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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第三章 開拓村の災厄

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第四十八話 辿り着くために

前話翌日


 村人たちが一丸となって戦う決意をした日の翌朝、若者を中心とした二十人ほどが村長の家の前に集まった。大きめの背嚢を背負ったノーラがケンと一緒に出てくると、全員が勢い込んで取り囲む。冬の朝風は凍えた身を切るように冷たいが、それを気にする者はいない。


 ノーラは笑顔で挨拶した。


「おはようございます。全員集まった? 飲み水は持った? では、訓練を始めます」

「よし、最初は剣術からか?」「いや、槍の方が重要だ。剣より遠くから届くからな」「初戦はそうでも、乱戦になったら結局剣の闘いになる。剣術だ」「いえ、弓矢でしょう」「どこでやる? 子供の剣術練習用の広場に行くか?」


 気負い込んで口々に言う村人たちをケンが制する。


「みんな、今日の訓練内容はノーラさんに従うんだ。勝手なことを言うのは止めよう」

「そうだったな」「ノーラさん、何から始める?」


 全員の視線が集まる中、ノーラは淡々と答えた。


「はい、では、始めますね。全員、私に付いて来てくださいね」

「ああ、どこに行くんだ?」

「フォンドー峠まで歩くの。それが今日の訓練。行きましょう」


 そう言うとノーラは早くも歩き出そうとする。村人たちは驚き、慌てて「いや、待て」「待ってくれ」と口々に引き止めた。


「どうしたの?」


 ノーラが不思議そうにすると、一人が怪訝そうに尋ねた。


「ノーラさん、ちょっと待ってくれ、歩くのがなんの訓練になるんだ」

「ああ、ごめんなさい。ただ歩くのではなく、私に合わせて。速度だけでなく、歩幅も歩調も合わせて、一斉に歩くの」


 ノーラの事も無げな返事に、村人たちの不満の声が大きくなる。


「そのぐらい訓練しなくても誰でもできるぞ。馬鹿にするな!」「そうだ! 舐めてんのか!」


 騒然としかかる雰囲気に、ノーラは「ふぅ」と息を吐くと、声の調子を改めた。


「ううん、馬鹿にしていないし、舐めてもいない。必要な訓練よ。今日から二週間ほどはフォンドー峠まで往復。でも、そう、ここに帰り着くまでずっと歩調が揃っているようであれば、明日からは武術の訓練のみで構わないわ」

「フォンドー峠ぐらい楽勝だろ。一時間半かそこらで着いちまうんだ。か弱い女のあんたなら、二時間以上掛かるかもしれんがな」

「ふうん、そう。まあ、そうかもしれないわね。じゃあ、やってみる?」

「いいだろう、やらせていただきましょう?」「ワハハハ」


 煽るようにも聞こえるノーラの言葉、そしてその挑発に乗るような誰かの声に合わせて、笑い声もあちらこちらから上がる。

 ノーラもくすくすと笑いを零すと村人たちに隊列を作るように促した。


「有難う。あ、全員で歩調を合わせるために、号令を掛け、それに合わせて揃って歩くの。ちょっとやってみるから、足踏みをしてね。一、二、三、四、一、二、三、四、……いい調子。この号令を掛ける役割も、順番に交替ね。交替しても、歩調は変えないように。では、行きましょうか。前にー、進め! 一、二、三、四、一、二、三、四、……」


 声を掛けて歩き出し、先頭をすたすたと進むノーラの後に続き、村人たちも列を作って楽しそうに声を合わせて行進を始めた。



------------------------------



「どうかしら? 御感想は?」


 一時間と少しの後にフォンドー峠に着いた時、ノーラの問いに返事ができる者は誰もいなかった。

 ノーラの足取りは、思っていたよりも遥かに早かったのだ。最初の十五分ほどは皆それなりに足並みを揃えて歩いていたが、三十分経つと号令の声も小さくなり、やがて歩調はばらばらで、ノーラに遅れないようにするのが精一杯となった。登りの勾配がきつくなると落伍者がポロポロと出始め、峠に着いた時に一緒にいたのは、ケンを初めてとして五人ぐらいだった。その全員が肩で息をして、声も出せずにいる。


「全員が揃うまで、休憩よ」


 ノーラは背嚢を下ろすと、飲み水の入った革袋を出してそれぞれに配りはじめた。

 ケンは信じられない思いだった。全員、自分が最初に持っていた革袋の飲物は、とっくに飲み干していたのだ。


「あんたは全員分の余分の飲み水を背負って歩いていたのか?」

「ええ、村長さんにお願いして、準備してもらったの。実際の行軍時には、これのニ倍か三倍ぐらいの荷物を背負って歩いてもらうことになるわね」

「いったいどんな鍛え方をしているんだ……」

「帰りの分は準備していないから、全部飲み切らないで。もしも近くに良い水場があるなら、補給しておいて」

「……」


 ケンが絶句した。他の者たちは二人の会話も耳に入らないようで、黙って革袋を受け取るだけだった。



 全員が辿り着くには、さらにニ十分がかかった。

 ホルストやジーモン、スミソンといった大柄な力自慢たちは体の重さが祟り、大汗をかき、完全に息が上がってふらふらしながら最後の坂を登り切った。彼らが大きな音を立てて倒れこんだ後に、どうにか起き上がった時にはさらに十分が経っていた。

 彼らも渡された革袋から水を飲めるようになると、ノーラは全員を峠の頂上の、木陰で風に当たらない平らな場所に集めて座らせて、もう一度言った。


「どう?」


 やはり誰も返事をしようとはしない。その様子を見て、ケンは仕方なく、首を振り振り言った。


「ノーラさん、あんたの言いたいことは何となくわかった。だが、物事を深く考えるのが苦手なやつも多い。済まないが、わかりやすく説明してやってはくれないか?」

「わかったわ。では、良く聞いてください」


 それは、彼らが生まれてから初めて聞く話だった。




「いくら力が強くても、技が優れていても、銘剣を持っていても、戦場にいない者は戦力にならないわ。戦場に辿り着けない者は、勇者でも、英雄でも、何の役にも立たない。必要な時に、必要な所に、必要な量の兵力を届けること。これができなければ、戦う前から負けたも同然よ」


「先に戦場に到着すれば、準備に時間を掛けられる。兵に休憩を取らせて体調を整えさせられる。作戦を行き渡らせ、兵にそれぞれの役割を確認させられる。指揮官が隊を見回り、兵を鼓舞して士気を高められる。良い場所で陣形を整え、遅く来た敵の準備が整う前に攻め掛かれる。柵や塹壕を作り、斥候を出して敵情を探り、守りを固められる。そうでしょ?」


「今の場合、こんなに守りに適した最高の場所がある。代官よりも先にこの峠に着き、準備を整えることができれば勝てる。できなければ負ける。代官が兵を出したら速やかにそれを知り、何があっても先にこの峠に辿り着かなければならない。その時に、最も頼りになり最も信頼できるのは、馬車でもなければ馬でもなく、自分の足よ。もちろん、馬は走らせれば早い。でも急に疝痛を起こすかもしれない。馬車は車軸が折れるかも、車輪が外れるかもしれない。狭い道は通れないし、泥濘(ぬかるみ)にはまれば止まる。でも自分の体調は自分ですぐにわかる。足の肉刺(まめ)は自分で治療できる。敵を欺くために静かに移動しなければならない時に、馬は(いなな)くかもしれない。馬車の音は消せない。でも、自分の足は忍ばせることができる」


「行軍の基本は、徒歩。軍の根幹は、まず、必要な資材を届ける輸送隊。そして戦いの中心となる歩兵。この二つが無くては軍は成り立たないし、戦はできない。馬がいなくても、馬車が無くても、歩兵はすぐに作って鍛えることができる。物資は背負ってでも大八車ででも人が運べる。もちろん騎馬兵は圧倒的な攻撃力を持っているけど、育てるのにはとても時間が掛かるし、……とてもお高い。無い物強請(ねだ)りをしても仕方がない、よね?」


「今は運ぶのも戦うのも皆さんがやらなければならない。だから、まずは足を鍛えて欲しいの。もちろん、実際の時には使えれば馬や馬車を使っても構わないわ。でも、事故があって乗り捨てるようなことがあったとしても、歩いて峠に必ず辿り着けるようにしておくこと。いいですね?」


 全員が黙って頷く。ノーラはにっこり笑って付け加えた。


「それに、足腰の鍛錬は全ての武術の基礎ですし、ね」


「皆わかったな?」

「……わかった」「……おう」


 ケンが尋ねると、疲れ切った口調ながら、皆が口々に答えた。ケンはノーラを振り返った。


「尋ねたいことがあるんだが」

「どうぞ?」

「あんたは何で今みたいな話を知ってるんだ? あんたは軍人じゃなくてただの商人だろ?」


 不思議がるケンに、ノーラは笑顔のままで答えた。


「ファルコ」

「え?」

「英雄ファルコは、最初は馬に乗れなかったの。でも、自分の足で、時には走ってでも戦場に辿り着いて戦ったわ」

「でも、それはただのお話だろ?」

「お伽話の中に真実は一つも無いと、なぜそう言えるのかしら?」


 今度は真顔に戻り答える代わりに問いで返すノーラに、ケンはぐっと言葉に詰まった。言い返すことができない。


「……ノーラさんの事についてもう一つ尋ねてもいいか?」

「何?」

「あんたは、なんで重い荷物を背負ってあんなに早く歩けるんだ? 実は従軍の経験があるんじゃないのか?」

「いいえ」

「じゃあ、なんで?」

「行商人は、商機があれば、馬車が通れないような細い道でも、山道でも、商品を沢山背負って歩くものよ。商売は、早く着いたもの勝ち。その時のために、普段から馬車の横を歩いて鍛えるのよ」

「そうなのか」

「早い話が、『商人舐めんな』っていうことね」


 またにっこり笑うノーラに、ケンはもう何も言えなかった。



 ノーラとノルベルトはさらに数日間滞在し、ケンや村長たちの色々な相談に乗った後に、村を去った。最後の日にはもう一度マーシーを見舞った。痛みは少しはましになったようだが、まだ寝た切りで、起き上がれる状態ではなかった。

 ノーラは後ろ髪を引かれる思いだったが、これ以上滞在してもできることはもう無い。伝えるべきことは全て伝えた。それに行商人があまり長く開拓村にいるのは不自然だ。代官に感付かれることが無いよう、領都は通らずにクリーゲブルグ辺境伯領に出て、ローゼン大森林を西回りで回って王都に帰ることにした。関所でも特に怪しまれることなく辺境伯領に入り、ノーラとノルベルトは安堵の息を吐いた。


 もう、自分たちにできることは、村人たちの将来を祈ることだけだった。

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