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歓声のあとに ―忘れられた旗印―  作者: 草花みおん
第三章 大クスノキ襲撃

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孤児院の外にて

音が、流れを変えた。

群れの足音が大通りから南へ回り込む。その先には、孤児院の壁。子どもたちの寝息がまだ残る家。


「……まずい」


でもいは屋根の上で、瞬きの間に経路を組み替えた。孤児院にぶつかれば、中はもたない。隠れるしかない彼らを、暴力の波に晒すわけにはいかなかった。


襲撃者たちは群れの一部、十数人。笑いと火の匂いを先に走らせながら、門を蹴ろうとする。


でもいは屋根瓦を一枚、靴先で押した。

瓦は庭の外れに落ち、派手に砕ける。


「おい、あっちだ!」


二人が顔を上げ、門から目を離した。

その隙に、でもいは屋根を伝い、細い路地へ降りる。

背に括った麻袋を、あえて地面に引きずった。中身は乾いた骨と鉄屑。歩くたびにがらがらと音を立てる。


「獲物か?」「隠れやがったな!」


怒鳴り声が追いかけてきた。

よし、とでもいは思った。門から影が離れる。孤児院の壁から距離が広がる。


狭い路地の角で、でもいは干した洗濯物を竿ごと倒した。白布が風にばさばさと鳴り、足音が混乱する。

裏手へ抜け、さらに桶を蹴飛ばす。水が石畳を濡らし、追ってきた一人が派手に滑った。


「こっちだ! こっちにいる!」


獣じみた声が夜を裂く。

孤児院の方角は、もう背後になった。

でもいは息を詰め、別の角へと走る。狙いは市場通り。広くて、音が響きやすい場所。大勢が引き寄せられる。


途中で、わざと戸板を叩いた。

中の家人が驚きの声を上げ、襲撃者たちの意識はさらに散る。

「隠れてやがったか!」と叫びながら別の扉へ駆け寄る。

孤児院から、また一歩、遠ざかった。


屋根の影に戻り、でもいは孤児院の方を振り返った。

門は無事。窓も無事。中の子どもたちが、まだ息を殺していられる。

それを確かめて、胸の奥で小さく呟いた。


「持たせろ……俺が引きずる」


彼は再び走り出した。

影のまま、気配だけを餌にして、群れを孤児院から遠ざけ続けた。


追ってくる足音は途切れなかった。

石畳を蹴り、火の粉を散らしながら、笑い声と怒鳴り声が背を追う。


でもいは人の気配の消えた一角へ身を滑らせた。

日暮れとともに逃げ出した家々。窓は開きっぱなしで、食器が転がり、椅子が倒れたまま。

人はいない。いるのは、影と物音だけ。


「ここなら、壊していい」


心で呟き、でもいは軒下に潜った。

梁を支える柱の根を、手斧で二度、三度。木が軋み、砂がぽろぽろと落ちる。

追いすがる声が角を曲がると同時に、でもいは裏手の縄を一気に引いた。


どん、と建物が片側へ崩れる。

土壁が割れ、屋根瓦が滝のように落ちた。

前を走っていた三人が、咄嗟に声を上げる間もなく瓦礫の下敷きになり、埃に飲まれた。

後ろの者たちは立ち止まり、混乱して怒鳴る。


「罠だ! 罠が仕掛けてある!」


「人か!? 誰だ!?」


怒号が交わる。だが、前へは進めない。

崩れた壁が道を塞ぎ、瓦礫の山が音を立てて沈んでいく。


でもいは屋根伝いに移動しながら、次の狙いを定めた。

大通りに面した古い倉庫。大梁は湿気で弱っている。

中はすでに空。人は逃げた後だ。


梁に仕込んでおいた楔を蹴り抜くと、建物全体が呻いた。

次の瞬間、襲撃者たちが突っ込んできたところで屋根が潰れ、埃が夕闇を覆った。


「ぐわっ!」

「助け――!」


悲鳴が土煙に呑まれる。

生き残った者たちは互いに掴み合い、道を戻ろうとする。

でもいは高みからそれを見下ろし、唇を結んだ。


「人は救えなくても、街は使える」


孤児院から群れを遠ざけた。

崩れた建物が道を塞ぎ、孤児院へ戻る経路はもうない。

そのことを確認し、でもいはさらに影の奥へと消えた。

次の場所へ――次の罠を仕掛けるために。



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