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一章  ⒈入学

 高校2年、春。俺は校門の前で茫然と立っていた。

「でか…」

いや、本当にでかい。噂で大きいとは聞いたことがあるが、まさかここまでとは思わなかった。この前まで通っていた高校とは比べ物にならない。前に行った姉さんの大学くらいはあるんじゃないだろうか。

 俺の名前は有栖川 潤。今日からここ、「問学園」に転校してきた生徒だ。

ついこの間までは普通に都内の公立高校へ通っていたのだが、いわゆる家庭の事情というやつでこの地に引っ越してきた。

とは言っても、引っ越してきたばかりで不安。とかそんな類いの悩みはあまりない。幼い頃はここに住んでいたからだ。

小学3年までこの地で育ったが、あることがきっかけで引っ越した。思い出してつい気分が沈み、俺は頭を振って思い出すことをやめる。これから気合を入れて頑張ろうという時に思い出すような話でもないからな。

とにかく、小3から今まで母方の実家で数年間を過ごした俺だが、ついにこの春、またこの地へ舞い戻ることに成功した。

とりあえず当分の目標は、早く学校に慣れること。そして……

「誠雅は元気かねぇ」

俺の大事な幼馴染、誠雅を見つけることだ。

それじゃあ校門前で延々と考え事をしていても始まらないし、とりあえず入ってみますか。なるようになる――ってね。

 「東高校から転校してきた、有栖川潤です。この土地には小学校3年生まで住んでいたから、もしかしたら知り合いもいるかもしれません。だけど、久しぶりの土地、新しい学校で緊張してるから仲良くしてくれるとありがたいです。それじゃあ、改めてよろしくお願いします」

 始業式は入学手続きやらなんやらで、結局参加することはなかった。

それからこの学校は、学力によって上からABCとクラス分けしていくらしい。驚くことに俺はA組に分類された。

まぁ、学力に関しては適度に勉強してきたつもりだし、特にこれといった不安もなかったのだが、まさか1番いいクラスに分類されるとはな。そんなことを思いながら面倒な書類にざっと目を通していると、必然的に時間は過ぎていくわけで……いつの間にかHRの時間になっていた。そして、さっきの台詞に至る。

 俺の自己紹介の後、これから学校生活を共にする仲間たちは、顔を見合わせてひそひそと何事かを話し合っていた。まぁ、話の内容は大体想像がつくが。大方俺の性別のことだろう。自分で言うのもなんだが、俺はかなり男らしい容姿をしている。

「おー、よろしくな有栖川!よし、みんな。何か有栖川に質問はないか―?」

この、無駄に元気な声の主は益田 因数。ここ、2-Aの担任だ。数学教師で名前が因数とか、冗談かと思ったがそうでもないらしい。まぁ、とりあえず明るくて親しみやすそうな教師だ。少しクマのせいで顔が恐いが。

「はいはーい、潤ちゃんに質問!潤ちゃんって、女の子みたいな男の子なんですか。それとも男の子みたいな女の子ですか」

先生について考えていると、一人の男子が手を挙げた。そしてそのまま指名されるのも待たずにいきなり答えにくい質問をしてくる。相当自由人だな、こいつ。とか思いながらも質問には答えた。

「何を期待しているのかは知らんが、至ってノーマルな女だ。ただ他の女の子より少しだけ声が低くて、言動が男っぽいってだけで」

「―――それって十分男の子みたいな女の子だと思うんだけど…まぁ、いいや。それより君、有栖川って言ったよね?」

「あぁ、そうだが。俺の名字に何か問題が?」

まぁ、確かに珍しい名字ではあるが、そんなに注目するほどでもない気がする。

それとも、実は過去に面識があって、それで名字に反応したとか。けど、俺がこんな特徴的な人間忘れるはずがないと思うんだがな。

「ついにアリス登場、だね」

その謎のつぶやきを聞いた途端、急にクラスが騒がしくなった。一体何の事だかわからなくて、俺は目を白黒させる。

というか、俺の自己紹介にこんな時間を使ってしまって大丈夫なのだろうか。……まぁ、先生は無意味にニコニコしているし大丈夫なのだろう。

眼の下に濃いクマをつくった顔で笑わないでほしい。地味に怖いから。

「アリスって何の事だ?意味がわからん」

素直にそう聞くと、彼は一層笑みを深くして口を開いた。

「わからないのも当然だよ。これは問高校の人間にしか分からないことだからね。……ここ、問高校は不思議の国なんだよ」

「はぁ?」

思いっきり我が耳を疑った。だって意味がわからない。最初っからテンションのおかしい彼のことだ、きっと冗談だろう。そう思って周りを見たが、周りも目を輝かせて俺のことを見ていた。…なんかもう、帰りたいな。

「まぁ、本当に穴に落ちた先、なんて言うつもりはないよ?ただ、この学校にはそういう風なあだ名をつけられている人間がいるってこと。

例えば僕、双原 朝燈はトゥイードル・ダム。双子の片割れだ。実際僕は双子だからね。

他にも、ここにいる人で言えば因数先生はルイス・キャロルって呼ばれてる。これは、いつもわかりやすい授業を提供してくれている先生に、アリスにちなんで僕たち生徒がつけた愛称」

「まぁ、俺はそんな大層な名前付けてもらうほどのことを出来ている自信はないんだけどな。それでも生徒に数学にちなんだあだ名をつけられるなんてのは、教師冥利に尽きるよ。」

「そして、このクラスにいるのは彼が最後かな。白うさぎ、兎洞 誠雅。彼は――」

いきなり始まった説明を早々に理解することを放棄した俺の頭に、一人の男の名前だけが、スッと入り込んできた。

俺の目標の1つがこんなにも早く達成されるとは思ってもみなかったが、それよりも早く奴と話したいという思いだけが俺の頭を占拠する。

「おい、誠雅はどの席だ」

「―――は?」

「だから、誠雅はどの席なんだと聞いている。というより、誠雅はどれだ。全く見当がつかん」

誠雅がいると聞いて俺は今すぐにでも話しかけたかったが、いかんせん小学校以来。まったくもって誰が誠雅なのか分からないのが現状だ。

もどかしいが双原に質問をすると、彼は多少憮然とした表情を浮かべながらも指をさして教えてくれる。

「…その、初日なのに堂々とド真ん中で寝てるやつ」

よりにもよってそいつか。まぁ、大方彼だろうとは思っていた。誠雅が俺の名前を聞いて反応をしてくれないとは思っていなかったからだ。しかし、腹が立つ。さすがに初日から寝るなや。

「…おい、誠雅起きろ」

「くか―――」

俺の親友であろう人物は、あろうことか健やかにいびきまでかいていた。もう、イライラするやら、こんなやつと再会するのを渇望していたと思うと恥ずかしいやらでむしゃくしゃした俺は、誠雅の頭に狙いを定めると、思いっきり頭へ拳を振り下ろした。ごんっという小気味いい音とともにクラスメイトの驚いたような声と、誠雅の声にならない叫びが聞こえる。

「何をする。…見たことのない顔だな、誰だ」

痛みから早々に立ち直り、立ち上がって俺を見下ろしてきた誠雅は、そりゃあもう冷たい目をしていた。確かに久しぶりの再会でテンションが上がってしまい、やりすぎた感は否めなかったが、そこまで射殺さんばかりの視線を向けてこなくてもいいと思う。

そこまで考えて気づいた。あぁ、こいつ俺のこと誰だかわかってなかったな、と。それじゃあ無理もない。俺だっていきなり現れた見知らぬ女に頭を殴られたら切れるから。

「おいおい、誠雅。お前、大親友の顔忘れやがったのかよ?潤だよ、有栖川潤」

自分が清雅の顔がわからなかったことはすっかり棚に上げ、そう名前を名乗る。すると、誠雅はきっかり2秒俺の顔を凝視して、次の瞬間、大きく目を見開いて詰め寄ってきた。

「なっ!お前、潤か?全然変わんねぇじゃねぇか!」

「失礼な野郎だな、手前は。そういう手前は変わり過ぎだ。デカくなりすぎだろ。小3の頃とか、確実にその辺の女子より小さかったくせに」

「うるせぇな、余計なお世話だ。まぁ、お前を見下せるから悪い気はしないけどな」

「な!手前、俺はこれからあと15㎝伸びるんだよ」

「男もどき通り越して化け物にでもなるつもりか」

「ふはは、俺なめんな」

「しかも無駄に男上げてやがるし。お前、まかり間違っても女には走んじゃねぇぞ」

「重ね重ね失礼な!俺は至ってノーマルだ。てめぇこそ、モテないからって男に走んなよ」

「気色悪りぃ出鱈目言うな!」

「つかその容姿に白うさぎなんて似合わなすぎだろ」

「ンだと?!んなこと言ったら、アリスなんてお前のガラじゃねぇじゃねぇか。大体、なんで白ウサギについてお前に指図されなきゃなんねぇんだよ。ちょっとガタイのいいウサギがいたっていいじゃねぇか!」

「なっ!おまえ、そんなん白ウサギじゃねぇよ」

「なんでそう言い切れる?お前は白ウサギを知ってる訳じゃないだろう」

「いや、俺は白ウサギを――」

―――知ってる?何故?そう考えたとき、馴染みの光景が目に浮かんだ。金髪の少女、時計を持った、話す白ウサギ。白ウサギは少女の耳に口を寄せて――

「アリス、迎えに来た」

アリス?彼女の名前はアリスというのか?彼女の名前を知っているということは、彼女と白ウサギは知り合い?わからない。今までモヤがかかって聞こえなかったものが、なぜ急に解ったのだろう。何故、なぜ、ナゼ――――――?

「おい、大丈夫か潤!」

気がつくと、俺は誠雅に肩を支えられながら肩で呼吸をしていた。

「もしかして潤…まだあの夢を見てるのか」

「あぁ、笑えるだろ?高2にもなって金髪の女の子に服着て喋る白ウサギだぜ?ファンシー過ぎるだろ」

「悪かった。俺が迂闊だったな」

「いや、構わんよ。普通、小学校の頃に見てた夢を高校にもなって見続けてるとは誰だって思わないだろうしな。俺も誠雅の立場だったら思わない」

「潤…」

「ホント大丈夫だって」

「おーい、お前ら大丈夫か?そろそろHR続けたいんだが」

あ。すっかり今HR中なのを忘れていた。初日から悪目立ちし過ぎだろ俺。どことなく気まずい空気を漂わせながら指定された席につく。

とりあえずHRが終わったら、ニヤニヤとムカつく笑みを浮かべている双原を殴ろうと思った。

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