第四十三話 無法代官
王国歴223年2月(ケン19歳)
前回のいきなりの来訪から一週間後、代官ニードがまたネルント開拓村にやってきた。今回は衛兵長と十人ほどの衛兵も連れてきている。前の時にもいたボーゼという女は冷たい風が当たると痛むのか、しきりに両頬の傷を撫でている。
多くの馬の蹄音に気付いた村人たちも家々から出てきて、大勢が村長の家の前の道に集まってくる。村長たちも家の前に出てきた。
時おり疾風が道を吹き抜ける。ニードが馬から降りると、風に飛ばされてきた枯葉がニードの顔に張り付いた。ニードはそれを握り潰して忌々しそうに投げ捨てると、集まった村人たちを見て不愉快そうな顔で口を開いた。
「何だ、物々しい。村長、これが御領主様の遣わした代官様に対する態度か。頭を下げよ!」
怒鳴られた村長が周りの者たちに目配せをし、頭を下げる。それを見て村人たちも不承不承ながらばらばらと頭を下げ、ニードは満足そうにした。
「よかろう。丁度良い、全員、良く聞け! 子爵閣下に代わって申し渡す。今後、地租を、他の村と同様に一エーカー当たり二ヴィンドとする。但し金銭での納付が困難な場合は小麦による物納を認める。その際の換算率は領都での取引価格の五割を基準とし、他領での価格を参考にして代官が決定する。物納も困難な場合は一エーカー当たり最低四十日の代官が決定した期間の賦役をもってこれに代える。以上だ。村長、これに署名をするように」
ニードはボーゼに持たせていた鞄から契約書を取り出し、村長に渡そうとする。その後ろで村人たちが騒ぎ始めた。
「一エーカー二ヴィンドなんて、到底無理だ。俺たちの使える金がろくすっぽ残らねえじゃないか」「小麦の物納だって、相場の半分で、しかも実際にはあいつが決めるんだぞ」「無茶苦茶だ。小麦は自分たちで食う分ぐらいしか作っていない。そもそも、ここは寒すぎて小麦には向いていない。実入りが悪すぎる。話にならん」「小麦も無理なら、四十日以上のただ働きだぞ?」「ひどいな。年にひと月以上も取られたら、開拓どころか、今の畑も維持できない」「どうすんだ、春播きから小麦を増やすのか? 種はどうする?」
ざわめきの中、村長が異を唱えた。
「畏れながら代官様。現在の税率は、先代の子爵様との契約で定められております」
だが、ニードは取り合おうとしない。
「それがどうした。前に契約があろうと、あらたに定め直せば済むことだ」
「ですが、契約は契約です」
「先代とのな。先代は先代だ。現在の領主は当代の子爵様である。当代様は税率の契約を結び直すことを求めておられる。それだけのことだ」
ニードは冷酷に突き放す。取り付く島もない。それでも村長は懸命に交渉しようとする。
「おっしゃられた税率では、村民の暮らしが立ち行きません」
「それはお前らの働きが悪いからだ。この地を拓いてから何年が経つ。その間にお前らがきちんと土を肥やしておけば済んだことだ」
「われらは懸命に働いてきました。少しずつ木を伐り、切り株や石を取り除き、畑を作るのに何年もかかっております。まだ地味を肥やすに至っていない畑も多くございます」
「それがどうした。当然のことをあげつらって、何を手柄顔をしているんだ。それで暮らしが立たんなら、本当には働いていない証だろうが。いつまでも領主様に甘えていられると思うな。お前たちは……」
「甘えてはおりません」
「甘えている!」
なおも村長が反論しようとしたが、ニードはそれを許さなかった。大声を被せて遮り、手に持った鞭を強く振る。風切音が高く鳴り、思わず村長が口を閉じると、その鞭を村長の鼻先に突き付けた。
「俺が話している間は黙って聞け! お前たちは先代様の御心に甘えて、自ら冥加金も差し出さず、怠惰を貪ったのだ。本来は罰を与えても良い所だが、それを勘弁して増税だけで済ませてやっているのだ。いいか、増税と言っても他の村と同じ税率にするだけだぞ。お前らだけを甘やかしていると、他の村からも苦情が来ている。内紛を未然に防止するために税率を揃えるのは当然の措置だ。だがそれだけでは哀れだと思って、俺様が子爵にお願いして物納か賦役かの代納を許してもらえるように特別に何とかしてやったのだぞ。せいぜい俺様に感謝することだ。これ以上は受け付けん。ほれ」
言いたいだけ言うと、ニードは契約書を村長の足元に投げ落とした。風に吹き攫われそうになるその紙を、村長が慌てて拾い上げた。
村長も村人もニードを睨み付ける。衛兵長や衛兵の方を見る者もいる。見られた彼らの何人かは居心地が悪そうな顔で目を逸らしている。
「何だ、お前たち。その目はどういうつもりかな?」
ニードは薄ら笑いを洩らしながら周りを見回す。すると人垣の間から顔だけを覗かせていた女の子が目に入った。今年六歳になったハンナだ。一人娘を置いておけないので母親が連れてきたのだろう。
ニードはさらに嫌な笑いをすると言い放った。
「ああ、人納でもいいぞ」
「『人納』、とは?」
意味の分からない言葉を村長が問い返すと、ニードはハンナを鞭で指し示した。
「そこの娘を差し出すのであれば、今年度の税は、村民全員、半分にしてやる。それならば納められるだろう」
「そんな!」
「なに、その娘も、都で綺麗な服を着て美味い物を食えるのだ。偉い方のお相手をちょっとするだけのことだ。お前らのために役に立った上に、貧しい暮らしをせずに済むのだ。こんな辺鄙な村にいるより、その娘のためにもよっぽど良いかもしれんぞ?」
ニードはにやにやとしながら言う。ハンナの母は思わずハンナを抱え上げて抱き締めた。
「とにかく、税をきちんと納めれば良いのだ。義務を果たさずに、安穏に暮らせると思うなよ?」
「あんまりではありませんか!」
「煩い! 領主が決めたことに逆らうか?」
「いえ、そのような」
「まあ、いいだろう。作柄を見て考えたいこともあるだろうしな。俺も忙しい身だ。こんな所で長々と無駄に立ち話をしている暇は無い。三か月後にまた来る。その時には確と返事をしてもらおう。どの道一つしかない返事だがな」
そう言って立ち去ろうとするニードに、村長が取り縋ろうとした。
「お待ちください!」
「寄るな!」
警告と共に代官の右手の鞭が一閃し、村長の肩でビシッと鳴った。
「うぅっ」
「まだわからんか? もう何発打たれたいのだ?」
打たれた肩を手で押え膝を落としてしまった村長に、ニードは再度鞭を振り上げて脅す。
「父さん!」
レオンが甲高い叫び声を上げながら村人の中から走り出て、村長を庇おうとした。ニードはにやっと笑って、それに向かってさらに高く鞭を振り翳したが、そこに駆け寄った衛兵長が何とかニードの腕を掴んで止めた。
「その若いのには何の落ち度もない! 何を考えているんだ!」
ニードは衛兵長を睨んだが、ふんっと鼻を鳴らすと、蹲ったままの村長を振り返った。
「三か月後だ。今度は容赦はせん。剣に物を言わせてでも、返事をしてもらうぞ!」
言い捨てて立ち去りそうな様子を見せたが、引き返してきた。
「ああ、こいつは担保として預からせてもらおう」
そう言うといきなりハンナの手を掴んで引っ張った。
「やだ! かあちゃん!」「ハンナ!!」
母親がハンナを抱いた腕に力を込めて守ろうとするが、ニードは構わず引っ張る。ハンナは火が着いたように泣き叫ぶ。
「止めて!」
叫ぶ母親をニードは蹴り付け、無理やりハンナを引き剥がした。奪われぶら下げられたハンナの泣き声と地面に転がった母親の悲鳴が一層大きく響く。
「この野郎!!」
その時、怒鳴り声が響き渡り、マーシーがニードに飛び掛かった。ニードはハンナの手を放し、マーシーに向き直る。二人がぶつかって転げる隙に、ケンがハンナを救い出して母親の胸に押し付け、二人をこの場から逃げさせた。
マーシーとニードは地面を右に左に転がりながら取っ組み合っていたが、武術の腕は腕利きの傭兵として鳴らしたマーシーの方が明らかに優っている。自分が上になったところで巧く相手の腕を抑え込み、右拳を振り上げた。頬に一発喰らわせてやろう、という時に下からニードが叫んだ。
「いいのか! 俺を殴るのは、子爵を殴るのと同じだぞ!」
マーシーが思わず手を止めると、さらに叫ぶ。
「貴族を殴れば縛り首だ! お前だけじゃない、全員縛り首にしてやる、全員だ!!」
うっ、と怯んだマーシーを、横から走り寄った衛兵伍長のボーゼが思い切り蹴り付けた。ニードは相手が自分の上から転がり落ちた隙に立ち上がると、その腹を靴先で思い切り蹴った。堪らずマーシーが腹を抱えて悶絶する。ニードは衛兵の一人に駆け寄って持っていた六尺棒を取り上げると、ボーゼと二人掛かりでマーシーの体中を思い切り打ち据えた。周囲の者は手も出せず呆然と立ち尽くしていたが、ぼきっと骨の折れる音が響くと堪なくなった。
「止めてくれ!」「いい加減にしろ!」「止めろ、止めるんだ!」
村人も衛兵も、誰彼なく叫びながらニードとボーゼに抱き着いて止めようとする。その者たちにもニードは棒を揮おうとしたが、見兼ねた衛兵長がニードを後ろから羽交い絞めにして止めた。
「もういいだろう!」
無理やりに引き離したところで、さらに耳元で声を掛ける。
「落ち着け! 殺す気か!」
ニードは息を荒くしていたが、六尺棒を衛兵に投げ付けると「行くぞ!」とボーゼに命じて早足で立ち去った。ボーゼも自分の体を抱え込んでいた女衛兵を振り解くと倒れているマーシーに唾を吐き掛けてからニードの後を追った。残った衛兵長は村人の視線を浴びて気まずそうな様子で周囲を見回したが、何も言えずに黙って残りの衛兵を引き連れて行った。
彼らが馬に乗りそれぞれに蹄の音を響かせて駆け去る中、村長たちがマーシーを抱き起して口々に叫んだ。
「マーシー!」「マーシー、大丈夫か!」「しっかりしろ!」「気を確かに持て!」
服をそっと脱がせると、背中に何条も赤黒い腫れが走っている。
「足の骨が折れている!」「殴られたところを早く冷やすんだ、水と布を持ってこい! 包帯もだ! それから戸板だ、早くしろ!」「頭も一か所殴られている! 気を付けろ、急に動かすな! 揺らさずに、静かに運ぶんだ!」
大声が飛び交い、女たちの泣き声が響く中、皆はマーシーを担架代わりの戸板に乗せるとマーシーの家に運び、寝台へと移した。マリアは寝台に縋り付いて、目を真っ赤にし声も出せずに泣き続けている。村長の妻とフレースの妻がその背中を両側から撫でて慰めているが、自分たちも涙を流している。
「無茶をしたな」
村長が呟くように言うと、マーシーは苦しい息を吐きながら応えた。
「すまん、村長、我慢できなかった」
「いや、お前がやらなければ、他の誰かがやっただろう。そうでなければ、ハンナが連れ去られていた。マーシー、有難う。不甲斐ない村長で、申し訳ない」
そこに、母親に連れられてハンナがやってきた。二人ともまだニードに暴力を受けた衝撃から立ち直れずに同じように顔を蒼褪めさせている。ハンナは寝台に転がっているマーシーの血の気の無い顔を覗き込むとおずおずと話し掛けた。
「マーシーおじちゃん、ありがとう」
「ああ、ハンナ、無事でよかった」
「……いたい?」
「ああ、痛いなあ。でも大丈夫だ。おじちゃん強いから」
「でも、いたいんだよね」
「大丈夫だから、家に帰ってな」
「……うん、ごめんね」
母親に抱き締められたままのハンナが去ると、残っていた村人の誰からともなく言いだした。
「これからどうする? どうすればいいんだ?」




