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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第六章 ピオニル領新政

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第百二十八話 ユーキとノーラ

承前


 行商人ノルベルトにその娘のノーラの話を聞くように頼まれたユーキは、快く彼女を促した。


「ええ、勿論です。ノーラさん、お聞かせください」


 ユーキのその言葉と笑顔に釣られたようにノーラは嬉しそうに話し出した。


「殿下、騎馬あるいは軍馬については、他の誰よりも御領主様であらせられる殿下御自身が大きな得意先になっていただけると思います。領の衛兵隊は騎兵を用いていらっしゃる。また、お仕えされる方々の馬も少なくないのではと思います。騎乗用、特に軍用の馬が使用に耐える年数は農耕馬より短いです。御領の部隊の規模はわかりませんが、毎年数頭ずつとはいえ、新たな馬がお入用になると思います」


 微笑みながら話すノーラに、ユーキは苦笑しながら応えた。


「なるほど、私が売り込み先ですか」

「はい」


 ノーラも営業用の笑顔で応じて話を続ける。


「ですが、売り込みが見込めるのは殿下だけではありません。私どもは前回こちらを訪れた帰りに、クリーゲブルグ辺境伯領を通りました。その際に現地の方にいろいろと話を聞きました。かの領はフルローズ国に面しており、国の守りの要となっています。噂通り尚武の気風強く、領が抱える兵の数も多いです」

「そうですね」

「ですが領都を警邏する兵たちの様子や人々の話を聞くに、騎兵の数はまださほどは多いように思えません」

「それでは、騎馬の大きな需要先にはならないのでは?」

「いえ、そうとは限りません。辺境伯領は広くフルローズ国との国境線も長いです。もし彼の国から奇襲を受けたとしましょう。領都から国境に救援の軍を送るには、歩兵では間に合わない可能性が考えられます。かといって、国境の全ての地域にそれぞれ多くの歩兵を置いては、必要な兵数が多くなり、人手も装備糧食も多く必要となる上に逆に彼の国からあらぬ疑いを掛けられ反って敵意を募らせてしまうかもしれません。それらを考えると、領境ではなく領都に一定規模の騎兵を備え、どの方面にでも救援を急送できるようにすることが良いと思います」


 勢い込んで話すノーラにユーキは驚いたが、また興味も持った。この手の話を聞くのはメリエンネ王女の見舞いで授かった教えや、近衛幹部による軍事の講義以来である。ファルコの英雄物語を聞くようで楽しくもある。


「なるほど。ですがノーラさん、それは隣領の事情ですので、我々としてはどうこうできないと思います」

「いえいえ、お言葉ですが、殿下、商売とはそのように待っていては儲かるものではありません。辺境伯様の現在のお考えはわかりませんが、こちらから提案してお考えを動かし、そして売り込みを掛けるのです。両領の関係は一時的に損なわれはしましたが、辺境伯様は前子爵の身許を引き受けられたとお伺いしました。そうであれば、こちらの領との関係は完全に切れたとは言えないはず。働き掛けは無理ではないと思いますがいかがでしょうか」

「そうですね。いずれクリーゲブルグ閣下とは領間の話し合いをしなければなりませんので、その際に持ち掛けることはできるかも知れませんね」


 ユーキが提案を否定しなかったのを見て、ノーラはさらに勢い込んだ。


「殿下、是非、是非ともそうなさってください。こういう話は、最初に持って行った者が最も大きい信用を得ますから」

「それはそうでしょうね。でもノーラさん、もしそのお話にクリーゲブルグ閣下が興味を持たれたとしても、閣下が自領で馬を生産されればそれまででは?」

「いいえ、殿下。それは良い手ではありません」

「どういうことでしょうか?」


 首を傾げるユーキに、ノーラは嬉しそうにまた説き始めた。


「今のお話は、フルローズ国からクリーゲブルグ辺境伯領への侵略に備えるという前提がありますよね」

「はい、その通りです」

「その辺境伯領に多くの馬が飼われているのを見れば、フルローズ国はどう思うでしょうか」

「……ますます欲しくなる?」

「でしょうね。現状、クリーゲブルグ領は小麦の大産地で、人口も多いです。そこに重要な軍需品である馬の生産地もあるとなれば……」

「兵、馬匹、兵糧。必争の要地ですね。反って侵略を誘発しかねない」

「御賢察です。ですが、この村で馬を産すれば、それを避けることができます」

「……」


 ユーキが黙ってコクリと頷くとノーラは正鵠を射たと見てとって、得意の戦略論をさらに続けた。


「それだけではありません。もし敵がクリーゲブルグ領を抜き、我が王都を目指すとなった場合には、西回りと東回りのどちらを選ぶでしょうか?」

「……西回りは途中にミンストレル宰相領がありますね」

「はい、他にも多くの兵力を抱える大領があり、そう易々とは進めません」

「一方で東周りは中小の領が殆どですね。つまり敵はこの領に進軍してくると?」

「恐らくそうなるでしょう。そうなった場合に、この領、いいえ、この村に一定の兵力があったらいかがでしょうか。先の代官との戦いでおわかりのように、フォンドー峠に防衛線を張れば、この村は難攻不落です。坂の上から矢を射て岩を落とせば、そう易々と落とされることはありません」

「……」

「ここに騎兵がいれば、王都へ向かう敵軍の横腹を急襲し、戦果を挙げた後は立所(たちどころ)に引き上げることができます。そしてその脅威に備えて敵の進軍が遅れれば、王都からの近衛軍、西からのミンストレル軍と共に、三方からの挟撃が成立します。そのためにも、ここを防衛拠点とできるようにするためにも、この村で騎馬を生産し騎兵を拡充されることをお勧めします」


 ノーラは嬉しそうに語り終えると、期待を込めて相手を見た。

 ところが、御領主殿下の顔から先程までの笑みが消えている。口を閉ざして極めて真剣な表情でこちらをじっと見ている。

 殿下だけではない。村長も困り顔をしており、自分の隣を見ると父親は両手で頭を抱えている。村長の息子だけはその気まずい雰囲気の原因が分からないという様子で不思議そうに一座を見回している。


 ノーラは一体どうしたのかと思って父親に問い掛けようとした。


「父さん?」

「ノーラ……」「ノーラさん……」


 ノルベルトと村長が何か言おうとしたが、ユーキの声がそれを遮った。


「ノーラさん」

「はい?」

「ノーラさんは今、先の代官との戦いのことをおっしゃいましたね?」

「はい。それが何か?」


 問いの意味が分からず、ノーラは単純に肯定して問い返した。すると王子の真面目な表情が崩れ、「ふっ」と息を吐くと、困ったような微笑を顔に浮かべた。


「ノーラさんはこの村と代官との戦いを詳細に御存じなのですか? 村の皆さんが代官と戦って勝ったこと自体はこの領の中でそれなりに伝わっています。ですが、どこでどのように戦ったのかまではまだ広まっておらず、行商に来られたばかりのノーラさんたちには、フォンドー峠の戦いについて知る由も無いと思うのですが」

「あ……」

「ケンは代官との戦いを報告する際に、戦略を授けてもらった相手の名前は黙して語りませんでした。その方に累が及び罰を下されるのを避けるためにです。もしかすると、その相手は、ノーラさんだったのではありませんか?」

「いえ、それはその……」


 ノーラは息を呑んだ。失敗した。『得々と語る話で掘る墓穴』を地で行ってしまった。それも派手に、(はなは)だしい大穴を。否定するにも、もう穴底に落ちてしまった後だ。逃げ出そうと足掻いても無駄、諦めるしか仕方がない。


「はい」

「そうですか」


 単純な肯定の返事にユーキが静かに応じると、ノーラは先程までの勢いから打って変わって意気消沈し、血の気の引いた顔を伏せて黙り込んだ。

 それに代わって村長とノルベルトが慌てふためいて話に割り込んだ。


「殿下、ノーラさんは我々に同情して、策を授けてくださっただけなのです。領主に歯向かえとか、乱を起こせとか、扇動されたわけではありません。戦いの責任はあくまで我々にあります」

「殿下、村の皆さんに策を話して良いと許したのは私です。罰はどうか私に、ノーラはお許しください」


 必死に願い出る二人に向かって、ユーキは両掌を突き出して振って見せた。


「いえいえ、お二人とも安心してください。今更、ノーラさんを捕らえるとか罰するとかそういうつもりはありませんので」

「殿下」

「ノルベルトさん、村長、国王陛下の御裁断は既に終わっています。村の外の誰かが戦略を授けた、そのことも報告した上でです。ですから、ノーラさんに罰が下るようなことは決してありませんので、どうか安心してください」

「有難うございます、殿下」「安心致しました」


 ほっとした様子を見せる二人を置いて、ユーキはノーラに話し掛けた。


「ノーラさん、ケンに授けた戦略、そして先程のお話。どうやってこのような知識を得られたのですか?」

「……次から気を付ける……ます」


 ノーラは、問い掛けられても相変わらず意気消沈したままだ。


「お話を聞いていて、私は幼い頃に読み聞かせてもらった英雄ファルコの絵物語を思い出してしまいました」


 だがユーキの口から『ファルコ』の名前が出た途端に、ノーラは伏せていた顔をがばっと上げて輝かせた。


「ファルコの? 殿下もファルコがお好きなのですか?」

「ええ。幼い頃のことですから内容は正確には記憶していませんが、わくわくしながら聞いたことは憶えています。とても懐かしく思いました」

「嬉しいです! 私もなので。ファルコの物語を一所懸命読んで、いろいろ考えて。それでさっきのようなことを考えるようになりました」

「それだけで?」


 驚くユーキをノーラは不思議そうにきょとんと見返した。


「はい……?」

「いえ、そうですか」


 ユーキはノーラの無言での問い掛けには答えず、卓に置いた手を組んで少しの間考え込んだ。そして一人合点したように頷くと手を解き、ノルベルトと村長に話し掛けた。


「ノルベルトさん、村長、こちらから提案があります」

「承ります、殿下」「はい、殿下」

「先ほどの御提案の畜産の件、真剣に考えてみたいと思います。最初に投資として種馬や肌馬など、かなりのものが必要になりますが、その手当ては私の方で考えます。村長、私が良いと言っても、村の皆さんが納得しなければ成功はおぼつきません。村長も御自身でお考えになり、また村の皆さんの意見の取り纏めをお願いします」

「はい、承りました」


 村長が頷くと、ユーキは今度は商人親娘の方に向き直った。


「ノルベルトさん、ノーラさん」

「はい」

「もし畜産を始めるとしたら、関係する取引はそちらにお願いすることにしたいと思います」

「有難うございます。勿論、条件次第ではありますが喜んでお引き受け致します」

「はい、条件についてはまた改めてお話しさせてください。それともう一つ、よろしければこの領の領都に商いの拠点、できれば支店を構えていただけませんでしょうか。そしてノーラさんにはその支店にいていただきたい。そうすれば、私たちがお守りすることができます」

「そうおっしゃいますと……」

「人々は英雄物語が好きなものです。そう、英雄ファルコの物語のように。ケンやノーラさんが村を危機から救った話もここの村人からフーシュ村へ、フーシュ村からこの領の他の町村に口から口へと伝わって、やがては他の領や国全体に知れ渡るでしょう。そうなった時に、ケンやノーラさんに興味を持ち、自分の意のままに用いようとする貴族が現れるかも知れません」

「はい、実は私もそれを心配しておりました」


 ノルベルトが深く頷いた。

 かねてから自分と妻が懸念していて娘を手元から離さないようにしていた理由を、この王子はこちらから話す前にすぐに察してくれたらしい。相当に聡い若者だ。


 ノルベルトの思いを知ってか知らずか、ユーキは淡々と話し続けた。


「ケンは幸い私に仕えてくれています。ノーラさんも、貴族に目を付けられる前にこの領に根を下ろしていただけませんか? そうすれば私の目が届き、胡乱な貴族に手を出させないようにすることができます。この村との行き来も容易になりますし、それだけでなくこの領全体を相手に商売をしていただいても良い」


 ノルベルトは領主殿下の話を慎重に吟味しながら聴いていた。とても有難い話ではあるが、ひとつ障害がある。それを率直にぶつけてみることにした。


「殿下、有難いお話ではありますが、支店を出すには、この領の商人ギルドに登録する必要があります。ギルドは外から来た者をそう簡単には登録させないと思うのですが」

「それは私が口を利きます」

「ですが少なくとも建前では、商人ギルドの内部には、領主も口を挟めませんですよね」

「ええ、ですが、私の所の有能な者が少し商人ギルドを調べていまして。無理が利くかも知れません」

「そうなのですか」


 ユーキは言葉と共に謎めいた微笑みをノルベルトにして見せた。


 ノルベルトはその微笑みを見ながら考えた。

 言葉の意味はわからないが、領主の言うことであるのだから、有力な伝手(つて)か何かがあると期待しても取りあえずは良いのだろう。

 今までの話を聞いた限りでは、この若い王子は凡庸な人物ではない。ノーラの能力の価値をすぐに理解し、保護するための具体的な方策を示してきた。庶民に過ぎない自分たちに対しても丁寧な態度で、話し振りも提案の内容も糞真面目と言う評判そのものだ。女性にもとんでもなく堅いと言う噂だから、ノーラに遊びで手を出すようなこともしないだろう。「守る」という言葉も村長というそれなりの立場の第三者の前で宣言した以上は、簡単に反故にするつもりも無いだろう。信用しても良さそうだ。

 それに守ってもらうとするならば、貴族より王族の方が良いに決まっている。治めているこの領は商売先としては小さいが、縁故としての将来の可能性は途轍もなく大きい。


 決めた。


「殿下、有難うございます。御提案、私共も真剣に考えさせていただきます」

「父さん」

「ノーラ、お前もそろそろ独り立ちや、根を下ろすことを考えても良い時期だ。真面目に考えて見なさい」

「はい」


 ユーキはノルベルトとノーラのやり取りに満足そうにすると、今度は村長の方を見た。


「村長、作物については私からも提案があります」

「はい?」

「これなのですが」


 ユーキも袋を取り出して村長に渡した。同じ様に口を開いて逆さにすると、こちらはやや細長い種が出てきた。


「これは見たことがありませんが、何の種でしょうか?」

「これは、ある種の香草です。これの葉を干した後に粉にして使うものです。領都付近でも生えるのですが、夏の暑さに弱いそうなのです。高地なら合うのではないかと思いまして。干したものであれば軽いし腐りませんので、輸送に適するのではないかと。量が増えても、あの坂の前後に荷馬車を用意して、坂だけを人力で背負って降ろすようなこともできると思います」

「それはそうでしょうが、何に使うのでしょうか?」

「主に、お菓子、レープクーヘンでの使用を予定しています。ですが、うちのアンジェラ、いえ、侍女が興味を持ちまして。他の料理にも使えるのではと、今試しています。使い道はあるので、何とか量を採れるようにしたいのです。一定量は私の方で買い取ることを考えています」


 ユーキが説明すると、興味深そうに聞いていたノーラが口を挟んだ。


「殿下、レープクーヘンとは、関所で配っておられるものですか?」

「ええ、そうですが。ああ、ノーラさんたちも受け取っていただけたのですね。味はいかがでしたか」

「とっても美味しかったです。癖になる味で、特産物の商品としてとても良いと思います。他の領や王都へ持っていっても売れると思います。それとも香草そのものを輸出されるおつもりですか? いずれにせよ、私共に是非扱わせていただきたいです」

「いえ、当面は領の中で用い、菓子や料理を領の名物にしたいと考えています。そして、人をこの領に呼び込みたい」

「良いお考えだと思います。それでできた産物でも構いません。是非、私共も協力させてください。ね、父さん?」

「そうだな。殿下、村長、是非お願いします」


 さすがは商人らしく、ノルベルトもノーラと一緒に勢い込んで一枚噛もうとしたが、ユーキがいったん押し留めた。


「有難うございます。ですがカウフマンさん、まずはこの村で作るか、作れるかが先ですので」

「これは失礼しました」

「私は明日から数日の間、この村の周囲の調査に出かけます。戻ってきた時に、今までのお話の返事をお聞かせください。村長もカウフマンさんもです。ノーラさんも。よろしくお願いします」

「承知しました」「承りました」「はい、わかりました」

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