31.黄金時代
ついに最終話となりました!どうぞよろしくお願いいたします!
私の目の前には、どう見てもくたびれたおじさんが一人。この人は、なんていうかこう、あちこちユルんでいる感じがする。
突然やってきたこのおじさんは、文字通り私の伯父さん。お義父様の下のお兄様、のはずだけど……?似ているところは、探せばいるかな?いるけど気付かないかな?という程度。お義父様とそう年も変わらないはずなのに、老けている。お義父様よりもずいぶんと年上に見えるのだ。長年の不摂生のせいだろうか。
これが本当に、妖精その三のイリーマーサおばさまの夫で、長年派手な浮名を流している人物なんだろうか。はっきり言って、こんな男に女性が群がるなんて、気がしれない。
男はどろりとした目をあげて私を見た。
「うちのアレに頼まれてね。そうそう無碍にもできないので来てやったんだ。
アレが育ててる子供たちと縁談があるらしいが、どれでも好きなのを選んでいい。早めに決めてくれ。
ああ、ルカイヤ、今日は小言はやめておいてくれよ、いつものねちっこい嫌味なんか、そこの娘に聞かせたくないだろう?」
おじさんはお義父様にむかって、ほざきやがった。
……えーっと、はい。
もうやっつけちゃっていいですかね。
私はお義父様を見上げた。お義父様は苦虫を口いっぱい噛みつぶしたような顔で私に頷き返した。
お義父様の許可(?)も出ましたので、やっちゃいます。
私はまず深く息を吸った。
「では、お義父様に代わり、私から申し上げますね。
まず、「アレ」というのがあなたの奥様のイリーマーサおばさまのことで、「アレが育てている子供」というのが、あなたがよそでつくってきたにも関わらず、おばさまが大切に養育している、あ!な!た!の!!お子様方のことでしたら、そちらとの縁談はとっくにお断り申し上げました。イリーマーサおばさまからも了承をいただいています。アレから頼まれたとは、一体いつの話です?」
おじさんは目をぱちくりさせた。まさかこんな小娘からあからさまに糾弾されるとは思っていなかったのだろう。いや、表面上はにこやかに話してますよ、表面上は。
「そんな風にいじめないでくれよ。おじさんはかわいそうなんだよ。当主の座は兄貴に渡ったし、お前の父親は弟なのに独立して、おじさんはさせてはもらえなかった。わずかな年金を渡されるだけなのに政略結婚はさせられた。なんでおじさんだけ、こんな目にあわなきゃならないんだ。ひどいだろう?もう少し優しくしてくれなきゃ」
おじさんは芝居がかった様子でしゃべり続けた。
……ははーん。これがこの人の手なワケだ。あわれっぽく訴えて同情する女性たちを引っかけて、全力で寄りかかって世話してもらうんだな。
こういうのに引っかかるのは、庇護欲とか母性とか同情心とか奉仕の心に厚いような女性たちだろうけど、それにしたってこんなの(失礼)に依存されては、どんな女性でも長続きしないんだろう。だからすぐ別れて次の女性というパターンなんだな。しょーもな。
おじさんの言葉は、私にはちっとも響かなかった。「なにいってんだコイツ」としか思えない。むしろ向かっ腹が立つ。年金もらっとるやろ。税金だぞ庶民の。仕事しろや。
このおじさんにマシなところがあるとしたら、離れていく女性に執着せず次を探すところだろうか。おじさんには貴族年金が支給されているし、いざとなればイリーマーサおばさまのところに帰ればいいし、執着する必要性もないからかも。それを差し引いても、十分、しょーもなすぎると思う。
お義父様の顔を見ると、私を心配そうにみていた。「絆されるなよ」といいたいのだろうか。
絆されませんよ、この手の類に。
しばらくペラペラと喋っていたおじさんは、「こんな不遇なら、せめて理想の女性と結ばれたかったよ」と締めくくった。
「……。へえ、理想の女性ですか。どのような方のことなんです?」
私が聞くとおじさんはニヤッと片頬をあげた。
「そうだね、まずはもちろん、慎ましやかで、ボクに小言を垂れたり意見を押し付けたりしないことだね。それに、なんでも後押ししてくれないとなあ。ボクを支えて、ボクをたてて、ボクに寄り添ってくれるような、そんな天女のような女性を、生涯をかけて探しているんだよ」
そんなような答が返ってくるだろうとは思っていたが、ここまでとは。容赦は必要ないらしい。
「なーんだ!つまり、それってイリーマーサおばさまのことですね?」
私はさも驚いたように明るくいってやった。
おじさんはアゴを落として口を大きく開けた。
「え?だってそうでしょう?おばさまは、帰ってこない夫に文句も言わず、夫がよそでつくってきた子供たちを慈愛を持って育てて、家を切り盛りして、社交もこなして、愛してもいない夫に尽くしてるんですよ。ほら、天女じゃないですか。こんな天女、地上には唯一無二です。他にはどこにもいやしません。それがおじさまの奥様だなんて、よかったですね!おじさま!」
おじさんは、天地がひっくり返ったかのような顔をしてた。それからじわじわと、顔どころか体全体を真っ赤に染めていった。羞恥か、怒りか、後悔か。
でも、いまさら天女にすり寄ってみたところで、おばさまは、とっくの昔にあなたを見限ってますよ。何十年か、遅すぎます。ざまーあ!あ、失礼。つい本音が。うふふ。
いや、そんなこと、心の中でしか言いません。
おじさんは自虐気味に笑うと立ち上がり、扉に向かって歩き出した。
「ルルーシュ嬢」
扉の前で、おじさんは立ち止まった。
「俺にも昔、愛していた人がいた。何度も情まで通じていたのに、その女は兄貴に鞍替えした。立ち直れなかったよ」
「兄上!」
お義父様が鋭く遮った。
ええ!それって、誰のこと?情まで通じてっていうのはつまり、そういうことだよね?っていうことは、誰だろう。
私の頭の中で、一人の人物が浮かんだ。会ったこともない、もう亡くなった女性だ。まさかね。
お義父様がものすごく怖い顔で私を睨んだ。詮索するなってことだろう。
「ま、つまりだな、想いを寄せている人がいるなら、捕まえるなりキッチリとフラれるなりしておかないと、何十年経っても理想化したりして引きずるってことだ。伯父としてのありがたい忠告だよ。数多の恋人を渡り歩いてきた人間からの言葉を心に留めておくんだな」
「娘にろくでもないことを聞かせないでくれ」
お義父様が延々と続きそうなおじさんのスピーチをぶった斬った。おじさんは肩をすくめた。
「あ、そうそう、最後にもうひとつだけ」
ドアノブに手をかけながらおじさんは振り返った。
「アレ……、マーサとボクの娘だが、兄貴のところの後継に嫁がせるつもりだ」
マーサとはイリーマーサおばさまのことか。
おじさんのお兄さんの後継って……。オリバーくんじゃないか!
「元々そのつもりで、家格のある家に預けているんだ。幼い頃からね。日取りが決まったら招待状を送らせてもらうよ、楽しみにしていてくれ」
おじさんはニヤニヤと笑うと、今度こそ扉を開けて出て行った。
私が自分を取り戻して、なにを言われたのか理解するには、しばらく時間が必要だった。
オリバーくんに縁談か。
私にすら縁談はあるんだから、オリバーくんにはきっと、降るようにきているのかもしれない。
そりゃそうだよな。そうだけどさ。ちょっと泣いてもいいかな?
そうして私は、ほんのちょっぴり、ちょっぴりだぞ!ちょっとだけ泣いてから考えた。考えているだけでも、オリバーくんが以前、「ハルちゃんの「私考えた」は、いつも嵐を呼ぶから怖い」と言っていたことを思い出す。なにをしていても、そういえばオリバーくんはあの時はこう言ったとか、オリバーくんは、あんなことをしていたとか……。そんなことばかり思い出した。
これはいけない。これは、とてもよろしくない。
おじさんはしょーもない人だったけど、言っていたことに同意できる点もあった。居心地悪いし恥ずかしいけど、ここはすっぱりフッてもらって、踏ん切りをつけないと、確かにずっと引きずりそうだ。
ここはキッチリとカタをつけましょう。
まずは、勇気を出して気持ちを伝えて、だからといって罪の意識から私の気持ちに応えようなどと考えるのなら、かえって傷つくことも伝えよう。
もし今でも私に償いがしたいと考えているなら、きっちりすっぱりフッてほしいこととか、今後は親戚として前世持ち仲間として、程よい距離の関係でいたいこととか、そんなこともちゃんと伝えよう。
前世であれだけモテていた人だ、女のフリ方も心得てるだろう。
さて、勇気をいっぱいかき集めなきゃね。
でもその前にもう一回だけ、ちょっぴり泣いてもいいことにしよう。そのくらいは、いいだろう。
こういうことは、決心が鈍る前にとっとと済ませた方がいい。歯医者とか、始末書とか、辞職願いなんかと一緒だ(そうか?)。
まずは、オリバーくんを呼び出すところからだ。
……頑張るぞ……。おー……。
でもマリさん、ついてきてね。お願いします。
私はいつもの公園に、オリバーくんを呼び出した。
「イリーマーサおばさまの娘さんと縁談が進んでいると伺いました。おめでとうと申し上げるのは、早すぎますでしょうか」
私の呼び出しに、怪訝そうにやってきたオリバーくんだったが、私の言葉に振り返るとオリバーくんはこちらをじっと見た。最初は驚愕の表情を浮かべていたが、次第に怒りの表情に変わった。激怒しているといっていい。
怒らせてしまった。まだ秘密の話だったんだろうか。それとも、うまくいかなかったんだろうか。
オリバーくんはくるりと向こうを向くと、なぜか深呼吸を繰り返してからゆっくりと振り返った。その表情から怒りは消えていたが、怖いくらいに真剣だった。
「その話なら、実はね、どうもその子、マーサベルっていうんだけど、彼女には思い合う相手がいるらしくてね。
でも、その男と気持ちが通じ合っているのに、マーサベルはその男を諦めようとしたんだ。もちろん、俺と縁談があがったからだ。
俺としてはさ、よく知りもしない、思い合う人までいるマーサベルと結婚だなんてね。嫌に決まってるでしょ。
マーサベルの相手の男から聞いたんだけど、彼女、「あなたに迷惑はかけられない」とか、「自分はふさわしくない」とか、「あなたの幸せのためには身を引いたほうがいい」とか言ったらしい。
なんだそれ?俺の幸せを勝手に決めるなよって、思わない?なんていうか、さっさと自分の気持ちに素直になれよ!って、思うだろ?」
オリバーくんが真剣な顔で相槌を求めるので、とりあえず私は曖昧に頷いた。
「つまり、マーサベルはね。なにかを怖がっていた。親や養親に逆らう恐怖かな。とにかく、その恐怖が、相手の男を思う気持ちよりも大きかったんだ。わかる?」
「……なるほど」
「相手の男からすれば、腹が立つんだよ。俺への気持ちって、その程度?って。ちなみにね、マーサベルはその後、勇気を奮って相手のところへ行ったよ。二人は無事、婚約したそうだ」
そうだったのか。おじさんめ。まるでマーサベルさんとオリバーくんの縁談は、もう決まったことのように言っていた。つい先日の話だ。娘が婚約したことも知らなかったのだろうか?何もかもが残念な人に思えた。
それにしても、縁談のあるオリバーくんにフラれる前提で告白するのを決心してきた私なのに、想定外すぎて決心が揺らぐ。さっきから心臓が不整脈だし手汗がやばいっていうのに。
「そういう子って、割といるよね。俺の目前にもいる」
ん?オリバーくんの言葉に、私は意識を戻された。
「好きでいてくれそうなのに、なぜか離れていこうとする子のことだよ。その子が好きな男からすると、理不尽じゃないか。どういうことか、わかる?」
「え?……いえ、すみません」
突然尋ねられ、私は軽くパニクった。
「わからない?本当に?」
「え?」
「え?じゃないよ。本当にまだわからないの?君のことをいってるんだよ、ルル」
わたし?
オリバーくんはふっと表情を緩めた。
「あのね、ルル。俺は君が好きだよ。ずいぶんと前からだ。全然気付かなかった?結構、態度に出していたと思うけど。鈍いからな、ルルは。
だから、一人で離れて行こうとしないで。君の気持ちを聞かせてほしいんだ」
オリバーくんの眩しい笑顔に、私の脳は思考を停止した。なにもいえず、動くこともできない。でも、オリバーくんの言葉がゆっくりと心に浸透していくと、なにもいえないかわりに、目頭が熱くなった。
「ルル?」
オリバーくんが笑いかける。ああ、ドキドキしすぎて心臓が痛い。顔が熱い。のどになにかが詰まってるみたいだ。涙がこぼれそう。体温がものすごく上がっているのがわかる。倒れそう……。
でも。
ハル。ルル。ルルーシュ。なんでもいい。
なんでもいいから、わたし!
ちゃんといわなきゃ。
ここで勇気を出さずに、いつ出す?
オリバーくんの目をしっかり見て、いうんだ!
「あ、あのね、オリバーくん。私……!」
目の端にマリさんが両手をギュッと握り合わせ、何度も頷くのが見えた。
私はマリ。私が現在、お仕えしているのは、ルルーシュ・ヨーエンギー様です。このお嬢様はハラハラさせられてばかり。ですが私は、心からこの方の幸せを祈っております。
しかし、私の本当の主は、この方ではありません。
主は涙ながらに私に訴えるのです。どうか大切な人たちを守ってくれないかと。主はこんな風に時々、立場を忘れて涙を隠しもせずに流したりするのです。それで、私はルルーシュ様にお仕えすることになりました。
「大変なことをお願いしてしまってごめんなさい。でも、何度も何度も書き直しても、私があちらに連れて行ったあの子たちは、どうしてもあちらの世界の人々を傷つけてしまう。もう、どうしたらいいのかわからない」
主たちはこんな風に、自分の世界の者たちの魂を交換することがあるのです。世界の交流と発展のためだとか。
その一環で我が主はご自分の創造した世界の中の姉妹をあちらの世界へと預けたのですが、その姉妹は驚くことに、あちらの世界の者たちを傷つけてしまったのです。何度やり直しても、何度も何度も。
前回は臨月の妊婦を、その胎内の赤子ごと殺めてしまいました。主はまたもや、あちらへ姉妹を渡すところまで巻き戻してやり直したのですが、一度あちらへ魂を渡してしまえば、あちらでの出来事には干渉できないのです。
そして、今回は赤子と母は助かったものの、老女と青年の犠牲が出てしまいました。主は諦めて、あちらに渡していた姉妹をこちらへと呼び戻すことを決めました。そして、犠牲となってしまった老女と青年の魂をこちらへと預かって、贖罪としてこちらで幸せに過ごしてもらおうとしたのです。
あちらの創造主様は最初は渋い顔でしたが、二人には必ず健やかに過ごしていただくことをお約束すると、こちらの世界へと預けてくださいました。
「あなたには、マリという名前で人としての生を授けます。でも、お預かりした魂に干渉しすぎてもいけない。あくまで人として、あの傷ついた人たちを見守ってほしいのです」
主の言葉にわたしは強く頷きました。こうして私はあちらの世界からお預かりした二人を見守ることになりました。主は件の姉妹の方を見守るということでした。それはそれで少々心配だと思ったことを、この場で懺悔いたします。
私は強く心に誓いました。必ずお預かりしたこの二人を守ると。
それなのに、マリとして生を受けた後、自分の使命を思い出したのはずいぶんと時が経った後でした。ルルーシュお嬢様のお手ずからの料理をいただいた時、あれ?と思いました。回を重ねるごとにすっかりと思い出し、遅すぎたことを心の中で我が主に詫びたものです。
その後、あの二人も、すっかり見目麗しい少年少女へと成長しました。周りにも良い影響を与えている様子で、あちらの創造主様にはどれだけ感謝しても足りません。
しかも、どうやら二人は互いを思い合っている様子。これは嬉しい誤算ではないですか。是非とも、二人の恋を成就するべく動きたいところです。干渉しすぎてはいけないと制約をかけられているのが、なんともつらいところですが、できる範囲であんなこんなを仕掛けてみたいです。
ところがこの二人ときたら。
こちらの五歳児でも、もう少し積極的ではないでしょうか。進展に時間をかけすぎです。ゆっくりすぎなのです。じれったいのです。
あちらの創造主様にお目通り叶うことがあったので、この距離感があちらでの普通なのかとお伺いしましたところ、苦笑のようなものをされ「そこは本人たちのペースに任せて……」などとおっしゃるのです。
そんなものに任せていたら日が暮れます。年月が暮れます。この生が暮れてしまいます。長すぎです。
ですから、ようやく、ようやく!!思いを伝え合い抱きしめ合う二人を見て、「やっとかよ!」と叫んだ私は悪くないと思うのです。もちろん、心の中でですよ。その場の雰囲気を壊すなんてことはいたしませんでした。
オリバー様が私をちらりとご覧になりましたが、私は退出したり目を逸らしたりいたしませんよ?思いが通じ合ったとはいえ婚約もまだなのに、二人だけになどできませんし、なによりこれだけ焦らされたのです。続きはどうぞ、私の目前で。特等席です。ふふ。
オリバー様は動かない私を見て、心底嫌そうな顔をされましたが、それでもルルーシュお嬢様を引き寄せて口付けなさいました。「めでたしめでたし」。幸せそうな二人と、これまでの道のりを思い、私は涙を禁じ得ませんでした。
さて、ここまでくればひと段落。主様がこの先どうする?戻ってくる?とお尋ねだったのも、それをお感じになられた故と思います。
ですが、あの二人のことです。まだ安心はできません。きっと波乱が万丈に一族郎党を連れてやってくることでしょう。だからこそ、この生を全うするまでは、あの二人を近くで見守りたいと思っているのです。
私の予想をはるかに超えるような波乱がやってきたりする時は、失敗したかなと思わなくもないですが、概ね楽しい日々を過ごしております。もうしばらく、この騒がしくも満ち足りた日々を満喫したいと思っております。
願わくば、それが少しでも長く続きますように。
これにて完了です。感無量です。
誤字なども多くありますので(すみません!)、今後ちまちまと修正していく予定ですが、物語としてはここで終了とさせていただきます。名残惜しいです。
長期間にわたり拙作にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
次回作も、拙いですが、お暇つぶしにしていただければ幸いです。
それでは、またいつかの週末で!
週末ライター佐伯がお送りいたしました。
ありがとうございました!




