第百二十七話 村の特産品
承前
カウフマン親子が別室であてがわれた質素な椅子に座って待っていると、村長が現れ、挨拶もそこそこに同道を求められた。
何事かと思ったら、先着していた領主が挨拶をしたいそうだ。二人は慌てて席から立ち上がって村長に従った。
村長が早足で案内した先の部屋の扉を開くと、そこには二人の若い男が待っていた。
前に立つのは金褐色の髪に琥珀色の瞳、引き締まってはいるが柔和な表情をした青年である。動き易そうな乗馬服を着ているが生地は上等、造りは丁寧で、静かな立ち姿にも気品を漂わせている。これが新領主の王子殿下であろうか。
もう一人も同じぐらいの年頃で、背が著しく高く短髪に逞しい体付き、前の青年の脇に控えて慎ましく付き従う様子は如何にも忠良な供の者と言う風情である。
ノルベルトとノーラが部屋に入り姿勢を正して頭を深く下げると、村長が互いを紹介した。
「殿下、こちらは王都からの行商人の方で、ノルベルト・カウフマンさんと娘さんのノーラさんです。カウフマンさん、こちらにあらせられるのが畏れ多くも王家のユークリウス・ウィルヘルム・ヴィンティア殿下、この領の御領主様です。また、こちらは御従者のクルティス・ダンナー様です」
「村長、有難うございます。カウフマンさん、当領へようこそ。私は王族ではありますが、今はこの領の領主の役割が先です。そのおつもりで接していただければと思います。どうぞお顔を上げてください」
紹介を受けたユーキが声を掛けても二人は硬くなって頭を下げたまま、動こうとしない。それはそうだろう、王族と直接対面するのは生まれて初めてである。領主として接しろと言われても、どう振る舞っていいのかわからないのだ。
それを見て、クルティスが横から声を掛けた。
「あー、カウフマンさん、お気楽になさってください。殿下は堅苦しいことはお得意ではありません。直接にお話をして下さって大丈夫です。ちょちょっと丁寧にされるくらいで十分ですから」
「クルティス、言い方」
ユーキたちの気楽な物言いに、二人は驚いた。
恐る恐る頭を上げると、殿下も従者もにこにこと笑っており、こちらを脅かそうなどというつもりは無さそうである。それでもノルベルトが逡巡していると、ノーラが先に口を開いた。
「殿下、ノーラ・カウフマンと申します。お伺いしたいことがございます。殿下は御領主として、この村をどのように発展させるおつもりでしょうか?」
「こら、ノーラ! いきなりこちらからお尋ねするものじゃない! 失礼だろう!」
ノルベルトが慌ててノーラを窘めて止めさせようとしたが、ユーキは笑顔のままで応じた。
「いえ、カウフマンさん、構いませんよ。お話が早くてむしろ有難いです。貴方方はこの村の出入り商人になることを御希望と村長から伺いました。それでしたら、この村の将来に興味をお持ちになるのは当然です」
「畏れ入ります」
「ノーラさん、勿論、私にも少し考えていることはあります。ですがそれをお話しする前に、そちらのお話を伺わせていただけませんでしょうか。お二人がまた来られたということは、何かお考えがあってのことと思います。よろしければ、それを村長と一緒に伺わせていただきたいのですが。それより、まずは、座りませんか?」
ノルベルトは、この王子がノーラの無礼を咎める様子が全く無いのをみてほっとした。
この王子は従者が言うように本当に堅苦しくない性格らしい。あるいは領主としての務めを果たすため、積極的に情報を得ようとしているのだろうか。いずれにせよ、いろいろとやり易そうな相手のようだ。有難い。
ユーキが先に着座するのを待ち、それぞれが椅子に座った。全員がそれなりに落ち着いたのを見て、ユーキがノルベルトを促した。
「では、お願いします」
「はい、私たちとしては、これから先を見据えた産物としてお薦めしたい品がございます。そのために、この種を持って参りました。村長、これが見本です」
そう言って、ノルベルトは小さな布袋を取り出して差し出した。
村長は袋を受け取ると掌の上で逆さにし、こぼれ出てきた黒い種をじっと観察した。横からユーキたちや、レオンも首を伸ばして興味深そうにそれを見た。
「……これは、蕪ですか?」
村長が尋ねると、ノルベルトは頷いた。
「はい、そうです。ただ普通の蕪とは異なり葉が多く付くもので、飼料に用いられるものです。もしよろしければ、次はシロツメクサの苗を土付きで持って参ります」
「ということは……」
「畜産を始められてはいかがでしょうか」
ノルベルトが提案すると、それを聞いていたユーキが口を挟んだ。
「それは、家畜を主産物にせよということでしょうか? その利点は何でしょうか」
ノルベルトはユーキに真っ直ぐに向き直って答えた。
「はい、この村が産物を他に売るための最大の問題点は、領の平野部との間で多くの物資を思うように運ぶことが難しいことだと思います。険しい山道、特にフォンドー峠の急坂で遮られているからです」
「あの坂の勾配では、荷馬車で大量の品を運ぶのは難しいということですね」
「はい。ですが良く考えると、例えば麓のフーシュ村との距離は隔絶と言うほどのものでもありません。フーシュ村からはクリーゲブルグ領への道もあり、最も近い町へは一日も掛かりません。何かの良い産物を得られたとして、要はフォンドー峠の急坂をどうやって克服するかに尽きると思います。そこで考えたのですが、荷馬車で運ぶのが難しいのであれば、載せずに運べるものであれば良い」
「つまり、生きた家畜であれば……」
「はい、自分で歩かせれば良いのです。逆にこの村の利点は、この広大な土地です。茫漠たる草原を利用しない手はありません。手が掛からずに済むような飼料を可能な限り多く栽培することで、多くの家畜を飼えるようになるでしょう。何種類かの牧草を栽培すれば、一年中飼料に困ることは無くなります」
ノルベルトの言葉を聞いて、村長は首を捻って少し考えてから答えた。
「おっしゃることはわかるのですが……、今でも、豚や鶏は潰して自分たちが食べる分を飼っています。それを増やしていけということでしょうか?」
「いえ、豚や鶏では、急坂を下らせるのは簡単ではないでしょう。脚を挫いたり、逃げようとして崖から落ちたりするものが多く出ると思います」
「それでは……」
「お薦めしたいのは、牛や羊や馬、特に馬ですね」
「……」
考え込んだ村長に、同席していたレオンが勢い込んで話し掛けた。
「父さん、俺はとても良い提案だと思います。馬はとても高く売れますよね。それに、村の皆が馬を使えるようになれば、フーシュ村とか王都へ行くのが便利になります。……それにケン兄さんにも気軽に会いに行けるようになるし」
「レオン、それはそうだが、そう簡単なことではない。馬を育てて人が乗れるように、あるいは馬車を輓けるように馴らすのは、楽なことではない。誰でもが畑仕事の片手間でできるようなことではない。この村に今いる馬は先代の子爵様が御支援くださって連れてこられたものなのだ。それに、馬を作るためには馬が、種馬と多くの肌馬が必要だ。最初に大きな投資が必要になる。簡単に、『はい、そうします』とは言えない」
村長が難しい顔をして再び考え込むのを見て、暫く黙って聞いていたユーキがノルベルトたちに尋ねた。
「カウフマンさん、馬であればフォンドー峠を克服できるというのは、非常に良い考えだと思います。馬を産物とすることについて、お伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「何なりとお尋ねください、殿下」
「馬は高価なものです。それだけに、作れば作っただけ売れるというものでもないと思います。売り先については、何かお考えはありますでしょうか?」
「はい、殿下」
「お聞かせいただけますか?」
ノルベルトはその問いに笑みを浮かべた。
これは自分たちにとってもこの村にとっても重大な商談の正念場だ。長年の経験で鍛えた商売用の笑顔の振舞いどころだろう。
「農耕馬、輓馬、騎馬。どのような種類の馬を選ぶかにもよりますが、領内でもそれぞれ一定の需要があると思います。この領は現状では農業主体のようですので、農耕馬の需要が最も大きいでしょう。各村でそれぞれに雌馬から子を取っているかもしれませんが、効率は良くないはずです。次に、輓馬。各村ではおそらく農耕馬を輓馬と兼用しているでしょう。ですが、領内で商業を盛んにされるおつもりがあれば、荷馬車用の専用輓馬が多く必要になると思います。それを先取りしておくのは悪くない考えだと思います。騎馬については、今のところあまり需要は大きくないかも知れません」
「父さん、そうとも限らない」
ノーラが父親に口を差し挟んだ。
ノルベルトは娘の方を見た。その眼が爛々と輝いている。どうやら、いつもの悪い癖が出そうだ。娘の能力をこの王子に見せて良いものだろうか。止めるべきか。
だが、ノーラもいずれは独り立ちしなければならない。自分がいつまでも一緒にいて庇い立てすることはできないのだ。それに、少なくともここの村人たちは既にノーラのことを知っている。この場では隠せてもいずれ村人から領主であるこの王子に伝わってしまうものならば、むしろ直接知ってもらった方が誤解もされずに済む。
ユークリウス殿下と言えば、生真面目で優しい人柄と言う評判だ。おかしな貴族よりは、よほど賭けてみる価値があるだろう。
ノルベルトは心を決めた。「そうだな、ノーラ」と娘に応じると、王子に向いた。
「殿下、私の娘の考えをお聞きいただけますか?」




