第百三十四話 ミスリル鉱石とドワーフ
承前
エルフのアイヒェはユーキの土産のプレッツェルをひとつ食べて満足そうにすると、得々と語り出した。
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「『真の銀』の名の通り、実は、美しきミスリルも銀の一種なのだそうだ。普通の銀の鉱石は銀以外に様々な詰まらぬ混じり物を含んでいるのは、お主でも知っているだろう? それを取り除いて初めて銀となる。金とか銅とか鉄とかもそうだ。方法は違えど、混ざり物を取り除けば良い。
ところがな、ミスリル鉱石が違うところは、混じり物の多くが土の性の瘴気なのだ。これが厄介なものでな、銀に固く結び付いていて、火で焼こうが水で洗おうが、取り除けない。その癖に、生き物が触れると途端に乗り移って瘴毒に侵されるのだ。尤も、私たちのような風の性のものに掛れば土性の瘴気などどうと言うことは無く、ちょちょっと魔力を使えば消し去れるのだが。
え? 何? つまり私たちエルフならミスリル鉱石を無毒化できるのか? 当たり前だろうと言いたいところだが、そうでもない。鉱石の表面の瘴気は消せるのだが、中まではそうはいかないのだ。この前にローゼンから預かった鉱石をここらに転がしておいたのだが……ああ、これだ、これ。ほれ、見てみろ。表面の瘴気は消しておいた。どうだ、一面に純銀の色に輝いているだろう? いや、触ってはいけない。瘴気が消せているのは、表面のほんの一層だけだなのだ。脆くもなっているから、触ると崩れて中の瘴気が出てきて侵されるぞ。まあ、ここにいる分には、お前が侵されても私が毒を消してやるから大丈夫だ。もし他所で侵されたらすぐにここへ来い。命の消える前であれば、何とかしてやろう。なに、礼はプレッツェルで構わない。多めにな。
それで何だったかな? ああ、ミスリル鉱石の無毒化の話か。方法は二つある。一つは、大方は察しが付いただろうが、生き物に張り付けて瘴気を吸わせるのだ。張り付けられた生き物は暫くすると死ぬから、次から次へと張り替えだな。酷い話だ。その上にこの方法では瘴気が抜けるだけなのでミスリル鋼にはならず、ただの銀鉱石に変わるだけだ。沢山の生き物を殺して僅かな銀しか取れず割に合わないからな。試すなよ?
で、もう一つの方法、これがあのずんぐりむっくりのドワーフ共にしかできない方法なのだそうだが、鉱石中の瘴気を槌で叩き出しながらあいつらの魔力と置き換えるのだ。そうだ、ミスリル鋼とは、銀と土性の魔力とでできているのだ。それも普通の銀に魔力を入れることはできず、瘴気との置き換えでなければ上手く行かないのだそうだ。だから、ミスリルは瘴気の籠ったミスリル鉱石からしか、しかも鍛冶に巧みなドワーフ共でなければできない、とまあ、そう言うことだ。
叩き出された瘴気はどうなるか? ああ、それは瘴気が固化した細かい瘴粉となるな。こうなってしまえば、私たちの風の魔力に晒せば簡単に消せる。以前にこの森にずんぐりむっくりのドワーフ共がうろちょろしていた頃には、頼み込まれて嫌々やったことも何度かある。簡単なことだがな。わかったかな?」
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話し終わるとまたプレッツェルを食べ始めたアイヒェにユーキは尋ねた。
「そうすると、まずはドワーフ様にお願いしてミスリル鉱石から瘴粉を取り出していただき、それをアイヒェ様にお願いして消していただかなければならないのですね」
「まあ、そうなるな。消すのは私たちでなくても、風の性の強い妖魔であれば誰でもできるだろうけれどな」
「ドワーフ様はここにはいらっしゃらないんですよね」
「ああ、今はいない。いなくなって清々した」
ドワーフの話になり、アイヒェは顔を歪めて返事をした。噂通り、エルフとドワーフは仲が悪いのだろうか。
だが、ユーキにはどうも腑に落ちないことがあった。それを恐る恐る尋ねてみることにした。
「アイヒェ様、付かぬことをお伺いしますが、先程美しいミスリルの矢を使っておられましたよね。あれは?」
その問いを聞いた途端に、アイヒェの顔付きがばつの悪いものに変わった。まるで隠し事を親に見付けられた子供のように俯くと、ぼそぼそと答えた。
「……貰いものだ。押し付けられたものでも、受け取った以上は使わんわけにも行かんだろう」
「もしかすると、ドワーフ様から贈られたものなのですか?」
「いや、貰ったわけではない。物をやったのは私の方だが、まあ言ってみればそのようなものなのかもしれん。随分と以前の事だが、あいつらが鶴嘴の柄にする木を見付けられんでうろうろしておったから、依木に頼んで太目の良い枝を何本かくれてやったのだ。そうしたら、借りは作りたくないとか放いて、このミスリルの鏃を勝手に置いて行った。放ったらかしにしておくとローゼンに緊く叱られるから、止む無く引き取って使っているだけなのだ」
アイヒェの嘯く言葉を聞いて、今まで黙っていたローゼンが「ぷっ」と噴き出して横槍を入れた。
「止む無く? 物凄く大事にして、肌身離さずにいるじゃないの」
「失くしたら、寄こしたあいつに何を言われるかわからんからな」
「射たこともないくせに、すぐに持ち出して見せびらかして射る振りをするんだから。もし射たら、当たり外れの結果もそっちのけで拾いに行くんでしょうが」
「……失くしたら何を言われるかわからんからな」
「お互いに義理堅く交際しておられたのですね」
「交際? そんなことはしておらん。あいつらが付き纏ってきただけだ。煩わしいことこの上なかった」
ユーキの問いにアイヒェが視線を今度は横に逸らして答えるのを聞いて、ローゼンがニマニマと笑う。
「よく言うわね。あいつらがここを出て行くまでは、結構仲良くやってたじゃない」
「ローゼン、そうなの?」
「ええ、そうよ。まだこの森が小さかった頃は、エルフとドワーフとでしょっちゅうつるんであっちこっちを歩いていたわ。あの事故が起きるまではね」
「あの事故?」
ローゼンの言葉を聞いて、アイヒェが横を向いたまま、文句を勢いよく吐き出した。
「あれはあいつらが悪い。そもそもあいつらは、他人のことを考えようとしない。我々の依木があるのを知っていたくせに勝手にその下に穴を掘って、地崩れを起こしたのだ。そのせいで依木が何本も巻き添えになってしまったのに、謝りもせずに『お前たちの依木の根が天井を破った』と食って掛かってきた。とんでもない言い掛かりではないか。本当に迷惑な連中だ」
「そうなのですか」
「そうだとも。頭に来て文句を言ったら、いきなり出て行ったのだ。別にそこまでせんでも、謝ってくれればそれで良かったのだが。厭味ったらしく、これ見よがしに出て行きおった」
そう言うとアイヒェは「なあ、ローゼン、そうだったろう?」と縋り付くように同意を求めた。だが、森の主は頷かず、顔の笑いも消さなかった。
「どっちもどっちなんだけどね。『そっちが悪い』『いやお前が悪い』って、子供の喧嘩みたいだったわよ。ま、それでできた大穴に水が溜まって湖になって、結果としては森が大きくなったんだけどね」
「ドワーフ様は凄い規模の穴を掘っておられたんですね」
ユーキが感心すると、何故だかアイヒェは自慢顔に変わり、鼻息を荒くした。
「それしか能の無い連中だからな。まあ、なかなかのものではあったな」
「それが落盤して、ドワーフ様は御無事だったのですか?」
「ああ、あいつらはそんなことで滅するような弱虫ではないからな。どいつもこいつも泥塗れになって土を掻き分け掻き分け出てきてな。あちらこちらの地面からぽっこりぽこぽこ頭だけを突き出して、その時の情け無さそうな顔と言ったら、思い出しても笑ってしまう」
クククッ、と思い出し笑いをしながら腹を抱えるアイヒェ。
だが、これは追従笑いをしてはならないやつだろう。ユーキは素知らぬ顔で肝心なことを尋ねることにした。
「それで、ドワーフ様は今はどこにおられるのですか?」
「詳しくは憶えとらんが、この南の、何と言ったか、ほれ、栗毛のビーグルとかいう領におるはずだ」
「……クリーゲブルグ領でしょうか」
「ああ、それだ、それ。山手の方で、飽きもせずに穴を掘っているはずだ。会いに行くのか? それならあっちの方の逸れエルフがまだ付き合っとるはずだから道を教えるようにすぐに伝えておいてやる」
「有難うございます」
「何、良きプレッツェルの礼だ。気にするな。ボーレと言う奴がドワーフの古株だから、ミスリル鉱石のことはそいつに頼めば良い。鍛冶の腕だけは確かな男だ。但し機嫌が悪いと、煌めき輝く純ミスリル製の鶴嘴をめったやたらに振り回してくるから気を付けることだ。その柄は私のくれてやった大事な楢の枝製だからな。名品なのに粗末にするとんでもない奴だ。ああ、会ったらついでに、『元気か、もし元気ならあの時の事を謝りに来い、そうしたら許してやらんでもない』と私が言っておったと伝えてくれ」
「はあ」
「まったく、毎年南へ渡りをするんだから、その時に寄ってあげればいいじゃないの」
ローゼンが呆れ声で物申しても、アイヒェはまた外方を向くだけだった。
「それはできん。あいつから謝りに来るべきだ」
「本当に面倒臭いおっさんね」
「わかりました。お会いしたらお伝えします」
「うむ。頼んだぞ。ああ、そうだ。あいつの好物は強い酒だ。土産にすれば髭面歪めて喜びおるから憶えておくと良い。ではな」
言うだけ言うと、アイヒェはプレッツェルの袋を大切そうに抱えて楢の枝に跳び上がり、枝から枝へと跳び移って登っていく。あっという間に姿が見えなくなり楢の樹がまた大きく一揺れした後は、静まり返ってしまった。
「はぁあ。ね? 変わってるでしょ?」
「はははは」
ローゼンが溜息とともに言った言葉を、ユーキとしては、肯定も否定もせずに笑うしかない。
「ボーレって言うのも似たり寄ったりの偏屈なおっさんだから、覚悟しておくことね」
「そうなんだ。エルフ様とドワーフ様は仲が悪いって聞いてたけど、実はそうでも無いんだね」
「仲が良いのか悪いのか、本当に傍迷惑ね。でもまあ、お蔭で森が大きくなったから、文句も言えないんだけどね」
ユーキとローゼンは楢の大樹に背を向けて湖の方に戻ろうとした。
だが、歩み出した途端にローゼンが足を止めた。
「あら? 誰か、ユーキを捜しに来てるみたい。んー、家臣の人みたいね」
「誰だろう。クルティスかな?」
「前に来たお連れさんとは違うわね。ずいぶん良さげな人みたいだけど、ウンディーネに遊ばれてるから、早く戻ってあげた方が良さそうよ。私は会わない方が良いだろうから、今日はここでお別れするわね」
「わかった。ドワーフ様に会えたら、またお礼に来るよ」
「ええ、じゃあね」
「じゃあ、また」




