


「ヴェイル、無茶するな!」


サヤカが叫ぶ。


だが、ヴェイルは既にザイラスへ向かっていた。


ダダダッ!


軍刀と小盾を使った防御戦。


一撃一撃を最小限の動きで受け流す。


ガキン、ガキン、ガキィンッ!


だが押されている。


「くっ……!」


ブォォンッ!


巨斧が振り下ろされる。


ガギィィンッ!


ヴェイルの盾が砕けた。


バキバキバキッ――


「ヴェイル!」


サヤカとサキが同時に飛び込む。


ダダッ、ダダッ!


ヴェイルを庇う。


ガギィィンッ!


二人の武器でザイラスの一撃を受け止める。


だが――


ドサッ、ドサッ――


二人とも膝をついた。


「重い……!」


後方。


サオがヒトミの隣に膝をついた。


「動かないで」


サオの手が、ヒトミの傷口に触れる。


ヌルヌルッ――


血が溢れている。


止まらない。


指の間から赤い液体が流れ落ちる。


「深い……でも、骨は……無事……」


サオは薬草ポーチから布を取り出す。


傷口に当てる。


「痛いわよ……」


ヒトミが小さく笑った。


血が唇を濡らしている。


「我慢して」


サオは布を強く押し当てる。


グッ――


ヒトミが小さく呻いた。


「くっ……」


「血を止める。じっとして」


サオの手が素早く動く。


布を何重にも重ねる。

圧迫する。


血が滲むが、徐々に流れが弱まっていく。


「……止まってきた」


サオが安堵の息を吐いた。


次に、薬草の粉末を傷口に振りかける。


パラパラパラッ――


ヒトミが歯を食いしばった。


「っ……!」


傷口が焼けるように痛む。


だが同時に、痺れるような感覚が広がる。


痛みが和らいでいく。


「痛み止めと止血薬。少し染みるけど……」


「平気……よ……」


ヒトミの声が震えている。


サオは包帯を取り出す。


ヒトミの頬から顎、首へと巻いていく。


グルグルグルッ――


素早く、的確に。


包帯がヒトミの顔の左半分を覆っていく。


「これで……とりあえずは、持つ」


サオがヒトミの目を見た。


優しい目。


「でも、無理はしないで。傷が開いたら――」


「分かってる」


ヒトミが双湾刀を拾い上げた。


「でも……行かなきゃ」


「ヒトミ……」


「マイが、戦ってる」


ヒトミが立ち上がった。


フラッ――


足元がふらつく。


血を失いすぎている。


サオが肩を支えた。


「本当に大丈夫?」


「……大丈夫じゃないけど」


ヒトミが笑った。


包帯の下から、わずかに血が滲んでいる。


「でも、行く」


前方。


マイは剣を握りしめていた。


ヴェイルの指示に従って動いている。


だが、心ここにあらず。


全員が傷を負っている。


このままでは――


ヒトミは大丈夫だろうか。


傷は深かった。


血が、あんなに……


「マイ!」


アンリの声が響いた。


「前!」


マイははっと我に返った。


ザイラスの巨斧が迫っていた。


ブォォンッ!


マイは咄嗟に横に転がった。


ゴロゴロッ――


ズドォンッ!


巨斧が石畳を砕く。


破片が頬をかすめた。


ヒュッ――


「くっ……集中しろ、私……!」


「マイ」


ヴェイルの声が響いた。


厳しいが、心配の色が滲んでいる。


「落ち着け。お前らしくない」


マイは唇を噛んだ。


そうだ。


冷静にならなければ。


参謀として――


「待って」


声が響いた。


マイが振り返る。


ヒトミが立っていた。


頬に包帯を巻き、血の跡を残しながら。


だが双湾刀を握り、戦場に戻ってきた。


「ヒトミ……!」


マイの目が見開かれた。


「戻るなんて……! その傷で……!」


「置いていかれるのは嫌なの」


ヒトミが微笑んだ。


包帯の下から、わずかに血が滲んでいる。


「それに……」


ヒトミがマイの隣に立った。


「あなた、泣きそうな顔してたわよ」


「泣いてない」


マイが即座に否定した。


「泣くわけない」


「ふふ……そう」


ヒトミが双湾刀を構えた。


「じゃあ、行きましょう」


マイは唇を噛んだ。


そして、頷いた。


「……無理はしないで」


「あなたもね」


二人は視線を交わした。


「揃ったな」


ヴェイルが全員を見渡した。


傷だらけだ。


だが、誰も退いていない。


「全員、聞け」


ヴェイルの声が響いた。


「こいつは強い。正面からでは勝てない」


「じゃあ、どうするんです?」


スズカが聞いた。


「連携だ」


ヴェイルが軍刀を掲げた。


「一人では勝てない。だが、十人なら――可能性はある」


「さすが隊長」


サヤカが笑った。


「言うねぇ」


「行くぞ。再び包囲陣形を組む」


ヴェイルが叫んだ。


「配置は先ほどと同じ。だが今度は、全員が同時に動く。一人が攻撃する瞬間、他の九人が別の角度から圧力をかける。隙を作らせない」


全員が頷いた。


「リリエンガルデ――十騎!」


レイが剣を構える。


銀髪が揺れる。


「ここに踏みとどまる!」


スズカが短槍を握る。


小さな体が力強く立つ。


「リリエンガルデの誇りにかけて!」


サヤカが槍を構える。


豪快に笑う。


「行くぞ、みんな!」


サキが大声で叫んだ。


「道はこじ開けるもんだ!」


セイカが弓を引き絞る。


気品ある声。


「無粋ですわ――射抜きます」


サオが短杖を握る。


優しく微笑む。


「大丈夫。みんな、守ります」


アンリが拳を握る。


幼い顔に決意を浮かべる。


「ボクだって、やれる!」


そして――


マイとヒトミが、並んで立った。


「最小の損害で最大の成果を」


マイが呟いた。


「震えてるの? ……可愛いね」


ヒトミが笑った。


十人の刃が、炎の光に煌めいた。


包帯を巻いた一人を含めて。


涙の跡を残した一人を含めて。


――彼女たちは、誰一人欠けることなく、そこに立っていた。


ザイラスが巨斧を構える。


「……まだ、来るか」


「当たり前だ」


ヴェイルが答えた。


「退くな、私が前に立つ」


十人が、同時に駆け出した。


ダダダダダダダダダダッ!


円陣が縮まる。


ザイラスを包囲する。


炎が揺れる。


鋼が鳴る。


戦場に、十の影が踊った。

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