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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第三章 開拓村の災厄

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第四十九話 週遅れの司祭

王国歴223年3月


 ノーラたちがネルント開拓村を去ってから約二週間が過ぎた。

 一度春風が吹くと雪の大部分は消え、地は潤う。草木は芽吹き、生き物たちが盛んに動き始める。本来なら開拓村でも農作業が忙しくなり始める時期だが、今年に限ってはそれだけではない。来るべき代官の再訪に備えて多くの事をやらなければならないし、やり過ごさなければならない事もある。

 その一つ、麓のフーシュ村から司祭が礼拝に来る予定の日曜日が来た。ネルント村の村人たちは緊張して待っていたが、いくら待っても司祭は来なかった。皆肩透かしを食らったように感じたが、ほっとすると同時に不安にも思った。だが、司祭の来村予定が狂い一週間遅れるのは、これまでにも無かったことではない。


 案の定、司祭は次の週にやって来た。再び村人たちは緊張したが、司祭はそれに気付くことなくあたふたと礼拝を済ませた。村人全員が言葉少なく帰宅した後に、村長は教会の控室で司祭に茶を出し礼を述べて村からの僅かながらの献金を渡した。


「司祭様、本日は有難うございました。先週来られませんでしたので何かあったのかと思いましたが、お元気そうでほっとしました」


 司祭は渡された金を「これはどうも」と黒い鞄に大切そうに仕舞い込むと如才ない笑顔で村長に返事をした。


「ああ、先週は来られませんで、相済まぬ事でした。何、急な葬儀ができてしまいましてな」

「フーシュ村でどなたか亡くなったのですか?」

「ええ、エヴァン爺さんですわ」


 村長は驚いた。エヴァン爺さんはただの農民だがフーシュ村ではちょっとした有名人で、このネルント開拓村でも知っている者は多い。急いで聞き返した。


「あのエヴァン爺さんですか? 齢は取っていても矍鑠(かくしゃく)とした、元気な爺さんでしたが。急な病でも?」

「いや、事故のようなもので」

「事故……のようなもの?」


 曖昧で不審な言葉を村長が問い直すと、司祭は声を低めた。辺鄙な開拓村の、他には誰もいない教会であっても、声が響くのが気になるという風情である。


「聞いた話で大きな声では言えんのですが。実は、代官たちに殴り殺されたみたいなもので」

「なんでまた? 代官に楯突くような爺さんではなかったと思うのですが。気の良い、優しい人だったと思うのですが」

「そう、作物の害虫以外に対しては。あの爺さん、機嫌が良い時は、自分の畑の側を通り掛かる人に誰彼なく声を掛けておりましたな」

「ええ、耳が悪くて、人の言うことはまるで聞いていませんでしたが」

「そうですな。勝手に一人で自分の作物自慢をして、気が済んだらぶっとい大根やらでっかい甘藍(クラウト)やらを押し付けて、にこにこしておりました」

「不作だと誰にでも当たり散らすことを除けば、気の良い人でした」


 村長が応じると、司祭は首を振り振り話を続けた。


「そう、実はそれが災いしましてな。代官が通りすがりに道を爺さんに尋ねたらしいんですが、聞こえなかったようで。間が悪いことに、その時に爺さん、夜盗虫に食い散らかされた豌豆の処分をしていて、大声で『この害虫野郎が』とやってしまったそうです。それを代官が聞き咎めて自分に言われたと思って激怒して、殴る蹴るの目に遭ったんだと」

「それは気の毒に……。代官の側には止める者はいなかったんですか?」

「それも酷い話で、一緒にいた衛兵、両頬に傷のある人相の悪い女が代官と一緒になって暴力を揮ったそうです。近くにいた息子が慌てて止めに入ったんですが、間に合わんで女に六尺棒で頭を殴られていて。その時はまだ息はあったんですが、翌日に亡くなって、知らせが来ましたわ」

「それは……酷い話ですな。なんともお気の毒な」

「家族はわんわん泣いておりましたわ。それで休日は葬儀になり、こちらに来れんかった次第です」

「何もできない年寄りをよってたかって殴るとは、あまりに非道じゃないですか。息子さんたちは、訴え出ないのですか?」


 村長は憤りのあまり、思わず言ってしまった。口に出した後に拙いことをしたのに気付いて、失敗した、と思ったが、どうやら狼狽は顔に出ずに済んだようで司祭は特に気にした様子もなく問い返してきた。


「誰に訴えるんですかな?」

「……それは」


 もう迂闊なことは言えない。村長が黙り込むと、司祭は自分の言葉がうまく刺さったと思ったのであろう、得意げに言い募った。


「領主は王都で、代官と衛兵の仕業ですぞ。訴え出る先はありませんな。代官に無礼を働いたと言われれば、もうどうしようもありますまい」

「た、例えば領都の司教様から王都の教会本部にお願いして、国に働き掛けることはできませんか?」

「無理でしょうなあ。国も貴族も、教会が政治に口出しすることを極端に嫌いよります。三代前の女王様を当時の教会が退位させようとして破門して反乱を引き起こし、逆に上層部の横領詐取を暴かれて討伐を受けたことが、今になってもまだ響いとりますわい」

「そうなのですか」


 村長が短く返すと、司祭はさらに声を潜めて続ける。


「それに、ここだけの話ですが、代官が、領内の教会への寄進に課税すると言い出しよりましてな」

「寄進にですか? 商人ギルドや職人ギルドとかからの?」

「それだけでなく、礼拝時の信徒からの献金にすら、です。百分の十と言ってきているようで」

「それも酷いですな。来世の幸福への願いにまで税を取るとは」

「ええ。領都の司教様は、その対応をどうするかでもう手一杯でしてな。私のほか、領内の司祭全員を集めて相談を持ち掛けておられるぐらいです」

「そうでしたか。大変な事、不信心にもほどがありますな」

「全く、文字通り神をも畏れぬ所業です」


 司祭は「ふーっ」と息を吐き、声を戻した。


「そのような次第で、司祭全員が当分多忙になると思いますのでな。恐らく事が片付くまで、少なくとも来月は礼拝に来られぬと思います。申し訳ありませんが、あらかじめ御承知くだされよ」

「わかりました。どうぞお気になさらないでください」

「申し訳ありませんのう。それと、ここでお話ししたことは、御内分にお願い致しますぞ。いずれ噂として広まるでしょうが、私の口からとは知られたくありませんからな」

「勿論です。御安心ください」

「よろしくお願いしますぞ。それでは、本日はこれで失礼するとします」


 ぺらぺらと、言いたいことを言いたいだけ言うと司祭は帰って行った。村長の「訴え」という言葉には何も反応せず、村長はほっとした。

 それにしても、あの代官はどこへ行っても暴虐を繰り返しているようだ。何もせずに放置すれば、次にこの村に来た時にも必ずまた暴力を揮うに違いない。我々のやろうとしていることは間違っていない。きっと神もお認めくださるだろう。

 村長は決心を固め直すと礼拝室に行き、一人で神に成功を祈った。


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