目覚めし者の夢7
ガード下の連絡通路を進む。
ホームに対して垂直に交わっているこの連絡通路の南側の出口は、反対側と違い生々しく混乱の痕跡が残っていた。
通路の出口、元々はバスロータリーとなっていて、目的地によって左右に分散したバス停に渡れるようになったU字型の歩道は、ガード下の支柱に突っ込む形で放置されている、黒焦げになったバスの残骸で、今では右側に抜ける以外のルートは選べなくなっている。
「進路クリア」
もっとも、お陰で容易に身を隠して進むこともできるのだ。今となっては便利かもしれないが。
そのロータリーの正面に伸びている車道。この道がボルマン通りで、それを進んで二区画先に目指すテニスコート前の交差点がある。
幸い、そこまでのルート上に敵の姿はない。
周囲のビルもほとんどが低層のもので、窓は全て閉め切られている。中からこちらを監視している様子もない。
その通りを、これまで通り放置された車を躱して進む。バスロータリーの壊乱振りからも分かるが、こちら側は随分とひどい被害を被っていたようだ。
北側とは線路一本挟んだだけでこうも違うかというひどい荒廃ぶり。それはなにも戦闘の結果だけではないらしい。
「ってこれ……」
エリカが足を止め、俺もそれに従う。
一区画通過した俺たちの前に現れたのは、唐突になくなっている道路。
バスロータリーの辺りからは分からなかったが、交差点の手前で突然道路が陥没していて、2m程の崖になってしまっている。
「ッ!」
その崖の下、段差によってせき止められているかのように放置された車両が集まっている辺りに人影を見つけて、俺たちは咄嗟に車に身を隠した。
「LD兵が四人……、ニュートロフィルが二機」
「ああ、見えた」
声を殺して目の前の状況を確認。道路の真ん中にその団体が屯している。
何らかの情報交換か、或いは部隊の編成をあそこでやっているのか――こいつらにはあり得ないだろうが――サボりか。
「突破は危険すぎる……。いなくなるのを待つしかない」
その意見にも賛成だった。
こちらは二人だけ。向こうは四人と二機。加えてその場所はどうやっても迂回できそうもない道路の真ん中だ。
仮に先手を取って数を減らしたところで、一体でも生き残れば即座に後続に通報される。
これから先がどうなっているのか分からないが、騒ぎを起こすのは最後の手段だ。
――と、長期戦も覚悟した瞬間、状況は動いた。
「あいつら移動するぞ」
「二人と二機が離れていく。いいね、ツイている」
やり取りを終えたのか、LD兵二体がニュートロフィル二機を引き連れて離れていく。
ここまでの俺たちの動きを再現するように車の間を縫って進み、テニスコート前の交差点を左折=進行方向から遠ざかっていく。
残った二人はこちらに振り向いたが、気付いた様子はない。
崖のすぐ下辺りに待機しているのが、ここからでも分かる。
推測:連中がいなくなるのはもっと後。
「どうする?」
「静かに素早く」
「了解」
考えるまでもない、というのが彼女の答えだった。
それと同時にタクティカルベルトに提げたパルスナイフに手を伸ばしたのを見て、俺も同様の小さな刃物を引き抜いた。
ナイフと兼用の銃剣とは別に用意したこの小さなナイフは、一見するとただの風変わりなデザインのナイフだ。
刃渡りは精々10cm程度。反りがなく重ねの厚い刀身は緩やかな角度の切っ先を持ち、サイズのわりに太い柄もあって、全体的に槍の穂先のような印象を受ける。
ナイフと言っているが、正直なところ切れ味はそこまでではない。
また柄の中心の辺りに重心があり、持ってみるとずしりと重さが伝わってくる。
そして一番特徴的なのは、その柄頭に設けられた小さなスイッチだ。
パルスナイフという名前が示す通り、このスイッチを押すことで刀身内からEMPを発することができる代物で、我々のように人工筋肉を使用するサイボーグや、LD兵との白兵戦においては猛毒を仕込んだナイフとなる。
それを逆手に握り、俺たちは崖となっている方へと足音を殺して忍び寄っていく。
LD兵=正式にはNMA-02Iという味気ない型番のそれ。どう見ても人間にしか見えないものの、その正体は機械兵だ。
俺たちと同じような人工筋肉を使用し、脳みその代わりに戦闘用AIやその支援システムを搭載した、人間の兵士を代替するべく開発された存在。
故に通常のナイフでの無力化は困難を極める。何しろ痛覚が存在せず、人工筋肉及び金属製の骨格や制御系統を損傷させない限り無力化は不可能だ。
銃弾であれば体内で変形・横転などによって広範囲に危害を及ぼし数発で――他の個体による回復措置を受けられる場合を除き――無力化できるとしても、白兵戦で通常のナイフによって与えられる傷だけでは、それを与える間に反撃を許せば相打ちに持ち込まれるだろう。
故に連中との白兵戦は、より確実に対象を切断し得る昔ながらの刀剣類を用いた斬った張ったをするか、それを持ち歩く余裕が無ければ体内でEMPを発生させ、制御系統を焼き切るこのパルスナイフが定石となる。
「「……」」
そして、実践。
崖の下に見える二体はまだこちらに気付いていない。
足音を殺し、息を殺し、パルスナイフの柄頭にそっと指を乗せた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




