2-3 黒魔術もういっちょ
「さっきの体育館、私の黒魔術の成果だよ。球技大会、つぶしきれなかったけど、次はやれる」
教室に戻ると、クロエがニクに興奮気味に話していた。
一応、小さな声で話しているが、聞き慣れないおかしな単語が混ざっているので、若干目立っている。
私が遅れて二人に近づいた時、教室の他の何人かが聞き耳を立てているのが分かった。
クロエが青いカバーの本を胸に抱きながら、ニクに言った。
「ニクはやりたいの? バレーボール。私は少しもやりたくない。この黒魔術はきくんだよ。ワルサ団が動くんだよ。ワルサ団の仕業なら、みんな仕方ないってなるでしょ」
「うん、でもさ」
「なんでもいいじゃん。やんないですむなら」
クロエはパラパラと本をめくりだした。
私は思わず歩み寄って、めくれているページの真ん中に手を差し込んでしまった。
クロエが驚いて顔を上げた。
「なによ、シルコ」
「やめようよ」
「シルコも別にバレーボールやりたくないでしょ。迷惑かけないから、ほっといて!」
事情を理解し始めた他のクラスメート数人が、ひそひそと話し始めていた。
クロエは私の手を払いのけ、本を引き寄せて、背を向けた。
「聞きとどけよ、我が願い…」
クロエが教室の隅でブツブツと何かを言い始めた。
どうしていいか分からないまま、私は一歩進もうとした。
ニクが私の肩に手を置いた。
「もう、そっとしとこうよ」
「え」
「やりたいようにさせよう。私も別に球技大会つぶれてもかまわないし」
「でも」
「あんな変なタイトルの黒魔術本だよ。たいしたことないって」
「ああ。まあ」
周りで聞き耳を立てていた生徒が、ニクに声をかけてきた。
「なになに? 球技大会をクロエが終わらせる呪いかけてんの?」
「まあ、そんな感じ」
「俺も面倒でやる気ないから、ぜひ中止の方向でお願いしたいわー」
「私もー」
「俺も」
側にいた数人が同意した。
なんと、バレーボールチーム以外にもいたのか。
ハテナ学園、お祭り好き一色ではなかったか。
良く考えれば当たり前のことのはずなのに、妙に、そうだったのかーという気持ちにさせられた。
クロエの詠唱は続く。
何人かの同意とともに。
やっぱり、精霊が聞いている気がする。
「ふざけんな! さっき対応したばっかだろうが!」
シキがいつもより少々強めにキレた。
報告しにやって来た球技大会委員の1年生の男の子は、すみませんと首をすくめた。
「くそ! …八つ当たりだ、わりい。あー、終わらせればいいんだろ! ワルサ団、なんでこんなに張り切ってるんだ」
シキ、私をにらまないで。
ワルサ団は、もう転校生に浮かれているわけではないと思う。
「ハヤオ、B組からスポコンとテワザ呼んで来い! 校庭だ!」
シキが憮然としつつも出動すると、ハヤオがささっとB組に向かった。
球技大会委員の1年生の男の子は、オレンジ色の髪がツヤツヤのシオを見て、目を輝かせていた。
シキにキレられても、美人の先輩シオを間近で見られるのは、やっぱり役得だろう。
「シルコ、なんでまた頷いてるの?」
「いえ、今行きます、行きます」
ガイドに再び尋ねられたが、おそらく大事なことではないので答えないでおいた。
皆でぞろぞろ見に行った校庭は、はたまた珍妙な状況になっていた。
準備されていたサッカーボールすべてに、手足が生えていた。
そして、サッカーボールたちは、校庭を走り回っていた。
その数およそ20球。
校庭の入り口に仁王立ちになったシキが言った。
「スポコン。準備はいいか」
「OK、任せてくれ。アップもすんでる」
B組のスポコンは、スパイクのひもを結び、立ち上がった。
金色の短髪、Tシャツ、ハーフパンツ、しっかりした体躯でありながら軽い動き。
間違いない。
私の100~200倍の運動神経を誇るであろう男の子だ!
シキが言った。
「テワザ、入れ物は」
「かき集めた。演劇部が去年10人のサンタクロースを演じた時の袋を使う」
テワザはちょっと細身の男の子だ。なるほど、指が長くて形がきれいだ。きっと器用に動く手なのだろう。
だんだん、ナヅケのあだ名のテイストが分かってきた。
ハヤオが、大きな袋のひとつを手にして立ち上がった。
「俺もいいよ」
ハヤオがそうして立つと、ハヤオ頑張れー、という声が周囲から上がった。
ハヤオはニコニコ笑って手を振り返した。
ハヤオは親しみやすい人気者だ。
シキが大きく息を吸った。
期待のまなざしが集まる一瞬。
「スポコン、ハヤオ、行け!」
シキの号令がかかった。
周囲が、いけいけー! と、どっと沸いた。
スポコンと、袋を持ったハヤオが校庭に飛び出した。
本日、2戦目、ハテナ学園特殊能力者対ワルサ団の戦いである。
スポコンは、運動神経がいいですまされる体の動きではなかった。
そうだ、特殊能力が発揮されているのだった。
スポコンは、猛烈な速さでボールに迫り、あっという間に近接する3つのボールを蹴り飛ばした。
ボールは恐るべき正確さで、ハヤオが持って構える袋の口に飛び込んで行った。
ハヤオは袋の口をまとめると、急いで走って戻って来た。
ひもを持って待っていたテワザに袋を渡した。
テワザはこれまた恐るべき速さで、袋の口をがんじがらめに結びきった。
ハヤオが新しい袋を持って駆け出して行った。
スポコンがリフティングしてキープしていた手足付きボールを、強烈にキックした。
見事な角度で、ハヤオのいる場所にボールが飛んだ。
そのボールは、袋の口に吸い込まれるように入っていった。
この調子で、あっという間に手足ボールは回収されたのである。
袋の中で、ボールたちがうにょうにょとまだ動いていた。
ボールに生えた手足は消えていないらしい。
シキが言った。
「ナヅケ」
「はーい」
赤い天然パーマのショートカットの前髪を、今日はヘアピンで止めたナヅケが前に出て来た。
ナヅケは、あだ名をつける能力者ではなかったか?
私は不思議に思った。
「ナヅケのひらめきによる言葉かけは言霊。名前をつける時以外にも、その力が発揮される時がある。シキはそれを知る」
さすが、ガイド。
疑問です、なんて表情に出てはいないはずだが、私が聞きもしないうちに、解説をしてくれた。
「ありがとう」
「いいえ。興味ないかもしれないけど」
「ううん。めっちゃある」
「うん。本当はもう分かってる」
ガイドは妙にうれしそうに微笑んだ。
ドキッとした。
アイスブルーの瞳に含みをもたせて、ガイドは言った。
「表情がないようでいて、かすかににじむ。今、俺のこと、意識したでしょ」
絶句。
無表情に救われてきたことも多い私である。
そ、それ、ほんとー…?
ガイドはさらりと言った。
「ほら。ナヅケの力が分かるよ」
私の気まずさも察したということなのか。
ガイドはナヅケの方に視線を向けた。
私も慌ててナヅケを見た。
ナヅケは、ぐにゃぐにゃ動く袋を見て、少しばかり考えていた。
そして、どうやらひらめいた。
その瞳が赤く光ったのだ。
「サッカーボール。あんたたち、そこに閉じ込められて、もう、手も足も出ないでしょ」
ナヅケは、そう一言。
袋の動きがぴたりと止まった。
え、こんなんでいいの?
シキがハアッとため息をついて言った。
「終了。解散。誰か、ボール片付けといて」
一斉に皆が撤収を始めた。
…これでいいらしい。
開いた袋から、普通のサッカーボールがゴロゴロと出てきた。




