30. またしでかしたのでしょうか
こんばんは。よろしくお願いします。
ひとけのない学園の食堂で、私は「食堂のおばちゃん特製」のまかないスイーツをつついていた。ぼんやりとながめながら、ちびちびと口に運んでは飲み下す。
誰もいないからと半ば無理矢理に相伴させていたマリさんが、ハンカチを目に当てた。
「ルルーシュお嬢様……。あのお嬢様が甘い物を目前にしているというのに興味なさげだなんて……!普段なら目を爛々とさせて嬉々と召し上がるところですのに……。お元気のないお嬢様を見ると涙が……」
「え?……あ」
手元に目を落とすと、そこにはボロボロにつつかれたスイーツの残骸があった。な、なんてことをしてしまったんだ!ちゃんと全部キレイに食べますから!
「ぼんやりしてるねぇ、ルルーシュちゃん」
お茶のおかわりを持ってきてくれた食堂のおばちゃんが、私の向かいの空いた席にどっこらせと腰を下ろした。
このおばちゃんはメルロさんという。私は、実は料理人の家の出であることを明かし、時々こっそりとこうしてメルロさんたちと料理談義などしながらお茶を楽しんでいるのだ。
「どうしたんだい?体の具合でも?」
「いえ、元気です、メルロさん!ごめんなさい、作っていただいたのにこんな食べ方したりして」
「そうだねぇ、それもそうなんだけど、なんかあったのかい?珍しい」
私はもう一度、手元の残骸に目を落とした。メルロさんとマリさんが顔を見合わせている。
そう。なにかあるといえば、あった。
それは、ある日私がヨーエンギーの家にいた時、妖精おばさまその三、イリーマーサ・ケンドルクロール様が私を訪ねてきたことだった。イリーマーサ様と二人だけで会うのは初めてだった。おばさま方は大抵、三人一緒だから。
「どこから話したものかしら」
そう言ってしばらくは、イリーマーサおばさまは膝の上に組んだ自分の手袋の指先をしばらく眺めていた。私は黙って、おばさまが口を開くのを待っていた。
「私の夫のこと、どのくらい知っているかしら……」
おばさまが頬に手を当てながらしんみりというもんだから、私は驚いてしまった。なんの話やらと身構えていたのに、まさかの家庭内の話?
「その、あまりくわしくは……」
おばさまの旦那様は、お義父様の二人いるお兄様の下の方だ。ずいぶんな放蕩をしていると聞いている。けど、その奥さんにそんなこと言えないよね。
「……いいのよ、夫がいくつになってもフラフラしていて家に寄りつかないのは有名ですものね。それで、私たちの間に子供はできなかったけど、あの人の婚外子を三人もらって育てているの」
知っていた。三人もらったといっているけど、実際には他にもたくさん支援している子がいるらしい。なのに、イリーマーサおばさまがご自身で産んだ女の子はさっさと手放してよそで育てさせてるんだって。もう、なんといっていいのやら。おばさまそのニのマリーフォリアおばさまみたいに次々に恋人をつくるのよりも、イリーマーサおばさまの方がスゴかったのかとびっくりしたものだった。
わたしはただ、「はあ」とだけ答えた。おばさまは悪意があってそんな風にしているわけではなく、それがこちらでは普通なんだろうけど、価値観がこうも違うと私の手に余る。その話題にはできるだけ触れずにこれまで交流してきた。
「ルルーシュちゃんは、将来のことをどんな風に考えている?」
ん?話がみえないぞ?
「学園を卒業したら、さらに上の学校に進学する予定ですが……」
「その後は?」
「未定ですが、研究機関に興味があります」
「誰かに嫁いだりは?」
「今のところ視野に入れていません」
「それは、あの方が帰ってくるのを待っているの?あの方と将来の約束でもした?」
「え?」
誰のことだ!?
「……言いにくいんだけど、モルズベリー様は隣国の有力者の娘さんと婚約なさったのよ」
それも知っていた。サディくんが知らせてきたのだ。モルズベリー様は隣国内を転々としながら勢力を大きくしていく過程で、有力者の娘さんと婚約することで後ろ盾としたのだ。
モルズベリー様が政略結婚かぁ、あらゆる手を使っているのだなと思い、少々引かなくもなかった。できることならそのご令嬢と穏やかであたたかい家庭を持っていただきたいものだ。
ん?待てよ?なぜここでモルズベリー様の話題が?つまり?
「だから厳しいことをいうようだけど、あの方を待っていてもダメなのよ。もう新しい人を見つけないと」
……えーと。
つまりだ。
ええええ!?私、そんな風に思われてたの!?私に婚約者がいないのは、モルズベリー様を待っているから!?
いやいやいや、まさか。
あっけに取られて二の句が告げない私を、どうやらおばさまは図星を指されて絶句していると思ったらしい。猫撫で声を出した。
「それで、うちの養子たちもそろそろ適齢期だし、ルルーシュちゃんなら私も賛成なのよ。どう?養子たちに一度、会ってみてくれないかしら」
食堂のメルロおばさんもマリさんも、口を挟まず私の話を聞いてくれた。
「私、お見合いだなんて……」
私が顔をしかめると、メルロさんは腕組みをした。
「そうか、それなら、ただの親戚の顔合わせだと思って、一度くらい会ってみりゃいいじゃないか」
「でもその気もないし、絶対にお断りするのに」
「絶対に?」
「絶対です」
「絶対だなんてルルーシュちゃん、噂になったって人を本当に待っているわけじゃないんだろ?さては、他に好きな人でもいるのかい?」
好きな人?私は一瞬、戸惑った。するとメルロさんはニヤッと笑った。
「今、誰か思い浮かべただろ」
またか。私は全身が真っ赤になったような気がした。サディくんも、危険が迫った時に思い浮かべた人のことをよく考えろっていってた。
ええ、ええ。考えましたとも!よーーく考えた!そればっか考えていたと言っても過言でない。否定しても否定しても、気持ちが湧き上がってくるんだもの。
ちくしょーー!わかってるよ!
好きですとも。オリバーくんが!
なんでこうなった!!?
オリバーくんに一時期、距離をとられて、ほとんど会わなくなって寂しくて、自分の気持ちをこれ以上、無視できなくなってしまった。自分に大声で、「いやいや、ないわ!ダメでしょ、なにやってんのハル!」って叫んじゃった。
でも自覚したからって、なにもするつもりはない。
オリバーくんは今でも、私に悪いことしたと思ってるらしい。それっぽいことを時々ほのめかす。以前にも、償いがしたいって言ってた。だから、もし私が気持ちを伝えたら、オリバーくんは私の気持ちに応えようと努力しそうだ。そんなの嫌だ。それに、罪悪感を利用して縛り付けたところで、うまくいくはずない。私の長い人生経験がそう告げている。いつか破綻するんじゃないかとビクビクしながら過ごすことになる。それはお互い不幸じゃないか?
赤くなったり落ち込んだりと、百面相をする私を、メルロさんはからかいと憐憫と慈愛の混ざった眼差しで見返してきた。いや、ほぼからかいの目だ、アレは。
「……まあ、アレだ、頑張んなね」
応援されている気はしないし、応援されても困るのでした。はい。
その後、イリーマーサおばさまからの誘いも断れず、結局三人とお会いした。三人の母親は(それぞれ違う人だが……)庶民の出で、三人も幼い頃は市井で暮らしていたらしい。だから、三人と気が合う部分もあるかなと思っていたんだけど。
そのうち二人は、私の後ろにヨーエンギーやケンドルクロールをみているのがバレバレだった。話が全く合わずチグハグで、その場にいたイリーマーサおばさまも、こりゃダメだと思ったようだった。
うん、この子たちをなんとか貴族と縁付けようとするよりも、まずはそれぞれ自立できるように教育する方がいいと、私は思うぞ。
最後の一人は、話が弾んだ。なんとなれば彼には想い合う幼馴染がいて、いずれ彼女(商人の娘なのだとか)の家に婿入りしたいと思っているのだとか。あちらの両親は大歓迎でも、こちらは渋い顔。イリーマーサおばさまは慌てて私との縁談をゴリ押しして来たというわけだ。彼には事情を説明されて、申し訳ないけど私とのお見合いはお断りさせてもらいたいと言われた。よくわからないうちにフラれたような形だが、私は安心して下町の話なんかをすることができた。それに、彼はサディくんを知っていた。
話の弾む私たちの様子を遠くから覗き見していたおばさまは満足げだったけど、ごめんなさい。サディくんと下町の話で盛り上がっていただけなのです。
そんなある日、オリバーくんと私は連れ立って公園に来た。いつもの公園だ。サディくんから連絡が入った時、私たちはこうして公園で会い、情報交換する。しばらく話したら真っ直ぐ帰る。そんなことが何回か、行われていた。
「久しぶりだねルルーシュ嬢。元気だった?」
「はい、オリバー様も。お呼びたてしてすみません」
そういって、サディくんからの私宛ての手紙の中にあったオリバーくんへの手紙を手渡した。私宛てのよりずっと重い。オリバーくんはその場で封を切ると目を通した。
「ありがとう、ルルーシュ嬢。サディは元気にやっているようだ」
「そうですか……」
もう少し詳しく教えてくれてもいいのに。それに、いつ帰ってくるんだろう。
「オリバー様はもう、私をハルとは呼んでくださらないんですね」
私はよく考えもせず、ふと思い浮かんだことを口に出した。オリバーくんはちょっと驚いたように手紙から顔をあげた。
「貴族の淑女に失礼だろ?」
「そうなんでしょうけれど、でもなんだか寂しいです」
「……そう?嫌?ルルーシュ嬢って呼ばれるの」
「ルルーシュというのはヨーエンギーに入る時に付けられた名前で……、ルルやハルに比べると、なんていうか、表向き用というか、公的というか」
オリバーくんはちょっと考えた。彼はますます背が伸びて、全然伸びない私はちと悔しい。
「じゃあ、ルルーシュ嬢が敬語を外してくれたら、俺もハルちゃん、って呼ぶよ」
またハルちゃんと呼ばれて、全身の血が顔に集まったような気がした。うっ、その笑顔やめてーー!
って、ちょっと待て。落ち着け私。
「え?敬語?」
「そう。サディに話すみたいに」
「そ、そんなの無理です!」
オリバーくんはちょっと悲しそうな顔をした。
「でも俺、割と君のことをルルーシュって呼ぶの、気に入っているんだけどなあ」
え、そうなんだ。ちょっとショック。「ハルちゃん」はダメなんだ。
「俺だって、サトーと呼ばれるよりはオリバーと呼ばれたいからね。なんでか、わかる?」
私はよっぽど、困惑したり絶望したりで、おかしな顔をしていたんだろう。オリバーくんは、ほがらかに笑い出した。彼のこんな笑い声を聞くのは久しぶりだった。それだけで心があたたかくウキウキしてくるのだから、私も相当、重症だ。
「俺も君から敬語を使われると寂しいよ。少しずつ外していってほしいな。俺も、妥協案として君をルルって呼ぶことにするよ。そう呼ぶのは食堂の親父さんくらいだろ?」
食堂の親父さんというのは料理人のアート父さんのことだ。私はこくりとうなずいた。
「はい、その、少しずつ、頑張ります」
オリバーくんは目を細めて私をじっと見ると、昔みたいに頭を撫でてくれた。嬉しい。
嬉しいけど……、喜んじゃいけないんだった。なにやってんの、私。
気分の上下が激しすぎ。酔いそう。しっかりしなきゃ、馬鹿だな私。
そうそう、馬鹿で思い出した。
「あの、サディくんからの私宛ての手紙なんですけれど」
オリバーくんはちょっと目を見張ったけど、すぐに真剣な顔になった。
「うん、なんて書いてあった?」
「それがその……」
手紙の内容を自分からは言い出しにくくて、私は手紙をオリバーくんに差し出した。そこにはたった一行。
『なにやってんだよハル。馬鹿』
改めて読んで、私は改めてがっくりと肩を落とした。
「私、なにかまた、しでかしましたでしょうか……」
オリバーくんは、私と手紙文とをしばらく見比べていたが、そのうち苦笑した。
「さてなあ。心当たりは?サディになんか、いわれてる?」
「そうですね、料理の腕を落とすなって言われてます」
あと、オリバーくんへの気持ちと向き合えっていわれているけど、とても本人にはそんなこといえない。
「サディがいうのは、君が見合いをしたことだと思うよ、ルル」
ルルと呼ばれて心臓が跳ねた。ハルと呼ばれるのとはまた違う跳ね方だった。
「あ、ええと、お見合いというか、イリーマーサおばさまの養子の三人を、紹介されはしたんですけど」
「うまくいかなかったのか」
「お見合いとしては、はい。話が合わなすぎて壊滅的でした。でも、親戚として接する程度なら問題ないと思います」
将来のケンドルクロールの当主に、親戚間が仲悪いと思われたら大変だ。
「……レンノの奴とはずいぶん楽し気だったって聞いてるけど」
レンノ?誰だ?
ああ、商人に婿入りする彼か。そういや、そんな名前だったっけ。
「彼はサディくんを知っていたらしくて。共通の話題があったので」
「サディか。アイツめ」
オリバーくんがつぶやいた。
「サディくんが、なにか?」
「いや……。ルル、料理は続けてるのか?」
オリバーくんは唐突に話題を変えた。
「料理?はい、やっぱり淑女としては、よろしくないことなんでしょうか」
「そんなことないさ。そのうち、俺もルルの朝メシを食わせてもらおうと思ってね。サディの代わりに。腕が落ちないように協力するよ」
それは嬉しい。
「はい、お待ちしてます、じゃなくて。その、ま、待ってるね」
オリバーくんは破顔した。眩しい。
淑女の礼をとる私に、軽く手を挙げると彼は帰って行った。その背中を見送りながら、私はため息をついた。そうして考えた。
オリバーくんは現在の私のこと、どんな風に思っているんだろう。世話のやけるイトコかな。そうだろうな。
自然とまたため息が出た。
ありがとうございました。
あと一話で終了って時に、新キャラが二人も(笑)。
次回もどうぞよろしくお願いします!




