第百十九話 鍵
前話翌日夕刻
夫人をクリーゲブルグ辺境伯領へ送って行ったその後、ユーキたちは領境の町を視察した。町長からは辺境伯領との人の往来や物流が減少している状況を訴えられ、当面の町政について相談をしてそのままそこで泊まった。
その翌日に領都の邸へと戻り、日も傾き始めた今、ユーキとクルティスは二人切りで先代子爵の私室にいた。彼の元従者クネヒトが昨日クルティスに告げた言葉を確かめるためである。帰邸して直ちに来たので、帯剣も外さず着替えもしていないままだ。
クルティスが扉を閉めるのを確認して、ユーキは暖炉に近寄った。
その上の壁にあるのは、綺麗に磨き上げられ金色に輝きを放つ真鍮製の大きな作り付けの燭台である。その五連の長く太い蝋燭受けの右端の一本を二人でしげしげと観察する。
装飾として彫り上げられた鱗模様をよく見ると、そのうちの裏側の一つが他のものと異なり、周囲に彫られた溝が深いのがわかった。ユーキがそれに爪を掛けて静かに引っ張ると、最初は動き難かったがやがて少しずつ引き出されてポロリと外れた。
ユーキとクルティスは無言で頷き合った。
外れた鱗を机の上に置き、クルティスが蝋燭受けをゆっくりと力を入れて捻ると、回った。
続けて回すと螺子細工になっていることがわかり、やがて上下に分かれた。上を外すと下の部分は中が空洞になっており、何か小さな包みが入っている。ユーキが取り出して開くと二種類の鍵が出てきた。
クネヒトが言っていた通りならば、一つは以前にニードが合鍵を作った執務室の、そしてもう一つはこの部屋の机の錠を開くはずだ。
執務室はともかくも、私室の机の鍵をこうまでして誰からも隠しておく必要があったのだろうか。いったい、中には何が入っているのか。
ユーキは鍵を持って机に向かった。
鍵穴に差し込んで静かに回すとカチャリと錠が解ける音がした。クルティスが見守る中で上から順に抽き出しの中を調べていく。
上段と中段には、何枚もの書類や覚え書きや地図が入っていた。内容は後でゆっくりと調べることにして、床に膝を突いて一番下の抽き出しに手を掛けると、先代夫人にこの部屋で引き継ぎを受けた時と同じように何か忌まわしい嫌な感じがする。
止めようかとも思ったが、そういうわけにも行くまい。
抽き出しを慎重に開けようとしたが、少し引いて隙間ができた途端に黒く薄い靄のようなものが見える気がして手が止まる。躊躇いながらも大きく開くとその中には、拳ぐらいの大きさの石が見えた。黒色と灰色の斑の中の所々にくすんだ金属色が鈍く光っている。
何かの鉱石のようだ。
横から覗いていたクルティスがぼそっと呟いた。
「ただの石ですか?」
いや、違うだろう。ただの石には見えない。何か仄黒い、嫌な色の反射が目に映る。
取り出そうかと思ったら、腰の剣が急に重みを増した。まるで誰かが背後からこちらの腰に手を回して引っ張ったようだ。これは、手を出すべきではないと紅竜の剣が言っているのだろうか。
取り出すのを躊躇っていたら横からクルティスが手を伸ばしてきたので、急いでそれを抑える。
「触るな!」
「ユーキ様?」
クルティスが抑えられた手を引っ込めた。厳しい声に驚いた顔をしてこちらを見たので、笑顔を取り繕って言い訳をする。
「驚かせてごめん。でも、嫌な予感がするんだ。素手で触らない方が良いと思う」
「……俺には良くわかりませんが、わかりました」
「知り合いに尋ねてみることにするよ」
「また、森に行かれるんですね?」
「わかるの?」
「この石が何だかは俺には良くわかりませんが、ユーキ様が不思議に感じておられることはわかります。『不思議なものは不思議な所へ』ということなんだろうと」
「ああ。何か袋に入れておいた方が良さそうだな」
「アンジェラに頼んで、麻袋と手袋を何枚か持ってきます」
石はアンジェラが持ってきてくれた頑丈な麻袋を三重にして入れておくことにした。手袋も二重に嵌めてから、そうっと抽き出しから取り出して袋に納めた。
今すぐに、ローゼンに相談しに行こうと心に決めながら。
本日はもう一話公開します。




