目覚めし者の夢25
エレベーター内に特有の、重力がなくなったような感覚が満ちる。
それを感じながら俺たちの内の誰ともなく漏らしたのはため息だった。
なんとか間に合った。その安堵感が形となったため息。
その状況でも俺の体は自動化されたようにセカンダリーをサイホルスターに戻し、空になったプライマリーのマガジンをダンプポーチに放り込むと、次のマガジンを差し込んで初弾を装填する。
相方も同様にそれを終え、同時に箱の中に重力が戻る。
「よし……」
同時に聞こえる、目的地に到着したことを告げる電子音声。
開いた扉の向こう、ちょうどこちらを振り向いた人物と目が合った――銃口も同時に。
「「!!」」
互いに驚きながら、お互いの銃口を向け合っている。
「同志アンバニ!待ってくれ!彼らは味方だ!!」
エルウィン氏がそう言ってくれなければ、どちらかが引き金を引いていただろう。
「味方……?」
ゆっくりと銃を降ろす目の前の男。
アンバニと呼ばれたその褐色の肌の巨漢は、しかし俺たちに対する警戒の目だけは変えなかった。
「彼らはモーラー・アルファ、都市モグラだ。私に用があってここまで来ていたんだ」
エルウィン氏の説明でようやく納得したらしい。
「まあ……いいか」
己の中で何かに折り合いをつけるようにそう呟くと、踵を返して奥へと進んでいく。
ここはどうやら地下のエレベーターホールのようだ。
エレベーター同様に電力は復旧しており、目の前に広がる薄暗い地下駐車場との間をガラスで隔てられたこの空間はまばゆい光で溢れていた。
「今は猫の手も借りたい。戦えるな?」
先頭を行く巨漢はこちらに振り向かずそう言って、答えも聞かずに地下駐車場へと踏み出す。
それへの回答の代わりに――恐らく回答など求めていないと思われたが――エルウィン氏が俺たちに耳打ちするように囁く。
「脱出口はここの向かい側だ」
彼が指さした先=この広い地下駐車場の反対側。一定間隔で並んだ保安用と思われる明かりの切れ目に浮かび上がる殺風景な扉。
だが、目指しているはずのそれよりも目についたのは、その手前に広がる光景だった。
「全員油断するな。すぐに新手が来るはずだ!」
アンバニがこちらを認めた周囲のレジスタンスメンバーに檄を飛ばす。
彼が大股でまたいだのは、まだそうなってからそれほど時間の経っていないだろう、倒れたLD兵。
その一体だけが迷い込んだのではないということは、彼の進行方向、そして左手に見える地上へ続くスロープと、その手前でコンクリート製の柱を交点にしてL字に展開し、スロープからの侵入を塞いでいるバリケードの向こうにも数体転がっている。
ここで戦闘があったのだ――バリケードの周りに転がる無数の薬莢。そしてそのバリケードに身を隠しながら、各々の得物を抱えて油断なくスロープを睨む数名のレジスタンスメンバーが物語っている。
「あんたたちに会えてよかったよ。同志アンバニ」
同じ物を一瞥してエルウィン氏が呼び掛ける。
「あんたら、今日の探索に出ているものかと思っていた」
「そのはずだったさ。こうして、地下に集合していざ……という所でこの騒ぎだ。周りにあったものでバリケードを築いて、こうして侵攻を食い止めはしたが、まさかこれで終わりって訳じゃあるまい」
言いながら、アンバニ自身も先程俺に向けたハンティングライフルをスロープの方へと向ける。
他の連中もそうだが、エルウィン氏が会えたことを喜ぶ位にここに集まっている連中は士気が高いのだろう。
すぐ近くの柱の陰に置かれているビールケースも恐怖心を紛らわせるための酒盛りではない。そこに並ぶ瓶の口の尽くに油を染み込ませたウエスが差し込まれていることもそれを強調しているように思える。どこで用意して来たのかは分からないが。
「上はどうなっている?」
「ひどいものさ。もう何人もやられた」
やはりな、アンバニは独り言のようにそうごちる。
それに続いたのは、やはり彼らがここのメンバーなのだと痛感させてくれる言葉。
「政府の連中、ついに本性をむき出しにして来たって訳だ」
言いながら、俺たちの方に目を向ける。
頼むから巻き込まないでくれ――その想いを感じ取ったのかどうかは知らないが、奴は己の知っているこの世界の真実について語りだす。どうも、俺たちをこのレジスタンスの加入希望者か何かだと思っているらしい。
「真実を知った俺たち、そしてその真実を伝えているDr.ナックは政府とそれを牛耳る60人会議には目障りな存在だ。だから連中はXD551の漏洩なんて嘘を隠すために野放しにしている警備部隊を送り込んで来た。あのLD兵どもの正式名称を知っているか?NMA-02Iリンフォサイトだ。分かるか?リンパ球だぞ。政府にとって俺たち光側は厄介な病原菌に思えているって訳だ」
眩暈がしてきそうな世界観のご開陳だが、全て聞き流すという訳にもいかない。
Dr.ナック。もう一つの仕事の方にも関係がありそうな話だ。
こいつらの信じている話は出鱈目な夢物語だが、少なくとも警備部隊が一斉攻撃を行っているのは紛れもない事実だ。
エレベーターに乗る前に途切れた思考を再開する。
即ち、警備部隊がここを察知して襲撃出来た理由。
入念な内定調査を行ってその存在と規模、そして施設の構造を把握していたのか。
彼等を疎ましく思う誰かが通報したのか。
或いは――その目的は不明にせよ――情報を漏らした者がいたのか。
場合によってはこの後の仕事にも関わって来る話だ。
もし外部にせよ内部にせよ、こいつらを疎ましく思う誰かの思惑が働いているとすれば、ただのDr.ナックの信者に過ぎないこいつらだけで満足するとは思えない。その所在がつかめているのなら、同時にご本尊も叩くはずだ。
「き、来たぞ!!」
そこでレジスタンスの一人が叫ぶ。
スロープに集中した時、スロープの上から現れたそれが俺たちを含む全員に強烈にその姿を焼きつけていた。
それはまるで鎧のようだった。
全身を包む装甲が、薄暗い中を照らしている照明で鈍く光っていた。
バイク用のフルフェイスヘルメットのようなもので覆われた頭部は、その奥の目がどこを見ているのかをこの距離では把握できない。
そしてその素肌の全く見えないシルエットすらも、左腕に装備した大型のバリスティックシールドで覆い隠しながら、一列横隊に駆け下りてくる。
装甲化外骨格。マクロファージに並ぶもう一つの脅威が、バリケードを突き破るべく正面から殴り込んできた。
(つづく)
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