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冴えない兄が妹の友達とシていることを、妹は知らない  作者: 川坂藍斗
柑奈ちゃん、俺なにか悪いことした?

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7/9

バレなきゃ大丈夫、だよね

 チチチチ、チチチチ……


 うるさい目覚ましの音で、俺は目を覚ました。

 デジタル時計を見ると、『10:30 AM』の文字。遅めの起床だ。


 何も問題はない。今日の大学は、午後からだからだ。

 カーテンから漏れる光。俺の部屋は、もうとっくに暗くなんかはない。でも、何の罪悪感もない。ゆっくり起きられるのも、大学生の特権だからな。


 枕元のスマホを取り、画面を見る。すると、通知欄に、LIMEのアイコンと、「メッセージが届いています」の文字。


 夏希ちゃんと連絡先を交換してから、通知欄に送信主やメッセージ内容を出さない設定にしていた。明美にバレないように。


 寝ぼけながらLIMEを開くと、トーク履歴の一番上に、夏希ちゃんのアカウントがあった。そのアイコンをタップし、トーク画面を開く。


『おはようございます!』


 その一通のメッセージの後に、ニワトリのゆるキャラのスタンプが一つ送られてきていた。

 朝だからニワトリなのだろうか。まあ、細かいことはいいや。


 それにしても、一昨日に夏希ちゃんと連絡先を交換してから、『おやすみ』、『おはよう』というメッセージが欠かさず送られてきている。

 夜に寝る前と、朝に起きた時。たったそれだけのことなのに、メッセージがやり取りできることが嬉しい。

 こんなの、恋人同士ですることなんじゃないか? 彼女のいたことがない俺には分からない話だが。

 それとも、女の子同士ではよくすることなのだろうか? これも分からない。

 つまり、真相は謎ということだ。この少しドキドキした気持ちが、俺の勘違いによるものなのかどうかは、分からない。


(なんて返信しようかな…)


 送信時刻は午前六時四十分。はやっ。女子高生の朝は早いのか。もうメッセージが来てから四時間も経ってるじゃないか。

 とりあえず、『おはよう』とは返すとして、何か付け加えるべきか? 『ごめん、返事遅くなって』なんてのは、変だよな。女の子からメッセージが来たら早く返さなくちゃいけないと思ってそうで、いかにも陰キャっぽい。

 

『おはよう』


 シンプルに返事をすることにした。


(……でも、こう見ると、流石に素っ気ないか)


 俺はしばらく考えたあと、無料のニワトリのスタンプを探して送信した。


(さて、大学に行かないと)


 大学の準備をする俺の頭の中は、夏希ちゃんでいっぱいだった。



 ■



 俺は大学の講義を終え、帰りの電車に乗っていた。

 時刻は午後三時半。三限目で帰れる日ってのは、一日が長く感じられて良いね。あと、電車も座れるし。しかも、今日は三限目だけという、ゆとりスケジュール。

 と言っても、特にやりたいこともないんだけど。まあ、縛られていない、というのが大事なんだよ。


 適当にスマホを見ていると、LIMEの通知バナーが画面の上から降りてきた。

 夏希ちゃんからのメッセージだ。


『今日、時間ありますか? デートしません?』


(で、デートだって……?)


 一昨日連絡先を交換したばかりなのに、もうデートの誘いが来た。

 相変わらずのスピード感の彼女。もちろん嬉しいんだけど、俺はこうやって女の子とメッセージをやり取りすることすら不慣れなのに、今度はデートかよ。

 恋愛のチュートリアルを色々とすっ飛ばされている。高校一年生の女の子を相手に。情けない気持ちはあるが、夏希ちゃんは何も悪くない。


 さて、デートの誘いにどう返事しようか?

 

 今日は暇だから、時間は問題ないんだが……。


 俺と夏希ちゃんが会っているところを、妹の明美に見られたらどうしよう。明美が家に連れてきた友達と、こっそり《《仲良く》》しちゃってましたなんて、言えるわけない。

 後、昨日会った柑奈って子も警戒しないと。やけに夏希ちゃんと仲が良さそうで、俺のことを怪しんでいたみたいだからなあ。


『時間はあるけど、大丈夫なのか? 密会だなんて。今日は明美とか柑奈って子と一緒じゃないのか?』

『大丈夫ですよ! 理由はあとで言いますから』


 うーん、本当に大丈夫かなあ。心配だ。

 でも、ここで色々指摘するのは、鬱陶しいかな。嫌われたくないなあ。

 仕方ない、ここは夏希ちゃんを信用してみるか。


『じゃあ、どこかで会おうか』


 俺は、言い慣れないことをメッセージで送る。


『やった! じゃあ、吉祥寺の駅前でどうですか?』


 えーと、高校から俺の家と逆方向の駅だったよな。それなら明美と遭遇することはなさそうか。

 柑奈って子にも見つからないかも心配だけど、まあ人目を避ければ何とかなるだろう。


『いいよ、じゃあそこで。今からだと着くの四時ぐらいだけど、それでいい?』

『おっけーです! 北口のロータリーで待ってますね』


 なんと、夏希ちゃんとデートすることになってしまった。

 こんなことなら、もう少しオシャレな服を着てくればよかったか。いや、俺はオシャレな服なんて持ってなかったな。どれを着ても大して変わらないか。



 ■



 集合時間の五分前の電車を降りて、駅前の待ち合わせ場所に向かう。時間はバッチリだ。

 改札を出て、北口に向かう。学校帰りっぽい学生がちらほら。休日と違って、さほど混んではいない。

 ロータリー近くに着くと、ベンチに座っている夏希ちゃんを見つけた。

 セーラー服を着た、西日で輝く少女。茶色の髪が春風に軽くなびいている。なんて絵になる子なんだ。

 こんな美少女が、俺を待っているだと……?


 俺は不思議な感覚のまま、夏希ちゃんの近くまで歩み寄り、声をかける。


「お、お待たせ」

「あ、お兄さん!」


 俺を見つけた丸い目が、ぱあっと開く。

 そして、夏希ちゃんはベンチに置いていたスクールバッグを肩にかけ、んしょ、っと重そうに持ちあげる。

 

(そのカバン、持とうか? なんて言えないな)


 今日は、彼氏ムーブはやめておこう。背伸びしても、空回りするだけだからな。俺は、そういう男なのだから。


 夏希ちゃんは俺の方を向き、優しく話しかけてくる。


「アタシもちょうど来たところですっ」

「そんな、デートみたいな言い方」

「デートじゃないんですか? しょんぼり……」

「ご、ごめんごめん。デートだよな、デート」

「そうですか? なら良かった♪」


「は、恥ずかしかっただけなんだよ、デートとか、そういうの……」

「はじめてなんですか? デートするの」

「初めてだよ……もちろん」


 夏希ちゃんはデートするの初めてじゃないんだろうな。慣れてそうだし、こういうこと。

 でも、そんなことを夏希ちゃんに言うのは野暮か。


「はじめてづくしですね!」

「あ、ああ。自分が自分じゃないみたいだよ」


 急に夏希ちゃんが耳元でささやいてきた。


「アタシも、お兄さんみたいなオトナとデートするのは、初めてですよ?」

「……なんか意味深な言い方やめろよ」

「ふふっ。だから小声にしたんじゃないですか」

「だとしてもなあ……。それより、今からどうする?」

「あ、そーだ。カフェ行きませんか? 行きたいお店があって」


 か、カフェか。オシャレすぎるところじゃないだろうな。俺はスタバでもそわそわするっていうのに。

 でも、せっかく夏希ちゃんが行きたがってるお店を断るわけにはいかない。

 それだけじゃない。俺は夏希ちゃんのことが、少しずつ気になってきたからだ。

 彼女の好きなお店は、どんなところなんだろう。何にこだわって、何を楽しむんだろう。そういうことも、知っていきたい。


「いいよ、そうしようか」

「あ、紅茶の専門店なんですけど、紅茶きらいだったりしませんか?」


 こ、紅茶の専門店? この世にはそんな店があったのか。コーヒーも紅茶もジュースも置いてあるんじゃないのか、カフェというものは。

 ま、まあ吉祥寺だし、そういう店もあるんだろうな。よく知らないけど。


 ともかく、紅茶なら飲めるだろう。


「ああ、飲めるよ、紅茶」

「やったぁ。こっちです」


 俺たちは並んで歩きだす。


(ああ、マジで可愛いよな、この子)


 俺の左には、どこからどう見ても可愛い制服美少女が歩いている。


 高校一年生なのに、当たり前のように化粧をしている。よく分からないけど、なんかナチュラルな感じがする。それでも超絶に可愛い。素材の力ってやつだろうか。

 妹の明美なんか、化粧をしているところなんて見たことすらないぞ。なんでこんな子が明美と仲良くしてくれてるんだろう? いつか聞いてみるか。


 それにしても、俺なんかがこんな可愛い子と歩いてるの、変だよな。


 そう思っていると、ちょうどすれ違った大学生ぐらいの男二人組が、こちらを見ながら話していた。


「うわっ、見ろよあの子」

「え、めっちゃ可愛いじゃん」

「つーか、隣の男なんだあれ?」

「彼氏なわけねぇからなぁ。歳離れすぎじゃね?」


(……やっぱり、俺なんかが夏希ちゃんと一緒に歩いてちゃ変だよなあ)


 俺は少し悲しくなった。

 でも、この美少女の方からデートに誘ってきたんだぞ。だから、今この瞬間は、お前ら二人よりも俺の方が偉い。そのはずだろうが。

 そう思うと、少し心が和らいだ。


「ここ左です」


 夏希ちゃんは俺の手を握って、左に引っ張ってきた。

 さらに指を絡められて、ドキッとしてしまった。これって、恋人繋ぎだよな。というか、別に道を曲がるだけなのに手を繋ぐ必要なんて、無くないか?


「ちょっと、こんな公衆の面前で手を繋がなくたって……」

「さっきの人たち、ちょっとムカついたので」

「……聞いてたのか」

「お兄さんのこと悪く言うなんて、許せません」

「いいんだよ俺のことなんて。……実際な、人目が気になるんだよ。俺は大学生、夏希ちゃんは高校一年生だろ? ちょっと年が離れすぎてるのは、事実だよ」

「むー。くやしいです。アタシが子供なせいで」

「そんなの、しょうがないだろ……」


 しばらくの沈黙が二人を隔てた。人通りの少なくなってきた道が、余計に虚しくさせる。車に追い越される音が、鬱陶しくなってきた。

 手は繋がっているのに、空気は繋がっていない、そんな感じがした。


 ——しかし、その沈黙は思わぬ形で破られた。


 脇道から出てきた、小柄な少女。

 その子と、バチッと目が合った。

 見覚えがある。昨日の女の子、柑奈。


 彼女は、俺と夏希ちゃんが繋いでいた手を一瞥した。

 ほぼそれと同時に、夏希ちゃんが慌てて手を話す。


 俺は凍りついた。昨日、彼女にかけられたプレッシャーを思い出す。

 おい、なんで彼女がここにいるんだよ、夏希ちゃん。《《大丈夫》》じゃ無かったのか?


 柑奈という子は、顔を歪め、俺たちを睨んできた。

 一触即発の雰囲気。小柄な彼女は、スクールバッグを肩に持ち、どっしりと仁王立ちしている。

 見た目は子犬、中身は狼。

 そんな彼女が、口を開く。


「あ、あなたたち……!」


 驚き、怒り、呆れ、さまざまな感情が彼女の中でうごめいている気がした。


「か、柑奈……なんでここに……」


 夏希ちゃんは、こんなはずじゃなかったというような様子。そうだよな、夏希ちゃんも警戒してくれていたはずだから。


「バレなきゃいいとでも思ってたような言い草ね」

「い、いやー。あはは……」


 珍しくたじろいでいる夏希ちゃんを横目に、柑奈という子が俺に目を流す。

 お、俺にどうしろと。柑奈さんよ、俺は君と夏希ちゃんの関係はよく知らないんだ。なぜか昨日から気分がよろしくないようだけど、俺は何か悪いことしました?

 彼女は、「はぁーーーっ」と深くため息をついた後、ゆっくりと口を開いた。


「まさか、あなたに寝取られるとはね」

「…………え?」

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