スリーカード16
何よりも今はそいつの所属より、俺たちのそれの方が問題になっている。
「お前たちは何者だ?」
再び背後に回った男の声。
当然ながら、両膝を地面につき、両手を頭の後ろに組んだ状態で、恐らくこちらに銃口を向けている相手に黙秘権を行使するのはあまり得策とは言えない。
俺のその認識は、当然相棒も持っていた。
「私たちはモーラー・アルファ社の者です」
「モーラー・アルファだと?」
「はい。依頼を受け、二層の調査中にここに迷い込みました」
その答えに返って来たのは一瞬の沈黙。
これまでの人生よりも長く感じたその沈黙は、警戒を隠そうともしない男の声で破られた。
「聞こえたな?」
俺たちに言っているのではない。
「依頼者というのは、スピットファイアか?」
「スピットファイア?」
今度は俺たちに向けられた、その聞き覚えのない名前をオウム返しにする。
ちらりと目を合わせたエリカの表情も、心当たりがないと物語っている。
「とぼけるなよ」
「いえ、何のことですか?私たちはそれとは無関係です」
エリカが答える――それまでより強張った声。
「……本当に知らないのか?」
「「知りません」」
俺たちの回答に、男はまた少し黙る。
どうやら俺たちをスピットファイアなるものの密偵だと考えているようだが、俺たちには何の話か分からない。
その命が縮む沈黙が、今度は随分長く続く。
勿論実際には数秒ぐらいだろうが、この状況では0.1秒だって一日以上に感じるものだ。
「……了解した」
その沈黙を破ったのは、今度もその男の声。
恐らくインカムの向こうとやり取りしているのだろうその声のあとで、極僅かだが声のトーンが変わっていた。
「すまんな。人違いだったようだ」
一言で救われるというのはこういう事を言うのだろう。
彼が銃を降ろして俺たちの前に立ち、立ち上がって武器を持つことを許した時には、一度死んでから生き返ったような気さえした。
「CPよりアルファ、二人とも無事か?」
久しぶりに聞いた気がするエルマさんの声。
「そちらの目の前の家の住民から問い合わせがあった。立場を明かしたが、なんとか誤解は解けたようだ」
どうやら俺たちの命があるのは彼女の外交の賜物のようだ。
そしてもう一つその外交がもたらした成果=目の前の男の通信相手は家の中にいる。
「それで、都市モグラがここで何をやっている?」
命が救われたことで余裕が生まれたのか、ある考えが俺の口をついた。
「依頼人を明かすことは出来ませんが、サイストック二層で近頃不審な物音がいくつも確認されているので調査してほしいという依頼を受けまして――」
頭の中に浮かぶ考え=この場所は環境調整区域=あの武装勢力が探していた場所だ。
「その調査中に所属不明の武装勢力と遭遇しました。彼らの目を逃れるために逃げていたところここに辿り着いたのですが……どうにもその連中、第八環境調整区域を探しているようでした」
ちょっとした推測:目の前の男と、その仲間が警戒しているのはスピットファイアとかいう連中。そしてあの武装勢力が探していたのは第八環境調整区域。更に連中が根城にしていた工事現場からここまでは徒歩で移動できる距離。
辿り着く仮説=あの連中がスピットファイア。
「……なんだと!?」
男の絵に描いたような狼狽ぶりが、その仮説の正しさを証明しているように思える。
「その連中はどんなだった?」
聞きながら、その答えを待たずに自らのスマートフォンを取り出す男。
こちらに向けられた画面には画像が一枚。
「こんなマークは無かったか!?」
表示される画像=黄色い旗の真ん中、意匠化されたスプリットタンの女。
「まさにこれです」
男の目が瞬時に険しくなった。
「……こいつらが、そのスピットファイアだ」
予想的中。
つまり、あの連中の狙いはここだということ。
「だとすると、連中が狙っているのは……」
答えなどすでに出ているが、水を向けるつもりで声に出すと、男は俺たちに顎ですぐ後ろの家を示した。
「あんたら、都市モグラだって言ったな?それでここに迷い込んだと」
「「はい」」
それで成立したようだ。
「なら、ちょっと家に来てくれないか。相談したいことがある。勿論、あんたらにも悪い話じゃないはずだ」
現状、従わない理由はない。
言われた通り彼に続いて背後の家に向かう俺たち。
茂みを出て、前庭を横切って石垣へ。その途中、不意に甲高い声が俺たちに向けられた。
「お客さん?」
声のした方へ反射的に顔を向ける。
ワンピース姿の少女が一人、小さなバケツとスコップを持った姿で俺たちを見ていた。
先程のエリカの見立てにあった少女というのが彼女というのは直感的に分かる。年の頃で言えばまだ5歳かそこいらだろう。
「おお、カナ!」
先頭を行く大男が相好を崩して彼女に向き直る――無論、銃は降ろして。
「大丈夫。この人たちは都市モグラ……お仕事の用事で来た、おじさんの知っている人だよ」
そう言って腰を下ろして彼女の方に近づき、俺たちを手で示す大男。
「ジェフおじさんのお友達?」
「まあ、そんなものかな」
友達というのが正しいのかどうかは分からないが、少なくとも本当のことを言う必要はないだろう。
そんな事を考えていた俺の横で、対照的にエリカはジェフおじさんと呼ばれた大男に倣うように腰を下ろして相好を崩していた。
「こんにちはー!カナちゃん」
言いながら手を振って見せる。自らの得物を背後に隠すことも忘れない。
「カナ、ごあいさつは?」
「こんにちは」
その一瞬だけで、彼女らの間の警戒は非常に薄れたというのがなんとなく分かった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




