孤児院の外にて
音が、流れを変えた。
群れの足音が大通りから南へ回り込む。その先には、孤児院の壁。子どもたちの寝息がまだ残る家。
「……まずい」
でもいは屋根の上で、瞬きの間に経路を組み替えた。孤児院にぶつかれば、中はもたない。隠れるしかない彼らを、暴力の波に晒すわけにはいかなかった。
襲撃者たちは群れの一部、十数人。笑いと火の匂いを先に走らせながら、門を蹴ろうとする。
でもいは屋根瓦を一枚、靴先で押した。
瓦は庭の外れに落ち、派手に砕ける。
「おい、あっちだ!」
二人が顔を上げ、門から目を離した。
その隙に、でもいは屋根を伝い、細い路地へ降りる。
背に括った麻袋を、あえて地面に引きずった。中身は乾いた骨と鉄屑。歩くたびにがらがらと音を立てる。
「獲物か?」「隠れやがったな!」
怒鳴り声が追いかけてきた。
よし、とでもいは思った。門から影が離れる。孤児院の壁から距離が広がる。
狭い路地の角で、でもいは干した洗濯物を竿ごと倒した。白布が風にばさばさと鳴り、足音が混乱する。
裏手へ抜け、さらに桶を蹴飛ばす。水が石畳を濡らし、追ってきた一人が派手に滑った。
「こっちだ! こっちにいる!」
獣じみた声が夜を裂く。
孤児院の方角は、もう背後になった。
でもいは息を詰め、別の角へと走る。狙いは市場通り。広くて、音が響きやすい場所。大勢が引き寄せられる。
途中で、わざと戸板を叩いた。
中の家人が驚きの声を上げ、襲撃者たちの意識はさらに散る。
「隠れてやがったか!」と叫びながら別の扉へ駆け寄る。
孤児院から、また一歩、遠ざかった。
屋根の影に戻り、でもいは孤児院の方を振り返った。
門は無事。窓も無事。中の子どもたちが、まだ息を殺していられる。
それを確かめて、胸の奥で小さく呟いた。
「持たせろ……俺が引きずる」
彼は再び走り出した。
影のまま、気配だけを餌にして、群れを孤児院から遠ざけ続けた。
追ってくる足音は途切れなかった。
石畳を蹴り、火の粉を散らしながら、笑い声と怒鳴り声が背を追う。
でもいは人の気配の消えた一角へ身を滑らせた。
日暮れとともに逃げ出した家々。窓は開きっぱなしで、食器が転がり、椅子が倒れたまま。
人はいない。いるのは、影と物音だけ。
「ここなら、壊していい」
心で呟き、でもいは軒下に潜った。
梁を支える柱の根を、手斧で二度、三度。木が軋み、砂がぽろぽろと落ちる。
追いすがる声が角を曲がると同時に、でもいは裏手の縄を一気に引いた。
どん、と建物が片側へ崩れる。
土壁が割れ、屋根瓦が滝のように落ちた。
前を走っていた三人が、咄嗟に声を上げる間もなく瓦礫の下敷きになり、埃に飲まれた。
後ろの者たちは立ち止まり、混乱して怒鳴る。
「罠だ! 罠が仕掛けてある!」
「人か!? 誰だ!?」
怒号が交わる。だが、前へは進めない。
崩れた壁が道を塞ぎ、瓦礫の山が音を立てて沈んでいく。
でもいは屋根伝いに移動しながら、次の狙いを定めた。
大通りに面した古い倉庫。大梁は湿気で弱っている。
中はすでに空。人は逃げた後だ。
梁に仕込んでおいた楔を蹴り抜くと、建物全体が呻いた。
次の瞬間、襲撃者たちが突っ込んできたところで屋根が潰れ、埃が夕闇を覆った。
「ぐわっ!」
「助け――!」
悲鳴が土煙に呑まれる。
生き残った者たちは互いに掴み合い、道を戻ろうとする。
でもいは高みからそれを見下ろし、唇を結んだ。
「人は救えなくても、街は使える」
孤児院から群れを遠ざけた。
崩れた建物が道を塞ぎ、孤児院へ戻る経路はもうない。
そのことを確認し、でもいはさらに影の奥へと消えた。
次の場所へ――次の罠を仕掛けるために。




