目覚めし者の夢5
翌朝、まだ7時前の時点で、俺たちはサイストック一層に到着していた。
「作戦を確認しておく」
ここまでワンボックスを運転して来たエルマさんが、後部で装備の安全装置を外した俺たちの方を振り向いた。
「ゲートを越えたら、道沿いに25号リフトへ向かい、それに乗って二層へ。環状モノレール『国立病院前』駅を通過して旧ボルマン通りを南下。テニスコート前交差点で右折しバラック群へ。そこを西に抜けてレジスタンスキャンプに向かえ。連中に接触し、ダイヤを説得。許可が得られた場合、ダイヤを連れてホテル『アーバンベイ』屋上に向かえ。一層からハーストを降ろしてダイヤを回収する。ホテル及びレジスタンスキャンプからはライカ交差点に向かって西進後交差点を左折。バニング橋を渡ってすぐに電波塔に出る。電波塔到着後はこちらに状況を報告。調査方法の選定を行う。質問」
俺たちが交互に見合わせ、それからエルマさんへ。
「よし、なら作戦開始だ」
彼女の合図によって、俺たちは今日の仕事場に降り立った。
ゲートを越え、その俺たちの頭上をドローンが越えていく。今のところ一層のこの辺りには警備部隊の姿は認められないが、かといって油断は禁物だ。以前のように連中の行動範囲が拡大される可能性だって十分にある。
「進路上に異常なし。25号リフトまで向かえ」
「アルファ了解。25号リフトに向かいます」
エルマさんの指示にエリカが答え、俺たちは目の前の道を進んでいく。
少し肌寒い朝の空気の中、まだ低い太陽がそれほど強くない光で俺たちを照らしている。
今回のルートは極めてシンプルだ。25号リフトまでは真っすぐ進めばいいだけ。二層に入ってからも、何もなければ駅までは真っすぐだ。
――勿論、何もないなどということはないだろうが。
「……にしてもさ」
「うん?」
エリカがぼそりと漏らした。
「陰謀論に嵌ったって言っても、家族と離れて一人でサイストックへ……なんて、よくやるよ」
「ああ、そうだな」
感心するやら呆れるやら――多分俺が考えているのと同じような感想をエリカも抱いているのだろう。
「家族を捨ててでも気になるものなのかな」
「まあ……、そういう風になるのかもしれない」
境遇は不明だが、家族というものに強く反応する彼女にとっては関係が冷え切っているとはいえ実の娘を置いて家を飛び出したエルウィン・ファム氏の事が理解できないようだった。
対する俺の頭の中には、高校時代の友人の家庭が蘇っていた。
高校二年生と三年生の頃、俺のクラスには前川という男がいた。
卒業後の進路が進学と就職で大体5:5だった俺たちの学年で、彼は就職組だった。
彼の就職先は海上自衛隊。とはいえ本人曰く、別に義務感や愛国心や、憧れがあった訳ではない。
ただ、家族と離れて暮らしたいという思いだけが、彼の進路を決定づけた。
他人である俺が言うのもおかしいが、前川の家族は滅茶苦茶だった。
母親は、彼が中学生の頃にどういう経緯でか奇妙な民間療法のようなものにはまり、そこからズブズブと陰謀論や怪しげな霊感商法の虜になっていった。
常日頃から口癖のように「自分で考える事が出来ない人間が増えた方が権力者に都合がいい。だから学校教育もマスコミも、権力者に都合のいい人間を育てようとする」と語り、その“自分で考える”の実践なのか「新鮮な無農薬野菜だけを食べていれば病気にはならない」というよく分からない結論に達していたようだ。その影響か、前川も家では謎のサラダや味のない野菜スープのようなものばかり食わされていたという。
そんな時、父親は何もしてくれなかった。
父は父で重大な任務を背負っていたのだ。世界を裏で操る巨悪をインターネットを通じて糾弾するという大切な任務が。何しろ世界の命運が父とその同志たちにかかっているのだ。家族などと言う些末な問題にかかずらっている場合ではない。
そしてその狂った家族が彼にもたらしたのは、五歳離れた弟の死だった。
前川が中学を卒業する直前、彼の弟はインフルエンザに罹った。当然母親は弟を医者に見せるようなことはしない。当たり前だが「病院や製薬企業は必要のない薬を患者に投与して私腹を肥やし、人体実験をしている」のだから、大事な息子をそんなところに連れていく訳がない。当然ワクチンなどももってのほかだ。
――そんな人間が何故息子の一人を高校に行かせたのかは不明だが、とにかく弟の病状がどれ程悪化しようが、見かねた前川が医者に行くよう懇願しようが、母親の考えは変わらなかった。
余りに弟が哀れに思えた前川が、ある日こっそりと弟に何が欲しいか尋ね、彼が途切れ途切れに「リンゴジュースが飲みたい」と言ったのを聞いて、親が寝静まった時に家をこっそりと抜け出してコンビニに走ったのだった。
そうして手に入れたリンゴジュース。それを飲ませてやった時が、前川が生きている弟を見た最後だった。
翌日、弟の部屋は閉め切られた状態になっていて、前川はきっと寝ているのだろうと思ってそのまま学校へ行った。
その日の昼、彼の弟は死んだ。
電話連絡を受けて早退した彼が見たのは、既に冷たくなった弟だった。
弟の死。そして葬儀を終え、前川から見た祖父母に怒鳴りつけられ大喧嘩になった末に、その祖父母に「レベルが低すぎて会話が成立しない」と言い放った母の姿が、前川の将来を決定づけた。
即ち、高校を出たら、すぐにこの狂人共から少しでも離れていられる仕事に就こうという決定。
高校に入って一年間、その事について考えた末、学校近くの地本に貼られていたポスターを見て自衛隊行きを決めたのだった。
「海に出ればあの人らと会わなくて済むからさ」
そう語る前川の表情はなんとも穏やかで、その事を俺や他の仲間はなんとも言えない表情で見ていたのを覚えている。
「……家族なんて、壊れる時は簡単だ」
その記憶がぼそりと吐き出させた言葉は、自分でも驚くほど沈んだ声だった。
「……そっか」
そして何かを感じたのか、エリカはそれから何も口にはしなかった。
――俺の経験ではないと付け足したほうがいい気がしたが、なんとももう一度口を開きにくい空気になってしまって、結局そのまま歩き続ける。
幸い25号リフト=到着報告とリフト作業員との会話という形で空気を変えられる場所がすぐ見えてきて、俺は自分が早足になるのに気付いて努めて速度を緩めた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




