スリーカード27
言い訳にしか聞こえないが、自責の念がなかった訳ではない。あの子を、カナを自分の娘のように育て、夜を明かすことも一度や二度ではなかったし、一時期は一日の睡眠時間が二時間しかない事も常態化していたが、それでも自分を「立派な父親だ」「親代わりをしっかり果たしている」と思うことは出来なかった。
本当なら、この子はしかるべき施設やしかるべき人間に育てられるべきだった。それを僕が勝手に自分の下において、あの暗闇から逃れるために育てているだけだ。
寂しさを紛らわせるおもちゃ代わり――僕の僕に対する評価は、常にそこから変わることはなかった。
追われる身として、あの区画の近くまで手が及んでいると考えてこんな所まで逃げてきた。ジェフまで巻き込んで、追われるのを恐れてサイストックを離れる事も出来ずに、結果としてカナを小学校にやることも出来ていない。
「……それも、ここで終わりだ」
モニターの光でおぼろげに照らされた天井に目を向ける。
スピットファイアの始末がつけば、もう逃げ隠れする必要はない。
ここを離れて、あの子を他の子と同じように教育を受けさせよう。幸い、この国には理由があって義務教育を受けられない子供に対する保護は充実している。
勿論それで全てが許される訳ではない。子育てなどと言っても限界がある。昔流行った『放浪騎士ライトシュミッド』のアニメをあの子がいたく気に入っていることを理由に、あれを見せて子守り代わりにすることもある――自分の親もそうしていた。だが、それは多分僕があの子の人生を好きにしている事の言い訳にはならないだろう。
その上、アニメの声を出せるボイスチェンジャーまで用意して、これも何とか子育てに利用しようと考えている。
僕はちゃんとした親にはなれないだろう。それが何なのかすらも分からず、ただ何とかするのに手いっぱいなのだから。
それでも、投げ出す訳にはいかない。僕は僕の都合でカナを振り回して、ジェフにも手を貸してもらったのだ。今更になってやっぱり無理でしたなんて通らない。
だったら、今は僕に出来ることを全てやるだけだ。
「……」
机の下に手を伸ばす。護身用に持っていたスタンバトンの樹脂製の柄が手に触れる。
こんなもので何ができるかは分からない。だが、必要になった時にはやらなければならない。
あの子には暴力沙汰とは無縁の人生を歩ませてあげたい。そのために必要なら、これを握ってやり合わなければならない。
「……ん」
そこで視線をモニターへ。
「ッ!」
見間違いではない。
目はそのままモニターに釘付けで、そのまま机上の無線機をひったくる。
「……ゴールキーパーから全部隊へ!ゴールキーパーから全部隊へ!」
震えそうな声をなんとか平静を保つために一拍置いて、僕は助けを求めるように彼等へと呼び掛けた。
※ ※ ※
「……ゴールキーパーから全部隊へ!ゴールキーパーから全部隊へ!」
うとうととし始めた瞬間、その声が眠気を完全に吹き飛ばした。
「リフト側団地入口に複数の反応あり!」
目をかっ開く。毛布から滑り出し眼下に広がる監視対象に目をやり、同時に自らの銃に手を伸ばす。
「聞こえた?」
「ああ……」
すぐ横で緊迫した声で問うエリカに応えながら、目は団地の方へと注いだまま。
「……いよいよか」
「レーザーサイトは使わないで。向こうも同じ物を持っている可能性がある」
眼帯の電源を入れる。同時に右眼に広がる月光を増幅した昼間のような世界。
この機種に備わっているような赤外線を検知できる機能が向こうの装備にもあった場合、IRレーザーの使用はこちらの位置を教えることになり得る。
「了解」
まだ何も見えないその世界を見下ろしながら、俺の手は銃のセーフティを外している。
「アルファ1よりディフェンダー」
「こちらディフェンダー」
同様に同じ世界を見ながら、エリカは声だけでジェフを呼ぶ。
「“レッド”起爆準備を。合図と同時に起爆してください」
「了解。……レッド準備ヨシ」
事前に設置した爆発物はレッドとブルーの二つのラインに分けられる。そのうち最も近いレッドのエリアに敵が侵入するのに、その通信から数秒とかからなかった。
「ッ!」
昼間俺たちがこの区域に入ったその扉から頭が覗く。
「ゴールキーパーよりアルファ、後続部隊が続く。20人以上いる」
「アルファ了解。こちらでも確認」
最初の一人が用心深く辺りの様子を伺い、すっと頭を引っ込める。
恐らく後続に何か伝えているのだろう。妙に長い間そうしていた気がしたが、もしかしたら数秒だったかもしれない。
その空白の時間の後にやって来たのは、それまでとは明らかに異なる複数人だった。
最初の一人とは対照的に、わらわらと急ぐ様子もなく駐車場に現れては、観光客のように周囲をきょろきょろ見渡して規律も何もなく野放図に辺りに散らばっていく。
散開したのではなく、各自が勝手に動いているだけの群衆。
大勢の人間が思い思いに動いて辺りに散らばり、警戒の真似事のようなことをしている。
直感:ここにいるのはスピットファイアの人間だけだ。
つまり、ただの寄せ集めの半グレ集団だ。戦闘能力自体、動く者に向けて発砲するとか、躊躇せずに刃物を出すとかは置いておくとして、集団での統率された運動は出来ない。
ただ、それでも決して油断できない点が一つ。その間もばらばらと団地から出てくるそいつらは、皆例外なく武装しているという事。
俺たちはそのバラバラの連中をサイトの中に納めて、指揮官を探している。
どこかにあのオールバックの男、ラケルタと呼ばれている男はいないだろうか。
それを見つけて仕留めれば、恐らくそこで瓦解する。
だが、見えている中にそれらしい姿はない。
半グレ集団は今や団地から離れ、駐車場の中ほどまで進んできている――そこがレッドラインとも知らずに。
「アルファ1よりディフェンダー。起爆」
ぼそりと指示が飛ぶ。それを合図に引き金に指をかける。
瞬間、駐車場の真ん中を横断するように複数の光が溢れ、爆発の壁が敵部隊を飲み込んでいった。
(つづく)
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続きは明日に




