士気を取り戻す声
街は炎に包まれ、倒壊した家屋の瓦礫が道を塞いでいた。
その中を、小柄な影が駆け抜ける。――でもいだ。
手には小刀、腰には石礫の袋。葉や羽根に仕込んだ細工を放ち、襲撃者の足元を惑わせる。だが彼の真の武器は、それらではなかった。
「……ここだ」
彼の目は建物の継ぎ目を射抜いていた。石組みの歪み、梁のわずかなたわみ。チェスタ人の父から叩き込まれた建築技術――それを今、破壊に転じる。
短く蹴る。ゴロゴロと瓦礫が崩れ、路地が塞がれる。梁に小刀を突き立て、カンッと石礫を打ち込めば、ミシミシと音を立てて、次の瞬間、ドガァンと屋根が崩れ落ち、襲撃者を押し潰した。
「ぐああっ!」
悲鳴が夜に響く。
直接倒した数は三十に満たない。全体の二割にも足りず、ほとんどは足止め。それでも、そのわずかな抵抗が街と孤児たちの命をつないでいた。
だが限界は近い。仕掛けは尽き、瓦礫も残り少ない。何より人々も領兵も、士気を失いかけていた。
「もう駄目だ……」
誰かの声に、でもいの心が折れそうになる。膝が落ちそうになるその瞬間、父の声と、ルミナの姿が胸に浮かんだ。
「まだ……まだだ……!」
その時。
ダダダダダッと蹄音が夜を裂いた。
極限まで駆けた二騎の馬が火花のように飛び込み、バッと銀と栗色の髪が闇を裂いて鮮烈に輝いた。
「リリエンガルデ……!」
誰かが叫ぶ。
「リリエンガルデ、参上!」
レイの澄んだ声が夜空を震わせる。
「旗印の乙女の名において、この街を守る!」
スズカが豪快に宣言する。
その声に、絶望に沈んでいた兵たちが一斉に顔を上げた。
二人は舞うように馬を降り立ち、シャキンと即座に剣を抜く。
銀と栗色の髪が月光を受けて輝き、白銀の鎧に刻まれた百合の紋章が炎を映して揺れる。
一人が斬りかかる。
ガキィンッ!
レイが正面から受け止める。銀の剣が弧を描き、火花を散らし、敵の剣を弾いた。その動きは無駄がなく、優雅ですらある。一歩も退かず、剣先で相手の動きを完全に封じる。
「はあっ!」
その隙を逃さず、スズカが横合いから踏み込む。ザシュッ!栗色の髪が風を切り、一閃で斬り伏せる。力強く、迷いがない。ドサッと敵が倒れる。
「一人! 次!」
背中合わせに立つ二人。ヒュンッと槍が横から突き出される。
「任せた!」
スズカの声に、レイが半身を返す。カンッ!銀の髪が流れるように揺れ、剣先で槍を滑らせる。完璧な角度。槍の軌道が逸れ、反動を利用してシュッと切り上げる。
その瞬間、スズカが地を蹴る。ダッ!槍の兵の懐に潜り込み、ドゴッと蹴りで石畳に沈める。
「二人!」
さらに三人目、四人目が迫る。
ガキィン、ガキィンッ!
レイは剣を縦に構えて受け止める。二本の刃を同時に受け、火花が散る。だが揺るがない。銀の髪が炎を映して輝き、その姿は一瞬、聖女のようにすら見えた。
「スズカ!」
「了解!」
レイが空間を作る。そこへスズカが踏み込む。ダダッと地を蹴り、ザシュッ、ザシュッと栗色の髪が弧を描き、斬撃で二人まとめて薙ぎ払った。ドサドサッと敵が倒れる。
「三人目ぇっ!」
彼女の豪快な声に、戦場が震えた。
「リリエンガルデはここにいるぞ!」
「この街は渡さない!」
二人の叫びが街路に轟くたびに、「まだやれる!」と兵たちの胸に火がともる。
五人目が背後から迫る。
レイが気配を察する。振り返らず、シュッと後ろへ剣を流す。ガキィンッ!金属のきしむ音。火花が散り、体を回転させる。銀の髪が円を描き、その動きは舞のように美しい。
その瞬間、スズカが飛び込む。ダッと地を蹴り、跳躍し、ザシュッと空中から斬撃で敵を吹き飛ばす。ドガァッと敵が石畳に叩きつけられる。
「見たか! これが私たちだ!」
彼女の高笑いに、領兵たちが「おおおっ!」と雄叫びを返した。
互いの刃は舞のように交錯する。ガキン、シュッ、ザシュッ!レイが受け、スズカが斬る。スズカが押し、レイが仕留める。正確さと豪快さ――二人の技が重なり、敵は次々に倒れた。
六人目、七人目が同時に襲いかかる。
ガキィンッ!
レイは剣を横に払い、一人の刃を弾く。その流れるような動きに、敵は体勢を崩す。
ドゴッ!
スズカがその隙に踏み込み、もう一人の胸を蹴り飛ばす。
「まだ行けるか、スズカ!」
「もちろん! 全然余裕!」
八人目が斧を振りかぶる。ブンッと風を切る音。
レイは身を低くし、斧の下を潜る。ヒュッと銀の髪が地面すれすれを滑り、ザシュッと剣で足を切る。ドサッと敵が倒れる。
九人目、十人目が群れで押し寄せる。
「数で来るか!」
スズカが笑う。栗色の髪を振り乱し、剣を振るう。ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ!一撃、二撃、三撃。力強く、迷いがない。ドサドサドサッと敵が倒れる。
レイは冷静に敵の動きを読む。ガキン、カンッと剣で受け、流し、隙を作る。その隙にスズカが斬り込む。完璧な連携。
戦場の空気は一変した。絶望に沈んでいた瞳に、再び光が宿る。倒れた者を支え合い、剣を握り直す者が次々に立ち上がる。
「リリエンガルデが来たぞ!」
「俺たちも続け!」
声が広がり、街に再び熱が戻っていった。
レイとスズカは背中を合わせ、息を整える。ハァ、ハァと荒い息。銀と栗色の髪が風に揺れ、白銀の鎧が月光を反射する。
「まだ来るわね」
「ああ、でも怖くない」
二人は剣を構え直す。シャキンと剣が鳴る。その姿は、まるで一つの花が二つの花弁で咲いているかのようだった。
銀と栗色。静と動。優雅と豪快。
対照的な二人が、完璧に調和している。
それがリリエンガルデ――百合の疾風騎兵。
戦場の熱気と喧噪の中、でもいは荒い息を吐きながら立ち尽くしていた。
小刀は血と煤で汚れ、力も尽きかけている。それでも、リリエンガルデの叫びが人々の士気を繋ぎ止めていた。
ほんの一瞬――「まだ持ちこたえられる」と胸に思った、その時。
瓦礫の隙間を抜けていく影があった。肩に担がれた小さな腕が、力なく垂れ下がっている。
「……あれは……」
でもいの目が見開かれた。子供を担ぐのは――かつて顔を知るチェスタ人、ドレヴ。
「なんで……お前が……」
血の気が引く。飢えに耐えながら食事を分け合った日々が脳裏をよぎる。だが、背に揺れるのは無力な子供の体だった。
「待て……ドレヴッ!」
ダダダッと崩れた瓦礫を踏み越え、必死に追う。だがドレヴは振り返らない。炎に照らされた背は黒々と揺れ、決意を帯びているかのようにすら見えた。
「子供を……どこへ連れて行くつもりだ!」
叫びは夜の喧噪にかき消される。火花の向こう、ドレヴの姿は路地の奥へ消えていった。
でもいは小刀を握りしめ、胸に重く沈む思いと共に、その影を追う。
だが、その先に何が待つのかは、まだ誰も知らない。




