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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第八章 争乱

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199/222

第百九十一話 隣国からの商人

王国歴224年2月


 年が変わり、早や二月。ピオニル領の北の入り口にある主街道の関所は、毎年なら通行が減る冬の日でも多数の行商人が通り、賑わっている。

 入領のための検査を待って荷馬車が沢山並んでいるが、役人はてきぱきと業務を(こな)しているらしく次々に通過していき列の進みは悪くない。静かに待っていた一台の二頭輓きの大型荷馬車も覚悟していたほどの長い時間は要さずに順番が回ってきて、役人の前へと静かに進んだ。


 女役人が御者台の男に快活な声を掛けた。


「こんにちは、御機嫌よう! お寒い中、ピオニル領へようこそいらっしゃいました。お二人ですか?」


 御者の隣に座っていた商人風の男も陽気な声で答える。


「御機嫌よう、お役目ご苦労様です。荷台に護衛が二名おりますので、合計四名です」

「こちらで御商売でいらっしゃいますか?」

「いいえ、こちらの王都で仕入れた物をフルローズ国へ運ぶ旅でして。申し訳ありませんが、こちらでは特に売り物の予定はございません」

「そうですか、それは遠路の旅、お疲れ様です。荷物は何でしょうか?」

「酒、菓子、衣装、それに高級雑貨ですね。こちらの王都にはフルローズ国には無い豪勢な品々が多いので」

「それはそれは。利幅の大きい良い御商売ですね。荷を改めさせていただいてよろしいですか?」

「勿論です」

「量が多いようですので、少し時間が掛かると思います。その間、護衛の方には荷台から降りてお待ちいただきます」


 それを聞いて商人は御者台から降りて、女役人に近寄ってきて声を潜めた。


「実は急ぎの旅でして。検査を簡単に済ませていただくことはできませんでしょうか」


 そう言いながら、小さな革袋を差し出してきた。その口を縛った紐は緩んでおり、驚いたことにヴィンド金貨の輝きが顔を覗かせている。それを見た女役人の顔が曇り、警戒心を(あらわ)にして商人の手を強く押し戻した。


「申し訳ありませんが、それはできません。当領では、商人の皆様にはできるだけの便宜を図るようにはしておりますが、どなたかを特別扱いすることは領主が堅く禁じておりますので」


 商人は慌てて革袋を引っ込め、ぺこぺこと頭を下げた。


「そうでしたか、これは失礼致しました。勿論、荷に禁制品などはございません。存分に御検査いただいて構いませんので。よろしくお願い致します」

「ありがとうございます。できるだけ、手早く済まさせますので」


 女役人はほっとした様子でそう答えると、付近にいた他の者たちに声を掛けて指示をした。どうやらこの女役人はこの関所でそれなりの地位にあるようだ。指示を受けた配下たちは荷台から降りてきた傭兵風の護衛と入れ替わりに荷台に上ると荷改めを始めた。

 男女二人の護衛は両手を伸ばしたり腰を曲げ伸ばししたりした後に物珍しそうに辺りを見回していたが、男の方が荷改めを監督している女役人にぶらぶらと近付いてきて尋ねた。


「ここの御領主様は王子様だって聞いたが、商人がお役人様にお礼を渡すのを禁じてらっしゃるんですかい? 随分と融通の利かない堅いお方ですな」


 領主の揶揄と取られかねない言葉だが、女役人は顔を綻ばせ胸を張って応じた。


「いえ、当初は緩みすぎていた手綱を引き締めるためにお厳しかったのですが、今では『車輪を(きし)ませないために油を注すように、人の心を軋ませないため程度のものは咎めない』とおっしゃっています。ですが、『度を過ぎて、仕事に手心を加えるようなことは決して許さない』とも。私たちとしても、領主殿下のみならず御商人の皆様方からも信頼を得るために姿勢を正して臨まねばと思っておりますので、過剰なものはお断りしようと仲間内で申し合わせ、注意し合っているのです」

「そうですかい。いやいやそれは素晴らしいことで。失礼を申し上げやした。何卒御容赦を」

「いえいえ」



 検査が終わり規定通りの額の関税の収受が終わると、女役人は商人に歓迎の印のレープクーヘンの袋を渡した。商人はそれをしげしげと見て興味深そうに尋ねた。


「これが噂のものですか」

「噂になっておりますか? それは嬉しいことです」

「ええ、王都での取引先や、立ち寄った商業ギルド本部でも話を聞き、楽しみにしておりました」

「それはそれは。では特別にもう一袋、これは護衛の方々とでもお分けいただければ」

「有難く頂いて参りましょう。よろしければ、これを仕入れられる商店を教えていただけますか? 美味しければ、フルローズ国で売ることを考えてみたいと思います」

「もちろんですとも! 実はその袋に店の名が書いてございますので、領都で立番の衛兵にでもお尋ねいただければすぐにわかると思います」

「おお、これですか。なるほど、判り易い。これも御工夫ですね」

「はい、実はそれも領主殿下の御発案なのです」

「なんと。真ですか。それは、商人を(たす)けることに御熱心な御領主様ですね」

「はい。それからもう一つございます。もし御希望でしたら、当領を通過する間、護衛の傭兵を一名、こちらの負担でお付けすることができるのですが、どうされますか?」


 女役人が視線を流した方を追うと、関所の建屋の前に衛兵にしては不揃いの装備の屈強な男女が何人も立っている。彼らがその傭兵だろう。


「何とまあ。それも御領主様の方針ですか?」

「はい、御商人の方々に当領内では安心して過ごしていただくためです」

「それは至れり尽くせりですが、お入用は大変でしょう」

「いえ、御覧のようにここの警備も街道の巡視も兼ねておりますので。それに治安が乱れると結局は高く付く、安全のための費用は惜しむべきでないというのが領主殿下のお考えですので。護衛をお連れになっているようですので、ご不要でしたら無理には申しません」

「ええ、お気持ちだけは有難く受け取っておきます」

「そうですか。では、お気を付けて。彼の国での良い御商売をお祈りいたします」

「有難うございます。それでは」



 商人は御者台に戻って馬車を動かした。振り返ると、女役人が手を振っている。振り返すと頭を一度下げて順番を待つ次の馬車の方に走って行った。商人は肩を軽く竦めると手綱で輓き馬に合図を送り、先を急がせた。


 荷馬車が関所を離れて街道を進み付近に他の馬車や通行人の姿が見えなくなると、荷台にいた傭兵風の男女が前方に移動して、御者台の男たちも交えて四人で話を始めた。


「歓迎の印とやらを味見させてよ」

「ほらよ。どうやらここの役人の士気と規律は高いようだな」

「ああ、眼前の利に(くら)んで(むさぼ)れば、付け込まれてより大きな物を失いかねないことを心得ているんだろう」

「それに、治安が第一、とはね。ユークリウスと言う王子は、油断が無さそうね」

「甘やかされて世間知らずに育っているわけではなさそうだね」

「それどころか、あの女役人も、領主の創案をまるで我が事のように胸を張っていたわね」

「そうだな。領主を敬っているのがありありとわかる態度だった。ユークリウス王子、王都での情報と考え合わせても、若いがなかなかの傑物のようだ」

「クレベール王子も影が薄いという我が国での噂とは違って、調べてみると賢者で美男、評判も上々、むしろ美丈夫と名高いスタイリス王子が実際には見掛け倒しの中身無しとは、思いも寄らなかったわ」

「王都で会った貴族や有力商人たちが、スタイリス王子の話になった時のあの表情、なかなかの見ものでしたね」

「ああ。それまで普通に商売用の笑顔だったのが、王子の名前が出た途端に無表情になったり眉を顰めたり」

「頬が引き()ったり額をひくつかせたり」

「まるで百面相みたいでしたね。口では薄っぺらい誉め言葉を並べていましたが。まあ、調べて理由はわかりましたね。『甘やかされた世間知らず』は、むしろこちらでしたね」

「ああ、全くだな。ヴィンティア国王からの申し出が、姫様のお相手がスタイリス王子ではないと知って殿下はお怒りだったが、いや実際にはこれは至極真っ当な提案だったな」

「辺境伯領の守りも堅い、頼もしい次代の担い手もいるとあれば、これはもう下手に争うよりも申し出を受け、血の繋がりを作っておいた方が我が国も安泰だろうさ」

「ただ、あの王子は母親への愛が強すぎるのが心配ね。姫様がお幸せになれるかどうか……」

「いや、産みの母を大切にするのは人の情ですよ。その愛を妻や子にも向けられる男かどうかは、姫様のお父上である殿下が直接に確かめられるんですから、それは私たちの考えることじゃありません」

「それはそうだな。相い争うより、共に栄えるのを選んだ方がよほど良い。殿下も末姫様の隣に立つに相応しいと見られれば、目に入れても痛くない姫様のために矛を納められるだろう」

「ええ、急いで国へ戻り次第、陛下と殿下に報告しましょう。シェルケン侯爵の誘いに迂闊に乗って攻め込んでは、(かえ)って我が国を亡ぼすことになります、と」

「殿下は拒絶の返書案をお求めになるだろうから、それも考えておかないとな」

「いいえ、そんな必要は無いわ。謀議の返書なんか、はっきりと書かなくていいの。『暫くは辺境伯を刺激するのを避け、力を蓄えて事有るに備える。秘が漏れないように、これ以上の連絡は不要』とかなんとか、どうにでも取れるように適当に書いておけばそれでいいのよ。後は正しく解釈して自重するのも、誤解して暴発して潰れるのも相手の勝手。他国の侯爵程度、その程度の扱いで十分よ」

「そうだな。確かにシェルケンの評判からすると……」

「もう先は無いでしょうね。我々の知ったことではないけれど。……これももう無くなっちゃった。美味しかったわ」

「おいおい、一人で全部食べてしまったのか? 酷い奴だな」

「だってついつい次を食べたくなるんだもの。もう一袋あるんでしょ? それも食べましょうよ」

「駄目だ、これは殿下に提出しないと」

「いいじゃないですか、私たちにも味見させてくださいよ。これも調査の内でしょう。……本当だ、美味しいですね」

「うん、美味しい。もっと欲しいな」

「仕方ない、提出する分と一緒にこの先で買うとするか」

「陛下や末姫様へのお土産の分も。ついでに我々の家への分も経費に乗せちゃいましょう」

「やれやれ、売り物どころか買い物か。それに規律が緩んでいるのは我々の方じゃないか。これじゃあこの国には勝てそうにないな。ここの領主殿下、やっぱり侮れんな」

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