目覚めし者の夢20
「ぐうっ!!!」
瓦礫の雨の直下、咄嗟にエルウィン氏の上に覆いかぶさったのは、それがきっと戦闘用にチューンされた脳みそが下した判断だったのだろう。
降り注ぐ無数の瓦礫と、それと混じり合う爆炎。
プレートキャリアを挟んでも質量による衝撃に息が止まる。
「……ッ!!!!」
その感覚に全身を縮こませて体中の筋肉が強張ったその瞬間、全身を覆う衝撃が走った。
「……」
「……!!……!!!」
誰かの叫び声がする。
遠いような、近いような。
距離間が掴めない。だが、なんとなくその声が取り乱している事だけは分かる。
「……!アルファ……!!現在……」
断片的に、ただの音だった声が言葉に変わっていく。
「ぁ……」
その叫びに混じる声=小さく漏れた己のそれ。
ぼやけていた視界が元に戻り始める。
「アルファ2が瓦礫にやられた!生き埋めになっている!!」
同時にそれまでの声の解析が完了する。復活した聴力は、その泣きだしそうな声を正確に聞き取っていた。
そしてそれから少しだけ遅れる理解:アルファ2=俺。
自分の状況:落ちてきた瓦礫が掛け布団のように体の上を覆っている。
ああ、そうか。俺は今生き埋めになっているのか。
直前までの記憶が戻って来て、同時に全身を激しい痛みが包み込んだ。
「がぁっ……ぐっ!」
出した事のない声が絞り出される。
頭が潰されなかったのは幸運だった。その痛みの中でさえ、冷静さを維持し続ける脳の一部が数少ない救いを見出す。
と、同時に目の前に突っ込まれる、ねじ曲がった金属のパイプ。
「今助けるから!!」
泣きそうな声。それが相方のものであると気付くのは、その時になってようやくだった。
パイプが床に当たり、それから俺の上の瓦礫を持ち上げる。
「大丈夫、大丈夫。助かる……」
念仏のような声。それと共にほんの少しだけ浮かび上がる俺の上の瓦礫。
不意に、肩の上の重圧が消える。それを理解した瞬間、僅かだが体と瓦礫とに隙間が生まれた。
「よ……っし」
仰向けにするように体を捻り、その動きで自由になった腕を瓦礫に押し当てる。
脳内のデバイスが自己診断を完了。人工筋肉の一部が破損している。
幸いなことに完全破壊ではない。応急処置を済ませれば任務継続は可能だ。
そして低下しているとはいえ、まだ出力を維持できている。
「あ、あ、あああぁぁ……ッ!!」
その残された出力を解放して、瓦礫を押し上げていく。
不意に、その手に指先が触れた。
俺のそれより細く、柔らかな指先。それが即座に瓦礫の方へと滑っていく。
「このぉっ!!」
瓦礫がぐらりと動いて、今度こそ体から外れた。
「パートナー!」
瓦礫をどかしてくれた手が、今度はしっかりと俺の手を掴んだ。
それを頼りに起き上がり、その勢いで瓦礫を完全に払いのける。
「よかった……。よかった……!」
「すまない。助かった」
彼女の手が、俺の肩をポンと叩いた。
ただそれだけ。だがそれが、万感のこもったものであるのはどれ程鈍感な人間でも分かるだろう。
「うぅ……」
幸い、エルウィン氏も無事のようだった。
彼を助け起こしてから改めて周囲を確認。天井の崩落によって辺り一面に瓦礫が降り注いでいて、未だに立ち込めている土煙が辺りの空気を灰白色に変えている。
身に着けていた装備品の状態を確認。瓦礫を受けたのが背中側だったせいか、腹側に装備している諸々はなんとか無事だった。無線も電源は落ちていたが再起動して問題なく受信できる。サイホルスターのセカンダリーも損傷は見られない。
吹き飛んだプライマリーについても同様だったことは、奇跡と言っていいだろう。
「アルファ1よりCP!アルファ2を救出しました!軽傷は追っていますが生きています!ダイヤも同様です!」
「CP了解。アルファ2、状況を」
「こちらアルファ2。複数個所の人工筋肉に損傷がありますが、他は異常なし。作戦続行可能です」
だが、良かったのはここまでだ。
「ッ!!」
感動の再会に水を差す、銃声と重々しい駆動音。
「マクロファージは!?」
「まだ動いているよ。幸いこっちには向いていないけど――」
その瞬間に発せられた12.7mmの銃声に、俺たちは思わず身を縮こまらせる。
幸い――多分、厳密にはそう言うべきではないのだろうが――狙われたのは俺たちではなかった。
「何が起きている……?」
瓦礫によって深々と亀裂の入った目の前の壁から下の様子を覗き見る。
どうやら東棟側に出現したらしいレジスタンスと、マクロファージが戦闘を繰り広げているようだ。
といっても、ほぼ一方的な殲滅になっているのは最早疑うべくもない。彼らの放った銃弾は虚しくその大型無人兵器の装甲に弾かれて金属音を立てるばかりだ。精々拳銃弾かライフル弾程度だろうそれらでは、その装甲をへこませる事すら叶うまい。
それに返される12.7mm×99弾は、先程の二人組同様鎧袖一触にその敵を消し飛ばしてしまったようだ。
「あれがいては脱出出来ないな……」
銃声のやんだ中を、ゆっくりと銃塔を旋回させるマクロファージ。
まるで自分の暴力の結果を確認するかのようにゆっくりとしたその旋回は、生き残りの一人さえ許さないと言った様子だ。
――ということは、奴は今、まだレジスタンスの方に意識を向けている。
「よし……」
酷い話かもしれないが、そのおかげで俺たちの命は少しだけ伸びた。
「なんだ……?」
口ではそんな言葉にしておきながらも、実際には何が起きているのか気付いていた。
冷たいものが背中を走っていく。奴のAIは判断を下したのだ。今の掃射で目の前の敵を殲滅した、と。
そして疑っている。先程84mmの爆発で押し潰したはずの相手はどうなっているのか、と。
確信はしていない。だが、生存していることを前提に動いている。奴の銃塔がこちらを向きそれを支える胴体部分もこちらに振り向こうとしている。
「くっ……」
もう一度撃ち込まれれば助からない――84mmだけではない。12.7mm弾だって、この薄い壁などものともしないだろう。
対してこちらには、奴を撃破できる武器はおろか、その装甲に傷をつける程度の火力さえない。
「いや……」
一個だけある。先程の瓦礫の雨とは少し離れた場所に転がっているRPGがある。
勿論、あれだけで奴に立ち向かうのは単なる自殺だ。
だが他に方法はない。奴がこちらを疑っている以上逃げ道など最早ない。
階段を降りれば奴の目の前に姿を晒すことになる。二階店舗はシャッターが閉まっていて入れない。連絡橋を匍匐していけばなんとかなるかもしれないが、対岸の通路も行く先は奴のすぐ近くの階段だけだ。
――と、それを思い出したと同時にマクロファージは銃塔の旋回をやめた。
敵がいないと判断した訳ではない。銃口をこちらに向けながら、四本の脚がついた胴体をこちらに正対させようとしている。
奴はより強い疑いを抱いている。より近づいて判断するしかないと考えている。
そして、近づかれれば――その時に俺たちは終わる。
なら、もう選択肢はない。
あまりにリスキーな、多少大掛かりな自殺にしかならないような選択肢。
だが、それ以外に選択肢はない。
やられる前にやる。その僅かな可能性に賭ける以外には。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




