㉗アラリオンの自覚
次の日は朝から村の再建のための手伝いをさせてもらった。
村長の家以外はほとんどが半壊か全壊状態だったので力の強い獣人達がボロボロの家屋などを完全に壊し1から作り直す事となった。
足腰が強い獣人は重い瓦礫などを運び集め、手先が器用な獣人は新しい木材などの加工と、皆自分の得意分野に分かれ作業に没頭する。私も含め村にいる全員が早くこの村を甦らせたい気持ちで懸命に汗を流していた。
勿論戻った村人も一緒に奮闘しており、小さめの石や木材をちょこちょこしながら運ぶ姿は何とも言えず愛らしくつい目で追ってしまう。村人はパームシベットという獣人らしく大人でも体が小さくとても可愛らしいのだ。
ふと、私の視界に昨日森から村へ戻る時に見かけた酷く落ち込んでいたあの女性獣人が見えた。女性は皆からそっと離れ1人森へと入って行く。
他の獣人達は自分の作業に手一杯でその女性が森へと入って行った事に誰1人気付いていないようだった…少し考えたがどうしても気になり私は女性の後を追って森へと足を踏み入れた。
どこへ行ったんだろう…暫くキョロキョロと探していると微かな声が聞こえる
声のする方へと行ってみるとだんだんとはっきり聞こえそれが押し殺した嗚咽だとわかった。
「うう…うっ…何故…、私があの時声を出さなければ…うぅ…苦しい、苦しいよぉ…ローワンっっ!ローワン
ーー…」
私は足を止め出ていくのをやめた
1人で思い切り泣かせてあげよう…
そう思い村へと引き返そうとした、その時
「ぐっっ!!」
苦し気な声が聞こえ女性の様子をそっと伺ってみると、そこには見知らぬ男が獣人女性の上に馬乗りになって無理やり押さえつけているのが見えた
「何してるのよっ!!!やめてっ」
私は咄嗟に飛び出し男に思いっきり体当たりした
突然の衝撃に油断してたのか男は私の渾身の体当たりに横に吹っ飛ばされどこかを痛めたのか倒れたまま起き上がらない…ちなみにエイルリスも勢いで地面に転がり体を強く打ち付けてしまった。
「い…痛ぁ…」
なかなか体勢を戻せないでいると、先に回復した男がエイルリスの髪を鷲掴みにし無理やり後ろへと引き寄せた。あまりの激痛に悲鳴をあげてしまう
「あぁぁ!!痛いっ!やめてっ」
「お前、邪魔しやがって!」
男が強引に引っ張るので首が強制的に上を向いてしまい男の顔を見ることが出来た。
この人、獣兵でも村の人でもないわ…誰?
何の目的で??
目線をなんとか正面に向けると女性獣人が恐怖と驚きに体を震わせ立ち竦んでいる
「あなた…、早く逃げて!村へ!早くっっ」
私は懸命に声を振り絞って女性に避難を促す
女性は少し逡巡しながらも意を決したのか村の方向へと走り去って行った
「くそっっ!逃がすか!」
男が私から手を離して女性を追いかけようとしたので、させるか!!と男の足に無我夢中でタックルした!
まさか私がそんな事をするとは思っていなかった男は顔面から私と共に勢いをつけて倒れた
「ぐおおああああ」
男の断末魔のよう声が森の中に響く
暫く動かなかった男がムクリと顔を上げれば、その顔は目を背けたくなるような酷い状態に…
前歯が2本折れ、両鼻からは鼻血がとめどなく流れ、額は真っ赤に擦りきれそこからも血が滲んでいた。
自分がやった事とはいえ少し申し訳なくなってしまう…
「あ、あの…大丈夫ですか?」
心配になり声をかけたと同時に男が私の顔を手加減のない力で殴り付けた、男よりずっと軽い私の体はいとも簡単に吹き飛ばされ近くの木にぶつかり崩れ落ちた。
殴られた衝撃で脳震盪を起こしたのか倒れて頭がぼーっとしたまま動けずにいると、そこへ男が近付いてきて憎々しげに私を見下ろした
「このクソ女、死ねっ」
と言って片足を大きく後ろへ振り上げ力いっぱいに蹴ろうとした瞬間、逆にその男が横へと吹っ飛んだ
霞む頭で何が起きたのか理解出来ずにいると
私の側に跪き顔を覗き込む気配がした
「…っ、エイルリス嬢っ!大丈夫か!?怪我をしたのか?」
今にも泣きそうな顔をしたアラリオン様だった。
私の顔をそっと撫でると、悲しそうな顔から感情の籠らないような顔になり凍りつくような目付きで
「少しだけ待っててくれ」
と言い立ち上がって倒れている男の方へと歩いて行った。
男を背中から鷲掴みにし片手で簡単に持ち上げる
すごい力だがこんなものは獣人のアラリオンには何の苦もなかった。
体の奥から涌き出るこの感覚は何だ…
今までこんな怒りを感じた事がないアラリオンは自分でも感情のコントロールが出来なくなっていた
こいつを殺してやる!!
俺の大事な者を傷付けたこいつが許せない!!!
生まれて初めて本気で他人に殺意を覚えたのだ
アラリオンの金の瞳はいつも以上に獰猛に光り、口元からは鋭利な牙を剥き出し今にも男の喉を引き裂こうとしていた。男を鷲掴みにしている手からは爪が鋭く伸びて男の皮膚に深く食い込み血が滴り落ちていた。
「た!助けてくれ!バケモノだ!!!誰かぁ、ひいいいっ」
男は情けなく叫んでいるが誰も助けになど来なかった。
だめ…だめよ、アラリオン様にあの男を殺させてはだめ
私は気を失いそうな自分を叱咤し震える腕で起き上がった
アラリオン様が躊躇いなく男の喉を噛み切ろうとしたが私が後ろから抱きつきその動きを止めた
「アラリオン様、私は大丈夫です!だからやめて下さい!お願いします、男を離して私の方を見て下さい」
私の声が届いたのか動きを止めたアラリオン様は本能に抗うように歯を食い縛り堪える。
ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハ…はぁ、はぁ…
それまで興奮して息遣いが荒かったアラリオンの呼吸が次第に落ち着いたものへと変わっていく
「はっ、は……エイルリス…嬢」
アラリオンの手が緩み男が力無く地面に倒れこんだ
私はアラリオン様の正面に周り両手で顔を包みしっかりと目を合わせた
「アラリオン様、私の事を頑丈だと仰っていたではないですか、全くその通りですわ!見て下さい、大の男に思いっきり殴られても何ともありませんっ!こんなの小さな虫に刺された程度です」
本当は気が遠退くくらい痛い…だが気力で踏ん張った
こんな痛み村の人達の苦しみに比べたら些細なものだわ…
アラリオン様は私の顔をじっと見つめ眉間に皺を寄せ苦し気に息を吐くと堪らないとばかりに私を強く抱き締めた
「え、あ、アラリオン様…」
一瞬痛みも忘れ胸が高まる…
こんな風に抱き締められたら…勘違いしてしまうわ
「リオン…」
「え?」
「リオンと呼んでくれ」
「…え。で、でも」
「君にはそう呼んで貰いたい、だめか?」
愛称で呼ぶなんて、獣人国ではあまり気にしないのかしら…
「わかりました、ならば私の事はルリスとお呼びください」
私の国では愛称は家族と恋人、又は婚約者くらいの仲にならないと呼ばない。
だが私もそう呼んでほしかった、せめてこの獣人国にいる間だけでもいいから。
「そう呼んでもいいなら喜んで…ルリス」
「えっ?はっ、はいっ!」
自分で言っておきながら真っ赤になってしまう。
その時、向こうから数人の声が聞こえ此方へと足早にやって来る気配がした
「おい!大丈夫か?リオ!」
来たのはジュノー様と獣兵数人だった。
「兄上、ここにまだ捕らえていない人間がいました」
「何だと!?まだ残ってたのか…本当にしぶといな」
「ルリスは怪我をしたので俺が先に連れて戻ります、後の事はお願いします」
「は?…ルリス?」
ジュノーが何か言う前にアラリオンはエイルリスを抱き上げた
「きゃっっ」
「ルリス、しっかり掴まって」
「おい、リオ!」
ジュノーの呼ぶ声を無視してアラリオンはエイルリスを抱いたまま颯爽と村へ走り出した。




