第百九十九話 階
始まります。
王国歴224年5月下旬
クレベール王子がフルローズ国へと慌ただしく出発して暫くの後、王子が彼の国に無事到着したことが王都に報じられた。
その数日後、彼の兄、スタイリス王子が国王に呼び出された。それも執務室ではなく公式の場であり貴族たちも集まる謁見室への御召しである。その上に、その日王城にいる貴族は参集して立ち合うようにとのお触れが回ったことをお召しを伝えに来た侍従に知らされて、王城の控室で札遊びに興じていたスタイリス王子とその側近たちは色めき立った。
最早札遊びどころではない。
「殿下、クレベール殿下には留学が命じられ、少なくとも当分は不在です。メリエンネ姫は未だ十分な体ではないでしょう。そしてユークリウス殿下は在地方。これはいよいよ……」「殿下、国王陛下も御高齢。摂政への御任命かもしれません」「いや、ひょっとすると、王太子殿下を廃嫡されて殿下を……」
侍従が部屋から出るや否や両手を揉み合わせながら口を開いたブルフ伯爵を皮切りに、甘い憶測を次々に並べ立てる側近たちの浮き浮きとした声を聞きながら、スタイリス王子は手札を卓の場札の上に投げ出し椅子の中で尻を前にずらして背中を背凭に押し付けた。どうしようもなく脂下がる顔を見られないように上を見た。だが、天井など目に入らない。自分にとっては別にどうということでもないと思わせようと、精一杯に平静を装った声で応じた。
「ふーん、お前たちから見れば、そうなのか。なるほどな」
「殿下は何か異なる見込みをされておいでなのですか?」
「いや、俺は別に何も考えておらん。行けばすぐにわかることを無駄にあれやこれや考える様な間抜けではないからな。だが、お前たちの見方にも理はあるだろうな。陛下がクレベールを他国へ出されたのには何か深いお考えがあることぐらいは、俺には明々白々だからな」
「さすが殿下は策士、我々の手札だけでなく陛下のお心も読み取られていたとは」
「まあな。摂政、王太子か。だとすれば、まあ、思ったよりは早かったかな」
「殿下、おめでとうございます」「殿下、祝着至極にございます」
いくら冷静沈着に見せようとしても、周囲に詰め掛けた側近たちから次々と降り注がれる祝いの言葉に、ますます目尻が下がってしまう。椅子に座り直して一同を見回し、弾むのを隠せない声で窘めて見せた。
「おいおい、気が早すぎるだろう。全ては陛下の御命をお受けしてからだ。だが、まあ、国のためならと俺もこれまでいろいろと耐え忍んできたからな。雌伏に努めた甲斐があったというものだな」
「これまでの御謙虚なお振舞い、我々もかねてから感じ入っておりました。やはり陛下は良く殿下を見ておられたのでしょう」「クレベール殿下を御留学に出されたのも、殿下の御世をお扶けされるには未だ足らずとして再度のお学びを求められたのでしょう」
「そういうことだな。あいつも貴族の評判はまあまあでも、俺の右腕たるにはまだまだだからな。はっはっは」
そう笑ってまた得意げな顔で、周囲の側近たちの笑顔を見回す。
だが、一人だけ笑わず、むしろ眉を顰めて見える者がいることに気が付いた。この上ない晴れやかな気分に水を差されたようで気に障る。いったいどういうつもりなのだと、その男、札遊びにも参加せず壁際の腰掛に静かに控えていたイザーク・アルホフ男爵令息を問い質した。
「イザーク、お前さっきから黙っているが、何を考えている? お前はどう見ているのだ?」
「わかりません。私も、重要な御用、恐らく何かの役への任命であろうとは推察いたしますが、どのような役かを予断すべきではないと存じます。今は何より謁見室に急がれた方が良いのではないでしょうか」
「何を言う。何事かはまだわからん、そんなことは俺も先刻承知だ。だが、それなりの心構えをせずに慌てて行っては陛下の御言葉に対応できないだろうが。だから尋ねているんだ。どう思うのか、構わんから言ってみよ」
王子が重ねて強く問うと、漸くイザークは渋々と立ち上がると、重々しい声で答え始めた。
「は、では申し上げますが、メリエンネ殿下は御体調の回復こそ緩やかなものではあられますが、閣議傍聴の頻度は上がっており陛下の御下問へのお答えの評判も上々です。クレベール殿下の御留学も国を追われるわけではなく、むしろ将来の大権を託すために視野を広げる御修行を命じられたとも見えぬではありません。陰で和平外交の大任を負われたとも噂されております。また特にユークリウス殿下はピオニル領の景気回復目覚ましく、お若くしての御手腕に衆目が集まっております。小領の領主の中にはユークリウス殿下の領政の御手法を高く評価して取り入れんとする者もいるようです。殿下、殿下の御将来にとって現状は、決して楽観されるべきものではないと思われます。もし陛下の御下命が殿下の御意に沿うものでなくとも全力を尽くされるお覚悟を陛下にお示しになられることが肝要と考えます」
並べられた冷静な観測と進言は高揚していたスタイリス王子の気分をざらつかせた。なまじそこまでに称揚されて興奮していたために、諫める言葉は真っ直ぐには耳に入らない。垂れ下がっていた王子の目尻が吊り上がった。
「何だと? 俺があいつらに劣ると言うのか?」
「そうは申しませんが、陛下の御健康は直ちに摂政、王太子宣下が必要な状況とも思えません」
「……ほう。おい、イザーク、最近俺に小煩いことばかり言って、ユークリウスの奴をやけに持ち上げるなあ。あいつに寝返ろうとでも思っているのか?」
王子の睨め付ける目と絡み付く声を浴びて、イザークは頭を深く下げて静かに答えた。
「私はただ殿下に御油断をなさっていただきたくないばかりです。お気に障るつもりは毛頭ございません。今、陛下のお膝元に最も近くおられ、貴族諸侯や庶民の注目を一身に集めておられるのは殿下、そのことに間違いはございません」
イザークの遜る言葉を聞いてスタイリスは機嫌を直した。
「ふん、まあいい。下がって大人しくしていろ」
「はっ」
返答と共に再び腰掛に静かに腰を下ろすイザークから視線を離し、スタイリスはにやにやしながら側近たちをゆっくりと見回した。
「お前たち、メリエンネやユークリウスの所へ行きたい奴はいつでもそうするが良い。俺は構わん。ただ、俺が着くべき座に着いた時にどうなるか、十分考えてからにした方が良いぞ。その時間はもうあまり無さそうだがな」
王子がそう言うと、ブルフ伯爵が両手を握り合わせ、首を振り振り返事をした。
「殿下、とんでもないことです。我等一同、殿下にお仕えし続けることを心から望んでおります。いつまでもどこまでも、何があっても殿下に従い、お支えし続けたく思います」
他の者達もこくこくと頷く様子を見て、スタイリスは満足そうに言い放った。
「まあ、好んで負け馬に乗る者もおらんか」
そして大口を開けて「はっはっは」と大笑し、側近たちも「ははは」と追従笑いする。
だが、その浮付いた雰囲気を遮るように、スタイリス王子の従者がそわそわと促した。
「殿下、謁見室に急がれませんと。本日は殿下が最初の拝謁のようです。陛下の御出座に遅れることがあってはなりません」
「ああ、そうか。だが、こいつらの言うように摂政、王太子を命じられるとあらば、それなりの格好をせねばなるまい。いや、いきなり叙任式を執り行うと言い出されるかもしれん。着替えるから礼装を出せ。白の礼装だ」
「殿下、この控室にはございません。取り寄せるのに時間が掛かります。陛下をお待たせすることになっては大変です。早く、このまま参られた方がよろしいかと」
国王に遅れては大失態となる。従者が憂慮を隠さず急かしても王子は聞き入れようとしない。一度弛緩した気分はそう簡単には締まらないのだ。
「何を言っているんだ。摂政、王太子だぞ、わかっているのか? それなりの格好をしなければ、その方が陛下に失礼だろう。なあ。お前たち?」
「御意」「然り、然り」
周囲の者達にも危機感がまるでない。緩んだ笑顔で頷きが返ってくるのを見れば、王子が調子に乗ってしまうのも無理はない。
「なあに、陛下は奥でゆったりされていて、俺が謁見室に到着したのを見計らってのお出ましさ。それに陛下は人の心構えを試すのがお好きな方だ。それなりの格好をして行かないと、『覚悟ができとらん』とか言われて心変わりされたらどうするんだ?」
「陛下はそのようなお方では……」
「もういい、こんな話をしている方が時間の無駄だ、早く取ってこい!」
「……承知しました」
その後スタイリス王子は従者が礼装の準備のために走り去り駆け戻る間も戻ってきてからも、自分の華やかな未来の放談を側近たちとのんびりだらだらと続け、結局着替え始めるまでに二十分ほどの時間が掛かった。
焦る従者が待ち切れずに王子の服に手を掛けて脱がせようとしたところで、側近たちは腰を上げた。
「殿下。では、我々は先に謁見室でお待ちしておりますので」
「うむ。楽しみに待っているが良い」
側近たちはスタイリス王子の控室を出ると、「我々の時代も近い」「耄碌した連中を如何にして閣僚の座から引きずり下ろすか」などと勝手なことを考えながら謁見室へ向かった。勿論、誰が聞いているかわからない廊下では言葉や顔に出したりはしない。墓場から揃って這い出た意思無き亡霊の群れのように無味乾燥な表情で列を為して無言でぞろぞろと歩く。
だが、謁見室が見えようかという所で一様に訝しげになった。
出入口の辺りが騒がしい。と思ったら、出てきた侍従の一人がこちらを見て急ぎ足で近付いてきて早口で尋ねられた。
「スタイリス殿下は?! 今どこだ?!」
礼儀も何もない荒い言葉遣いだ。
「控室で着替えておられるが……」
ブルフ伯爵が答える。するとその侍従は顔を歪め、事もあろうに大きな音で「チッ」と舌打ちをし、側近たちが問い返す前に控室に向かって小走りに去った。
その姿を見て一同は驚いた。礼儀に厳しい侍従が舌打ちをして王城の廊下を走ることなどありえない。あるまじきことだ。何事かと謁見室へ急いだその時に、開いたままの通用口を通して廊下にまで国王の声が響いた。
「スタイリスはまだか! あの愚図奴が!」
侍従に急かされたスタイリス王子が廊下を走り、息急き切って謁見室の前まで辿り着こうとする前に、それを待ちかねて何人もの近衛兵が入口の重い扉に取り付き、顔を赤くして全身の力を込めて精一杯の力で押し開ける。両の扉の間に隙間ができるのを待つのももどかしく、侍従が早口で「王孫スタイリス・ヴィンティア王子殿下!」と呼ばわり、背中を押してスタイリス王子を室内に入らせた。
押されたスタイリス王子が蹌踉けて謁見室に一歩入るや否や、玉座から怒声が飛んだ。
「遅い! 何をしておったか!」
スタイリス王子は慌てるあまり転び歩くと玉座の前の階を躓きつつも四段上り、礼装の金糸の飾緒を大きく揺らめかせながら片膝を突き息を乱して国王に答えた。
「申し訳、ありません、お召しがあって、私は、私は直様応じようとしたのですが、周囲の、周囲の者が服装を整えるべきだと申して、無理に押し留められたのです。服が届きざまに着替え、このように精一杯に急ぎ参上しました」
「それでそのような大層な格好をしておるのか。そんなに見た目が大切か」
「そ、それは、無様をさらしては、王族の威厳に関わると思います」
「その挙句に国王を待たせるとは、それは確かに大した威厳だな」
「申し訳ありません。それほどまでにお急ぎとは、私は伝えられませんでしたもので」
「それほど? 一体どれほど待ったと思っておるのだ。相も変わらず言い抜けばかり」
「オホン、陛下」
王妃が脇から咳払いをして窘め、国王が「……もう良い」と無理にも勘気を一時収めたのを見て、スタイリスは安堵して「はっ」と返答した。
国王は乗り出していた身を戻して「ふう」と一息吐いてから孫に向かって話し始めた。
「スタイリス、本日其の方を呼んだのは他でもない。其の方の父フェブラーが神職籍に入り、弟クレベールにフルローズ国留学を命じた理由は存じておろう」
「はい」
「クレベールは彼の国にて友好に尽くすことになるが、和平を成すのにそれだけに頼るわけにはいかん。他の国も含め、外交に力を入れてこちらが真剣に平和を望んでいることを示さねばならん。そうではないか?」
「如何にもそのように思います、陛下」
「そうか。そのためには、皆が力を尽くさねばならん。其の方はこれまで無役であったが、これからは其の方にも働いてもらおうと思う」
「はっ」
「有難いことに、其の方が容姿端麗であることは諸外国にも鳴り響いておる。存じておるか? 『風の国ヴィンティアの嵐にも散らぬ最盛絢爛の薔薇も、スタイリス王子の側では恥じて萎れ散る』とか言われておるらしいな」
「陛下、畏れ入ります」
「そうか。予もそれに異論は無い。その美名も麗容も、外国からの賓客の饗応の席の華となろう。其の方に相応しい役目だと考えるが、どうだ?」
国王のその言葉を聞いて思わず緩む顔を隠すため、スタイリスは俯いた。そして心中だけで反芻する。
「(外賓の接待の主役? ならば国王の代理、つまり王太子か摂政、間違いない!)」
無言で笑いを押し殺す。『王太子、摂政』という言葉が頭の中で何度も反響する。やはり。思い通り。我が手に。
そこに国王の返事を急かす声が掛かった。
「どうなのだ?」
スタイリスは美顔に秀麗な微笑を作り終えると顔を上げた。
抜群超絶なる八重の豪華、ここに咲き誇り遂に美の絶頂に至る。衆人、皆瞠目して我を見よやとでも言わんばかりである。胸を張り、声は朗々と高く、受諾の返答をした。
「陛下、如何にも私にとって働き甲斐がある役かと存じます。是非なくお受けする所存です」
「そうか。それは良かった。受けてくれて嬉しいぞ」
「はい、私も嬉しく思います」
「スタイリス、立て」
「はっ」
スタイリスは階に敷かれた絨毯を踏む足に力を込めた。これで最後の一段を上ることになる。この足で。
悠然と立ち上がると満面の笑みで国王を見た。
そこにあったのは今までに王族に向けられるのを見たことが無い、厳しい相貌であった。
「階を一段降りよ」
「は?」
国王の声に周囲の貴族が大きくどよめき、スタイリス王子は笑顔のままで思わず聞き返す。ざわめく諸侯の中でスタイリス王子の側近たちは一斉に蒼白になって後退りした。
「聞こえなかったのか? 階を下れと言ったのだ」
「な、何故に?」
「王命が聞けぬのか!」
「はい、い、いえ、陛下!」
叱声を浴びせられて一瞬のうちに色を失った顔を強張らせ、慌てて仰け反り転びそうになりながら一段を降りたスタイリス王子に、国王の容赦のない宣言が降り掛かった。
「スタイリス・ヴィンティア、臣籍降下を命ずる。貴族籍に移った後には直ちにアンデーレ伯爵の養子となり、同家の継嗣ファレノ・アンデーレと婚姻を結べ。アンデーレ伯爵はその後に引退し汝に爵位を名乗らせ、家督はファレノに引き継がせる意向である。それに従い、継爵の後はスタイリス・アンデーレと名乗り、外務の一員として勤めよ。我が国有数の美女の誉れ高いファレノと共に、外賓の饗応の席の華となり、国のために働くように。以上だ」
宣下を終えて国王が立ち上がろうとする。それを引き留めようと、スタイリスが悲痛な叫び声を響かせた。
「へ、陛下! お待ちください! そんな!」
「そんな、何だ?」
「私が、何をしたと言うのです! なぜ伯爵などに!」
それを聞いて、貴族の間に澱んだざわめきが広がった。無理もない。殆どの貴族家が伯爵以下なのだ。『伯爵など』と言われて、彼等の高い自尊心が傷付かないはずが無い。
国王は玉座に座り直すと場の乱れが鎮まるのを待って答えた。
「『何をした』、か。それは予が聞きたい。閣議の席で予の問いに自分の言葉で何を答えた? 其の方はこれまでに何の役に就き、国のために何をした? 是非教えてくれ」
「そ、それは…… 陛下の御問いをクレベールに答えさせたのは、弟に機会を譲って鍛えてやるためです。役も、ピオニル領への監察の正使として働き、悪を除き民を救いました!」
「ほう。国王たる予が其の方を鍛えようと問うたのに、それを無にして誰を鍛えるべきかを其の方が決めたのだな。ピオニル領の監察正使も、子爵への処断を問うた時に其の方は意見を述べなかった。止む無く処断したのは予だと思ったが、あれは其の方が決めたのか。あの時の国王は其の方だったのか?」
「い、いえ、そんなつもりでは!」
「監察そのものも、現地でのことを予が何も知らぬとでも思うてか? あの後、随行の者共からも事情は全て聴取しておる。子爵に丸め込まれ掛けおってからに」
「そ、そんなことはございません。あれは策の内で」
「もう良い。監察の後にピオニル領を頼んだ時も、『子爵領は小さい、せめて伯爵領を』とか嘯いて袖にしたであろう。今度は望み通り伯爵だ、文句は言わせんぞ」
「それは……」
取り付く島もない。
スタイリス王子は取り成してくれる味方を求めて周囲の貴族を見回したが、巻き込まれるのを怖れて誰も目を合わせようとはしない。側近たちは青い顔で下を向き、いつの間にか列の後ろの方に退いている。外祖父のオットー伯爵は顔に手を当てて天を仰いでいる。彼も何も知らされていなかったのだろう。助けは来そうにない。自分でどうにかしなければ。何かを言わねば。
彼は必死に思考を巡らせて、控室での側近との会話に思い当たった。
「陛下、ですが、メリエンネは体調未だ戻らず、クレベールとユークリウスは遠地で学びの途中。ただ一人残る若い王族である私をお手元から放たれるべきではないと存じます」
だが、返ってくる声は相変わらず冷たいままだった。
「なぜあの者たちを呼び捨てる。ここは公の場ぞ。其の方はそれほどに偉いのか」
「い、いえ」
「ならば『殿下』を付けよ。二度は許さぬぞ」
「はい、申し訳ございません」
国王はひとつ間を置いた。王子に注ぐ眼差しはさらに冷えている。
「確かにあの者たちはそれぞれに学びの途中である」
「ならば私を」
被せるようにスタイリスが何かを言おうとする。だがそれはできなかった。
「黙れ!」
「ひっ!」
一喝を浴びせられて、首を竦める。
「国王の言を遮るとは、何事か!」
「も、申し訳ございません」
大叱に怖れをなして下げた頭に、厳しい声が降りかかる。
「あの者たちは学び、自らを試し、大いに伸びる最中にある。振り返り見て、其の方は何を学んでいると申すのか。どこで何を学んだか言ってみよ」
「それは、その、導師からいろいろと学び、また、閣議でも議論を真剣に聞いていました」
懸命に答えると、国王の声が少し和らいだ。
「そうか。では、ひとつ尋ねるとしよう」
周囲の者たちは静まり返った。恐らく、これがこの王子に与えられる最後の機会になるのだ。階の両側から沈黙が謁見室の隅々にまで広がっていき、しわぶき一つも大きく響きそうな静粛の中、国王がスタイリス王子に問いを放った。
「この国の発展について、南北でどのような差があるか。そしてそれを縮めるにはどのような策がありうるか、其の方自身の意見を述べてみよ」
「そ、それは」
スタイリス王子が言葉に詰まる。何も言えない様子でいても、国王は容赦なく促す。
「『それは』、何だ? どうした、早く申せ」
「それは、いきなりそのような大きな問いをされましても。重要なことですので、慎重に考えたく思います。できれば一週、いえ、せめて数日の猶予をいただけませんでしょうか」
「いきなりでは答えられぬ、と申すか」
「はい」
何とかこの場をやり過ごして時間を稼ごうとするスタイリスを見て、国王が「はあぁ」と大きな溜息を吐いた。そして『やれやれ、もうつき合い切れぬ』とばかりに首を大きく横に振って言った。
「いきなりではない」
「は?」
「聞こえぬかのか? 『いきなり』ではないのだ。この問いは、かつて導師が其の方に出した課題の一つだ。其の方はそれに書面で答を提出したのではなかったか。それだけではない、これは国の懸案の一つで、閣議でも何度も議論されておるのだ」
「……」
「導師の講義中は常に居眠りをし、出された課題には取り巻きに書かせた答案を恰も自分のもののように署名して提出する。閣議の傍聴にも殆ど現れず、偶に出て来ても上の空で、儂の問いも他の者に流し続ける。そのようなことばかりしておるからこの態だ」
「……」
答えるどころか俯き黙り込んでしまったスタイリス王子を、国王は止めを刺すように突き放した。
「もうわかったであろう。学びは自ら行ってこそその身に付く。国のための学びを斯程に疎かにする者を、王族として残せるかどうか、考えてみよ」
「……」
スタイリス王子は無言でのろのろと顔を上げ、最後にミンストレル宰相を哀願の目で見た。宰相は閣議ではいつも助け舟を出してくれていたのだ。きっと、今度も。
だが、宰相は哀しげに微笑むと、顔を小さく横に振り、頭を下げた。どうすることもできず、申し訳ないと言わんばかりに。
どこからも救いの手は差し伸べられず意気消沈して背を丸める王子を見て、国王がさらに何かを言おうとしたその時、王妃が哀しげな顔で国王の袖を引いた。国王が振り返ると、静かに顔を横に振って見せる。『もうそれ以上は酷うございます』と窘めているのだ。
国王はそれに静かに頷き、王子に向き直ってゆらりと身を乗り出して声を和らげた。
「スタイリス、お前とて儂と王妃の可愛い孫だ。せめてと外務に席を与えたのは、儂らのお前への愛の証と思ってくれまいか。華やかな席ではお前は本当に役に立つと見込んでのことだ。辛かろうが、これからは国のためにその身を活かして働いてくれ。頼んだぞ」
スタイリス王子は俯いたままで声を絞りだした。自分の頭で、自分の言葉で考えたことの少ない彼には、最早他の返事は浮かばなかった。
「御意……」
終わりません。




