白雪姫は舞台に立てない
現在進行形で体調不良。
つらい。
放課後の校舎は、昼間の騒がしさが嘘みたいに静かだった。
窓から差し込む夕日が、廊下を赤く染めている。
その中を、僕と深冬ちゃんは並んで歩いていた。
「……それで、まず何から調べるんですか?」
隣で深冬ちゃんが、僕の顔を覗き込む。
僕はポケットの中に入れた紙に触れた。
“私には、主役なんて無理です”
あの震えた文字が、頭から離れない。
「まずは白石のことを知らないと始まらない」
「本人がいないなら、周りから聞くしかない」
そう言うと、深冬ちゃんは小さく頷いた。
「演劇部、ですか?」
「ああ。演劇部なら何かを知っているかもしれないからね」
階段を下りながら、ふと違和感が胸に引っかかる。
白石は、演劇部だった。
経験もある。
みんなから期待されていた。
なのに——どうして、あんな顔をしていたんだろう。
考えながら部室棟へ向かっていると、
廊下の角で、クラスメイトの女子生徒が誰かと電話している声が聞こえた。
「……だから言ったじゃん。主役なんて、あの子には無理だって」
思わず、足が止まった。
深冬ちゃんも、すぐに表情を引き締めた。
声のする方を見ると、演劇部の女子生徒がスマホを耳に当てていた。
相手はこちらに気づいていない。
「私は反対したんだよ。でも周りが勝手に決めて……」
そこで彼女は、こちらの気配に気づいたのか、慌てて通話を切った。
「あ……」
目が合う。
一瞬だけ、気まずい沈黙。
「盗み聞きするつもりはなかったんだけど」
僕がそう言うと、彼女は露骨に目を逸らした。
「……別に、何でもないから」
そのまま立ち去ろうとする彼女を、深冬ちゃんが呼び止める。
「待ってください」
いつもより少しだけ強い声だった。
女子生徒の足が止まる。
「白石先輩のこと、何か知ってますよね?」
彼女の肩が、小さく揺れた。
「……知らない」
明らかに嘘だった。
僕は一歩前に出る。
「だったら、なんで“無理だ”なんて言ったんだ?」
女子生徒は唇を噛んだ。
しばらく沈黙したあと――観念したように口を開いた。
「……去年も、同じことがあったの」
「え?」
「去年の文化祭でも、白石が本番前に来なくなった」
「去年、演劇部の出し物でも主役だった白石は来なかった」
空気が、一気に変わる。
その言葉に、思わず息を呑んだ。
「期待されて、褒められて、持ち上げられて……」
「でも失敗は許されない」
彼女は、小さく拳を握る。
「白石は、誰よりも真面目だから……たぶん、一人で全部抱えたんだと思う」
深冬ちゃんが僕を見る。
その目が言っていた。
――今回の敵は、誰か一人じゃない。
僕も同じことを考えていた。
これは、いじめでも、脅迫でもない。
もっと厄介な――
“期待そのもの”が、人を追い詰める事件だ。
もっと厄介な——
“善意”が、人を壊す事件だった。
誰も白石を傷つけようなんて思っていない。
むしろ逆だ。
期待していた。
認めていた。
信じていた。
だからこそ——逃げ場がなくなる。
「……そんなの、どうやって解決するんですか」
深冬ちゃんが、珍しく迷ったような声を出す。
その気持ちはよく分かる。
相手が悪人なら、責めればいい。
間違いがあるなら、正せばいい。
でも今回は違う。
誰も間違っていないのに、誰かが壊れかけている。
「……まずは、白石を見つける」
深冬ちゃんと目が合う。
「まずは情報集めからだ、白石のことを知らないといけない」
そこでようやく口を閉ざしていたクラスメイトが口を開く。
「もういい?そろそろ帰りたいんだけど」
「その前に白石のことを聞いてもいいかな」
そう言いながら、隣に立つ深冬ちゃんをちらりと見る。
文化祭は——できれば、この子と回りたい。
だからこそ。
余計な不安は、全部なくしておきたかった。
女子生徒は、少しだけ嫌そうな顔をしたあと——小さくため息をついた。
「……分かった。でも、その前に一つだけ言っとく」
彼女は、まっすぐ僕を見た。
「白石を見つけても——たぶん、簡単には戻ってこないよ」
文化祭まで、あと七日。
これ絶対理解してくれる人いると思うんですけど、トローチって普通にうまくないですか?




